
行商を始めて三月、わたしの車はどの集落でも待たれとらんかった。
奥出をのぞいては。
坂を登りきって公民館の横に車を停めると、スピーカーを鳴らす前から、そこにはもう人が並んどる。
五人、六人。
買い物籠を提げた背中が、朝の光の中で少しずつ揺れとる。
山の人は親切じゃな。
そう思うことにしとった。
※
平成六年の春に、わたしは家と店を失うた。
夫が知り合いの保証人になって、その知り合いが町から消えた。
それだけの話じゃ。
三十四歳で、子はおらん。
乾物屋の看板を外した日、鍵を郵便受けに落として、振り返らんかった。
手元に残ったのは、中古の保冷車が一台。
五十万で買うて、まだ半分も払うとらんかった。
町を回る度胸はなかった。
顔を知られとる。
だから、誰も行かん山を回ることにした。
※
中国山地の奥は、三月でも谷筋にまだ雪が残る。
一車線の道を登ると、対向車が来るたびに、どちらかが待避所まで後退せんといけん。
春先は霧が濃うて、ガードレールの向こうが真っ白になる。
棚田の畦には、去年の稲の根が黒う残っとる。
どこかで炭を焼いとるらしゅうて、煙の匂いが窓の隙間から入ってくる。
わたしは、その匂いだけは好きじゃった。
※
一日走って、三千円。
いい日で、五千円。
荷台の氷が溶ける音が、走っとる間じゅう聞こえる。
坂を下るときだけ、その音が少し速うなる。
売れんかった魚は、その日のうちに自分で食うた。
毎晩、鯖を焼いた。
焼いて、食うて、電卓を伏せて寝た。
伏せんと、数字が枕元で光って見える気がしたけん。
※
夫とは、店を畳んだ年の暮れに別れた。
喧嘩をしたわけじゃない。
畳んだ台所で、二人で最後の煮物を食うて、そのあと三日、どちらも口をきかんかった。
三日目の朝に、あの人が「すまん」と言うた。
わたしは「うん」と言うた。
それで、終わった。
憎むほどの力も残っとらんかった、いうのが正直なところじゃ。
※
ところが、奥出だけは違うた。
十二軒しかない集落じゃ。
若い者はみな麓へ降りて、残っとるのは年寄りばかり。
それなのに、毎週きっちり、六人か七人が並ぶ。
一人が二百円しか買わん日でも、必ず並ぶ。
雨の日も、雪でチェーンを巻いて登った日も、傘の下に同じ背中があった。
わたしは、その理由を考えんかった。
考えたら、幸運が逃げる気がしたんじゃと思う。
※
三月目に、わたしは列の一番後ろに立っとる女に気がついた。
前掛けをして、白髪を短う刈って、右手を前掛けの下に入れとった。
顔にも手にも、日に焼けた色が乗っとる。
どこかで見た立ち方じゃ、と思うた。
背筋が、まっすぐすぎる立ち方じゃった。
「高村さん」
名前を呼ばれて、わたしは籠を落としかけた。
二十年、その名で呼ばれとらんかったわけじゃない。
その声で呼ばれとらんかった、いうことじゃ。
「鶴田さん」
「鯖、二枚。捌かんでええ。そのままで」
それだけ言うて、二百八十円を、左手で差し出した。
※
鶴田トシ子さんは、わたしが二十歳の時に働いた「みたにストア」の、鮮魚部のチーフじゃった。
当時で四十前。
白い長靴に前掛けで、朝の四時から作業台に立つ人じゃった。
声が低うて、笑い方を知らん人じゃと思うとった。
作業台の水を止めるとき、必ず蛇口を半回転だけ余分に締める人でもあった。
その人が、二十年経って、山の一番奥の集落におった。
※
事情は、岸本さんから聞いた。
奥出の一番奥で炭を焼いとる、八十過ぎの爺さんじゃ。
鶴田さんは、若い頃にこの集落へ嫁いできて、夫が十年前に向こうへ行き、子はよそへ出て、一人で残ったのだという。
ストアを辞めたのは、義理の親を看るためじゃったらしい。
「あの人は、この谷でいっとう働くけんのう」
岸本さんはそう言うて、炭俵の紐を締め直した。
※
鶴田さん本人は、自分のことをほとんど話さんかった。
昔のことも、一度も言わんかった。
