兄はひびの入った桶を選んだ

温もり漂う夕暮れの銭湯

私は三十五年、あの兄を薄情な子どもだと思っていた。

番台という仕事は、人の顔ではなく、人の背中ばかりを見る仕事だ。

浦戸台の坂の途中に、若松湯という湯屋がある。

あった、と言い直すべきかもしれない。

もとは山の共同浴場だった。

坑夫が三百人、いっぺんに湯を使えるように建てられた建物で、閉山のあとに祖父が払い下げで買った。

洗い場のタイルは黒ずんだ小豆色で、天井は駅の待合室のように高い。

男湯と女湯を隔てる壁だけは、坑内の隔壁と同じ積み方をしてある。

音の抜けない壁だ、と祖父は自慢していた。

その壁のことを、私は三十五年かけて思い知ることになる。

父から番台を継いだとき、言われたことがひとつある。

湯屋の主は、見ても見ないふりをするものだ。

裸の人間には、隠すところがない。

だから見ないでやるのが商売なのだと、父は言った。

私はその言いつけを、律儀に守った。

守りすぎた、というほうが正しい。

四十を越えても嫁は来ず、番台の座布団だけが少しずつ薄くなっていった。

朝は四時に起きて、ボイラーに火を入れる。

重油の匂いのする釜場で、湯が沸くまでの一時間、私はいつもひとりだった。

温度計の針が上がっていくのを、ただ見ている一時間だ。

その一時間を、五十年やった。

坂の下では、選炭場の跡地に草が伸びていた。

町から人が減るというのは、湯屋にいるといちばんよくわかる。

下駄箱の木札が、毎年ひとつずつ返ってこなくなる。

昭和六十三年の冬に、佐伯の兄妹が来るようになった。

最初の晩のことは、よく覚えている。

戸を開けたのは母親のほうだった。

缶詰工場の作業帽をかぶったまま、紙幣を一枚、番台に置いた。

子ども二人ぶんの湯銭に、少し足りない額だった。

足りません、と言う前に、その人は言った。

「あと、あしたに」

声が枯れていた。

夜勤の前だと、ひと目でわかる目の色をしていた。

うしろに、男の子と女の子が立っていた。

兄は十二、妹は六つくらいに見えた。

兄のほうは、こちらを見なかった。

拓、と母親が呼んだ。すず、とも呼んだ。

名前だけ聞いて、私はうなずいた。

母親はそのまま戸を閉めて、坂を下りていった。

私は番台の下の帳面をひらいて、足りないぶんを鉛筆で書いた。

佐伯、と書いて、金額を書いた。

翌日、その人は本当に持ってきた。

けれど次の週も、そのまた次の週も、少しずつ足りなかった。

帳面の佐伯の行は、鉛筆の字で少しずつ長くなっていった。

消しては書き足すので、そこだけ紙が毛羽立っていた。

その晩から、二人だけで来るようになった。

すずのほうは、よくしゃべる子だった。

脱衣かごの前で、その日にあったことを片っ端からしゃべる。

給食に出たきなこ揚げパンのこと。

飼育小屋のうさぎが二匹に増えたこと。

返事をしてやると、うれしそうに続きをしゃべった。

拓は、しゃべらなかった。

戸を開けて、湯銭を置いて、下駄箱の札をかけて、それきりだ。

挨拶もしない。

番台の前を通るとき、いつも顎を引いて、目を合わせないようにしていた。

ただし、桶だけは自分で選んだ。

拓は毎度、棚のいちばん端に伏せてある、ひびの入った木桶を指した。

坑夫の頃からある古い木桶で、底に髪の毛ほどの割れがある。

湯を汲むと、じわりと漏れる。

使いものにならないから、捨てるつもりで端に伏せてあったものだ。

新しいのがいくらでも積んであるのに、拓はそれを指す。

「そっちは漏るぞ」

言っても、指をおろさない。

おろさないまま、まばたきもしない。

仕方なく渡すと、無言で受け取って、暖簾をくぐっていった。

生意気な子どもだと思った。

そのうち、常連の年寄りたちも言うようになった。

藤木さんという、元は坑内の保安係だった爺さんがいる。

「あの兄ちゃんは、口がきけんのか」

と、湯上がりの縁台で笑った。

別の爺さんが、「妹には話しとるようだが」と言った。

「なら、ただの無愛想だ」

そう言って、みんなで笑った。

私も笑った。

今でも、その笑い声だけは耳に残っている。

その藤木さんが、縁台で昔の話をした晩がある。

