辻堂前のボタンは鳴る

雨上がりの海辺と夕暮れのバス停

降車ボタンの音は、車内でいちばん小さな音だ。

ディーゼルの唸りにも、雨のワイパーにも負ける。

それでも運転士の耳には必ず届く。

ポーン、と短く一度きり。

浦之谷営業所の辻堂線で、辻堂前のボタンが鳴るのは、決まって夕方の便だった。

入ったばかりの私は、それを配線の不良だと思っていた。

いまは違う。

あの音を、私はいまも一日に一度、自分の指で鳴らしている。

私の名前は細井という。

28歳。

前はホームセンターで品出しをしていた。

棚に物を並べる仕事は嫌いではなかった。

ただ、一日の終わりに何も残らない感じがして、二種免許を取った。

路線バスの運転士になって2年目になる。

浦之谷営業所は、海から歩いて3分の場所にある。

朝の点呼のとき、軽油の匂いに潮の匂いが混ざる。

冬はハンドルが冷たい。

手袋をすると感覚が鈍るので、私は素手で握る。

研修に入る前の週、私は一度だけ大きな失敗をした。

前の車が急に停まって、強くブレーキを踏んだ。

後ろの席で、買い物袋が倒れた。

缶詰が三つ、通路を転がっていった。

謝ろうとしたが、うまく声が出なかった。

そのとき、後ろの補助席に座っていたヤスさんが立ち上がった。

何も言わずに缶詰を拾い、袋に戻して、客に頭を下げた。

営業所に戻ってからも、そのことには触れなかった。

叱られたほうがましだと思った。

事務所の壁には、乗降実績表という紙が貼ってある。

停留所ごとに、その日何人が乗って何人が降りたかを書き込む表だ。

ほとんどの欄は空白か、ゼロが並んでいる。

辻堂線は一日6便しかない。

朝に2本、昼に1本、夕方に2本、夜に1本。

乗る人はたいてい決まっている。

辻堂線は、町でいちばん客の少ない路線だった。

終点は、山の中腹にある集落だ。

昔は高校の生徒が朝夕に乗っていたらしい。

その高校は、私が入る前の年に統合された。

沿線の商店も、ほとんどがシャッターを下ろしている。

残っているのは、畑と、家と、防風林だけだ。

それでも便は残っていた。

朝と夕方には、必ず誰かが乗ってくる。

買い物に行く人、病院へ行く人。

車を持たない人にとって、この路線は足そのものだった。

その表のなかに、ひとつだけ妙な欄があった。

辻堂前。

降車の欄に、毎日おなじ数字が並んでいた。

1、1、1、1。

30日ぶん、一日も途切れずに1が続いている。

けれど私は、その停留所で人が降りるところを一度も見たことがなかった。

安田さんは、その辻堂線を20年以上走っている運転士だ。

みんなヤスさんと呼ぶ。

63歳。

定年まで、あと半年だった。

背は私より低い。

手だけが大きい。

制服のズボンには、いつも折り目がついていた。

自販機で買うのは決まって微糖の缶コーヒーだ。

「細井くん、ハンドルは握るもんじゃない」

初めての同乗研修で、ヤスさんはそう言った。

「置いとくもんだ」

「置いとく、ですか」

「力を入れると、客が揺れる」

私は握りを緩めた。

車体の振動が、手のひらに素直に伝わってきた。

それだけのことで、後ろの座席の揺れ方が変わるのだと、あとで知った。

左袖だけが薄い

ヤスさんの運転は、見ていて退屈だった。

速くもないし、変わったこともしない。

ただ、停留所への寄せ方だけが違った。

縁石との隙間が、いつも拳ひとつぶんに揃っている。

雨の日は、それがもう少し狭くなる。

客が水たまりを踏まないようにだ、と教わった。

扉の開け方にも順番があった。

傘を持った人が待っているときは、停めてから一呼吸置いて開ける。

先に開けると、雨が吹き込むからだという。

「そんなの、誰も気づかないですよね」

私がそう言うと、ヤスさんは前を向いたまま答えた。

「気づかんでええ」

雨の日に、一度だけ客を乗せたことがある。

商店の前で、傘を差したおばあさんが待っていた。

ヤスさんは停めてから、すぐには扉を開けなかった。

おばあさんが傘を畳み、雫を払うのを、黙って待った。

