恩師に教えた味噌汁

暖かなキッチンでのひととき

煮干しの頭を、親指の腹でちぎる。

腸を抜くと、指先にわずかな苦みの匂いが残る。

朝の五時、台所の窓はまだ藍色で、湯気だけが白かった。

平成五年の春。

私は二十八歳で、肩書きというものを持っていなかった。

役所の書類の職業欄には、いつも少しためらってから、無職、と書いた。

隣の欄に、妻・千夏の勤め先である中学校の名前を書くときだけ、ペンがすっと軽くなった。

鍋の底から、小さな泡が立ちはじめる。

煮干しは、沸かしてはいけない。

沸く手前の、鍋の縁がふつふつと囁くあたりで止める。

そう教えてくれた人の顔を、私はこの四年、思い出さないようにして暮らしてきた。

ふすまの向こうで、小さな咳が聞こえた。

娘の美晴は、この春で四つになる。

生まれたときから気管支が細く、季節の変わり目には夜通し咳をした。

吸入器に薬液を入れて、膝にのせる。

機械の低い唸りと、薬の白い霧。

美晴はそれを「けむりのごはん」と呼んで、おとなしく口にくわえている。

「おとうさん、きょうのおみそしるは」

マスクの下から、くぐもった声がした。

「豆腐とわかめ」

「みはるの、おとうふ、おっきくして」

「はいはい」

千夏は七時半に家を出る。

中学の国語教師で、今年は三年生の担任を持っている。

玄関で靴を履きながら、今日の時間割を口の中で確かめる癖がある。

その横顔を見るたび、胸の奥の古い畳の目を、誰かが指でゆっくりなぞっていくような気がした。

私も四年前まで、同じ仕事をしていたからだ。

国語の講師として、一年だけ教壇に立った。

美晴が生まれて、退いた。

千夏は正規の採用で、私は一年ごとの講師だった。

どちらが家に入るか、算盤を弾けば答えは出ていた。

出ていたはずなのに、私はまだ、チョークの粉の匂いを夢に見る。

押し入れの天袋には、教員時代の段ボールがひと箱、置いたままになっている。

指導書と、使いかけのチョークの箱と、一年分の指導案の綴り。

捨てるでもなく開けるでもなく、その上に四度目の春の埃が積もった。

夜、採点をする千夏の湯呑に番茶を足して、私は先に布団へ入る。

学校の話を、千夏は私の前で途中までしか口にしない。

その途中の先を、聞きたいような、聞きたくないような夜が、四年続いていた。

昼間の商店街を、エプロンのまま自転車で走る。

八百屋の店先で、年配の女たちの視線が、首筋に薄く貼りつく。

「若いのにねえ」

聞こえるように言われた日は、豆腐を一丁よけいに買った。

冷たくて重いものを籠に入れると、少しだけ背筋が伸びた。

八百屋のおばさんに、おとうさんのお仕事は、と聞かれた美晴が、こう答えたことがある。

「おとうさんはね、おみそしるのせんせい」

店先で、誰かが小さく笑った。

私は、うまく笑えなかった。

せんせい、という三文字が、胸のいちばん古い場所に、まっすぐ刺さったからだ。

曽我部徹平という名前を、私は中学三年の春に知った。

国語の教師だった。

五十がらみで声が大きく、チョークを年中、耳の上に挟んでいた。

始業式の日、先生は出席簿も開かずに教室をぐるりと見回して言った。

「顔は覚えた。名前は三日で覚える。覚えとらんかったら、わしの負けじゃ」

三日後、先生は四十一人の名前を、一度もつかえずに呼んでみせた。

先生には、もうひとつ名物があった。

わら半紙一枚の学級通信である。

題は「やまびこ」。

ガリ版で刷られた藍色の文字はところどころかすれて、謄写版のインクの油の匂いがした。

週に一度、帰りの会で配られるそれを、たいていの生徒は鞄の底で丸めた。

私は、捨てられなかった。

先生の文章には、教科書のどの文章よりも、あたたかい湯気が立っていたからだ。

