開けなかった最後の手紙
三年間、海苔の缶の底に眠らせた最後の手紙を、私はようやく開けた。二十歳の雅人が鉛筆まじりの字で書いた便箋の裏には、読めるようになった頃の私への追伸があった。阪神…
三年間、海苔の缶の底に眠らせた最後の手紙を、私はようやく開けた。二十歳の雅人が鉛筆まじりの字で書いた便箋の裏には、読めるようになった頃の私への追伸があった。阪神…
公民館の集いで浴びせられた問いに、自衛官の弟は六秒黙ってから短く答えました。熊本・八代のい草農家を舞台に、弟が中学の技術の時間に三度も作り直した振るい板の目盛り…
祖母の鏡台には、三センチまで削って止まった鉛筆が一本あります。戦後まもない教室で、島田先生の髪が腰まであった理由と、それが一晩で短くなった朝のこと。教壇に置かれ…
一番でないと気が済まない母のもとで、私は中学でいじめに遭っていました。机の落書きを毎朝消していたので、消しゴムは一週間ももちません。それでも筆箱には、いつも新し…
阿久根の坂道を、じいちゃんは軽トラの助手席の窓だけを下ろして走りました。堤防で煙草を吸う孫を毎回迎えに来たおじいちゃんが、仏壇の引き出しに封も切らずに残していた…
仕事のミスが続いた秋に、独り言のつもりで漏らした一言を、父は居間で聞いていました。三日置いてかかってきた電話と、三十年のあいだ家族を一度も連れてこなかった川口の…
日雇いの休憩室で出会った、白髪の五十代の男性。ありがとうが言えずに家族と離れた彼が、胸ポケットの手帳で毎晩練習を重ね、四月の電話で大学生の僕に果たした、おじさん…
山口・宇部の整備士訓練センターで、同期の一人が退所になった秋のこと。三十九人が指を切って押した血判状は届かず、翌週から員数点検の紙が一枚だけ多くなりました。十四…
七歳の日曜日、継母と二人きりで出かけた動物園で、私は亡き母と同じ味のおにぎりを口にして泣いた。動物園のおにぎりに隠れていた、夜中の台所の灯りと一冊の大学ノートの…
鴨川の飛び石で交わした、三十歳まで独身なら結婚しようという約束。一か月後に旅立った脳内フィアンセが残したのは、百八円の指輪と「三十歳まで預かり中」と書かれた付箋…
クリスマスイブの喧嘩で「ごめんなさい」が言えなかった私に、彼のお母さんが見せてくれたのは、携帯の下書きに残る一通の未送信メールだった。意地っ張りな私が十年守り続…
富山・氷見のグループホームで働いて七年目の冬、二十人の入居者の方々から私あてに大きな花束が届いた日のこと。集会室のカレンダーの裏に八重さんが留めていた十四本のリ…
台風11号の余波が残る福岡の午後、整骨院の前で乗せたおばあちゃんは、小学三年の台風の日を語り出した。継母に使いへ出され、職員室で出会った女の先生。その正体を、私…
海外暮らしの二年目、夫が突然言い出した番犬の話。羊の丘の農場で、母犬に世話をされず、半値の札をつけて壁際に座っていた部屋の隅の子犬を連れ帰った。洗濯機の隙間で明…
富山の氷見、網を繕う家の祖母は、月の出る晩だけ雨戸を一枚だけ閉め残した。潮風で網が湿るのに、なぜ。締め忘れだと思っていた孫は、三度の願いごとがどれも叶わないまま…