引き出しの奥の布張りのノート

引き出しの奥の布張りのノート

雨の降る、静かな日曜日の午後でした。

妻が買い物に出ているあいだ、僕は健康保険証を探していました。

寝室の整理だんすの、いちばん下の引き出し。

たたまれた古いカーディガンの下から、一冊の布張りのノートが出てきました。

色のあせた表紙。

角がすり切れて、何度も開かれた跡がありました。

妻の字で、ただ「にっき」とだけ、ひらがなで書かれていました。

見てはいけないものだと、頭ではわかっていました。

それでも僕は、そっと表紙を開いてしまったのです。

この話は、僕がいかに自分の妻を知らなかったか、という記録です。

読み終えたとき、僕は自分の暮らしの土台が、誰の手でできていたかを知りました。

妻とは、職場の先輩の紹介で知り合いました。

派手なところのない、笑うと目尻が下がる人でした。

つきあって二年で、僕たちは結婚しました。

小さな式を挙げて、古いアパートで二人の暮らしが始まりました。

僕の給料は、けっして多くありません。

それでも妻は、いやな顔ひとつせず、僕のそばにいてくれました。

「二人なら、なんとかなるわよ」

口ぐせのように、そう言って笑っていました。

僕は、その言葉に甘えていたのだと思います。

暮らしのこまかいことは、すべて妻にまかせきりでした。

家賃の引き落とし日も、電気の契約も、僕は知りませんでした。

通帳がどこにあるのかも、たぶん答えられなかったと思います。

それでも、僕は自分を「家族を養っている人間」だと思っていました。

その思い込みが崩れたのが、あの日曜の午後です。

台所の換気扇の音と、雨の音だけがしていました。

二人ならなんとかなる

ノートの最初のページには、結婚した年の春の日付がありました。

「今日からこのおうちが、私のおうち。がんばろう」

丸みのある、妻らしい字でした。

ページをめくるごとに、僕の知らない妻の毎日がありました。

その日の献立、近所の人とのちょっとした会話、ベランダの花のこと。

そして、お金のこと。

妻は、家計のやりくりをこまかく書きつけていました。

「特売の卵、一人五パックまでだった。二回ならんだ」

「今月もなんとか黒字。えらいぞ、私」

どのページも、明るい調子で書いてあるのです。

雨の音が、窓のサッシを叩いていました。

僕はカーディガンを膝に置いたまま、ページをめくり続けました。

数字のとなりには、よく小さな絵が描いてありました。

まるや、三角や、へたな猫の顔です。

意味は、しばらく分かりませんでした。

あとのページに、注釈のような一行がありました。

「まるの日は、あの人がおかわりしてくれた日」

ページをさかのぼると、まるは月に七つか八つでした。

僕はそのくらいしか、おかわりをしていなかったのです。

読み進めるうちに、あることに気がつきました。

妻のお昼ごはんが、いつも、ひどく質素なのです。

「お昼は納豆ごはん。これがいちばん落ちつく」

「今日も卵かけごはん。ぜいたくは夜にとっておく」

「お昼はお茶づけ。あったかいと、それだけで幸せ」

来る日も来る日も、妻のお昼はそれだけでした。

ファミリーレストランに行くのも、月に一度と決めているようでした。

「今日は友達とランチ。ドリンクバーだけで二時間ねばった。たのしかった」

その一行を読んで、僕は笑って、それから泣きそうになりました。

質素なお昼の理由は、すぐ後のページに書いてありました。

「私のお昼を少し削れば、その分、夜にいいお魚が買える」

「あの人に、おいしいものを食べてほしいから」

あの人、というのは、もちろん僕のことでした。

僕は、自分の夕飯のことを思い返しました。

焼きたての魚に、季節の野菜。

ときには、僕の大好物の牡蠣。

妻も同じものを食べているのだと、思いこんでいました。

自分のお昼を削って、僕の食卓に回しているなんて。

考えたことも、ありませんでした。

