私は幸せでした

もしお時間があれば、病室のベッドの上で書いている、私の長い手紙に、少しだけ付き合ってください。

文章を書くのは昔から得意ではないので、読みづらいところは、どうか笑って許してくださいね。

二十六の冬、私は北の港町の小さな洋裁店で、誰にも必要とされていないような気持ちのまま、ただ針を動かして暮らしていました。

長く勤めた仕立て屋がたたまれ、最後の日、私は店主と二人で、空になった棚をいつまでも雑巾で拭いていました。

「千夏ちゃんの腕は確かやけん、どこでもやっていける」と店主は言ってくれましたが、その声は少し震えていました。

同じ頃、五年付き合った人は、私の従妹と並んで写真に収まる側へ、静かに行ってしまったのです。

二人が腕を組んで商店街を歩いているのを見かけた日、私は買ったばかりの卵を、道の真ん中に落として割ってしまいました。

割れた黄身が雪解けの水に溶けていくのを、私はただ、しゃがんで眺めていました。

追いかけるように、母が逝きました。

入院していた母は、最後の数日、私の手を握って「ごめんね、先に行くね」と何度も繰り返していました。

慌ただしい葬儀の手続きを終えて顔を上げたとき、私の居場所はもう、どこにも残っていませんでした。

母は生前、裁縫を教えてくれるたびに、決まってこう言っていました。

「縫い目はね、千夏。焦るとすぐ曲がるの。ひと呼吸おいてから、ひと針ずつね」

形見になった木の裁縫箱を膝にのせ、私は祖母の代から使う古いミシンの前に、毎日ただ座っていました。

布の端を縫い合わせるたびに、ほどけていく自分を、どうにか縫い止めようとしていたのかもしれません。

けれど糸は、いつも私より先に、ぷつりと切れてしまうのでした。

店の窓ガラスには、潮の匂いを含んだ風が、絶えず細かい雪を打ちつけていました。

夜になると、その乾いた音だけが部屋を満たして、私は自分の呼吸の音さえ、疎ましく感じるようになっていったのです。

食事の量がだんだん減り、鏡に映る顔から、表情というものが少しずつ抜け落ちていきました。

誰かと最後に笑ったのがいつだったか、もう思い出せませんでした。

かつての同僚から、新しい仕事を紹介したいという電話が、何度か鳴りました。

けれど私は、受話器を取る気力さえなく、ただ鳴り終わるのを布団の中で待っていました。

母の四十九日が済んだ夜、私は一人、台所に立ったまま、味噌汁の鍋をいつまでも見つめていました。

二人分作る癖が抜けず、けれど食べる相手は、もうどこにもいないのです。

湯気が立ちのぼっては消えていくのを、私は他人事のように、ぼんやりと眺めていました。

雪のひときわ深い晩でした。

私は店の鍵を閉め、コートも羽織らないまま、ふらりと防波堤の方へ歩いていきました。

黒い海が、低く湿った声で、こちらへおいで、と呼んでいるように聞こえたのです。

冷たい手すりに指をかけると、てのひらのわずかな熱が、みるみる鉄に吸い取られていきました。

もう、いいだろう、と思いました。

これ以上、誰の重荷にもならずに済むのなら、それでいいではないか、と。

足元で波が砕け、しぶきが頬に散った、ちょうどそのときでした。

「すみません。その道、行き止まりですよ」

振り返ると、白い息を長く吐いた男の人が、自転車を押して立っていました。

荷台には、湯気の立ちそうな大きな紙袋が、いくつも重ねて積まれていました。

「夜だけ開けているパン屋なんです。配達先を探していて、すっかり道に迷ってしまって」

その人は、私の薄着にも、手すりにかけたままの白い指にも、何ひとつ言いませんでした。

ただ紙袋からひとつ取り出して、私の凍えた手に、それをそっと握らせたのです。

「焼きたてです。こんなに冷える夜は、まずあたたかいものを、お腹に入れた方がいい」

