
俺の手話には癖がある。
教わった相手が、鏡の前の手話しか知らなかったからだ。
その理由を知ったのは、十七の冬だった。
知るまで、俺はその人をずっと憎んでいた。
俺には母親がいない。
俺を産んですぐ、事故で還らぬ人になったと聞かされていた。
生まれたときから耳が聞こえなかった俺は、物心ついたときにはもう手話を使っていた。
誰に習ったという記憶がない。
気がついたら、父と手で話していた。
それが普通のことだと思っていた。
保育園に入って、初めて違うと知った。
ほかの大人は、口だけを動かしていた。
手を使うのは、父と俺だけだった。
家に帰って、そのことを父に伝えた。
父は少し困った顔をして、それから笑った。
「じゃあ、うちが特別だな」
その日の夕飯は、なぜかいつもより一品多かった。
父は、俺が食べるのを見ながら自分の箸を止めていた。
そういうときは、たいてい何かを考えている。
考えていることを、父は手でも口でも言わなかった。
夜勤に出る時間になると、玄関で振り返って手を上げる。
それだけが「行ってくる」の合図だった。
朝、帰ってくる父の作業服は、いつも油のにおいがした。
俺はそのにおいで、父が帰ったことを知った。
音の代わりに、においがあった。
耳が聞こえないことで、俺はずいぶん苦労した。
普通の学校には行けず、聾学校で学童期を過ごした。
片親だったせいもあるのだろう。
近所の子供に、よくからかわれた。
何を言われたのかは分からない。
聞こえないからだ。
それでも、あの見下したような顔だけは忘れられない。
音が無いぶん、顔がよく見える。
唇の端が上がる角度まで、覚えてしまう。
音が無い世界では、人の善意も悪意も、全部が映像で残る。
笑い方の癖。
目をそらすまでの長さ。
肩をすくめてから振り返るまでの間。
だから、忘れることができない。
あの頃の俺は、忘れられないことがいちばん辛かった。
聾学校には、同じような子が何人もいた。
けれど、家で親と手話が通じる子は少なかった。
多くの家では、親が筆談かジェスチャーだった。
「お前んち、いいな」
そう言われたことがある。
意味が分からず、俺は肩をすくめた。
いいなと言われるほどのことだとは、思っていなかった。
当たり前に与えられたものは、値札が見えない。
文化祭で、父が来た年がある。
体育館の後ろで、ほかの保護者と少し離れて立っていた。
手話通訳の人が壇上にいた。
父は、その人の手をずっと見ていた。
あとで「速かったな」とだけ言った。
速いと分かるということは、追えていたということだ。
当時の俺は、そこまで考えなかった。
最初は、自分がなぜそんな目に遭うのか分からなかった。
やがて、耳が聞こえないことが理由だと分かった。
分かってから、俺は塞ぎ込んだ。
思春期の大半を、家の中で過ごした。
自分に何の落ち度も無いのに不幸な目に遭うのが、悔しくて仕方がなかった。
だから俺は父を憎んだ。
還らぬ人になった母のことまで憎んだ。
なぜこんな体に産んだのか。
なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。
手話では表しきれない思いを、俺は暴力に変えた。
物を投げた。
壁を叩いた。
一度、父の胸を突き飛ばしたこともある。
父は抵抗しなかった。
ただ涙を流して、手を動かした。
「すまない」
父の指は、太くて硬かった。
その手が胸の前で動くと、空気が少し揺れた。
揺れが、こちらの腕まで届いた。
聞こえない代わりに、俺はそれを受け取っていたのだと思う。
すまないという手
受け取っておきながら、俺は次の日もまた壁を叩いた。
壁には、拳の跡が三つ残った。
父はそこに、カレンダーを掛けた。
隠すためだと分かって、余計に腹が立った。
カレンダーの裏には、小さな字で日付が書いてあった。
