義母の雑巾に見覚えのある藍色がある

夕暮れの台所で布を洗う女性

引き出しの一番下には、使っていない雑巾が六枚ある。

どれも藍色の小花柄で、角がきれいに揃っている。

義母の雑巾の七枚目は、十二月の玄関先で渡された。

「台所で使いなさい。まだ、あるからね。」

義母の佐知子さんは、そう言って紙袋を差し出した。

袋の口から、冷たい外気の匂いと、かすかな樟脳の匂いがした。

私は「ありがとうございます」と頭を下げた。

声は、自分でも驚くほど平らだった。

結婚して七年。毎年十二月になると、義母は車で四十分の道をやって来る。

そして、雑巾を一枚だけ置いて帰る。

夫の健太は、居間でテレビを見ていた。

「また雑巾? 母さん、うちの台所そんなに汚い?」

「汚くないわよ。でも、雑巾はいくらあってもいいの」

義母は笑って、湯呑みの茶を半分だけ飲んだ。

二月の寒さに慣れた手の甲に、血管が青く浮いていた。

私は三十五歳で、コールセンターで働いている。

一日中、他人の苦情を聞く仕事だ。

家に帰ると、台所の灯りだけが、私を迎えてくれる。

その台所に、義母は毎年、藍色の布を置いていく。

布の小花の間には、細い蔓が一本だけ走っていた。

ちぎれそうなほど細い線なのに、どの雑巾でも同じ向きで流れていた。

私はそれを、使い古しの押しつけだと思っていた。

義母の雑巾の使い道

最初の一枚は、結婚した年の十二月に受け取った。

新居の台所で、義母は流しの下の扉をそっと開けた。

「ふきんは、よく乾かしなさいよ。湿ったままだと匂うから」

たったそれだけの言葉だった。

けれど私は、棘のように受け取った。

実家の母を、私は十九のときに見送っている。

台所の作法を教えてくれる人は、もういなかった。

だから、義母の何気ない一言が、私の欠けた部分を指さされたように響いた。

「はい、気をつけます」

私は微笑んで、扉を閉めた。

その夜、もらった雑巾を広げて、蛍光灯の下で眺めた。

浴衣地だった。肌触りが薄く、洗いざらしで、少し硬い。

縫い目は小さく、等間隔に揃っていた。

手縫いだ。ミシンなら、こんなに角は丸くならない。

でも私は、使えなかった。

なぜか、布巾の代わりに床を拭く気になれなかった。

使い古しのタオルで足りるのに、と心のどこかで思っていた。

それに、雑巾を使えば、義母の「台所の教え」を認めることになる。

私は引き出しの一番下に、その一枚をしまった。

翌年の十二月も、その翌年も、雑巾は一枚ずつ増えた。

「お義母さん、また雑巾ですか」

三年目に、一度だけ冗談めかして言ってみた。

義母は、少し困ったように眉を下げた。

「迷惑かい」

「いえ、そんな」

「そう。ならいいの。置いていくね」

それだけだった。

私は、押し返せなかった。

義母の手が、玄関のたたきで小さく震えたのを、見なかったことにした。

雑巾は、そのまま増え続けた。

昼休み、同僚の鈴木さんに話してみた。

「手縫いの雑巾を毎年? いいお義母さんじゃないですか」

「そうかな。ただの古布だよ」

「古布でも、手で縫うのは大変ですよ。うちの母なんて、買ったタオルを渡すだけです」

「……そうだね」

私は笑って、お茶を飲んだ。

義母の雑巾は、いつも新しい糸の匂いがした。

その匂いを、私は几帳面な人の匂いとしか思わなかった。

夜、健太にも聞いてみた。

「お義母さんって、昔から手芸が好きなの」

「どうだったかな。浴衣とか、あんまり縫わなかった気がするけど」

「そう」

「でも毎年この季節、母さん夜な夜な縫ってるよ。君の分でしょ」

「……そうかもね」

私は洗い物の手を止めなかった。

義母の雑巾が誰のためのものか、そのときは、考えようとしなかった。

五年目の冬、私は流産した。

夫は仕事を休み、実家の父も電話をかけてきた。

義母は、見舞いの煮物を持って来たきり、何も言わなかった。

ただ、台所の流しを黙って磨き、手の水気を、あの藍色の布で拭いて帰った。