三坑の落盤の話だ。

昭和三十年代に坑内の天盤が落ちて、十九人が奥に閉じ込められた。

掘り出すのに四日かかったという。

そのあいだ、奥の十九人が無事かどうかを確かめる方法は、ひとつしかなかった。

「岩を叩くんだ。三つ」

藤木さんは、縁台の板を拳の腹で三度叩いてみせた。

低い、鈍い音がした。

「三つ叩いたら、まだいる、という意味だ。こっちが二つ返す。わかった、という意味だな」

声が届く距離じゃないんだ、と藤木さんは言った。

声は、岩を通らない。

けれど音は通る。

「四日、途切れなかったよ。十九人な」

爺さんたちは湯上がりの茶をすすっていた。

そのとき、脱衣かごの前に拓が立っていた。

上がってきたまま、シャツも着ずに、藤木さんの手元を見ていた。

私は「風邪をひくぞ」と声をかけた。

拓は返事もせずに服を着て、暖簾を出ていった。

あの子が大人の話を終いまで聞いていたのは、あの晩だけだ。

その頃、若松湯の夜は静かだった。

坑夫が三百人入れる湯船に、常連の年寄りが四、五人。

それも九時をまわると引けていく。

残るのは、湯の落ちる音と、換気窓のがたつく音くらいだ。

九時半をまわると、女湯にはたいてい、すずひとりになった。

男湯も、拓ひとり。

そういう時間に、あの音がしはじめた。

壁を、三つ。

低い、木の音だ。

一度きりではない。

すずが上がるまでのあいだに、四度も五度も鳴る。

最初は誰かがふざけているのだと思った。

覗きにいくと、拓が洗い場の奥に腰を落として、こちらを見ていた。

手には、あのひびの入った桶がある。

「壁を叩くな」

言うと、拓は桶を膝の上におろした。

おろすだけで、返事はしない。

私が番台に戻ると、しばらくして、また三つ鳴る。

その音を、私は三十五年、苛立ちだと思って聞いていた。

早く出ろと、妹を急かしているのだと思っていた。

実際、すずはその音がすると、あわてて上がってきた。

髪を拭くのももどかしそうに、脱衣所を飛び出していく。

急かされているようにしか、見えなかった。

おかしなことは、ほかにもあった。

湯から上がってくる拓の髪は、いつも乾いたままだった。

真冬でもそうだ。

首から下は湯に入った色をしているのに、髪だけが冬の風のままでいる。

「頭くらい洗え」

と言ったこともある。

拓は、私の顔を見ずに下駄箱を開けた。

それきりだ。

すずのほうは、女湯のなかでよく歌をうたった。

天井が高いから、湯屋じゅうに響く。

音程がひとつも合っていない校歌で、洗い場の婆さんたちが噴き出していた。

番台にいると、両側の笑い声がいっぺんに聞こえる。

あの冬は、そういう晩がいくつもあった。

思い返せば、私がいちばんよく笑ったのは、あの兄妹が来ていた冬だ。

年が明けて、二月の終わりだった。

その晩、若松湯は空だった。

雪が積もって、坂を上れる年寄りがいなかったのだ。

女湯にはすずひとり、男湯には拓ひとり。

壁の音は、いつもより多かった。

三つ、三つ、三つ。

番台の板を通して、尻に響くほどだった。

私は、その日いろいろとうまくいっていなかった。

重油代の請求が来ていて、下駄箱の木札はまた三つ減っていた。

それで、暖簾をくぐった。

「いい加減にしろ」

男湯に足を踏み入れたのは、その冬で二度目だった。

拓は洗い場のいちばん奥、壁の際に座っていた。

膝を抱えて、壁にもたれて。

桶を、床に伏せて置いていた。

私は、その桶を取り上げた。

「うるさいんだよ、さっきから。ほかのお客さんの迷惑になるだろう」

客はひとりもいなかった。

自分でもわかっていた。

それでも言った。

「妹を急かすんなら、外で待っとけ」

拓は、はじめて私の顔を見た。

何か言いかけて、口を閉じた。

そして、下を向いた。

濡れていない髪の先から、湯気だけが立っていた。

その晩、すずは長いこと上がってこなかった。

ようやく暖簾が揺れたとき、その子は泣いていた。

声は出していない。

ただ、顔じゅうが濡れていた。

脱衣所には拓が立っていた。

髪を拭いてやろうと手を伸ばした拓に、すずはしがみついた。

それから、私のほうを向いて言った。

「おじさん、お兄ちゃん、まだいる?」