小麦とバターの匂いが、雪の匂いの中に、ふわりと立ちのぼりました。

まだぬくもりの残るパンの感触に、握りしめていた私の指は、自分でも気づかないうちにほどけていました。

気づくと、頬を伝うものの方が、雪よりもずっと冷たくなっていたのです。

私はその場にしゃがみ込み、人前だということも忘れて、子どものように声をあげて泣きました。

男の人は何も尋ねず、ただ自転車のスタンドを立て、私が泣きやむまで、隣に黙って立っていてくれました。

どれくらい、そうしていたでしょう。

「家まで、送ります。こんな夜に、一人にはできない」

その声は静かで、けれど不思議なほど、逆らえない優しさを持っていました。

帰り道、私たちはほとんど言葉を交わしませんでした。

ただ、自転車の車輪が雪を踏む、きゅっきゅっという音だけが、二人のあいだに続いていました。

その晩、私は久しぶりに、夢も見ずに深く眠りました。

翌朝、枕元には、彼が握らせてくれたパンの紙袋が、まだ置かれたままでした。

私はそれを、少しずつちぎって口に運びました。

ほんのり甘い小麦の味が、舌の上で、ゆっくりとほどけていきました。

生きるというのは、案外、こういう小さな味の積み重ねなのかもしれない。

そんなことを、その朝、初めて思ったのです。

店のシャッターを開けると、海の方から、いつもと変わらない潮の匂いが流れてきました。

けれど、その匂いはもう、私を呼んではいませんでした。

その人は、湊さんといいました。

古い漁具倉庫を借りて、夜のあいだだけ明かりを点すパン屋を、たった一人で営んでいる人でした。

翌晩も、その次の晩も、私の店の戸口に、小さな紙袋がそっと置かれるようになりました。

「売れ残りです。捨てるのは、もったいないので」

そう言って、湊さんは毎晩、判で押したようにパンを置いていくのです。

「売れ残りにしては、いつも焼きたての匂いがしますね」

ある晩、私が思い切ってそう言うと、湊さんは決まりが悪そうに、首の後ろをかきました。

「ばれましたか」

「ええ。私、匂いにだけは、昔から敏感なんです」

「では明日は、わざと少しだけ、焦がしてみることにします」

そんな他愛もないやり取りが、冷えきっていた私の店に、少しずつ灯をともしていきました。

やがて私は、せめてものお礼にと、彼の倉庫の隅に腰を下ろし、すり切れた前掛けを繕うようになりました。

オーブンの熱と、立ちこめる小麦の匂いに包まれながら針を運ぶ時間は、不思議とおだやかでした。

あるとき、湊さんは私に、パン生地の丸め方を教えてくれました。

「手のひらで、包み込むようにして、くるくると」

不器用な私の手の中で、生地はなかなか思うように丸まりませんでした。

「縫い物はあんなに器用なのに」と湊さんが笑い、私もつられて笑いました。

深夜には、眠れないという年老いた漁師が、よくあたたかい牛乳とパンを買いに来ました。

「ここの明かりを見ると、なんや、ほっとするんよ」とその人は言いました。

私は、その気持ちが痛いほどよく分かりました。

一度、彼が生地を発酵させすぎて、固いパンばかり焼けてしまった朝がありました。

二人で固いパンをかじりながら、なぜだかおかしくて、いつまでも笑い合いました。

「千夏さんの縫い目は、まっすぐで、見ていて気持ちがいいですね」

「ミシンよりも、私は手縫いの方が好きなんです」

「どうして、ですか」

「ほどけてしまっても、また結び直せるから」

湊さんは、こねていた生地から手を止めて、しばらく私の手元を、じっと見ていました。

それから、独り言のように、ぽつりと言いました。

「人も、そうだといいですね」

その一言が、私の胸の奥の、ずっと固く縫い閉じていた場所を、静かにほどいてくれた気がしたのです。