私はその背中を、寝室の戸の隙間から見ていた。

怒っているのか、慰めているのか、わからなかった。

その年の十二月、義母はいつもより少し早く来た。

「今年の分」

差し出された五枚目は、これまでより縫い目が小さかった。

「ありがとうございます」

私は袋を胸の前で抱えた。

ありがとうと言いながら、また引き出しの奥へしまうのだと、わかっていた。

そんな自分が、少し嫌だった。

義母の雑巾は、その年も、黙って私の台所に増えた。

廊下の端の立ち話

七年前の顔合わせの席を、私はときどき思い出す。

駅前の小さな料亭で、両家が向かい合った。

父は紺のスーツで、ずっと背筋を伸ばしていた。

母のいない実家で、父は十八年、私を育てた。

無口で、不器用で、授業参観に来たときも、後ろの壁にもたれて立っていた。

その父が、箸を置いて席を外した。

しばらくして、義母も席を立った。

お手洗いだろうと思い、私は健太と、結婚式の日取りの話を続けた。

けれど、二人はなかなか戻ってこなかった。

障子の隙間から廊下をのぞくと、二人は廊下の端で、やけに長く立ち話をしていた。

父は何度も頭を下げていた。

義母は、小さな紙袋を胸の前で抱えるようにして、うなずいていた。

「お父さん、何の話してたの」

帰りの電車で、私はそう聞いた。

「……天気の話だ」

父は窓の外を見たまま、そう答えた。

私は、それ以上聞かなかった。

七年経った去年の冬、私は父に電話をした。

愚痴のつもりだった。

「お義母さんがね、毎年、雑巾をくれるの。藍色の小花柄で。正直、ちょっと重くて」

受話器の向こうが、急に静かになった。

「……藍色か」

「うん。浴衣みたいな生地。どうして?」

「いや。何でもない」

「お父さん?」

「雑巾は、使ってやれ」

低い声だった。

「どうして使わなきゃいけないの。押しつけなのに」

「使ってやれ。……頼む」

頼む、という言葉を、父が私に使ったのは初めてだった。

電話は、そこで切れた。

私は受話器を握ったまま、台所に立っていた。

引き出しは、開けなかった。

裁縫箱の底のノート

翌年の一月、義母が階段で足を滑らせた。

大腿骨の骨折で、手術のあと、リハビリのために入院が決まった。

命に別状はない、と医者は言った。

それでも、義母の右手は、しばらく思うように動かなかった。

「母さんの家の片づけ、手伝ってくれないか。入院の荷物と、着替えも」

健太の頼みに、私は頷いた。

義母の家は、商店街の裏の古い平屋だった。

畳の匂いと、白檀の線香の匂いがした。

居間の奥に、桐の裁縫箱が置いてあった。

着替えを探して箪笥を開けたとき、足元で、その箱の蓋が外れた。

針山。糸巻き。鋏。

その下に、折りたたんだ布の束があった。

藍色の小花柄だった。

手が止まった。

布はまだ、雑巾の形になっていなかった。

裁ち鋏で切り分けた直後のような、四角い反物の端だ。

その横に、縦長のノートが一冊、挟まっていた。

表紙には何も書かれていない。

開くと、最初の頁に、鉛筆で四角が十二個、描かれていた。

四角の横に、年が書き込まれている。

七つの四角には、赤鉛筆で小さなバツが付いていた。

バツの数は、私が受け取った雑巾の数と、同じだった。

その下に、一枚の便箋が貼ってあった。

父の字だった。

角張って、右に傾く、懐かしい筆跡だ。

『ご迷惑でなければ、台所で使ってやってください。

妻は、台所の人でした。あの子の台所にも、妻の布があればと思います。』

便箋は、二つに折った跡が擦り切れていた。

何度も開いて、読み返された紙だった。

私は、畳の上に座り込んだ。

母は夏になると、浴衣のまま台所に立った。

裾をたくし上げ、藍色の背中を向けて、鍋の火加減を見ていた。

私は食卓の椅子に座り、背中の蔓の模様を、数えるように眺めていた。

包丁の音。味噌の湯気。麦茶の氷が鳴る音。

それが、私の知っている台所のすべてだった。