結婚してから、妻と昼をともにした日は数えるほどです。

休日の昼、妻はたいてい「先に食べたから」と言いました。

僕はそれを、気づかいだと受け取りました。

本当は、僕の前で納豆ごはんを食べたくなかっただけかもしれません。

布張りのノートの角

僕は一度、布張りのノートを閉じました。

表紙の角が、指の腹に引っかかります。

布の織りが毛羽立って、下地の厚紙が覗いていました。

何年かけて、ここまですり切れるのだろうと思いました。

ページの隅には、指でこすれた跡が斜めに残っています。

右手で押さえて、左手でめくる人の癖です。

妻は右利きですから、押さえる側が右になるはずがありません。

台所仕事の途中で、濡れた手を避けて開いていたのだと気づきました。

鍋を火にかけて、沸くまでの二、三分。

そのわずかな時間に、この人は一日を書いていたのです。

だから、どの行も短いのだと思いました。

長く書ける時間が、なかったのです。

「今日は○○さんの好きな牡蠣が安かった。やったやった」

そんな一行に、僕は胸を突かれました。

自分のことより、僕の好物が安く買えたことを素直に喜んでいるのです。

思い返せば、夕飯のとき、妻はよくこう言っていました。

「私はお昼にたくさん食べたから、これで十分よ」

僕は、その言葉を何の疑いもなく信じていました。

本当は、納豆ごはんしか食べていなかったのに。

ノートには、季節のうつろいもていねいに書かれていました。

春は、ベランダの鉢の芽の数。

夏は、蚊取り線香を何巻使ったか。

秋は、干した布団の匂いのこと。

冬は、朝の水道の冷たさ。

季節の記録は、いつも家の中から見た景色でした。

この人の一年は、この部屋の窓の幅で回っていたのです。

夏のページには、こうありました。

「あの人の誕生日。奮発してお肉を買った。よろこんでくれた」

「私はその分、来週お昼をぬこう」

自分の誕生日のページを探すと、ほんの一行だけでした。

「今日は私の誕生日。あの人がケーキを買ってきてくれた。うれしい。それで十分」

ほしいものも、してほしいことも、何ひとつ書いていません。

僕がしてくれた小さなことを、宝物のように書きとめているのです。

秋のページには、こんな一行がありました。

「商店街で、すてきなコートを見つけた。ためいきが出る値段。あきらめた」

「でも、見るだけはタダ」

次の行には、こうありました。

「そのかわり、あの人のセーターを買った。冬、あたたかくしてほしいから」

自分のコートはあきらめて、僕のセーターを選んでいたのです。

その秋に妻が買ってくれたセーターを、僕は今も持っています。

肘のところが薄くなって、もう外には着ていけません。

それでも、捨てられずに簞笥の底にあります。

何も知らずに、ただ「あったかいね」と言って着ていたセーターです。

小さくなった茶わん

妻は、ほかにもいろいろなことを切りつめていました。

バスに乗らず、二つ先の駅まで歩く日のこと。

安い店をいくつもまわって、一円でも安い豆腐を探すこと。

ほつれたブラウスを、夜なべして何度も繕って着ていること。

そういえば、と僕は思い出しました。

妻の靴は、もう何年も同じものでした。

かかとのすり減った、焦げ茶色のローファーです。

何度も「新しいのを買えばいいのに」と言いました。

そのたび、妻は笑ってごまかしていました。

「まだ履けるから、もったいないわ」

その言葉の裏に、何が隠れていたのか。

そのときの僕は、まるで考えませんでした。

ノートには、ときどき僕への小さな不満も書いてありました。

「今日はけんか。あの人、また脱いだ靴下を裏返しのまま」

「もう少し早く帰ってきてくれたら、いっしょにご飯が食べられるのに」

「たまには、ありがとうって言ってほしいな」

「今日は、あの人が自分から食器を下げてくれた。びっくりした」

びっくりされるほどのことを、僕はしていなかったのです。

