五十八年目に返ってきた瓶

海辺の工房と夕暮れの炉

「今日は、よう出来とるよ」

その一言を、俺は五十八年のあいだ、まるごと信じて生きてきた。

言うたのは芦名すずさんという人で、俺より七つ上やった。

硝子は、焼くときやのうて、冷ますときに割れる。

熱いうちは何べんでも形を変えるくせに、冷めていく途中の、ほんの少しの無理を覚えとって、あとから音もなく裂ける。

あの人がついた嘘も、たぶん、そういうものやったのだと思う。

昭和三十八年の春に、俺は潟江の浦戸硝子へ入った。

十七やった。

富山湾へ細く突き出した町で、風の向きが変わると、家のなかまで潮の匂いが入ってきた。

町には薬をこしらえる家が何軒もあって、うちの工場は、その薬を入れる瓶ばかりを吹いとった。

胃の薬の褐色の瓶、目薬の小さい瓶、赤ん坊に飲ませる水薬の、口の広いやつ。

炉は朝の四時から焚いた。

竿の先の硝子種は、飴のように垂れて、そのくせ触れば一生消えん痕を残す。

俺は三月のあいだ、竿を回すことしかさせてもらえんかった。

回し方が悪いと、種が偏る。

偏った種で吹いた瓶は、口が、どちらかへ寄る。

検品場は、炉場から板一枚を隔てた北側にあった。

そこだけは火の気がのうて、冬は指がかじかむほど寒かった。

すずさんは、その部屋にひとりで座っとった。

前掛けをして、白い布巾を膝に置いて、瓶をひとつずつ手に取る。

光にかざしもせん。

すずさんは、瓶の口を、指の腹で、いつも右まわりに撫でた。

一周して、なんでもなければ、合格の木箱へ。

指が途中で止まれば、はねもん箱へ。

はねもん、というのは、この土地で不良品のことをそう言う。

俺が初めて検品場を覗いた日、すずさんは顔も上げんと言うた。

「炉場のもんは、こっち入ってこられんがいちゃ」

声が低くて、思うたより年上に聞こえた。

それが芦名すずさんやった。

月にいっぺん、薬屋の主人が荷を取りに来た。

帳場でひとしきり世間話をして、帰り際に、必ず同じことを言う。

「口が甘いのだけは、勘弁してくだはれ」

薬が漏れれば、荷ごと駄目になる。

荷ごと駄目になれば、詫びに行くのは工場のほうやった。

だから検品場は、炉場より寒いくせに、工場でいちばん怖い部屋やと言われとった。

女工は何人か入っては、みな半年ももたずに辞めた。

見落としの責めを、ひとりで負わされる部屋やからやと、あとになって知った。

すずさんは、その部屋に、十年おった。

六月に、初めて自分の竿で吹かせてもらえた。

親方の横に立って、息を入れる。

種は思うたより重くて、俺の息では、なかなか膨らまんかった。

十二本吹いて、まともに立ったのは三本やった。

それを盆に載せて、検品場へ運んだ。

すずさんは黙って一本目を取った。

指が右まわりに動いて、一周して、合格の箱へ落ちた。

二本目も、三本目も、同じやった。

「今日は、よう出来とるよ」

それが、あの人が俺にかけた最初の言葉やった。

帰りの坂で、俺は瓶を吹く真似を何べんもした。

その晩、飯が喉を通らんかった。

残りの九本は、はねもん箱に入った。

戸を閉める間際、すずさんは、はねもん箱から一本だけ拾うて、前掛けの隠しに入れた。

何をしとるのか訊く気にもならんかった。

はねもんなんぞ、砕いて種に戻すだけのものやと思うとったからだ。

それから俺は、毎日、自分の吹いた瓶を自分で運ぶようになった。

運搬は下っ端の仕事やから、誰も不審がらん。

検品場の戸を開けると、寒い空気と、消毒みたいな匂いがした。

すずさんは、いつも同じ椅子に、同じ座り方で座っとった。

「あんた、名前は」

「日野といいます。日野宗一」

「そう」

その日は、それで終わった。

次の日は、

「宗一。変な名やね」

それで終わった。

三日目に、俺は初めて笑わせようとして、失敗した。

冬になると注文が立て込んで、夜の九時まで炉を落とさんかった。

検品場も遅うなる。

ある晩、瓶を運んでいくと、すずさんが火鉢に金網を置いて、餅を焼いとった。

検品場は火気厳禁のはずやった。