それから開けた。

車内に雨は入らなかった。

「ありがとうねえ」

おばあさんはそう言って乗ってきた。

次の週、私は同じことを真似してみた。

間合いを外して、早く開けすぎた。

足元のステップが、濡れて黒くなった。

客は何も言わなかった。

気づかれないというのは、こういうことかと思った。

研修の三日目は、夕方の便だった。

私は補助席に座り、後ろから路線を覚えていた。

海沿いの県道を走って、山側へ折れる。

畑と、閉まったままの商店と、防風林。

秋の夕方は、車内がオレンジ色になる。

その日、乗客はひとりもいなかった。

終点まであとふたつというところで、音が鳴った。

ポーン。

私は反射的に振り返った。

誰もいない。

座席の背もたれが、ずらりと空のまま並んでいるだけだった。

ヤスさんは何も言わなかった。

ウインカーを出し、速度を落とし、標柱にきちんと寄せて停めた。

扉を開けた。

外の空気が入ってきた。

五つ数えるくらいの時間、そのまま待った。

それから扉を閉め、また走り出した。

「いま、鳴りましたよね」

「鳴ったな」

「でも、誰も乗ってません」

「乗っとらんな」

ヤスさんは前を向いたままだった。

私は自分が試されているのだと思った。

新人に気づかせるための、何かの課題なのだと。

「配線ですね」

私は言った。

「湿気で接触してるんだと思います。整備に伝えておきます」

そのときだけ、ヤスさんの声が変わった。

「触らんでくれ」

低い声だった。

怒鳴られたわけではない。

それなのに、背中の産毛が立った。

私は「はい」としか言えなかった。

そのあと終点まで、ふたりとも一言も喋らなかった。

エンジンの音だけが続いた。

営業所に戻って、ヤスさんは日報を書いた。

書く姿を横から見ていて、私はあることに気づいた。

制服の左の袖口だ。

内側だけが、白く薄くなっている。

右はきれいなままだった。

長年の癖でどこかに擦れるのだろう、と私は思った。

その程度に考えて、忘れた。

その夜、営業所を出るとき、事務所の明かりがまだ点いていた。

窓の向こうで、ヤスさんが実績表に何か書き込んでいた。

ボールペンを持つ手が、ゆっくり動いていた。

書き終えると、しばらく紙を見ていた。

確かめるような目つきだった。

私はそれを、几帳面な人の癖だと思った。

辻堂前のボタン

辻堂前のボタンのことを、私は事務所のコバさんに聞いた。

運行管理者の小林さんだ。

この営業所でいちばん古い。

「ミヤさんのことでしょ」

コバさんは伝票から顔を上げずに言った。

「ミヤさん」

「宮田ミヤさん。辻堂前で毎日降りてた人」

畑の帰りに、夕方の便に乗る人だったという。

大きな竹の籠を膝に抱えて、いつも同じ席に座った。

運転席のすぐ後ろ。

「夏はね、籠にびわが入ってるの」

コバさんは少しだけ笑った。

「終点で降りる客に、勝手に配るのよ。ひとつずつ」

「怒られないんですか」

「怒る人がいないでしょ、あの路線」

それはそうだった。

「ヤスさんがこの営業所に来たとき、いちばん最初に名前を覚えてくれたのがミヤさんなの」

コバさんは言った。

「新人が来たら、みんな最初は運転手さんでしょ。ミヤさんだけ、安田さんって呼んだ」

私は、自分がまだ誰からも名前で呼ばれていないことを思い出した。

停留所で待っている人にとって、私は今日も運転手さんだった。

「ミヤさんは、いまは」

「去年から施設。足がね」

コバさんはそこで手を止めた。

「もう乗らないの」

その言い方が、やけに静かだった。

「回数券が残ってるのよ」

「回数券、ですか」

「使い切る前に乗れなくなったから。ヤスさんが預かってる」

あとで一度だけ、それを見たことがある。

ヤスさんの定期入れの内側に、青い紙が二枚、折らずに挟んであった。

角が丸くなるくらい、何度も出し入れされていた。

コバさんに、施設の場所を聞いたことがある。

隣町の、海の見えない側だという。

休みの日に、私は自転車で出かけた。

