仕事の話は、家に持ち帰らないものだと思っていました。
けれど道具の前で起きたことは、案外、長く残ります。
Lacrima に載せてきた仕事の泣ける話を読み返して、泣きどころがどれも似ていることに気づきました。
誰かが、黙って何かを続けていた。それだけなのです。
褒められたわけでも、見返りがあったわけでもありません。
ただ、手が覚えていた。あるいは、名前を呼ばずに待っていた。
役職や成果の話は、ほとんど出てきません。
出てくるのは、砥石の濡れ具合や、帳面の置き位置のほうです。
それも、本人が誰にも見せなかったものばかりです。
読者の感想でいちばん多いのも、この手の細部でした。
ここでは十四編を四つに分けて並べます。
職人、教える人、同じ職場にいた人、そして誰かの夜を支える人。
読む順に迷ったら、いま自分が立っている場所に近いところから入ってみてください。
手が先に覚えていた
技を継ぐ話は、継いだ瞬間ではなく、継げなかった年月のほうが長く書かれています。
弟子の側は、たいてい自分が向いていないと思っています。
ここに挙げた仕事の泣ける話は、どれも道具が語り手の代わりをします。
親方の革砥を継いだ夏──二十五まで、一年続いた仕事がひとつもなかった男の話です。城下町の床屋を畳む大叔父に呼ばれ、夏のあいだだけ店に立ちます。革を磨く音が、逃げ癖のある指をその場に留めていきます。
鑿の音が変わった日──足場から落ちて手首を痛めた大工が、それを誰にも言わずに現場へ戻ります。一ミリの狂いは、本人にしか分かりません。隣で道具箱の金具をいじっている男だけが、音の変化に気づいていました。
杜氏の櫂と白いままの帳面──八十二の杜氏が、この冬で蔵を畳むことにしています。四代分の名が彫られた櫂棒の、五つめの面だけが白いまま。そこに鑿を入れる朝が、思いがけない形でやってきます。
帳面は一寸左に寄っていた──藍を建てる甕場で、二十三年も黙っていたことがあります。兄弟子の帳面を盗み見た、というだけの話です。藍は返事をしませんが、翌朝の華でちゃんと答えるのだと分かります。
また彫ってください──義肢工房に、二十年使われた小さな義足が持ち込まれます。修理の依頼ではありませんでした。渡した瞬間から見えなくなる仕事の、二十年越しの返事です。
教わった側の告白
恩師の話は、教わった当時ではなく、ずっとあとに効いてきます。
受け取った言葉の意味が分かるのは、教室を出て何十年も先です。
恩師に教えた味噌汁──職業欄に無職と書いていた春、朝五時に煮干しの頭をちぎる人の話です。沸かす手前で火を止めろと教えたのは、四年間思い出さないようにしていた先生でした。ガリ版の溝が、いまも掌に引っかかります。
音楽の先生がくれた一行──五十三歳の絵描きの手が、ある春から動かなくなります。母が送ってきた段ボールの底に、小学生のころの五線紙が一枚。万年筆の一行が、四十年越しにペンを持ち上げます。
つまらん作品も、誰かの人生に──生徒の作品に「つまらん」としか言わなかった国語教師の話です。定年の年に、かつての教え子から一冊が届きます。最後の一行だけが、あの頃と違っていました。
校長先生が言わなかった名前──短い一編です。式辞では読み上げられなかった名前が、のちに別の場所で呼ばれます。読み終えるまで三分もかかりません。教えるという仕事の持ち時間は、在学中の三年だけではないと分かります。
同じ職場にいた人
上司や先輩の本当の意図は、たいてい在職中には分かりません。
辞めたあと、あるいは相手がいなくなったあとに、順番が入れ替わります。
不器用な先輩が残したもの──離島の気象観測所で、褒めも励ましもしない先輩に付きます。台風の夜のやりとりを、若い観測員は長く誤解したままでした。退職の日まで、その人は何も言いませんでした。
私の魚を買い続けた元上司──家も店も失った女が、誰も行かない山を保冷車で回ります。奥出の集落だけは、いつも人が並んで待っていました。その列がどこから来ていたのかを知るのは、二十五年後です。
苦手だった部長──苦手だった上司の見え方が、ひとつの出来事で反転します。こちらも短編で、通勤の電車一本で読み切れます。厳しさの理由を本人が説明しないのは、この四編に共通しています。
十五年越しの忘れ物──大阪のタクシーのダッシュボードに、素焼きの貯金箱がひとつ載っています。十五年前の雨の夜の忘れ物です。持ち主にたどり着くまでの十九年が、静かに畳まれていきます。
仕事の泣ける話と灯り
最後は、誰かの夜を支える側の仕事です。
灯りや手紙や一膳の飯を、毎日同じ場所に置き続けた人たちです。
ここに並べた仕事の泣ける話のなかでは、いちばん静かな四編かもしれません。
島で一通だけ配れない手紙──家が六十四軒の島で、五十年配達を続けた人の話です。鞄の底には、宛名の空いた封筒がずっと一通ありました。「見つけたら書いてね」と言われた日から、五十年が経っています。
岬の灯台と手のひらの声──口下手な灯台守が、時化の夜に岩場から娘を引き上げます。その娘には、声が届きませんでした。言葉の代わりに覚えたのは、胸の前で指を二本合わせる形でした。
船頭がくれた欠けた飯茶碗──湊町の一膳飯屋で、棚の一番上の茶碗だけは誰にも出しません。五十年前、家を捨てた十七の自分に飯を盛ってくれた人がいました。同じ目をした若い男が、暖簾をくぐってきます。
鏡のない部屋とカレンダーの凹み──団地を回る訪問理容師が、十年通った部屋の話です。注文は「耳の上、二分で」の一言きり。その部屋にだけ鏡が一枚もないことの意味に、長く気づきませんでした。
風鈴職人と小さなお客さん──客足の途絶えた納屋で、老いた職人が今朝も炉に火を入れます。引き出しの隅には、売り物にならない豆粒ほどの風鈴がひとつ。それが鳴る日を待っていたのだと、あとから分かります。
並べ終えてから、気づいたことがあります。
仕事の泣ける話の多くは、報われた瞬間を書いていません。
報われないまま続けた時間のほうを、長く書いています。
読む順に迷ったら、道具の出てくる話から入るのがいいかもしれません。
手の出てくる話は、読んだあとに自分の手を見たくなるからです。