峠を歩く人が船に乗った日

黄昏の入り江を眺める老人

「俺が一人前になったら、俺が直した船に、いちばんに乗せてやる」

十五の夏に、俺はトキさんにそう言った。

果たせないまま終わった約束だと、三十年ずっと思っていた。

間違いだった。

今も俺には癖がある。

誰かと話すとき、相手を必ず自分の右側に立たせてしまう。

理由はない。

そうしないと、落ち着かないだけだ。

※

俺が育ったのは、瀬戸内に細く突き出した半島の、いちばん先の加尻という集落だ。

家は四十軒ほど。

背中に山があって、正面に入江がある。

平らな土地はほとんどなく、家は斜面に貼りついていた。

入江の向こうには阿曽という造船の町があって、渡船なら二十分で着いた。

陸路を選ぶと、峠を越えて二時間半かかる。

父も母も、その阿曽の造船所で働いていた。

父は艤装、母は資材の帳面をつけていた。

朝いちばんの便で出て、最終便で帰ってくる。

だから昼のあいだ、俺は隣のトキさんに預けられていた。

トキさんは、集落の共同湯の湯番だった。

当時で六十の半ば。

連れ合いは若い時分に南の海へ出たきり戻らなかったと、あとになって聞いた。

子はいなかった。

手が、いつも熱かった。

湯を触り続けている人の手だ。

爪は短く切りそろえてあって、指の腹が厚くて、少し硬い。

その手で首の後ろを拭かれると、俺はどんなに暴れていても黙った。

トキさんには癖があった。

俺を、必ず自分の右側に立たせるのだ。

「こっち」

それだけ言って、肩を掴んで引き寄せる。

左に回り込むと、無言でまた戻された。

何度やっても同じだった。

小言を言うのに都合のいい位置なのだろうと、俺は思っていた。

子供の考えることだ。

もうひとつ、集落の誰もが知っている癖があった。

トキさんは、渡船に乗らない。

阿曽へ用があるときは、暗いうちから峠道を歩いた。

帰りも、当然のように歩いた。

「歩けばええんじゃ」

理由を訊いても、それしか言わない。

「五時間よけいに歩いて、何が面白いんな」

「面白うはないよ」

集落の年寄りは、意地っ張りじゃけんの、と笑っていた。

俺もそう思っていた。

三十年、そう思ったままだった。

※

湯番小屋は、集落のいちばん低いところにあった。

夕方になると、俺はそこの焚口の前に座らされる。

右側だ。

松の割木がはぜる音と、湯気の匂いと、板壁の向こうで誰かが桶を置く音がしていた。

トキさんは薪をくべながら、饅頭を割った。

割るときは必ず自分の膝の上でやる。

落ちた粉は全部、前掛けが受けた。

大きいほうを俺に寄越して、小さいほうを口に放り込む。

「トキさん、そっちが小さい」

「わしゃ、こまいほうが好きなんじゃ」

「嘘じゃ」

「嘘じゃない」

嘘だった。

それくらいは、七つでもわかる。

トキさんは鶏を三羽飼っていた。

そのうちの一羽と、本気で喧嘩をしていた。

「ゴンタ! またやったな!」

朝からその怒鳴り声が聞こえると、坂の上の誰かが必ず笑った。

湯番の仕事は、思っていたより忙しかった。

朝は釜に火を入れ、昼は薪を割り、夕方には湯加減を見ながら桶を洗う。

洗った桶を伏せて並べる順番まで決まっていた。

「順が狂うと、ばあさんらが怒るけんの」

小学三年の秋に、大きな台風が来た。

渡船が二日止まって、父と母は阿曽から帰れなくなった。

その晩、俺はトキさんの家に泊まった。

雨戸が一晩じゅう鳴っていた。

眠れずに、俺は暗いなかで「父ちゃんら、帰ってくるかな」と言った。

返事はなかった。

もう一度、少しだけ大きな声で言った。

布団の中でトキさんが身じろぎして、俺のいるほうへ寝返りを打った。

「聞こえとるよ」

低い声だった。

「聞こえとるけん、二回言わんでええ」

その夜だけは、俺が右側に寝ていた。

※

思い返すと、あの人には妙なところがいくつもあった。

井戸端で女たちが集まって話しているとき、トキさんはいつも輪の右の端に立った。

真ん中には入らない。

話しかけられると、輪のほうへ半歩だけ体を回す。

「トキさんは、人の話が嫌いなんじゃろ」

そう言った子がいて、俺もそう思っていた。