鞄に微糖の缶コーヒーを一本だけ入れて。

けれど、途中で止まった。

辻堂前の標柱の前だった。

会って、何を言うつもりなのか分からなかった。

あなたの停留所を残している人がいます、とでも言うのか。

それは私が言うことではない。

標柱の板を、指で撫でた。

塗装が浮いて、ざらざらしていた。

私は自転車を回して帰った。

缶コーヒーは、その日の夜に自分で飲んだ。

ぬるくなっていて、やけに甘かった。

翌週、私は初めてひとりで夕方の便を任された。

緊張して、発車時刻を三回確認した。

出る前に、ヤスさんが運転席の窓を叩いた。

窓を開けると、微糖の缶コーヒーを差し出された。

「握るなよ」

「置いときます」

ヤスさんは、目だけで笑った。

その顔を見たのは、それが初めてだったと思う。

私はその便で、辻堂前をただ通過した。

誰も乗っていない。

ボタンも鳴らない。

標柱が窓の外を流れていった。

塗装の剥げた鉄の棒だ。

白い板に、辻堂前、と黒い文字。

その下に、色あせた時刻表。

営業所に戻ると、ヤスさんが洗車をしていた。

ホースの水が夕陽で光っていた。

「通しました」

私は報告のつもりでそう言った。

「誰もいなかったので」

ヤスさんは水を止めた。

それから、独り言のように言った。

「停まる理由がありゃ、道は残る」

意味が分からなかった。

私は曖昧にうなずいて、着替えに行った。

その言葉を、私は半年後に思い出すことになる。

缶コーヒーはいつも微糖

年が明けて、事務所の壁に一枚の紙が増えた。

路線再編の通知だった。

辻堂線を含む三つの路線が、来年度から縮小される。

紙の下のほうに、細かい字で条件が書いてあった。

月間の乗降実績が30を下回る停留所は、統合または廃止の対象とする。

私は、その数字をしばらく見ていた。

それから、隣に貼ってある乗降実績表に目を移した。

辻堂線の停留所は、どこも0か、多くて3だった。

ひとつを除いて。

辻堂前。

先月の合計は、32。

基準を超えていたのは、辻堂前だけだった。

毎日の1が、月の終わりに30を越えていた。

足が震えるような感覚があった。

あの音は、故障でも、癖でもなかった。

私は事務所を出て、車庫へ行った。

ヤスさんが点検をしていた。

足元にはいつもの缶コーヒーが二本、並べて置いてある。

私はそれを、ずっと自分用の予備だと思っていた。

「ヤスさん」

「おう」

「その二本目、誰の分ですか」

ヤスさんは手を止めなかった。

タイヤの溝を、指で撫でていた。

ずいぶん長いこと、答えが返ってこなかった。

車庫の屋根を、風が鳴らしていた。

「置いとくもんだ」

やがて、それだけ言った。

私は何も聞き返せなかった。

ハンドルの話をされたときと、同じ声だったからだ。

通知が貼られてから、常連の何人かが事務所に来た。

畑をやっている人、病院に通っている人。

みんな同じことを言った。

仕方がないね、と。

怒る人はひとりもいなかった。

そのことのほうが、私にはこたえた。

ヤスさんが定年を迎えたのは、二月の末だった。

送別会はやらないと言い張った。

結局、事務所で紙コップのお茶を配って終わりになった。

誰かが花束を渡した。

ヤスさんは両手で受け取って、すこし困った顔をした。

最後の運行は、いつもの夕方の便だった。

私は補助席に乗った。

研修のとき以来だった。

辻堂前の手前で、ポーンと鳴った。

ヤスさんは停めて、扉を開けて、五つ数えて、閉めた。

それだけだった。

終点に着いて、客はもういなかった。

ヤスさんはエンジンを切らずに、席を立った。

車内を、ゆっくり後ろまで歩いた。

運転席のすぐ後ろの席で足を止めた。

座面の埃を、手のひらで一度だけ払った。

払う音が、車内に小さく響いた。

それから戻ってきて、また座った。

私は何も聞かなかった。

聞いてはいけない気がした。

帰り際、私は駐車場まで追いかけた。

「あの、辻堂前のボタンなんですけど」

ヤスさんは振り返った。

街灯の下で、白髪がよく見えた。