掃除をさぼった者を叱る文章にすら、その逃げ足の速さへの感心が、ひとつまみ混ぜてあった。

その年の秋、母が長く入院した。

弁当を自分で詰めて登校していたころ、放課後の教室で作文を直されたことがある。

私の書いた、白いめしだけの弁当、という一行に、先生は太い指を置いて、長いこと黙っていた。

「秋村」

「はい」

「お前は、言葉で人を抱ける男になれ」

意味は、よく分からなかった。

ただその週のやまびこに、名前を伏せた私の作文の話が載った。

「白いめしだけの弁当を、白いまんま堂々と食う男がこの組におる。わしはそいつの行く末が、楽しみでならん」

わら半紙のざらりとした手触りを、私は布団の中で何度も親指でなぞった。

教師になろうと決めたのは、たぶん、あの夜だ。

教育大学を出て、先生と同じ国語の講師になった。

採用試験には二度落ちていたが、焦りはなかった。

講師の口を世話してくれたのもめぐりめぐって先生だったと、あとから人づてに聞いた。

受け持ったのは、海の見える町の中学の、二年生だった。

私は見よう見まねで、わら半紙一枚の学級通信を始めた。

題は「こだま」とつけた。

やまびこの、子のつもりだった。

ガリ版はもう職員室になく、輪転機のインクも藍色ではなかったけれど、書き方だけは決めていた。

叱るときも褒めるときも、感心をひとつまみ、混ぜること。

給食を残す子の、残し方の行儀のよさを書いた。

誰より遅く靴箱に来る子の、上履きの揃え方を書いた。

こだまは、十一号まで出した。

そして一年めの終わり、冬のはじめに、美晴が生まれた。

予定より二月も早い、両の手にのるほど小さな子だった。

保育器のガラスに掌をあてて、私は十二号の下書きを、鞄に入れたまま冬を越した。

十二号は、とうとう刷られなかった。

辞めると決めた冬、私は菓子折りを提げて先生の家を訪ねた。

先生は定年を二年後に控えて、まだ教壇に立っていた。

炬燵を挟んで、私は順序立てて話した。

娘のこと、妻の採用のこと、講師の口は他の誰かに回るということ。

先生は黙って聞いていた。

聞き終わると、湯呑を、音を立てて卓に置いた。

「逃げるんか」

炬燵の天板の木目を、私はじっと見ていた。

「教壇はの、秋村。立ちたうても立てん人間が、ようけおるんぞ」

「分かっています」

「分かっとる者の顔やない」

言い返す言葉は、喉の奥まで出かかっていた。

先生の言葉で教師を志した私が、先生の言葉で踏みとどまれないのなら、それはもう、そういうことなのだ。

言えなかった。

頭を下げて、菓子折りだけ残して、玄関を出た。

背中で、戸の閉まる音がした。

それきり、四年。

年賀状も、出せなかった。

その年の、秋の夕方だった。

美晴を自転車の後ろに乗せて、駅前のスーパーへ行った。

乾物の棚の前に、見覚えのある背中があった。

茶色の、肩の余ったカーディガン。

耳の上に、チョークの代わりに老眼鏡のつるを挟んで、出汁の袋を遠ざけたり近づけたりしている。

籠の中には、カップ麺が五つと、豆腐が二丁。

豆腐は、二丁とも同じ銘柄だった。

私は咄嗟に、隣の通路へ車輪を切ろうとした。

そのとき、美晴が荷台で小さく咳をした。

背中が、振り向いた。

「秋村」

四年ぶりに呼ばれた名前は、教室で呼ばれたときと寸分違わぬ抑揚をしていた。

「先生」

「大きゅうなったの、は、誰じゃ」

「娘です。美晴といいます」

「みはる。ええ名前じゃ。三日で覚えるまでもない」

先生は、ひとまわり小さくなっていた。

退職されたことは、風の便りに聞いていた。

奥様を一昨年の冬に見送られたことは、その棚の前で初めて知った。

「めしはの、困らん。湯を注げばできる」

先生は籠のカップ麺を、顎でしゃくった。

「ただの、汁がいかん。あれの味噌汁だけは、どこにも売っとらん」