「見んかったことにしられ」

「見ました」

「見んかったことに」

すずさんは、焼けた餅を半分に千切って、俺の手のひらへ載せた。

熱かった。

落としたら怒られると思うて、俺は手のなかで転がしながら食うた。

すずさんが笑うのを、そのとき初めて見た。

笑うと、七つ上には見えんかった。

それから、夜の検品場は俺の場所になった。

すずさんは餅を焼き、俺は瓶を運び、片付けが終わるまで、板の間に座って喋った。

喋る、というても、喋るのはほとんど俺のほうやった。

学校をやめた話。

兄が東京へ出たきり、盆にも帰ってこん話。

母が薬売りの荷を縫うて、指の腹が針の穴だらけになっとる話。

すずさんは、うんうんと聞いて、自分のことは何ひとつ言わんかった。

どこから通うとるのか。

いくつのときからこの工場におるのか。

家に誰がおるのか。

訊くと、決まって同じ返事やった。

「そんなもん、聞いてどうするがいちゃ」

一度だけ、すずさんの帰り道をつけたことがある。

どこに住んどるのかも知らんのが、なんだか悔しかったのだ。

すずさんは、工場を出ると、駅とは反対の坂を上がって行った。

上がりきったところに、古い長屋が三軒ならんどった。

その一番端の戸を開ける前に、すずさんは立ち止まって、前掛けを外し、きれいに畳んで鞄へしまった。

それから、髪を撫でつけて、笑う顔をこしらえてから、戸を開けた。

中から、年寄りの咳の音がした。

俺は坂の下で、それを見とった。

翌日、検品場で、俺は何も言わんかった。

すずさんも、何も言わんかった。

ただ、その日の餅は、いつもより大きく千切ってあった。

一度だけ、二人で海へ行った。

三月の、まだ風の冷たい日曜やった。

潟江の浜には、冬のあいだ打ち上げられた硝子の破片が転がっとる。

波にもまれて、角がすっかり丸うなっとった。

すずさんは、それを拾うては指で撫でて、また砂へ置いた。

「これ、うちらの工場のがやろか」

「かもしれん」

「ここまで丸うなるのに、なんぼかかると思う」

俺は答えられんかった。

「あんたが生まれる前のやよ、たぶん」

すずさんは、丸くなった一片を陽に透かして、それから、砂の上へ丁寧に戻した。

割れたもんを、割れたまま大事にする手つきやった。

その日、俺は言おうとして、言えんかった。

言えんかったのは、すずさんに縁談があるという噂を、その前の週に炉場で聞いたからやった。

七つ上の人に、十八の見習いが何を言えるものかとも思うた。

年が明けて、俺は少しずつ腕が上がった――と、思うとった。

はねもん箱に俺の瓶が入ることは、ほとんどのうなった。

親方は何も言わんかった。

それが不満やった。

ある晩、俺はすずさんに愚痴をこぼした。

「親方は、俺のことを見とらん」

すずさんは、瓶を撫でる手を止めんかった。

「見とるよ」

「見とらんちゃ。合格ばっかりやのに、一言も言わん」

そのとき、すずさんの指が、瓶の口の途中で止まった。

ほんの一瞬やった。

指はすぐにまた動いて、その瓶は、合格の箱へ落ちた。

「宗一さん」

初めて、名前を呼ばれた。

「あんたは、なんのために吹いとるがけ」

意味が分からんかった。

「そら、ええ瓶をこしらえるためやろ」

「そうけ」

その晩、餅は焼かんかった。

検品場の壁には、月ごとの帳面が下がっとった。

その日の合格の数と、はねもんの数と、差引の金高が、細い字で書いてある。

一番下に、いつも同じ端数があった。

六百二十円。

何の金なのか、俺には分からんかった。

訊いたら、すずさんは帳面を裏返した。

「あんたの見るもんでない」

年が明けて二月の、雪の朝やった。

その日の一本目を運んでいくと、すずさんの指が、いつもの場所で止まらんかった。

すうっと一周して、そのまま合格の箱へ落ちた。

俺は何も思わんかった。

いつものことやと思うとった。

すずさんは、その瓶が箱に落ちる音を、しばらく聞いとった。

それから、膝の布巾をたたみ直した。

「宗一さん」

「はい」

「今日は、よう出来とるよ」