ストアの話も、鮮魚部の話も、わたしが辞めた日の話も。
覚えとらんのじゃろう。
いや、覚えとって、知らん顔をしとるんじゃろう。
わたしはそう思うた。
そう思うと、腹の底が少しずつ冷とうなった。
毎週その人に鯖を売りながら、わたしは毎週、少しずつ怒っとった。
※
二十歳のわたしは、鮮魚部で一番遅かった。
鯵を三十匹おろす間に、隣のパートさんは六十匹おろした。
わたしは一匹ごとに腹の中を覗いて、血合いを指の腹でこすって、そのたびに手が止まった。
骨に沿って刃を入れるとき、身が鳴る。
あの、紙を裂くような、小さな音を聞くのが好きじゃった。
「高村さん、そこは見んでええ」
鶴田さんはいつもそう言うた。
見んでええ。
拭かんでええ。
そこまでせんでええ。
あの頃、鶴田さんの手は速かった。
鰤の一本を、話しながら三枚におろす人じゃった。
右の親指の付け根に、白い筋のような傷が何本も走っとった。
骨で刺した跡じゃと、先輩のパートさんが教えてくれた。
「あの手になるには、二十年かかるんよ」
わたしは、自分の手を見た。
まだ、なんの跡もついとらん手じゃった。
※
半年経った日の夕方、冷凍庫の前で言われた。
「あんたは、向いとらん」
それだけじゃった。
理由も、続きもなかった。
わたしは頷いて、白い長靴を洗って、更衣室へ行った。
その晩、ロッカーの中の出刃を置いて出た。
柄尻に、自分で彫った字がある出刃じゃった。
新人は道具に一字入れる決まりで、わたしは名前から「美」を彫った。
曲がった、下手な字じゃ。
それきり、魚から二十年離れて生きた。
乾物屋の嫁になったのも、たぶん、そのせいじゃ。
乾いた魚なら、捌かんでええ。
※
六月に入って、鶴田さんが氷を頼むようになった。
「魚はええ。氷だけ、二貫」
山の家に冷蔵庫がないわけじゃない。
それでも氷を買う。
わたしは荷台からブロックを抱えて、土間まで運んだ。
台所は暗うて、窓の桟に南天の枝が挿してあった。
竈は使うとらん様子で、口に新聞紙が丸めて詰めてあった。
流しの端の砥石が、濡れとった。
使うたばかりの、あの深い色をしとった。
まだ料理をされるんじゃな、とわたしは思うた。
「茶ぁ飲んでいき」
鶴田さんは、左手で急須を持った。
右手は、前掛けの下に入れたままじゃった。
※
七月の暑い日に、鶴田さんが荷台の底のラムネを一本だけ買うた。
「これ、開かん」
「貸してください」
わたしが玉を押し込むと、泡が吹いて、二人とも前掛けが濡れた。
鶴田さんは、初めて声を出して笑うた。
「あんた、力あるね」
「魚屋の娘じゃないですけど」
「魚屋の嫁じゃったろ」
「乾物屋です」
「似たようなもんじゃ」
列に並んどった婆さんたちが、なんじゃなんじゃ言うて集まってきた。
その日、ラムネは十二本売れた。
わたしは、山に来て初めて、笑うて売った。
※
鶴田さんは、たまに、余計なことを言うた。
「西の川口さんとこは、堅い魚は食えん。歯がないけん」
「上の岩本さんは、金曜に息子が来る。土曜の朝に持って行き」
「岸本の爺さんに烏賊は出すな。当たったことがあるけん、口では言わんが手を出さん」
わたしは、その通りに荷を組み替えた。
すると、売れた。
三千円が、六千円になった。
「なんで、そんなに知っとるんですか」
「十二軒しかないけん」
それも、それだけの答えじゃった。
※
川口さんの婆さんは、九十を越えとった。
歯が二本しか残っとらんそうで、わたしは毎週、鰈を一枚だけ持っていった。
骨まで柔らかく煮える薄いのを、荷の上のほうに、潰れんように寝かせて。
「あんた、これ、わざわざ選んどるじゃろ」
「たまたまです」
「嘘つき」
婆さんは笑うて、百円玉を三枚、わたしの手に押しつけた。
「うちの息子は、こういうのを持ってこん」
その言い方が、なんとも言えんかった。
わたしはその日、坂を下りながら、しばらく路肩に停めとった。
