
五月の終わりの午後、工房の引き戸が静かに開いた。
薄曇りの日で、港から潮の匂いが運ばれてくる。俺は作業台の上に並べた木材の端を磨いていたが、引き戸の音に気づいて手を止めた。
女性だった。三十手前くらいだろうか、白いシャツに淡い水色のパンツ、黒いリュックを背負っていた。そして両腕の前に、なにかを大切そうに抱えていた。
それが義足だと気がつくのに、少しだけ時間がかかった。
膝下から先の、小さな義足だった。古いもので、外装は黒く変色し、革のベルトは擦り切れていた。本体のあちこちに細かな傷が走り、継ぎ目には長年の汚れが染み込んでいた。誰かが長い時間をかけて、毎日使い続けてきた痕跡だった。俺の工房には、そういう義足が時々持ち込まれる。修理のためではなく、ただ「ありがとう」と言いに来る人が。
「山本さんの工房は、こちらですか」
女性は静かな声で言った。俺は頷いた。
「はい。山本義肢工房です」
「二十年前に、こちらで義足を作っていただきました」
俺は彼女の顔をまじまじと見た。二十年前、となると、自分は三十二歳だったはずだ。当時に作った義足は百本を超える。そのなかの誰かの顔を、今もすぐに思い出せるわけではない。
「どちら様でしょうか」
「島川さくら、といいます。当時は七歳でした」
※
二十年前のことを、俺は時折思い出す。
五島の病院から依頼が来たのは、三十二歳の夏だった。福江島の外れにある集落で、小さな女の子が事故に遭ったという。片方の膝から下を失う怪我で、義足が必要だと。
島内に義肢専門の職人がいないため、長崎市内で開業していた俺に連絡が来た。道具一式を持って港に向かい、フェリーで島に渡った。
梅雨明け直後の空は高く、海は青かった。フェリーの甲板から見える五島の山並みは緑が濃く、近づくにつれてキラキラと光って見えた。だが船の中でも、俺の頭には一つのことしかなかった。七歳の女の子に、義足を作るのははじめてだった。どんな言葉をかければいいのか、どう接すればいいのか、まったくわからなかった。
病室に入ると、ベッドの端に女の子が座っていた。七歳のわりに細く、小さな手が膝の上でぎゅっと握り合わされていた。両親は横に座っていたが、女の子はこちらを見なかった。窓の外の空を、じっと見ていた。
「さくらちゃん、義足を作ってくれる先生が来たよ」
お母さんが優しく声をかけた。それでも女の子は振り向かなかった。
俺は少し考えてから、床に片膝をついた。椅子に座る女の子と目の高さを合わせて、ゆっくり話しかけた。
「さくらちゃん、俺の名前は山本一郎。足を作る職人をしてる。船に乗ってはるばる会いに来たよ」
返事はなかった。でも女の子の手が、少しだけ緩んだ気がした。
「一個だけ聞かせてくれるかな。何が一番好き?」
少しの間があって、女の子がぼそりと言った。
「ウサギ」
声は小さかったが、確かに聞こえた。俺は笑いかけながら、手帳を開いた。
「ウサギか。よし、わかった」
俺はその言葉を書き留めてから、また船で帰った。
一ヶ月後、義足が完成した。本体はポリプロピレン製だが、外装のカバー部分に薄い桜の木のシートを貼り付け、その側面に小さなウサギを手彫りした。丸い目と長い耳の、シンプルなウサギだ。道具を使えばもっと速く彫れたが、俺は三日かけて仕上げた。少しでも丁寧にしたかった。彫刻刀を動かしながら、あの病室の女の子の顔が頭から離れなかった。怖がっているあの子が笑ってくれるなら、もう一日かけてもいいと思った。
病室で義足を渡した日、さくらちゃんははじめて笑った。ウサギを指でそっとなぞって、「かわいい」と言った。その声を聞いたとき、後ろに立っていたお父さんが黙って顔をそむけた。
俺はその後、二度とさくらちゃんに会わなかった。
義足はサイズが合わなくなれば作り替えが必要になる。成長期の子どもであれば、三年に一度ほどのペースで新しいものを用意しなければならない。それなのに、さくらちゃんのご両親から連絡が来ることはなかった。島を出たのか、別の職人に頼んだのか。当時の俺はまだ経験が浅く、技術も十分ではなかった。使いづらかったのかもしれない、と何度も思い返しながら、俺はそのたびに自分の仕事を見直した。
職人というのは、完成品を渡したあとが怖い。渡した後には何も見えないから。使う人の顔が、声が、どこかで見えない時間を過ごしているのだと思うと、作りながらいつも少し怖かった。