「配線じゃないですよね」

「ああ」

あっさり認めた。

「ミヤさんは、もう乗らないのに」

「乗らんな」

「じゃあ、どうして」

ヤスさんは、少し考えるふうだった。

それから、私の背中のあたりを見て言った。

「あの人は、自分で降りるのをやめたんじゃない」

「はい」

「降りる場所のほうが先に無くなったら、かわいそうだろう」

私は言葉を探した。

うまく出てこなかった。

「細井くん」

「はい」

「おれはもう押せん。あとは好きにしてくれ」

それだけ言って、ヤスさんは自転車で帰っていった。

左のペダルを踏み込む背中を、私は見送った。

標柱だけが残る

三月のあいだ、私は一度も押さなかった。

押さない理由なら、いくらでもあった。

路線はどうせ今月で終わる。

いま実績を積んでも、もう間に合わない。

それに、乗っていない人を数えるのは、たぶん正しいことではない。

私はそう自分に言い聞かせた。

実績表の辻堂前の欄に、0が並んでいった。

1が途切れた列は、遠くから見ると白い帯のようだった。

毎朝それを見るのが、少しずつ嫌になった。

何度か、左手が勝手に動きかけた。

防風林に入るあたりで、指がハンドルから浮く。

そのたびに、私は握り直した。

握ると、後ろの座席が揺れる。

誰も乗っていないのに、揺れる音がした。

コバさんは何も言わなかった。

0を書き込む私の手元を、一度も見なかった。

辻堂線の最終日は、三月の終わりだった。

朝から雨で、昼過ぎに上がった。

最終便を任されたのは私だった。

乗客は三人だった。

近所の中学生がふたりと、買い物袋を提げた男の人がひとり。

三人とも、終点のひとつ手前で降りた。

「ありがとうございました」

私は、そう言った。

中学生のひとりが、小さく手を振った。

それから、車内には私だけになった。

道が細くなり、防風林の影に入った。

フロントガラスに、まだ雨の粒が残っていた。

次は、辻堂前。

案内放送が流れた。

私はミラーを見た。

誰もいない。

当たり前だった。

そのとき、左手がハンドルから離れているのに気づいた。

後ろへ、伸びていた。

運転席のすぐ後ろ。

ミヤさんが二十年間座っていた席の、窓の柱。

そこに、押しボタンがある。

指先が、硬いプラスチックに触れた。

ポーン。

押したのは、私の指だった。

私はウインカーを出した。

速度を落として、標柱にきちんと寄せて停めた。

縁石との隙間は、拳ひとつぶんだった。

扉を開けた。

潮の匂いが入ってきた。

雨上がりの、濃い匂いだった。

五つ数えるくらいの時間、そのまま待った。

誰も乗ってこない。

誰も降りていかない。

それでも、そこは停留所だった。

扉を閉めるとき、自分の左腕が目に入った。

制服の袖口の内側が、白く薄くなりはじめていた。

私は、その場所をしばらく見ていた。

営業所に戻って、最後の日報を書いた。

乗降実績表に、私は1と書いた。

その月の合計は、1だった。

基準には、遠く届かない数字だ。

コバさんは何も言わなかった。

ただ、伝票を揃える手を一度止めて、それからまた動かした。

路線はその日で終わった。

けれど標柱は、撤去されずに残った。

理由は聞いていない。

いまも町の人は、あそこを辻堂前と呼ぶ。

畑へ行くのに、あそこで待ち合わせをする。

名前が残れば、場所は残るのだと思う。

私は今、隣町の路線を走っている。

朝の点呼のとき、軽油の匂いに潮の匂いが混ざる。

自販機では微糖を二本買う。

一本は、運転席の後ろに置いておく。

誰の分ですかと、いつか誰かに聞かれるだろう。

そのときは、ヤスさんと同じ答え方をするつもりだ。

降車ボタンの音は、車内でいちばん小さな音だ。

それでも、停まる理由がある場所には、ちゃんと道が残る。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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