大きな下り坂
夏休みに自転車でどこまで行けるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。 国道をただひたすら進んでいた。途中に大きな下り坂があって、自転車はひとりでに進…
胸が締め付けられるような、あの感覚。泣けるほど悲しいわけではないのに、なぜか心のどこかに引っかかって残る話があります。後悔、別れ、言えなかった言葉。切なさの中にこそ、人が生きる美しさがある——そんな短編をまとめました。
夏休みに自転車でどこまで行けるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。 国道をただひたすら進んでいた。途中に大きな下り坂があって、自転車はひとりでに進…
母が入院していた小学四年の春、焼津のかつお節工場で焙乾をしていた父が、遠足の前夜に私のリュックを詰め直しました。店へ行ったのではなく三軒の家の戸を叩いていたと知…
10年以上前、友達が一匹の柴犬を飼い始めた。 体の色が似ているからと言って、その犬は『きなこ』という名前になった。 友達は夕方になるとよく『きなこ』を散歩させて…
私には付き合って一年の彼氏がいました。 その彼氏(Sとします)には持病があり、心臓を患っていました。 一緒にご飯を食べていると胸を押さえて苦しがったり、偶に倒れ…
学生の頃、市立美術館の公募展の受付で、彫刻の審査員の先生と並んで座りました。私が咳をするたびに「手を出しなさい」と言い、のど飴の缶を三度振って、一粒だけ手のひら…
「ゆきをとってきて…おねがい、ゆきがみたい…」 あなたはそう言って、雪をほしがりましたね。 季節外れの雪を。 ※ あれから何年も時が経ちました。 あなたは、ゆっ…
妹の入院中、五歳の甥が青い恐竜のリュックを背負って実家へやって来た。昼間は元気に遊び、夜になると「あしたかえるね」と小さな声で言う。毎朝一枚ずつ救急箱から持ち出…
実家の時計はどれも五分進んでいたのに、台所の時計だけは、ラジオの時報とぴたりと合っていた。雪の日の帰省、タクシー代、十四年後に訪ねてきた運転手。母が四年かけて払…
お母さん 台所に立つとあなたが横に立って居る気がします。 お母さん 洗濯物を畳んでいると、ずぼらな私に 「ほらもっとキレイに畳まないと」 と言うあなたの声が聞こ…
昨日、恋人が死んだ。 病気で苦しんだ末、死んだ。 通夜が終わり、病院に置いて来た荷物を改めて取りに行ったら、その荷物の中に俺宛の手紙が入っていた。 そこには、 …
小さな頃から、私と彼はいつも一緒でした。 周りがカップルに間違えるほどの仲でした。 私が彼に恋愛感情を抱いていると気付いたのは、高校3年生の時です。 今思うと、…
ある日、教室へ行くと座席表が書いてあった。 私の席は廊下側の前から二番目。彼は窓側の一番後ろの席。離れてしまった。 でも同じクラスで本当に良かった。 ※ クラス…
私の家系は少し複雑な家庭で、父と母は離婚して別々に暮らしています。 私は三姉妹の末っ子で、父に会いに行くのも私だけでした。 姉二人なんて、父と十年近く会っていま…
耳の聞こえない私の手話には、左右が入れ替わる癖がある。教わった父が、図書館の本と洗面所の鏡だけで覚えたからだ。鏡の前の手話しか知らなかった父の三年間を、私は十七…
父の作業台の抽斗には、売り物にしない蝋細工の膳が、年にひとつずつ増えていた。失敗作だと聞かされていたので、抽斗を開けたのは十三回忌の今日が初めてだ。十七の膳に書…