それに、あの人は絶対に聞き返さなかった。

俺が何度でも同じことを言わせるくせに、自分は一度も「なんて」と言わない。

聞き取れていないときは、少し首を傾けて笑うのだ。

笑ってごまかされると、こっちは続きが言えなくなる。

「トキさんは、ずるい」

「ずるうないよ」

「ずるいわ。笑うたら終わりにするけん」

「ほうかね」

小学五年の秋に、授業参観があった。

父も母も、その日は阿曽の工場が繁忙で来られなかった。

来なくていい、と俺は言った。

本当は、来てほしかった。

教室の後ろの戸が開いたのは、二時間目のなかばだった。

振り返らなくても、湯の匂いでわかった。

トキさんが、前掛けをつけたまま立っていた。

洗いざらしの、湯番の前掛けだ。

誰かの母親が、小さく笑った気がした。

俺は最後まで一度も後ろを見なかった。

黒板の字だけを写して、鉛筆の芯を三回折った。

授業が終わるまでの四十五分が、長かった。

帰り道、トキさんは俺の右側に俺を置いて、坂を下りながら言った。

「今日のあんた、よう手ぇ挙げよったの」

「見んでええ」

「見に行ったんじゃもん」

「恥ずかしいけん、あの前掛けやめてや」

トキさんは何も言い返さなかった。

ただ、坂の途中で立ち止まって、前掛けの紐を結び直した。

それから、また歩き出した。

あの日あの人が教室のどこに立っていたか、俺が思い出せるようになるのは、ずっと先のことだ。

※

中学に上がった頃から、俺は源さんの船小屋に入り浸るようになった。

集落でただ一人の船大工だ。

口数が少なくて、木を削る音だけがずっとしている。

俺はあの木屑の匂いが好きだった。

十五の春、初めて木栓を削らせてもらった。

船底に開けた穴を塞ぐ、親指ほどの樫の栓だ。

少しずつ細めて、水を吸って膨らむぶんを見越して残す。

削りすぎれば漏れるし、太すぎれば板が割れる。

三十本削って、源さんは黙って一本だけを自分のポケットに入れた。

それが合格の合図だった。

残りは焚きつけになった。

俺は削りかけの一本を、こっそり持って帰った。

「これ、なんな」

トキさんは手のひらに載せて、裸電球に透かした。

「船底の穴、ふさぐもんじゃ」

「ふさいで、どうなるん」

「沈まん」

トキさんは、ふん、と鼻で笑った。

それから前掛けの右のポケットに入れて、そのまま何も言わなかった。

返してくれとも、言えなかった。

その夏、渡船の古い船が引退した。

最後の便を見送りに、集落の者がぞろぞろと桟橋へ出た。

トキさんも来ていた。

桟橋には上がらず、少し離れた石段に腰を下ろして見ていた。

俺は隣に座って、思いつきのまま言った。

「トキさん、乗ったらええのに」

「乗らん」

「なんで」

答えはなかった。

波が石を舐める音だけがしていた。

黙られると、余計に言いたくなる。

十五だった。

「俺が一人前になったら、俺が直した船に、いちばんに乗せてやる」

「ほう」

「ほんまじゃ。逃がさんけん」

「そりゃ、難儀じゃ」

トキさんは笑った。

歯の抜けたところが見えて、目尻がぜんぶくしゃくしゃになる笑い方だった。

そのとき何かを言ったような気もするが、風で聞き取れなかった。

訊き返さなかったことを、俺は今も悔いている。

※

高校は一年で辞めた。

理由らしい理由はない。

つまらなかったのと、阿曽で知り合った連中のほうが面白かった。

それだけだ。

十七の頃には、家に金を入れるどころか、母の財布から抜くようになっていた。

父は殴った。

母は泣いた。

俺はそのどちらも、うるさいとしか思わなかった。

ある晩、湯番小屋の前でトキさんに捕まった。

右腕を掴まれて、いつものように右側へ引き寄せられた。

「こっち」

その手を、俺は払った。

「あんた、俺のなんなら」

自分でも驚くくらい低い声が出た。

「婆さんでもなんでもないやろが」

トキさんは何も言わなかった。

言わないから、余計に腹が立った。

だから、いちばん言ってはいけないことを言った。

「その耳、都合の悪いことは聞こえんのじゃろ」

湯気が、二人のあいだをゆっくり流れていった。

トキさんは、ゆっくり手を下ろした。