俺が壁を叩いた日だ。
数えていたのだと知ったのは、引っ越しのときだった。
全部で十一日あった。
十一日ぶんの「すまない」を、父は手で作っていた。
何度も、その形だけを繰り返した。
父の手話は、どこか変だった。
聾学校の先生の手話とは、違って見えた。
特に「ありがとう」と「すまない」の形が違う。
先生は右手を上にして胸の前で動かす。
父は、左右が入れ替わっていた。
鏡に映したような形だった。
先生に「父の手話は間違っている」と言ったことがある。
先生は少し笑って、「通じるならそれでいい」と答えた。
俺はそれが納得できなかった。
学校の廊下で、父を見かけたことがある。
三者面談の日だった。
先生と話す父の手が、途中で止まった。
形が分からなくなったのだと、離れていても分かった。
父は指を宙に浮かせたまま、何度か作り直した。
先生は待っていた。
俺は、その場から離れた。
見ていたくなかった。
面談のあと、父は俺に一枚の紙を渡した。
先生が書いてくれた、進路の案内だった。
紙の余白に、父の字で「聞き取れた分」と書いてある。
その下に、箇条書きが四行。
三行目の途中で、字が切れていた。
そこから先は、聞き取れなかったのだろう。
父は耳が聞こえる。
それでも、専門用語の並ぶ話は追いきれなかったのだと思う。
俺はその紙を、机の引き出しの奥に押し込んだ。
いま思えば、逃げたのは俺のほうだった。
その夜、父は遅くまで台所にいた。
電気を消さずに、何かを書いていた。
朝になって覗くと、紙に手の絵がいくつも描かれていた。
下手な絵だった。
指の数が合っていないものもあった。
それでも、形だけは分かった。
面談で分からなかった手話を、思い出しながら描いたのだと思う。
俺はその紙を捨てた。
いま、それをいちばん後悔している。
間違っている父が、恥ずかしかった。
授業で正しい形を覚えるたび、家では父の手を直そうとした。
「違う。こっち」
父は素直に直した。
直しても、次の日には元に戻っていた。
染みついたものは、そう簡単には抜けない。
当時の俺はそれを、いい加減さだと思っていた。
鏡の前の手話という言葉を、俺はまだ知らなかった。
知らないまま、父の手を毎晩直した。
直して、直らなくて、腹を立てた。
「なんで覚えられないんだよ」
そう手で言ったこともある。
父は「すまない」と返した。
あの形だけは、一度も間違えなかった。
父は工場で夜勤をしていた。
給料は多くなかった。
俺の靴が小さくなっても、父の作業服は何年も同じだった。
参観日には来なかった。
来られない仕事だと言っていた。
同級生の父親が会社の名前を口にするのを聞くたび、俺は下を向いた。
父を、恥ずかしいと思っていた。
その気持ちを、隠しもしなかった。
洗面所には、いつも小さな手鏡が置いてあった。
父が髭を剃るのに使っているのだと思っていた。
その鏡には、なぜか手の脂の跡がついていた。
顔の高さではなく、胸の高さのあたりに。
拭いても、数日でまた同じ位置に戻った。
俺は一度も、その理由を考えなかった。
高校に上がった年、父の作業服の袖口が破れていた。
繕ってあった。
糸の色が合っていなかった。
紺の生地に、白い糸。
「みっともないよ」と手で言うと、父は袖をまくって隠した。
次の日には、袖をまくったまま出かけるようになった。
俺の一言で、父は服の着方を変えた。
そのことに気づいたのは、ずっとあとだった。
診察室で殴られた日
そんな生活の中で、唯一の理解者が俺の主治医だった。
俺が生まれたあと、耳が聞こえないと分かったときから、ずっと診てくれている人だ。
俺にとっては、もう一人の親だった。
何度も相談に乗ってくれた。
父を傷つけてしまったと話した日も、何も言わずに聞いてくれた。
仕方がないとも言わない。
そういう時もあるとも言わない。