読んでいて、耳が痛くなりました。

けれど、その不満のすぐあとには、きまってこう続くのです。

「でも、まじめに働いてくれているんだもの。文句は言えないな」

「あの人なりに、私を大事にしてくれているのは、ちゃんとわかっているから」

不満を書いておきながら、最後はいつも僕をかばっていました。

読み進めるほどに、妻の毎日が映像のように浮かんできました。

「雨の日。あの人の革靴に新聞紙をつめて、乾かした。明日も使えますように」

「あの人のワイシャツ、えりの黄ばみがなかなか落ちない。ブラシで二十分」

「お米が高くなった。私のお茶わんを、ひとまわり小さいのに変えてみた」

「気のせいか、満足感は同じ」

自分のお茶わんを小さくして、僕に気づかせないようにしていたのです。

言われてみれば、いつのまにか、妻の茶わんは小さくなっていました。

僕は、それにすら気づいていませんでした。

「あの人が残業の日。先に寝ないで、起きて待っていた。おかえりって言いたいから」

僕が遅く帰った夜、玄関で待っていてくれたのを、僕は当たり前だと思っていました。

「あの人、つかれているみたい。何も言わずに、肩をもんだ」

あの夜のことを、僕も覚えています。

肩をもんでくれた妻に、僕は「ありがとう」も言わなかった気がします。

ノートの中の妻は、いつも僕の小さな変化に気づいていました。

僕は、妻の大きな我慢にすら気づいていなかったのに。

棚の上の菓子の缶

あるページで、僕は手が止まりました。

その日、妻は熱を出していたようでした。

「朝から頭がいたい。たぶん風邪。でも、あの人のお弁当は作らなきゃ」

「ふらふらしながら、なんとか卵焼きをやいた。形がへんになっちゃった」

僕は、その日の朝のことを思い出しました。

いつもより卵焼きの形がいびつだったのを、僕は心の中で少し笑ったのです。

妻が熱を押して焼いてくれたものだとも知らずに。

「あの人、いってきますって、いつもどおり元気だった。気づかれなくてよかった」

自分が熱を出していることさえ、僕に気づかれまいとしていたのです。

その週の日記は、三日分が白紙でした。

書けなかったのだと思います。

四日目に、一行だけありました。

「なおった。よかった」

誰に向けた「よかった」なのかを考えて、僕は動けなくなりました。

僕は、ノートを持つ手が震えるのを感じました。

冬のはじめのページに、めずらしく、ゆれる気持ちが書いてありました。

「久しぶりに、自分のために何か買おうかと思った。ずっとがまんしていた、あの手袋」

「お店の前で、ずいぶん長いこと迷った」

次の行には、こうありました。

「でも、やめた。来月、あの人の好きなお店で外食をしようと思うから」

「私の手袋より、二人で笑える時間のほうが、ずっといい」

ほんの少しの自分へのごほうびさえ、妻は僕との時間に変えていました。

その外食を、僕はちゃんと覚えていました。

あの夜、妻はやけにうれしそうでした。

僕は理由もわからず、ただ笑っていました。

今ならわかります。

あれは、妻が自分の手袋をあきらめて用意してくれた時間だったのです。

ページの後半に、僕がまだ知らない一行を見つけました。

「こっそり、貯金箱をはじめた。目標は、あの人のあれ」

あの人のあれ、が何なのか、しばらくわかりませんでした。

何ページか先に、その答えがありました。

「あの人、独身のころに乗っていたバイクを手放したらしい」

「本当は、今でも乗りたいんだって」

「いつか、また乗れるように。少しずつでも、ためておいてあげよう」

僕は、結婚するときに古いバイクを売りました。

これからは家族のためだと、自分に言い聞かせて手放したのです。

そのことを、僕は妻に一度だけ、ぽつりとこぼした覚えがありました。

ただの、なんでもない思い出話のつもりでした。

妻は、それをずっと覚えていてくれたのです。

そして、自分のお昼を納豆ごはんにしてまで、少しずつためていた。