それから、いつもと変わらない調子で言った。

「風邪ひくけん、入って行き」

俺は入らなかった。

そのまま峠道のほうへ歩いた。

振り返らなかった。

十八で集落を出て、阿曽の造船所に住み込みで入った。

盆にも正月にも、ほとんど帰らなかった。

帰っても、湯番小屋の前を通らない道をわざわざ選んだ。

七年、そうやって過ごした。

謝る機会なら、いくらでもあったはずだった。

造船所の最初の冬に、俺は右手の指を落としかけた。

鉄の板が滑って、爪の付け根まで持っていかれた。

血よりも先に、音が嫌だった。

入院はせずに済んだが、その冬いっぱい、右手はろくに使えなかった。

包帯の上から軍手をはめて、左手で錆を落としていた。

班長が横に来て、俺の手元をしばらく見てから言った。

「お前、鉄より木のほうが向いとる」

翌年から、俺は木造船の修理班に移された。

鑿を握ると、手が勝手に動いた。

源さんの船小屋で覚えた角度が、指の中に残っていた。

腹が立つほど、俺の体は加尻でできていた。

※

二十五の春、初めて一艘まるごとを任された。

加尻と阿曽を結ぶ渡船、第二加尻丸だ。

船底の板を張り替えて、機関を下ろして組み直す。

三か月かかった。

古い木栓は、全部抜いて打ち替える決まりだ。

第二加尻丸の船底には、三十七本入っていた。

抜いた栓を並べると、水を吸って膨らんだまま乾いた、歪な形をしていた。

どれも、俺が生まれるより前に誰かが削ったものだ。

新しい三十七本を、俺は夜なべで削った。

樫を挽いて、少しずつ細めて、膨らむぶんを残す。

削りすぎれば漏れる。太すぎれば板が割れる。

十五で源さんに教わったことを、十年経ってもまだ同じようにやっていた。

三十七本目を削り終えたとき、ふと数が合わない気がした。

数え直しても三十七本ある。

足りないのは船の穴ではなくて、俺のほうだった。

一本だけ、この十年、加尻の家の前掛けのポケットに入ったままなのだ。

毎晩、船倉で寝た。

木の匂いと油の匂いが混ざったところで目を閉じると、ひとつだけ考えることがあった。

これが動いたら、トキさんに乗ってもらう。

七年ぶりに、あの家の戸を叩く理由がやっとできる。

平成二年の三月十日、第二加尻丸は動いた。

初便は朝六時二十分。

俺は乗らなかった。

乗る資格が、まだない気がしていた。

桟橋の端から見送った。

自分の組んだ機関の音が、水を通して足の裏まで伝わってきた。

その日の夕方、湯番小屋へ行った。

戸は閉まっていた。

トキさんはその二日前から寝込んでいた。

集落の者が交代で様子を見に行っていたらしい。

俺は誰からも聞いていなかった。

知らせてもらえるような顔をして、七年生きてはいなかった。

四月の初めに、トキさんは静かに眠った。

最後まで意識はあったと聞いた。

俺は現場を抜けられず、通夜に間に合わなかった。

着いたときには、線香の匂いだけが残っていた。

片付けを手伝っていた集落の女の人が、俺に小さな包みを寄越した。

「前掛けのポケットに入っとったんよ」

開けると、樫の木栓が出てきた。

十五の春に削った、あの一本だった。

角が丸くなっていた。

指で擦られ続けた木の、丸まり方だった。

俺はそれを握って、船小屋の裏で長いこと座っていた。

約束は果たせなかったのだと、そのとき思った。

※

それから三十年が過ぎた。

俺は五十七になり、集落へ戻って、源さんの船小屋を継いだ。

去年、入江に橋が架かった。

渡船は五十八年で終わりになった。

最終便の日、桟橋の待合小屋を片付けていたら、後ろから声をかけられた。

「高見んとこの坊か」

初代から切符を売っていた宮下さんだ。

八十三になって、耳の後ろに補聴器を入れている。

「坊は、やめてください」

「わしから見りゃ、いつまでも坊じゃ」

宮下さんは足元の段ボールを開けて、糸で綴じた分厚い帳面を出した。

乗船台帳だった。

定期券と回数券の記録が、日付ごとに残っている。

「捨てる前に、あんたに見せとこうと思うてな」

めくっていた指が、あるページで止まった。

平成二年三月十日。

第二加尻丸、就航初日。

「トキ」

その名前が、二行あった。

