彼女の面影
古いピアノの調律をきっかけに結ばれた二人。けれど彼女は、若くして記憶を失っていきます。渡せなかったアクアマリンの指輪を手に、彼は遠い海辺の町へ彼女を訪ねました。…
胸が締め付けられるような、あの感覚。泣けるほど悲しいわけではないのに、なぜか心のどこかに引っかかって残る話があります。後悔、別れ、言えなかった言葉。切なさの中にこそ、人が生きる美しさがある——そんな短編をまとめました。
古いピアノの調律をきっかけに結ばれた二人。けれど彼女は、若くして記憶を失っていきます。渡せなかったアクアマリンの指輪を手に、彼は遠い海辺の町へ彼女を訪ねました。…
瀬戸内の港町で母子家庭に育った少年は、新聞配達で貯めた二万円で、念願のファミコンを買うはずでした。けれど彼が選んだのは、別のものだったのです。十五年後に母が見せ…
古書店の帳場で十六年を共にした老猫の看取りの物語です。最期の居場所を探して姿を消した灯が、泥まみれになって帰ってきて、最後に選んだのは、わたしの腕の中でした。深…
四十二歳で僕を産んだ母は、一年前に突然逝きました。捨て続けた弁当の付箋、縫い物かごの底の書き損じの束、「まごのため」と書かれた菓子缶――遺品が明かす母の愛を描く…
優しい恋人を世間の目で測り、つらく当たり続けてしまった俺の泣ける話です。彼女が割った父の形見の帆船模型と、事故のあとに見つけた一冊の日記が、すべてを変えました。…
父の暴力から母と二人で大分・臼杵へ逃れ、剣道道場を自分の足で探し当てた九歳の少年。入門から半年、彼が道場の戸にいちばん近い場所へ座り続けた本当の理由とは。十九時…
右手の指が利かない母が作った不格好な弁当を、僕は遠足の朝にいらないと言い放ちました。三ヶ月だけ味わえた母の肉じゃがと、倉敷の駅裏の喫茶店に残されていた紐の輪。母…
新潟の燕で十五の春から洋食器を磨いていた僕は、街の洋食屋の品書きが一文字も読めませんでした。恥をかいてうつむいた僕の隣で、慎一が同じ注文をしてくれた日のこと。二…
長野の諏訪で寒天を作る家に、雪の朝、こはくという猫が生まれました。嫁いだ私を、こはくは毎日夕方になると玄関で待っていたそうです。三和土に揃えて置かれていた古いス…
秋田の角館で樺細工の見習いをしている俺を、認知症のばあちゃんは毎朝、郵便屋だと思って丁寧に頭を下げます。座布団の下の小さな箱と、幼い日に送った一枚の絵はがき、そ…
福井の越前和紙を漉く家の話です。祖父が倒れた雪の夜、高校二年の僕は祖母をお手洗いへ連れて行き、礼にと三千円を差し出されて断りました。その三千円が、祖母が一年に一…
五歳の夏、海辺の小さな町で自転車屋を営む父が、ひとりで大切に育ててきた娘の七海が、何の前ぶれもなく逝きました。父が冬じゅうかけて組み直した赤い自転車、四百二十円…
讃岐の手袋の町で、写真機を買えない母が革の端切れに子の姿を縫い続けた泣ける話です。小学四年の春に私はその束を引き裂き、母は一晩かけて綴じ直しました。ただ一枚だけ…
鹿児島の甲突川ぞいで錫器を打っていた父と、二十年会わなかった息子の泣ける話。工房の作業台に残された小さな湯呑みと、桐箱に眠る十九個が語るのは、いちばん深いへこみ…