そんなことをしては駄目だとも言わない。
咎めず、慰めず、ただ聞く。
その距離が、俺には楽だった。
先生は筆談をしなかった。
いつも手話で話した。
形はきれいだった。
けれど、父の手を見慣れた俺には、どこか他人行儀に見えた。
そのことを言うと、先生は肩をすくめた。
「僕のは習った手話だ」
「先生のは違うの」
「違うよ。教室で覚えたものは、教室の匂いがする」
意味が分かったのは、ずっとあとだった。
先生の診察室には、大きな鏡があった。
洗面台の上にかかった、縁の欠けた鏡だ。
その前に立って、先生はよく自分の手話を確かめていた。
「先生も練習するの」
「するよ。歳を取ると手が固くなる」
そのときは、何とも思わなかった。
十七の冬、どうしようもなく傷つくことがあった。
内容はここには書けない。
悔しくて、泣いても泣ききれなかった。
俺はまた、先生のところへ行った。
長い愚痴のような相談の途中で、俺は手を動かした。
「もう消えてしまいたい」
たぶん、そういう形だったと思う。
言い終わる前に、頬が鳴った。
先生に殴られたのだと分かるまで、少し時間がかかった。
驚いて顔を上げると、もっと驚いた。
先生が泣いていた。
そして、震える手で話し始めた。
鏡の前の手話の癖
ある日、俺の父が赤ん坊の俺を抱えて診察室に来たこと。
検査の結果が最悪で、一生聞こえないだろうと伝えたこと。
父が凄い剣幕で、どうにかならないかと詰め寄ってきたこと。
そこまでは、想像がついた。
次の言葉が、俺を撃った。
「君は不思議に思わなかったのかい」
「何を」
「物心ついた時には、もう手話を使えていたことを」
確かにそうだった。
俺は特別に手話を習った覚えがない。
ではなぜ、話せたのか。
先生は続けた。
「君の父親は、僕にこう言ったんだ」
「声と同じように僕が手話を使えば、この子は普通の生活を送れますか」
先生は、そのときの父の顔を覚えていると言った。
「僕は無理だと答えた」
健常者が手話を会話並みに使えるようになるには、数年かかる。
赤ん坊が言葉を覚え始めるまでに、間に合うはずがない。
何もかも投げ出して専念しても、不可能だ。
そう伝えたのだという。
先生は、机の引き出しから古い診療録を出した。
紙の端が茶色くなっていた。
そこに、父の言葉がそのまま書き留めてあった。
「では、間に合わせます」
たった七文字だった。
先生は、その行を指でなぞった。
「僕はこの一行を、二十年見てきた」
「間に合ったんですか」
先生は、少し間を置いてから頷いた。
「君が一歳半のとき、あの人が診察室で君と話して見せた」
「話した」
「君が手で、もっと、と言った。父親が、あとでな、と返した」
「それだけ」
「それだけだ。でも、僕はその場で椅子から立ち上がった」
先生は、鼻の頭を指でこすった。
「不可能だと言ったのは、僕のほうだったからね」
先生は診療録を閉じて、鏡のほうを向いた。
「僕はそれから、自分でも鏡を置くようになった」
「なんで」
「忘れないためだ」
「何を」
「無理だと言う前に、やる人がいるということをだ」
「でも、あの人は投げ出した」
「何を」
「仕事をだ。工場の昼の職を辞めて、夜勤に移った」
昼間の時間を、全部それに充てたのだという。
「けれど、教えてくれる人がいなかった」
聾学校の講習は平日の昼で、夜勤明けの父には通えなかった。
金も無かった。
だから父は、図書館で借りた一冊の本と、洗面所の鏡だけで覚えた。
本の写真は、正面から撮られている。
それを鏡の中の自分に重ねて、形を作った。
鏡の中の手は、左右が反対だ。
「だから、あの人の手話は左右が入れ替わっている」
「入れ替わったまま」
「直す人がいなかったからね」
俺は、洗面所の手鏡のことを思い出した。
胸の高さについた、消えない脂の跡。
あれは、髭を剃った跡ではなかった。