なぜ夜だけパンを焼くのか、ずいぶん経ってから、湊さんは静かに話してくれました。

彼のお父さんも、この町でパン屋を営んでいたのだそうです。

「親父は、夜明け前に窯に火を入れる人でした。一番暗くて、一番さびしい時間にね」

そのお父さんを早くに亡くしてから、湊さんは父の真似をして、夜に窯の火を守るようになったといいます。

「眠れない夜って、誰にでもあるでしょう。そういう人が、この明かりを見て、少しでも安心できたらと思って」

私は、あの防波堤の夜、彼の荷台に灯っていた、ちいさな自転車のライトを思い出しました。

あれは、迷子になった私を照らすためだけに、点っていたのかもしれない。

そう思うと、胸の奥が、また静かにあたたかくなりました。

季節が一巡し、半年が過ぎた、私の誕生日の朝でした。

店の戸を開けると、湊さんが、小麦粉で真っ白になった手で、丸い小さなパンを差し出しました。

ろうそくの代わりに、麦の穂が一本だけ、まっすぐに挿してありました。

「この穂みたいに、二人で、まっすぐ立っていられたらと思って」

「湊さん、それは」

「店を、持ちませんか。昼はあなたのお直し、夜は僕のパン。ひとつ屋根の下で」

私は、その細い麦の穂を見つめたまま、ただ何度も頷くことしかできませんでした。

その日から、私たちは、昼と夜の境い目みたいに寄り添って暮らし始めました。

狭い倉庫の片隅に、祖母のミシンと、彼の使い込んだオーブンが、仲良く並びました。

朝はパンの匂いで目を覚まし、昼は私のミシンの音が響き、夜はまた小麦の匂いに包まれて眠る。

そんな、何でもない日々が、私にはまぶしいほど豊かでした。

雨の日には、軒下に並べた小麦の袋が湿気を吸わないように、二人で何度も場所を入れ替えました。

私が指を針で刺せば、湊さんは大げさに慌てて、不格好な絆創膏を巻いてくれました。

彼が窯の前で居眠りをすれば、私はその肩に、繕いかけの半纏をそっと掛けました。

言葉にしなくても、互いの気配で部屋の空気が満ちていく、そんな暮らしでした。

「しあわせって、こういうことなんですね」と、ある夜、私はぽつりと言いました。

「うん。湯気の立つものが、いつも食卓にある。それだけのことなんだと思う」と湊さんは答えました。

結婚の挨拶に伺うと、湊さんのお母さんは、私の両手を握って、ぽろぽろと涙をこぼしました。

「よく、見つけてくれたねえ。ありがとうねえ」

それが私への言葉なのか、息子への言葉なのか、今でも私には分かりません。

ただ、長いあいだ忘れていた家族のあたたかさが、ひび割れた場所に、ゆっくりとしみ込んでいきました。

派手な結婚式は挙げませんでした。

代わりに、倉庫で、近所の人たちとあのお婆さんを呼んで、焼きたてのパンとちらし寿司を囲みました。

翌朝から、私は彼のために、不格好なお弁当を詰めるようになりました。

婚姻届に名前を書きながら、私は彼に尋ねました。

「私も、湊さんを幸せにしたいんです。何かひとつだけ、お返しをさせてください」

湊さんは少し考えて、いたずらっぽく笑いました。

「では、ひとつだけ、お願いがあります」

「なんですか。私にできることなら、どんなことでも」

「僕より先に逝かないでください」

私は、はい、約束します、と笑って答えました。

その約束を、こんなにも早く破ることになるとは、そのときの私は、思いもしなかったのです。

それから、十年の月日が、川の水のように流れていきました。

私の縫い目は相変わらずまっすぐで、彼のパンは相変わらず焼きたてでした。

最初の冬から通ってくれる漁師のお婆さんは、毎年同じ半纏を、私のところへ繕いに持ってきます。

「あんたの縫うとこは、なんや、あったかいんよ」