出汁の袋を棚に戻した指が、少し迷って、また同じ袋を取った。

裏の小さな表示を老眼鏡なしで読もうとして、諦めた。

気がつくと、私は口を開いていた。

「先生。味噌汁なら、教えられます」

先生は出汁の袋を持ったまま、私の顔をしばらく見た。

教室で当てる生徒を選ぶときの、あの目だった。

「……月謝は、払わんぞ」

「煮干し代だけ、いただきます」

木曜日の夕方に通うことになったのは、美晴の通院が水曜で、千夏の帰りが遅いのが木曜だったからだ。

先生の家の台所は北向きで、流しの蛇口が固かった。

奥様の使っていた鍋はどれも磨かれたまま、二年分の埃を薄くかぶっていた。

最初の木曜、私は煮干しの頭と腸の取り方から始めた。

先生の太い指は、チョークなら自在に操るくせに、煮干しの腹の前ではまるで不器用だった。

「ちぎれてしもうた」

「ちぎれても、出汁は出ます」

「そういうもんか」

「そういうもんです」

沸く手前で火を止めること。

味噌は出汁で溶いてから入れること。

豆腐は、手のひらの上で切ること。

ひとつ言うたびに、先生は、ようし、と小さく言った。

そして広告の裏に、私の言うことをいちいち書き取った。

黒板の名人の字は、台所では存外、丸かった。

「煮干し。頭、わた、取る。沸かさん」

書いた紙を読み上げて、冷蔵庫の横に画鋲で留めた。

味見のたび、先生は目を閉じた。

「……近いの。なんぞ、近うなっとる」

何に近いのかは、聞かなかった。

二度目の木曜には、磨き直された鍋が、流しの上で私を待っていた。

三度目の木曜には、茶の間の美晴に蜜柑を剥いてやりながら、先生は四十一人の名前をそらんじる、あの調子で童歌をうたった。

四十一人の名前を三日で覚えた人は、味噌汁の手順を、二月かけて覚えた。

年が明けて、いちばん冷える木曜だった。

台所の窓が、夕方から白く曇っていた。

じゃがいもと玉ねぎの味噌汁を仕込みながら、先生がふいに言った。

「直子がの、帰ってくる。三月に」

直子さんが先生のひとり娘で、大阪で所帯を持っていることは聞いて知っていた。

「あれの好物なんじゃ、これが。じゃがいもの、味噌汁」

鍋の中で、じゃがいもの角が、やわらかく丸くなりはじめていた。

「家内の、味じゃった」

先生は味見の小皿を持ったまま、しばらく湯気の向こうを見ていた。

「わしはの、秋村。あれのお別れの日に、直子に言われたんじゃ」

湯気が、細く揺れた。

「お父さんは、学校では先生やったけど、家では、ただの留守やった、と」

ストーブの上で、やかんが小さく鳴いた。

「四十年、教壇に立った。人様の子の名前なら、何千と覚えた」

先生は小皿を置いて、自分の両手を、表に、裏に、返して見た。

チョークの粉の染みた、節くれだった手だった。

「わしは四十年、人様の子を育てて、自分の娘の茶碗を一度も洗うたことがない」

返す言葉が、見つからなかった。

代わりに私は、鍋の火を少しだけ弱めた。

「お前にあの日、逃げるんかと言うたの」

先生は台所の隅の茶箪笥から、何かを抱えて戻ってきた。

こよりで綴じた、わら半紙の束だった。

表紙に、見慣れた藍色のガリ版文字で、やまびこ、とあった。

「最終号だけ、読め」

分厚い綴りの、いちばん下の一枚。

退職の年の、三月の日付があった。

題は、いちばん上等な教え子の話、とあった。

——わしの教え子に、白いめしだけの弁当を、白いまんま堂々と食うた男がおる。

——その男は今、誰より早う起きて、家族の味噌汁を作っとる。

——わしはあの日、その男に、逃げるんかと言うた。

——白状する。あれは、嫉妬じゃった。

——わしが四十年かかってもできんかったことを、その男は、二十六で当たり前の顔をしてやりよる。

——教壇を降りる日になって、わしはようやく分かった。