僕はノートを置いて、台所に立ちました。

台所の棚のいちばん上に、菓子の缶がひとつ置いてありました。

いつからそこにあるのか、僕は知りません。

ただの空き缶だと思っていました。

手を伸ばしかけて、やめました。

これ以上、勝手に知ってはいけないと思ったのです。

盗み読みは、よくないことです。

それでも、あの布張りのノートを読んでよかったと、いまは思っています。

連れ合いの携帯を勝手に開いてしまった人の話を、僕はあとで読みました。

あの人も、たぶん同じところで手を止めたはずです。

知ってしまったあとに、どう暮らすか。

問われているのは、そこだけなのだと思います。

玄関の戸が開く音

玄関の戸が開く音がしました。

妻が、買い物から帰ってきたのです。

僕はあわてて布張りのノートを閉じ、元の場所にそっと戻しました。

カーディガンを、もとのとおりにたたみ直して。

何ごともなかったように、居間に座りました。

「ただいま。今日は牡蠣が安かったのよ」

妻が、台所からうれしそうに声をかけてきました。

その声を聞いて、僕はまた泣きそうになりました。

その牡蠣のために、あなたは今日のお昼も納豆ごはんだったのでしょう。

そう言いたいのを、のどの奥でこらえました。

「うん。ありがとう。楽しみだな」

僕は、それだけ言うのがやっとでした。

台所から、まな板を打つ軽やかな音が聞こえてきます。

その音が、いつもよりずっと胸にしみました。

その夜、僕は妻にひとつだけ約束をしました。

バイクのことも、ノートのことも、口には出しませんでした。

ただ、夕飯のあと、僕はこう言いました。

「これからも、ずっと、君を大事にするよ」

妻は、きょとんとした顔をしました。

「どうしたの、急に。へんなの」

そう言って笑う妻の顔を、僕は一生忘れないと思います。

次の日から、僕は少しだけ早く帰り、皿を洗うようになりました。

小さなことです。

それでも、妻の負担をほんの少しでも分けたかったのです。

皿を洗いながら、僕はときどき台所に立つ妻の背中を見ます。

小さな背中です。

その背中が、これまでどれだけ僕の暮らしを支えてきたことか。

立派なことは、何もできません。

それでも、見えないところでの小さながまんに気づける夫になりたいのです。

遺された手紙で親の我慢を知った人の話を読んだとき、僕は少し安心しました。

気づくのが遅い人間は、僕だけではないようです。

三年が過ぎました。

ある日曜、妻が外出したあと、僕は棚の缶を下ろしました。

今度は、断ってから開けました。

缶の中には、五百円玉が十七枚と、折りたたんだ紙が入っていました。

紙には、バイクの写真が切り抜いて貼ってありました。

雑誌のページです。

角が丸くなるまで、何度も開かれた紙でした。

僕はその日、妻を駅前の靴屋に連れていきました。

「なんで急に」

「かかと、減ってるから」

妻は、少しだけ困った顔をしました。

「これはね、捨てられないの」

「どうして」

妻は、店の椅子に座って、古いほうの靴を両手で持ちました。

「覚えてない?」

僕は覚えていませんでした。

「新婚旅行から帰った次の日」

「駅前の、いまはもうない店で」

そこまで言われて、ようやく手のひらに記憶が戻りました。

安い買い物でした。

給料日前で、それしか出せなかったのです。

あのローファーは、結婚した翌日に僕が贈ったものでした。

値札の付け根が、内側にまだ少しだけ残っていました。

僕が忘れていたものを、妻は十年、毎日履いていたのです。

新しい靴の箱を抱えて、妻は先に店を出ました。

雨上がりの舗道に、その背中が小さく映っていました。

僕は、五百円玉の缶を、そのまま棚に戻すつもりです。

いつか、二人で出かける日のために。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。