※
冬になると、奥出へ登るのに二時間かかった。
麓でチェーンを巻いて、轍を選んで、対向車が来んことを祈って登る。
わたしは軍手を三枚重ねてはめて、鉄の鎖を素手で扱わんようにした。
それでも指の関節がひび割れて、荷を触るたびに血がにじんだ。
雪の日は、誰も来んじゃろうと思う。
それでも、公民館の横には、傘の花が六つ咲いとる。
「今日は来んと思うたわ」
婆さんの誰かが、必ずそう言う。
「来ますよ」
「そうじゃろうね」
その「そうじゃろうね」が、どういう意味じゃったのか。
わたしが知るのは、まだ三年先のことじゃ。
※
「高村さん」
ある日、鶴田さんが荷台の縁を指で叩いた。
「声が小さい」
「え」
「値を言うとき、下を向いとる」
わたしは、自分の靴の先を見た。
「安いもんを売るのに、なんで恥じるんじゃ」
それだけ言うて、鶴田さんは鯖を提げて帰っていった。
次の週から、わたしは山に向かって値を叫ぶようにした。
谷にこだまが返ってきて、少し可笑しかった。
※
秋の初め、岸本さんが炭俵を積んどる横で、わたしは大根を売った。
炭窯の口から、白い湯気のような煙が細う出とった。
「あんたの車ぁ、よう続いとるのう」
「奥出の皆さんが買うてくださるけん」
岸本さんは笑うて、それから、少し黙った。
「……鶴田さんがな」
「はい」
「いや。なんでもない。焼き上がりを見んと」
爺さんは、炭窯の口へ戻っていった。
その時は、なんとも思わんかった。
※
十月の終わりに、鶴田さんが並ばん日があった。
三年で、初めてじゃった。
売り終わってから、わたしは坂を歩いて登った。
戸は開いとった。
鶴田さんは台所の床に座って、氷の袋を右手に押し当てとった。
割れた湯呑みが、足元に散らばっとった。
「落としただけじゃ」
「病院は」
「行った」
「なんて」
鶴田さんは、氷を握り直した。
「手から始まって、だんだん、じゃそうな」
病の名前は、最後まで言わんかった。
わたしが黙っとると、鶴田さんが言うた。
「言うたら、あんた、来にくうなるじゃろ」
※
わたしは、その言い方に腹が立った。
二十年前と、同じ言い方じゃった。
短うて、理由がのうて、こっちに考える余地を残さん。
「なんで、いつも、それだけしか言わんのですか」
声が、思うたより大きゅう出た。
鶴田さんは、氷から手を離した。
赤うなった右手が、少し震えとった。
指が、内側へ軽う曲がったまま伸びんかった。
「言葉が下手なんじゃ」
「昔からです」
「知っとる」
わたしは、土間の氷の水を拭いて、帰った。
※
その晩から、「捌かんでええ」の意味が、わたしの中でひっくり返り始めた。
あの人は、面倒じゃったから、そのままでええと言うたんじゃろうか。
それとも。
考えると、荷台の氷の音が、やけに近う聞こえた。
※
十二月の、雪の降る前の日じゃった。
鶴田さんが、新聞紙の包みを持って列に並んどった。
一番後ろで、いつものように。
「これ、返す」
土間で開けると、出刃が一本出てきた。
刃はもう、身が半分ほどに研ぎ減っとった。
背から刃先へ、緩い弧を描いて痩せとる。
柄は握るところだけ黒う光って、木目が浮いとった。
柄尻に、曲がった「美」の字があった。
わたしは、しゃがみ込んだ。
「二十年、預かっとった」
「なんで」
「あんた、あの日、置いて出たじゃろ」
「捨てたつもりでした」
「捨てられん道具じゃ」
鶴田さんは、左手で自分の右手を押さえた。
「あんたに、言うとかんといけんことがある」
「はい」
「向いとらん、言うたのは、鮮魚部にじゃ」
わたしは、顔を上げた。
「あんたにじゃない」
鶴田さんは、そこで長いこと黙った。
外で、鳶が鳴いた。
「あんたは、一匹に時間をかけすぎた。数をこなす売り場では、それは邪魔になる」
「はい」
「じゃが、一人に一匹売る商いなら、それは、いちばん要るもんじゃ」
