母のビデオテープ
九歳で母を亡くし荒れていた私が、父のタンスの奥に見つけたのは「二十歳のあなたへ」と書かれた一本のビデオテープでした。病室の母が遺した十五分の言葉が人生を変えてい…
九歳で母を亡くし荒れていた私が、父のタンスの奥に見つけたのは「二十歳のあなたへ」と書かれた一本のビデオテープでした。病室の母が遺した十五分の言葉が人生を変えてい…
心肺停止で運ばれた八十八歳の夫に、八十四歳の妻が静かに願い出たのは、自らの手で行う心臓マッサージでした。雪の夜の救急外来で研修医が見届けた夫婦の最期の時間を描く…
だめな子だと決めつけていた教え子の指導記録に、私は自分の大きな過ちを思い知りました。亡き母の形見の櫛にかすかに残る椿油の匂いと、やがて結婚式に届いた『母の席に座…
活版からオフセットへ移る頃の印刷工場で、私がいちばん苦手にしていた部長は、薄荷の飴缶から一粒を取り出し、こつんと奥歯で鳴らす人でした。あの音を叱られる合図だと思…
雨の日曜、整理だんすのいちばん下から出てきた布張りのノート。そこには妻の昼ごはんが毎日、納豆ごはんかお茶づけだと書かれていました。小さくなった茶わん、棚の上の菓…
夕方になると、坂の上のコロは古いブロック塀の角に座って私を待っていました。十八年のあいだ、雨の日も雪の日も台風の日もです。犬が自分で坂を上るのだと母は言っていま…
俺の娘は四つ。妻は娘を産んですぐ家を出て、母の話を避け続けてきた。ある夕方の電車で、片腕のない人を指さした女の子に、その母親が静かに語りかける。みんな同じじゃな…
親父は川べりから帰るとき、いつも平たい石をひとつだけポケットに入れていた。負けた日にだけそうしていたと知ったのは、逝ったあとだ。物置の缶に詰まっていた水切りの石…
夫は、息子の産声を聞けないまま、静かに逝きました。一歳の誕生日に郵便受けへ届いた、二通の手紙。雪深い和紙の里で紙を漉く妻のもとへ、亡き夫が遺した不器用な言葉が、…
坂の途中の小さな自転車店。決して人に頭を下げない店主が一度だけ私に頼んだのが、胸ポケットの観戦パスでした。雨の夜に果たされなかった約束と、三十年後の面接室でその…
海沿いの小さな町で、お針子の祖母にひとり育てられた私の物語です。祖母が夜なべして縫ってくれたお手玉、誰にも言えなかったいじめ、そして物忘れの果てに電話越しで交わ…
わずかな小遣いを握りしめ、毎日ペットショップに通うひとりの男の子が選んだのは、足の不自由な一匹の子犬でした。そっとまくり上げたズボンの下に隠されていた、彼の本当…
雪の降る港町で、人生のどん底のまま海へ向かった洋裁職人の私を救ってくれたのは、道に迷った夜のパン屋・湊さんでした。焼きたてのパンから始まった出会いと、十年の静か…
泣ける話。下町の豆腐店に引き取られた私は、父の急死で血のつながりがないと知り、養母を嫌い抜きました。ぼろぼろになって働く母の背中と、雨の朝に投げかけられた「いっ…
泣ける話。瀬戸内の港町の古い文化住宅で出会った、隣の部屋の小さな女の子。お腹を空かせた私に握ってくれた、塩気のないおにぎりの本当の意味を、私はずっとあとになって…