拓は、目の前に立っていた。

「いるだろう、そこに」

私はそう答えた。

すずは、うなずかなかった。

拓が黙って妹の頭に手ぬぐいをかぶせ、二人は坂を下りていった。

その晩から、洗い場のいちばん端の蛇口が、夜のうちに何度も鳴るようになった。

古い配管だから、ひねると壁のなかで管が鳴る。

誰も入っていないのに鳴るときがあって、私は水道屋を呼んだ。

水道屋は、どこも悪くないと言って帰った。

三月の末に、缶詰工場が閉まった。

佐伯の一家は、内陸のほうへ移ったと聞いた。

その週の朝、釜場から戻ると、番台の座布団の下に封筒が置いてあった。

中は、帳面の佐伯の行と一円まで同じ額だった。

名前も、紙切れ一枚も入っていなかった。

私は釜に火を入れているあいだ、戸に鍵をかけない。

昔からそういう湯屋だった。

誰が置いていったのか、とうとうわからなかった。

帳面の毛羽立った行に、私は横線を一本引いた。

それきりだった。

若松湯は、それから三十五年もった。

父を見送り、常連を一人ずつ見送り、下駄箱の木札は半分になった。

藤木さんの札も、いつのまにか返ってこなくなった。

去年の冬に、ボイラーの缶体に穴が開いた。

直せば四百万かかると言われて、私は廃業を決めた。

七十七になっていた。

市の水道を切り離す日に、業者が来ることになっていた。

朝から湯を落として、空になった湯船を眺めていた。

坑夫が三百人入った湯船は、湯がないと、ただの大きな穴だ。

戸が開いて、作業服の男が入ってきた。

四十半ばくらいの、背の高い男だった。

「水道の切り離しに来ました」

低い声だった。

番台の前を通るとき、その男は顎を引いた。

目を合わせないように。

私は、なぜだか立ち上がっていた。

男は工具箱を置いて、洗い場のいちばん端にしゃがんだ。

それから、こちらを振り向いて言った。

「桶、まだありますか」

「桶」

「ひびの入ったやつです」

息が、うまく吸えなかった。

棚のいちばん端に、それはまだ伏せてあった。

三十五年、捨てそびれたままだった。

渡すと、男は両手で受け取った。

指の腹で、底の割れをなぞった。

「これです」

そう言って、はじめて笑った。

拓は、湯船の縁に腰かけた。

昔と同じ側だった。

「あれは底が鳴るんです。ひびの入ったやつがいちばん低く、長く、壁の向こうまで届いた」

言われた意味が、すぐにはわからなかった。

「新しい桶は、詰まった音がするんですよ。あれだと、女湯まで抜けない」

壁を、拓は掌で軽く叩いた。

三つ。

低い音が、空の湯船のなかで長く尾を引いた。

「すずは、あの部屋がこわかったんです」

拓は、天井を見上げた。

「あんな広いところに、六つの子がひとりですから」

番台では、笑い声しか聞こえていなかった。

歌をうたっていたのは、静かにしていられなかったからだ。

「三つ叩いたら、まだいるって意味です。すずが二つ返したら、わかった、と」

藤木さんの拳が、縁台の板を三度打つ音を思い出した。

「あれは、藤木さんの」

「三坑の話ですね」

拓はうなずいた。

「岩でも通るなら、タイルでも通ると思ったんです」

私は、湯船の縁に手をついた。

「湯に浸かっていた覚えはありません。あの壁にもたれて、座っていただけですから」

乾いたままの髪。

真冬でも、首から下だけが湯の色をしていた理由。

「頭くらい洗え、と言われました」

拓は、可笑しそうに言った。

「洗ってるあいだは、叩けないので」

私は何も言えなかった。

言葉が、喉の途中で止まっていた。

「あの晩、桶を取り上げましたね」

私は、うなずいた。

「桶を取り上げられたので、蛇口にしました。三度ひねると、管が壁の中で鳴りますから」

水道屋が、どこも悪くないと言って帰った、あの音。

誰も入っていないのに鳴っていた、あの音。

私が呼びつけた水道屋には、あれは直せなかったはずだ。

故障ではなかったのだから。

拓は、工具箱からモンキーレンチを出して、また床にしゃがんだ。

背中を向けたまま、話した。

母親は缶詰工場の夜勤で、家には湯も暖房もなかったこと。

だから、二人でここへ来ていたこと。