いつもと同じ言葉やったから、俺は「ども」とだけ言うて、炉場へ戻った。

戻る途中で、一回だけ、振り返った。

すずさんは、窓のほうを向いとった。

昭和四十年の、二月の終わりやった。

朝、親方が炉場で俺を呼んだ。

「日野。来月から、お前ひとりで吹け」

十二本のうち三本しか立たんかった男が、二年で、一人前の竿を持つことになった。

俺は、その足で検品場へ走った。

早う言いたかった。

誰よりも先に、あの人に。

戸を開けると、椅子に誰も座っとらんかった。

前掛けが、椅子の背に、きちんと畳んでかけてあった。

すずさんは、その朝から工場へ来んかった。

事務のおばさんが言うには、前の日の夕方に、辞めると届けを出したそうやった。

行き先は誰も知らんかった。

縁談やろう、と皆が言うた。

俺は三日、飯を食わんかった。

四日目に、炉へ火を入れた。

一人で吹いた。

その月、俺の瓶は、はねもん箱に十七本入った。

前の月まで、一本も入っとらんかったのに。

三月の締めの日に、事務のおばさんが帳面をつけながら、独り言のように言うた。

「今月から、あれが要らんようになったねえ」

「あれ、て」

「六百二十円のことよ」

俺は、帳面を覗き込んだ。

一番下の端数が、消えとった。

「芦名さんが、毎月、自分の給金から引いてもろうとった分やちゃ」

耳の奥が、しんと鳴った。

「なんの分ですか」

おばさんは、ようやく手を止めて、俺を見た。

「はねもんを、合格に入れた分やがいね」

合格の箱に入った瓶は、そのまま薬屋へ行く。

薬屋は瓶に薬を詰めて、蓋を締めて、荷に積む。

口の寄った瓶は、蓋が甘い。

甘い蓋は、荷のなかで、薬を漏らす。

だから、はねもんを一本通すたびに、誰かが弁償せんならん。

すずさんは、それを、毎月、自分の給金から払うとった。

六百二十円。

当時の俺の月給の、ちょうど十分の一やった。

俺は炉場へ戻って、その日吹いた瓶を全部、自分で並べた。

十七本。

どれも、口が右へ寄っとった。

竿を右手で持つ癖が、そのまま形になっとった。

二年間、俺はそれに一度も気づかんかった。

気づかんですんだのは、あの人の指が、毎日、俺の癖のところで止まって、それでも合格の箱へ落としてくれとったからやった。

俺は自分の腕が上がったと思うとった。

上がっとったのは、あの人が黙って払うた金の額やった。

その夜、俺は初めて、自分の吹いた瓶を自分で割った。

十七本、全部やった。

割れる音は、思うとったより小さかった。

それから五年、俺は口の寄らん瓶が吹けるようになった。

十年で、親方の竿を継いだ。

二十八で所帯を持って、娘が二人できた。

浦戸硝子は平成十年に畳んだ。

薬の瓶は、みんなプラスチックになった。

妻は、俺が瓶の口ばかり見とるのを、よう笑うた。

「あんた、人の顔より、瓶の口のほうをまじまじ見るね」

そう言われて、返す言葉がなかった。

娘の授業参観にも、俺は工場の前掛けのまま行った。

それでも、妻は何も言わんかった。

言わんでも分かっとったのだと、今は思う。

妻は十年前に、先に逝った。

今は、家の裏の納屋に小さい炉をひとつ置いて、注文があるときだけ吹いとる。

七十五になった。

息はもう続かんし、竿も重い。

それでも、火を落とすと、次に入れるのが億劫になるのが分かっとるから、落とさん。

去年の秋の、雨の午後やった。

納屋の戸を叩く音がした。

二十半ばくらいの女の人が、傘を持って立っとった。

「日野宗一さん、ですか」

「そうやけど」

女の人は、鞄から小さい紙包みを出した。

開くと、褐色の薬瓶が一本、出てきた。

古い瓶やった。

口が、右へ寄っとった。

「祖母が、これを吹いた人に返してこいと」

心臓が、ひとつ、遅れて打った。

「おばあさんの、名前は」

「芦名すず、といいます」

俺は、その場に座り込みそうになった。

「どうして、俺が吹いたと分かるがですか」

女の人は、少し困った顔をした。

「口が右に寄っとる瓶は、日野いう人が吹いたがや、と。祖母が、そればっかり言うもんで」