夜勤に出る前の一時間。
父は毎日あの鏡の前に立って、手を動かしていたのだ。
本を床に置いて、写真と鏡を交互に見ながら。
誰も見ていない洗面所で。
三年、続けたという。
先生は、洗面台の鏡を指した。
「僕がこれを置いているのは、その真似だ」
俺は、自分の手を見た。
「ありがとう」の形を作ってみた。
左手が、上に来ていた。
俺の手話も、父さんと同じ向きに歪んでいた。
遺影の前の背中
その日から、俺は父の手を直そうとしなくなった。
直したら、父の三年が無かったことになる気がした。
先生は最後にこう言った。
「無謀な挑戦の結果は、君がいちばんよく知っている」
「君の父親は、何よりも君の幸せを願っているんだよ」
「だから、消えたいなんて言っちゃ駄目だ」
帰り道、俺は歩きながら泣いた。
声が出ているのかどうかも分からなかった。
家に帰ると、父が台所で背中を向けていた。
何か言おうとして、手が動かなかった。
結局その晩は、何も伝えられなかった。
耳が聞こえないことに負けたくないと思った。
父が負けなかったように。
幸せになろうと、そのとき決めた。
いま、俺は手話を教える仕事をしている。
生徒には最初に断る。
「僕の手話には癖があります」
「正しい形は、教科書で覚えてください」
それでも、俺はこの形を変えない。
春には結婚も決まった。
俺の耳のことを分かった上で、隣にいてくれる人だ。
父に紹介した日、父は仏壇の前に座った。
「母さんに報告しなきゃな」
そう言って笑った。
けれど線香をあげる肩が、震えていた。
それから、遺影を見たまま話し始めた。
声で言った一言
俺の耳のことは、生まれつきではなかったらしい。
俺を連れて歩いていた両親に、居眠り運転の車が突っ込んだ。
父は軽い怪我で済んだ。
母と俺は、ひどい状態だったという。
俺は助かったが、母は戻らなかった。
母は最後に、父に言い残したそうだ。
「私の分まで、この子を幸せにしてあげてね」
父は強く頷いて、約束した。
その数か月後に、俺の耳の異常が見つかった。
「焦ったよ」
父の手が、遺影に向かって動いた。
「この子が普通に生きられんのじゃないかって」
「約束を守れんのじゃないかってなあ」
「でもこれで、ようやく」
「約束、果たせたかなあ」
最後は手ではなく、上を向いて呟いていた。
唇の動きも、はっきりとは読めなかった。
それでも、何を言っているのかは伝わった。
俺は泣きながら、手話ではなく声で言った。
「ありがとうございました」
ちゃんと言えたかは分からない。
自分の声を、俺は聞いたことがない。
けれど父は、肩を大きく揺らしながら、何度も頷いた。
それから、震える手で「ありがとう」の形を作った。
左手が、上にあった。
俺も、同じ形を返した。
二つの手が、鏡に映したように向かい合った。
その夜、父は押入れから古い本を出してきた。
背表紙の角が丸くなった、手話の入門書だった。
図書館の除籍本の判が押してある。
ページの隅が、何十枚も折られていた。
折り目のついた頁は、どれも「ありがとう」と「すまない」だった。
「これ、買ったの」
「借りっぱなしにするわけにいかんからな」
父は笑って、それ以上言わなかった。
いま、俺は手話を教える仕事をしている。
生徒には最初に断る。
「僕の手話には癖があります」
「正しい形は、教科書で覚えてください」
それでも、俺はこの鏡の前の手話を直さない。
直したら、父の三年が消える気がするからだ。
とび職の父を読んだとき、言葉を使わない父親の伝え方を思い出した。
父になった瞬間も、約束を抱えた人の話だった。
教室に入る前、俺はいまも鏡の前に立つ。
本のとおりの形を確かめて、それから自分の形に戻す。
三年ぶんの癖は、俺の手にそっくり移っていた。
父が独りで作った方言を、いま十二人が使っている。