※
「島川さくら」という名前を聞いたとき、あの病室の景色が一気に戻ってきた。
白い壁。消毒液の匂い。手が膝の上で握り合わされていた、あの細い女の子の姿。
「覚えていますか」と女性が言った。
「覚えてる」と俺は答えた。
「ウサギを彫ってくれた先生だって、ずっと覚えていました」
さくらさんは、両腕に抱えていた義足を作業台の上にそっと置いた。俺は近づいて確かめた。二十年の使用で表面は擦れ、側面のウサギの彫りも輪郭が薄くなっていたが、確かに俺が彫ったものだった。
「もう限界で。サイズも合わなくなってきたし、新しいものを作ってもらえたらと思って。でもこれは、捨てられなくて」
「新しいのを作りましょう。これは持って帰っていいですよ」
「ありがとうございます」
彼女は少し間を置いてから、続けた。
「一つだけお願いがあって」
「なんですか」
「また、ウサギを彫ってください」
俺は目頭が熱くなるのを感じながら、頷いた。
「もちろんです」
※
採寸をしながら、さくらさんはぽつりぽつりと話してくれた。
小学生の頃から義足を使って走り回り、中学でも高校でも友達と一緒に体育に出たこと。義足のことを笑うクラスメートもいたが、気にしなかった。大事なのは走れるかどうかだと思っていたから。島を出て、長崎市内の高校に進んだこと。今は市内の病院で看護師をしていること。
「義肢の患者さんを担当することも多いんです」と彼女は言った。「特に小さいお子さんを担当するとき、あの頃の自分を思い出します」
「そうですか」
「最初、病院がすごく怖かったんです。見知らぬ大人がたくさん来て、みんな私の足を見て、むずかしそうな顔をして。でも山本先生だけが床に膝をついて、同じ目の高さで話しかけてくれました」
俺はメジャーを持ったまま、手が止まった。
「ウサギを彫ってくれたこと、今でも鮮明に覚えています。怖かった病院が、あの日から少し好きになりました。義足って、怖いものじゃないんだって思えた。自分の体の一部になるものが、ウサギの形をしてるって、うれしかった」
彼女はそこで少し笑った。
「それが看護師になった理由の一つです。怖がっている子どもの横に、ちゃんとしゃがめる大人になりたいって、あの日から思っていました」
先月も、交通事故で義足になった小学生を担当したんです、と彼女は続けた。最初はぜんぜん話してくれなかった。でも病室に行くたびにしゃがんで、毎日ただそばに座っていたら、二週間目にようやく「看護師さんって、足が悪いの?」と聞いてきた。「そうだよ、先生もおんなじだよ」と答えたら、その子が少しだけ笑った。
「あのウサギが、そこまで繋いでいたんだって、今日ここに来てからずっと思っています」
採寸が終わると、さくらさんはリュックからスマートフォンを出した。「写真を一枚、撮ってもいいですか」と言って、古い義足と工房の作業台を静かに撮った。記念というより、どこかへ報告するような、そんな撮り方だった。
窓の外で、港の方から汽笛が一度、鳴った。
俺はうつむいて、採寸の数字をノートに書き留めた。文字が少し、滲んだ。
二十年間、俺はあの義足のことが頭の片隅に引っかかっていた。技術が足りなかったかもしれない。もっといいものが作れたんじゃないかと、幾度も思い返した。一度も連絡が来なかったのが、ずっと気になっていた。
それがこういう答えで、二十年越しに返ってくるとは。
職人の仕事は、渡した瞬間から見えなくなる。見えないところで、誰かの人生に組み込まれていく。それを知っているはずなのに、どこかでずっと不安を抱えていた。
見えなかっただけで、ちゃんとそこにあったんだ。
※
さくらさんが帰った後、俺は工房に一人で残った。
作業台の上に置かれた古い義足を、もう一度手に取った。擦り切れた革のベルト。二十年分の傷と、二十年分の歩いた跡。あの細い女の子が、この足で走り続けた二十年間。
その側面に残る薄いウサギを、指でなぞった。
俺はゆっくりと息を吐いてから、新しい木材を引き出した。外装カバーに使う、薄い桜の木のシートだ。作業台に固定して、小さな彫刻刀を並べる。
今度のウサギは、もう少し丁寧に彫ろう。
二十年前よりも少しだけ、上手くなった手で。