「……生きとられるが」

「はい。九十二です」

翌週、俺は瓶を持って、山あいの施設へ行った。

廊下の突き当たりの、日の当たる部屋やった。

すずさんは、窓のほうを向いて、車椅子に座っとった。

髪は真っ白で、背中がずいぶん小そうなっとった。

目は、もうほとんど見えんのだと、孫の人が先に言うてくれとった。

「芦名さん」

呼ぶと、首だけがこっちを向いた。

「宗一さんけ」

五十八年ぶりの声は、あの検品場の声と、同じ低さやった。

俺は、瓶をすずさんの手に握らせた。

すずさんの指が、瓶の口を、右まわりに撫でた。

一周して、途中で止まった。

止まった場所を、指は何べんもなぞった。

「これは、あんたが十七の秋に吹いたやつやね」

「……そうです」

「はねもん箱から拾うたがよ」

「知っとります」

「そうけ」

すずさんは、笑うた。

笑うと、やっぱり、七つ上には見えんかった。

「なんで、黙っとったがですか」

訊くのに、五十八年かかった。

すずさんは、しばらく黙っとった。

それから、瓶を膝の上に置いて、言うた。

「あんたの口は、ずうっと、ちょっこし右に寄っとったよ」

「……はい」

「毎日、ちょっこしずつ、寄り方が減っとった」

「はい」

「二月に、初めて、寄っとらん瓶が来たがいちゃ」

窓の外で、雨樋の水が鳴っとった。

「それで、もう、ええと思うた」

辞めたのは、縁談やなかった。

あの朝、親方が俺に一人で吹けと言うたのと、すずさんが届けを出したのは、同じ日のことやった。

二人は、同じものを見とった。

見とったのに、俺だけが、何も知らんかった。

「言うてくれたら、よかったのに」

「言うたら」

すずさんは、瓶の口を、また撫でた。

「あんた、うちのために吹くようになるがいちゃ」

「……」

「瓶は、飲む人のために吹かんと、割れるがよ」

それから俺は、言えんかったことを、ひとつだけ言うた。

三月の浜で言えんかった言葉を、そのまま言うた。

すずさんは、返事をせんかった。

かわりに、瓶を持った手を、俺のほうへ差し出した。

「握って」

言われるままに、俺は瓶ごと、その手を握った。

骨と皮ばかりの、冷たい手やった。

すずさんは、その手のなかで、俺の指の節を、ゆっくり右まわりに撫でた。

検品場で、瓶にしとったのと同じ手つきやった。

「あのな、宗一さん」

「はい」

「最初の三本だけは、ほんまやよ」

「え」

「六月の、あんたが初めて吹いた三本。あれは、ほんまに、よう出来とった」

俺は、七十五になって、人の前で泣いた。

すずさんは、俺が静かになるまで、指を止めんかった。

帰り際に、車椅子の背が、少しだけこっちを向いた。

「今度は、うちに検めさせてくれんけ」

「……次のは、口、寄っとらんですよ」

「そんなもん、撫でてみんと分からんちゃ」

帰り道、俺は遠回りをして、潟江の浜へ下りた。

六十年前と同じように、砂のなかに硝子の破片が転がっとった。

拾うて、指で撫でた。

角が、すっかり丸うなっとった。

この一片も、割れた日には、鋭かったはずやった。

それが波に何万回も転がされて、ようやく、手のひらを傷つけん形になる。

硝子は、焼くときやのうて、冷ますときに割れる。

割れんかったものだけが、こうして丸うなる。

家に帰って、俺は納屋の炉に火を入れた。

種を巻いて、竿を回して、息を入れた。

息はすぐに切れて、思うた半分も膨らまんかった。

それでも、口は、寄らんかった。

吹き終えた瓶を、徐冷炉の棚に並べる。

ここからは、ただ待つ。

急いで出せば、割れる。

一晩かけて、ゆっくり冷ます。

あの人がうちにくれた五十八年も、たぶん、そういうものやったのだと思う。

五十八年かけて、ゆっくり冷ましたのだと思う。

棚の上の瓶が、朝の光で、ひとつだけ、飴色に光っとった。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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