出がけに母親が言うのは、いつも同じ一言だったこと。

すずを泣かすな。

「それだけです。あとは何も言われませんでした」

だから拓は、しゃべらなかった。

しゃべると、妹の話す時間が減るから。

番台で挨拶を返しているあいだに、あの子が向こうで上がってしまうから。

「無愛想でしたよね。すみません」

違う、と言おうとして、声が出なかった。

私は三十五年、この子の顎の引き方を、生意気だと思って見ていた。

見ても見ないふりをするのが商売だと、父の言葉に隠れて。

見ていなかったのだ。

ただの一度も。

「引っ越しの日、ここに寄ろうとしたんです」

拓はレンチを回す手を止めなかった。

「すずが、おじさんに言っときたいことがあるって」

「なんだ」

「言うのやめとけ、と俺が止めました」

金具の緩む音がした。

「怒られると思ったので」

私は、番台のほうを見た。

三十五年、自分が座っていた場所を。

座布団の下に、封筒があった朝のことを思い出した。

「引っ越しの朝、お母さんはここへ来なかったか」

拓の手が、はじめて止まった。

「湯銭が溜まってるから、と言って出ていきました。まだ暗いうちに」

釜場で温度計を見ていた一時間。

あの一時間の向こう側を、あの人は歩いていたのだ。

私は五十年、その一時間をひとりだと思っていた。

「配管の仕事は、長いのか」

やっと出てきたのが、その質問だった。

拓はしゃがんだまま、うなずいた。

「中学を出てすぐです」

「なんで、水道屋に」

少し間があった。

レンチが、一度だけ空回りした。

「それで俺は、壁の向こうへ音を通す仕事につきました」

私は、その場に立っていられなかった。

洗い場のタイルは、湯がないと氷のように冷たい。

その冷たさが、足の裏から膝まで上がってきた。

「すずさんは」

「元気です。子どもが二人います」

拓は立ち上がって、手を拭いた。

「今日、下で待ってます」

「下」

「坂の下です。上まで来ると泣くから、行かないと言い張ってます」

私は暖簾のほうを見た。

外は、あの冬と同じ二月の光をしていた。

「呼んできてくれないか」

拓は、はじめてまっすぐに私を見た。

それから、坂を下りていった。

すずは、四十を過ぎていた。

戸を開けて、湯屋のなかを見まわして、ひとこと言った。

「天井、こんなに高かったんですね」

六つの子には、どんなふうに見えていたのだろう。

私は、女湯の戸を開けた。

湯のない女湯は、洞窟のようだった。

坑夫の女房が二百人使った洗い場に、蛇口が延々と並んでいる。

湯気のない日のタイルは、青みがかって見える。

足音が、天井のずっと上のほうで返ってくる。

六つの子がここにひとりでいる時間を、私は一度も想像しなかった。

番台からは、歌しか聞こえなかったからだ。

すずは、そこにひとりで立った。

それから、私を振り返って笑った。

「あのとき言いたかったこと、まだ言っていいですか」

私はうなずいた。

「毎晩、開けててくれて、ありがとうございました」

毎晩、私は番台に座っていただけだった。

湯を沸かして、湯銭をもらって、見ないふりをしていただけだ。

それでもこの子は、三十五年、その言葉を持って歩いていた。

拓が、壁の向こうへまわった。

男湯の暖簾が、揺れて落ちた。

しばらくして、壁が鳴った。

低い、木の音だ。

三つ。

すずが、壁に掌を当てた。

二つ、返した。

その音を、私は今度こそ、返事だと聞いた。

天井の高い、湯のない部屋のなかで、音は長く尾を引いて消えた。

私は番台を離れたまま、女湯の入口に立っていた。

湯屋の主は、見ても見ないふりをするものだ。

父の言いつけを、私はその日、はじめて破った。

翌月、若松湯は取り壊された。

ひびの入った木桶は、拓が持って帰った。

「工具箱に入れときます」

と言っていた。

坂を下りていく二人の背中を、私は最後まで見ていた。

人の背中ばかりを見る仕事を、五十年やってきた。

それでもあの日、私ははじめて、ちゃんと見たのだと思う。

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