——教えるということは、黒板の前だけの仕事やない。

——いちばん小さい教室は、湯気の立つ食卓じゃ。

——その教室でその男は、わしよりずっと、ええ先生をしとる。

わら半紙が、手の中で、ざらりと鳴った。

中学三年の夜、布団の中で親指でなぞった、あの手触りだった。

藍色の文字が、にじんで読めなくなった。

台所の床に、ぽた、ぽたと、小さな音がした。

「先生」

「言うな」

「……はい」

「味噌汁が、煮えとる」

先生は私の肩を、チョークの染みた手で二度叩いた。

教室で、答えを当てた生徒にするのと同じ叩き方だった。

「秋村。お前は教壇を降りたんやない」

火を止めた鍋から、湯気がまっすぐに立ちのぼっていた。

「教室が、ちいそうなっただけじゃ」

四年ぶんの息を、私はそこで初めて、ぜんぶ吐いた気がした。

じゃがいもの味噌汁は、その日がいちばんうまく出来た。

先生はお椀を両手で持って、底まで飲んで、それから言った。

「……これなら、直子に出せる」

二月の木曜は、同じ味噌汁を三度作った。

三度目には、私はもう、横で見ているだけだった。

冷蔵庫の横の広告の裏は、いつのまにか四枚になっていた。

「直子の子はの、この春で四つになる」

鍋を見たまま、先生が言った。

「美晴ちゃんと、同じじゃの」

先生が美晴の名を呼ぶときだけ、ちゃん、がつく。

教え子の娘は、教え子ではないかららしい。

「豆腐はの、どうすれば、ちいそう刻める。子どもの口に合うように」

「手のひらの上で、賽の目に。来週、教えます」

「ようし」

黒板の前で何千の名前を覚えた人が、孫の口の大きさを、広告の裏に書き取っていた。

帰り道、自転車のハンドルが、夜気で氷のように冷たかった。

冷たいのに、掌のまんなかだけが、いつまでも温かかった。

先生に二度叩かれた肩が、コートの下で、まだ脈を打っていた。

三月の終わりの夕方、美晴と散歩の帰りに、先生の家の前を通った。

玄関に、見慣れない女物の靴が、きちんと揃えてあった。

その横に、小さな赤い運動靴が、つま先を外に向けたまま脱ぎ捨ててあった。

揃った靴と、散らかった靴。

その二足ぶんだけ、あの家の玄関は、もう留守ではなかった。

台所の小窓が、白く曇っていた。

煮干しの、あの匂いが、路地までうすく流れてきた。

寄らずに、帰った。

角を曲がるとき、家の中で低い笑い声がしたような気がした。

やかんの音だったかもしれない。

それで、よかった。

家に帰ると、千夏がテストの採点をしていて、赤鉛筆を耳の上に挟んでいた。

「それ、曽我部先生の癖」

「うつったのよ。市内の国語科で、知らない人はいないもの。——あなたの、先生でしょう」

千夏はそれだけ言って、また採点に戻った。

途中までではない学校の話を、その夜、私たちは初めて湯呑が冷めるまでした。

美晴が眠ったあと、私は箪笥の上の菓子箱から、わら半紙を一枚出した。

最終号は、あの夜、先生が持って帰れと言って聞かなかった。

教材じゃ、と言った。

菓子箱を開けている私の手元を、いつのまにか起きてきた美晴が覗き込んだ。

「それ、おてがみ?」

「そう。先生からの、お手紙」

「おとうさんも、おみそしるのせんせいなのに?」

「先生にもね、先生がいるんだよ」

美晴は分かったような顔をして、わら半紙のはじを、小さな指でそっと撫でた。

藍色の文字は、もうだいぶ薄い。

それでも指でなぞると、ガリ版の溝が、かすかに掌に引っかかる。

明日の朝も、五時に起きる。

煮干しの頭をちぎり、腸を抜いて、沸く手前で火を止める。

鍋の縁が、ふつふつと囁きはじめる、あの小さな音。

やまびこのように、それは毎朝、私の台所に返ってくる。

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