俺の梨の木は半分で立っていた
毎年十一月、祖母から十一個の梨が届いた。毎年、箱の新聞紙を丸めて捨てながら、出来損ないの木の梨だと思っていた。俺の梨の木は、生まれた年に裂けた「半分の木」だと、…
続きを読む:俺の梨の木は半分で立っていた毎年十一月、祖母から十一個の梨が届いた。毎年、箱の新聞紙を丸めて捨てながら、出来損ないの木の梨だと思っていた。俺の梨の木は、生まれた年に裂けた「半分の木」だと、…
続きを読む:俺の梨の木は半分で立っていた毎週土曜の午後、絵本の棚の前に立つ老人の膝にだけ、店の猫は迷わず乗った。古書店の猫の席に挟まれた四つ折りの紙を、私は長いあいだ見落としていた。老人は一度も猫の名…
続きを読む:古書店の猫は絵本の上で眠る園バスの運転手が対向の白い冷凍車へ返してきた二回のパッシング。年中の湊くんは朝に「ただいま」、夕方に「いってきます」と言う。言い間違いだと思っていた私は、ライト…
続きを読む:二回のパッシングが返ってくる朝閉店セールの金物店で、幼なじみは奥の棚だけは売らないと言った。値札のない番地の箱は、日曜の夕方にひとつずつ空になっていく。最後に残った一箱の側面の鉛筆の数字を見…
続きを読む:番地の箱だけが棚に残った軽トラの助手席のドアは、外からしか開かない。ホームへ向かう私の背中を、姉は改札を過ぎるまで見ている。毎朝、ドアを開けてから二秒だけ私の顔を見る姉は、部品は千九百…
続きを読む:助手席のドアは外から開く夜勤の夫と入れ違いに暮らして七年。帰宅した私を待つのは、いつも四十一度の湯と、橙色に点いた保温ボタンの小さな灯だった。ところが台風で早く帰った夜、浴槽は空っぽで…
続きを読む:保温ボタンはいつも点いている契約が切れた週の土曜、譲渡会で最後まで残っていた犬を連れ帰った。毎朝の散歩は、なぜか三丁目の二階の窓の下で止まってしまう。カーテンが十センチ動くたびに、犬はすっ…
続きを読む:保護犬は二階の窓の下で座り込んだ高校の2年間、毎朝7時20分に橋の手前で一緒になる同級生がいた。吉岡はいつも川の側を走り、帰りは一度も一緒にならなかった。14年後、市役所の窓口に来た1枚の転出…
続きを読む:橋の手前で吉岡は川の側を走る駅そばの窓に立って三年。五時五分になると、店長は誰も頼まない月見を一杯作り、下りが出たあとに伸びたまま食べる。閉店の朝、私はその丼を持って跨線橋を渡り、二番ホー…
続きを読む:線路の向こうで二本の指が上がる白内障の手術だと言って、八十三の祖父が俺の1Kに三週間泊まりに来た。食卓で向かい合うと、祖父の目はいつも俺の右耳の横にある。仕事を辞めたことを隠している俺を、ま…
続きを読む:祖父は俺の右耳の横を見て話す顔合わせの席で、継母が婚約者の祖母と土佐の言葉で笑い合った。少し高くて語尾の跳ねる、私の知らない声だった。12歳の春に「この家で、そのしゃべり方しないで」と言っ…
続きを読む:継母が土佐の言葉で笑った日深夜三時半に出庫する塵芥収集車。先輩運転手の松原は、ある県営住宅の前で毎朝一分だけ圧縮レバーを切る。朝四時の圧縮音が止まる理由を、語り手は二年間訊けなかった。仕…
続きを読む:朝四時の圧縮音が止まる一分夜10時、佐渡の柿畑から届くビデオ通話。画面の中の彼は、いつも左の耳にだけ片耳のイヤホンを挿していた。聞き逃されるたびに笑い合った2年のあいだに、私は少しずつ片…
続きを読む:彼は片耳のイヤホンを外さない父の教習車は、冬でも助手席側の窓が指二本ぶん開いていた。所内でいちばん合格率の低い指導員だった父を、私は腕が悪いのだと思っていた。閉所の決まった教習所で古い配車…
続きを読む:補助ブレーキの側に座る父母の煮物は、私が高校2年の春から急に濃くなった。しょっぱい、と何度も言った。母は笑うだけで、味つけを戻さない。22年後、手首を痛めた母の代わりに台所へ立った私は…
続きを読む:母の煮物が濃くなった春ラクリマを応援する
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