朝六時二十分の便と、七時十分の折り返し。

往復で、二枚。

しばらく、意味がわからなかった。

「宮下さん、これ」

「乗ったんじゃ」

「トキさんは、船に乗らん人でしょう」

「乗らん人が、乗ったんじゃ」

宮下さんは台帳を閉じずに、膝の上に置いた。

「わしゃよう覚えとる。あの朝、暗いうちから桟橋の柱んとこに立っとった」

「阿曽で、何か用があったんですか」

「何もありゃせん」

「え」

「阿曽で降りて、待合の椅子に四十分座って、折り返しで帰ってきた」

「……なんで」

宮下さんは、俺の顔をまっすぐ見た。

「あんたが直した船じゃけん」

潮の匂いが、急に濃くなった気がした。

足の裏に、あの朝の機関の振動が戻ってきた。

「往きも帰りも、ずっとこうしとった」

宮下さんは自分の右手を胸の前で握ってみせた。

「木の栓みたいなもんを、握りしめてな」

「海のほうは、いっぺんも見んかった」

「……戻したんですか」

「戻した。阿曽の待合でも、桟橋でも」

「そんな体で、なんで」

「あの人な、水が怖い人じゃ。舟に乗ったら必ず戻す」

峠を歩いて越える人が、その日だけ、二度、船に乗っていた。

俺は台帳の二行を見ていた。

名前の字が、少し震えていた。

「宮下さん、なんでトキさんは、船に乗らんかったんですか」

「連れ合いが、海から戻らんかったけんよ」

「……」

「それとな」

宮下さんは、自分の左の耳たぶを軽く引っぱった。

「あの人、こっちが聞こえんかった」

俺は顔を上げた。

「湯の釜が破裂したことがあったろう。昭和三十年代の話じゃ」

「聞いたこと、ないです」

「言わんかったんじゃ。誰にも」

「なんで」

「湯番を代わらされるけん」

それだけの理由だった。

食っていくための、それだけの理由だ。

「じゃけん、人と話すときは、必ず右に置いとった」

「……右に」

「あんたのことは、特にな」

宮下さんは笑わなかった。

「聞き逃しとうなかったんじゃろ」

十七の晩に俺が投げつけた言葉が、三十年遅れて戻ってきた。

その耳、都合の悪いことは聞こえんのじゃろ。

あの人は、聞こえるほうの耳で、それを全部聞いていた。

そのうえで、風邪ひくけん入って行き、と言ったのだ。

※

帰り道、俺は峠を歩いた。

渡船はもうないし、橋を渡れば車で十五分だが、その日は歩きたかった。

二時間半かかった。

足の裏が熱くなって、途中で何度も止まった。

道の中ほどに、平らな石がひとつある。

腰を下ろすのにちょうどいい高さだ。

座ってみて、初めてわかった。

そこからは入江と、桟橋と、船が出ていく方角が、全部見えた。

トキさんは、この石で何度も休んだはずだ。

歩いて、休んで、また歩いて。

三十年ぶんの往復が、この道に沁みている。

俺は、そのうちの一度も知らなかった。

石に座ったまま、小学五年の秋のことを思い出した。

授業参観の日、教室の後ろの戸が開いた。

俺はとうとう振り返らなかったが、湯の匂いがどこから来ていたかは、体が覚えている。

右の後ろだ。

俺の席は、窓側から数えて右の列の、いちばん後ろだった。

あの人は、四十五分間、いちばんよく聞こえる場所に立っていたのだ。

前掛けをやめてくれと言われた坂の途中で、紐を結び直したのは、たぶんそれが返事だった。

俺は、その返事の意味も三十年わからなかった。

家に帰って、道具箱の底から木栓を出した。

角の丸くなった、樫の一本だ。

沈まんようにするもんじゃ、と俺は十五で言った。

本当は、あの人のほうがずっと前から、それをしていた。

いま、孫が船小屋に遊びに来る。

六つになる。

鉋屑を集めては頭に載せて、ひとりで笑っている。

危ないけん、と言って、俺はその子を自分の右側に寄せる。

理由は、まだ言っていない。

いつか言う日が来るだろう。

そのときは、こう言おうと思う。

――昔な、俺をこっちに置いてくれた人が、おったんじゃ。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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