そう言われるたびに、私は湊さんの倉庫で過ごした、あの最初の冬を思い出しました。

夏の港まつりの夜には、二人で浴衣を着て、海沿いに並ぶ提灯の下をゆっくり歩きました。

「来年も、再来年も、こうして歩こうね」と私は言いました。

子どもは、とうとう授かりませんでした。

それでも、誰ひとり、私を責める人はいませんでした。

休みの日には湊さんが粉を払って掃除をし、私の不器用な煮物を、いつもおいしいと言って平らげてくれました。

私はいつのまにか、やさしい人たちの、ちょうど真ん中にいたのです。

胸の奥に、小さな影が見つかったのは、去年の暮れのことでした。

検査の結果を聞く医師の前で、私は自分でも驚くほど、落ち着いていました。

見つかったときには、もう手の打ちようがないと、静かに告げられました。

家に帰る雪道で、湊さんは何も言わず、ただ私の手を、痛いくらいに強く握っていました。

その手は、いつものように少しだけ粉っぽくて、けれど確かに、あたたかいのでした。

入院してからは、湊さんが毎日、麦の穂を一本だけ持って、病室にやって来ます。

「今日は、よく晴れているよ」

「窓から、海は見えますか」

「見えるよ。千夏さんと初めて会った、あの防波堤もね」

ある日、湊さんは、病室で小さなパンを焼いてきてくれました。

ろうそく代わりの、あの麦の穂を一本だけ挿して。

「もう、においも、あまり分からなくなってきました」と私が言うと、彼は黙ってしまいました。

それでも私は、ひと口だけ、その焼きたてを口に含みました。

遠い記憶の底から、あの雪の夜のぬくもりが、ふわりと立ちのぼってきた気がしました。

「おいしい」と、私は精いっぱい笑ってみせました。

湊さんの目から、ぽろぽろと、大粒の涙がこぼれていきました。

私の手を握る彼の手の、その粉っぽいぬくもりは、あの雪の夜と、少しも変わっていませんでした。

容態が傾いたその晩、湊さんは病室の硬い椅子で、私の手を握ったまま夜を明かしてくれました。

うとうとしながら、私は夏の港まつりの夜のことを話しました。

「来年も、再来年も、一緒に歩こうって、約束したのにね」

「うん。約束したね」

「ごめんね。私、その約束も、守れそうにない」

湊さんは、首を横に振って、私の手をいっそう強く握りました。

「謝らないで。千夏さんがいてくれた十年で、僕はもう、一生分のしあわせをもらったから」

窓の外が白み始める頃、私は彼に、この手紙を書きたいと頼みました。

彼は枕元にノートと鉛筆を置いて、また私の手を、そっと包んでくれたのです。

湊さん。

結局、私は約束を守れませんでした。

幸せにすると言ったのに、私の方が、あなたより先に逝ってしまいます。

本当に、だめな妻ですね。

こんなにやさしい人を、最後の最後まで、毎日泣かせてしまうなんて。

けれど、これだけは、どうしても伝えておきたいのです。

あの雪の夜、もしあなたが道に迷わなかったら。

もし、あのパンが、あんなにもあたたかくなかったら。

私はとっくに、あの黒い海の底に、沈んでいたのです。

迷ってくれて、ありがとう。

行き止まりの道の先で、震えていた私を見つけてくれて、ありがとう。

あなたと過ごした夜は、どれも焼きたてのパンのように、あたたかでした。

一度は捨てようとした私の人生を、あなたは毎晩、焼きたてのぬくもりで、そっとあたため直してくれました。

その温もりがあったから、私は最後まで、人を信じることができたのです。

あなたに見つけてもらえた人生を、私は心から誇りに思います。

だから、どうか、どうか覚えていてください。

私は、幸せでした。

本当に、本当に、幸せでした。

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