膝に、ノートが乗っていた。

意味が、すぐには入ってこなかった。

母の浴衣。

母が夏の夜に着て、台所に立っていた、あの藍色。

父は、捨てられなかったのだ。

私が引っ越しの業者に頼んだとき、押し入れの奥に残していた浴衣を、父は取り出して、持っていった。

あの日、廊下の端で父が義母に渡した紙袋の中身は、母の浴衣だった。

私は、息を吸うのも忘れていた。

十二の四角のうち、赤いバツが付いているのは七つだけだった。

並べた七枚の蔓

義母の病室は、四人部屋の窓際だった。

午後の陽が、白いカーテン越しに、布団の上へ落ちていた。

「あら。来てくれたの」

義母は、左手で、湯呑みを持っていた。

右手は、胸の上で、ゆっくり握ったり、開いたりを繰り返していた。

「お義母さん」

声が、うまく出なかった。

私はベッドの脇の椅子に座り、裁縫箱から持ってきたノートを膝の上に置いた。

義母は、ちらりとそれを見て、目を伏せた。

「見つけちゃったかい」

「……はい」

「あの人、無口でねえ。手紙も、あれ一枚きり」

義母は、窓の外の、薄い雲を見た。

「お父さんが、言ったの。奥さんの浴衣は、捨てられない。でも、持っているのも、つらい。誰かの台所で、使ってもらえたら、って」

「どうして、一度に渡さなかったんですか」

「一度に渡したら、あなた、しまい込むでしょう」

義母は、小さく笑った。

「毎年一枚。ちょっとずつなら、一枚くらいは、使ってくれるかもしれない。そう思ってたのよ」

私は、うつむいた。

実際、一枚も使っていなかった。

義母は、知っていたはずだ。

台所の布巾かけに、いつも新品のふきんしか下がっていなかったことを。

それでも、毎年、袋を持って玄関に立った。

「十二枚なのは、なぜですか」

「十二年。あなたと健太の台所を、十二年は、見ていたかったのよ」

義母は、しわの寄った左手で、私の指を一本だけ握った。

「お母さんの浴衣でしょう。あなたの台所が、ずっと、あったかいままでいられるように。そう思ったの。重かったね。ごめんね」

「重くなんて」

言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。

重い、と、確かに思っていた。

使い古しの押しつけだ、と、七年間思っていた。

家に戻って、私は引き出しを、一番下まで引いた。

六枚の雑巾を取り出し、そこに今年の七枚目を加えて、畳の上に並べた。

夕方の光が、窓から斜めに差し込んでいた。

藍色の小花の間には、細い蔓が一本だけ走っていた。

一枚ずつ見ていたときには、気づかなかった。

七枚を畳に並べると、蔓は途切れず、端から端まで一本につながった。

母の浴衣の背中から、裾まで通っていた、あの蔓だった。

夏祭りの夜、母がうちわ片手に台所に立つたび、私はその裾を握って見上げていた。

鼻の奥が、熱くなった。

義母が、七年かけて、母の布を一枚ずつ、私の手に返しに来てくれていたのだ。

そのうえ、私が使わなかったことを、一度も責めなかった。

私は流しに立ち、水道をひねった。

一枚目の雑巾を、冷たい水に浸した。

水が藍色に少しだけ濁って、すぐに透きとおった。

絞ると、浴衣地がきゅっと鳴った。

流しの縁を拭いた。

蛇口の根元を拭いた。

コンロの脇の、小さな油汚れも拭いた。

母が毎晩、ここと同じ場所を拭いていた、と思った。

布は、水を含んで、少しだけ重くなった。

指先が、あたたかかった。

退院の日に、義母は、左手で小さな紙袋を差し出した。

「まだ、あるからね。来年も、持っていくから」

私は両手で受け取った。

「はい。……お願いします」

引き出しの一番下には、使っていない雑巾は、もう一枚もない。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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