わたしは、返事ができんかった。
「二十年、言えんかった」
「なんで」
「言い方が、下手じゃけん」
わたしは、出刃の刃を親指の腹で触った。
冷たかった。
よう研いである刃の、あの冷たさじゃった。
※
年が明けて、雪が深うなった。
二月に、鶴田さんは奥出を出て、麓の病院へ移った。
わたしは週に一度、荷を降ろした帰りに寄った。
病室は四人部屋で、窓際じゃった。
鶴田さんは、いつも窓のほうを向いて座っとった。
右手は、膝の上の手拭いの下に隠してあった。
病院の中でも、その人は前掛けをしとるように見えた。
鯖の値の話と、大根の出来の話と、ラムネの話をした。
「奥出は、誰が並んどる」
「今日は五人でした」
「岩本さんは」
「息子さんが来とってでした」
「そうか」
それだけで、鶴田さんは満足したように窓を見た。
昔の話は、やっぱり、どちらもせんかった。
する必要が、もうなかった。
三月の終わりに、看護婦さんから、氷を頼まれた。
「あの方、氷が欲しいと仰るんです。売店のは、味がせんと」
わたしは、その日から荷台のブロックを砕いて、袋に詰めて持っていった。
鶴田さんは、それを左手で握って、しばらく黙っとった。
「山の水の味がする」
氷に味などない。
それでも、わたしは頷いた。
最後に会うた日、鶴田さんは窓のほうを見て言うた。
「奥出は、雪が遅う残るけんの」
「はい」
「今年は、いつまで残っとった」
「まだ、日陰に少し」
「そうか」
それが、聞かれた最後の問いじゃった。
桜の咲く前に、鶴田さんは静かに眠った。
六十三じゃった。
※
四十九日の帰り、岸本さんが軽トラの荷台に腰かけて、わたしを待っとった。
「あんた、知らんじゃろう」
「なにをですか」
「あんたの車が来る前の日にな」
爺さんは、炭で黒うなった指で膝を叩いた。
「あの人は、一軒ずつ回りよった。杖ついて、雨の日も」
わたしは、返す言葉がなかった。
「明日は買うてやってくれ、言うて。頭を下げて」
「……いつからですか」
「あんたの車が、最初に来た週からじゃ」
「三年、ですか」
「三年じゃ」
岸本さんは、軽トラの荷台から降りた。
「わしも最初は、余計な世話じゃと思うたよ」
「はい」
「じゃが、あの人が言うたんじゃ。あの車は、あと二月で消える。消えたら、あの人はもう魚を触らんようになる、いうて」
わたしは、その言葉の意味を、しばらく掴めんかった。
掴めた時に、膝の力が抜けた。
あの人は、わたしの荷台の氷が溶ける速さまで、見とったんじゃ。
坂の下の、公民館の横が見えた。
三年間、毎週、必ず並んどった六人か七人の背中が浮かんだ。
「並んどったんじゃない」
岸本さんは、そう言うた。
「並ばせとったんじゃ」
※
家に帰って、わたしは台所の砥石のことを思い出した。
いつ行っても、濡れとった。
鶴田さんの右手は、もう包丁を握れんかった。
それでも、左手で、砥石は使えた。
二十年、研ぎ続けとったんじゃろう。
誰の手にも渡らん出刃を、一人で。
身が半分になるまで。
わたしはその晩、初めて声を出して泣いた。
※
あれから、二十五年になる。
保冷車は三台目じゃ。
わたしは六十一になって、腰が悪うて、氷はもうブロックでは運ばん。
出刃は、身がさらに薄うなった。
研ぐたびに減る。
減るいうことは、使うとるいうことじゃ。
奥出は、いま七軒になった。
それでも、坂を登りきって公民館の横に車を停めると、
今も、奥出だけは、わたしが着く前に人が並んどる。
並ばせとる人は、もうおらんのに。
※
わたしは、注文を受けると、必ず聞くことにしとる。
「捌きましょうか」
たいていの人は、ええよ、そのままで、と言う。
それでも、聞く。
聞かんかったら、あの人が二十年かけて訂正したことが、わたしの代でまた元へ戻ってしまう気がするけん。
炭の煙の匂いが、今日も窓の隙間から入ってくる。