お母さんと呼んだ日
藍染職人の継母を、私は最後まで「お母さん」と呼べなかった。青い手が苦手だった私を川から押し上げ、そのまま帰らなかった人。遺された日記のダイヤル錠は、私の誕生日で…
藍染職人の継母を、私は最後まで「お母さん」と呼べなかった。青い手が苦手だった私を川から押し上げ、そのまま帰らなかった人。遺された日記のダイヤル錠は、私の誕生日で…
塾を辞めた高校生だった僕に、坂の途中の珈琲店の店長さんは「うち、すぐそこだから」と言って閉店後の席を貸してくれました。二年後に知ったその嘘の本当の重さと、十四年…
十七歳の誕生日に、育ての母だと知らされた私は、母を「おばさん」と呼び、差し出された手紙さえ、その場で丸めて捨ててしまいました。その翌日、母は突然この世を去ります…
父の出て行った家で、母は市場と総菜屋を掛け持ちして俺を育てた。曲がった俺が過ちを犯した日も、家庭裁判所の帰り道も、母は決して泣かなかった。二十歳の冬、一枚の合格…
三年ぶりに帰省した俺は、家の事情で母の隣に布団を並べることになった。布団に染みた陽の匂いの奥にあった薄荷と糸の匂いが、忘れていた記憶を呼び覚ます。指のあかぎれ、…
反抗期の朝、私は母に「産んでくれなんて頼んだ覚えはない」と言い放った。母は言い返さず、ただ黙って夕飯を作った。大学入学の日、戸籍抄本に記されていた「養女」の二文…
手を繋ぐとき必ず手首を掴む祖母には、七十年間誰にも言えない夏の記憶がありました。停電の夜の蝋燭の下で初めて語られた、離してしまった妹の手と、届かなかった一杯の水…
南の島の古い桟橋で、日本の歌を口ずさむ老人と出会った。太平洋戦争のさなか、共に陣地を築いた島の若者たちが、日本兵の隊長から浴びせられた一言の暴言。裏切られた——…
養護施設で育った兄弟。中学を出て和菓子職人になった兄は、弟の学費のため前借りまでして仕送りを続け、自分では菓子を口にしませんでした。就職を機に誘った蔵王の温泉宿…
りんごの花が咲くころ、私はいつも父を思います。顔も写真も知らない父。仏壇の花立ては二つあるのに、花はいつも片方だけでした。中学二年の春、祖父に連れられて訪ねた畑…
感動する話をお探しの方に。山岳救助隊員だった無口な父は「情熱だけは持ち続けろ」とだけ言い遺し、雪の山で要救助者を庇って亡くなりました。押し入れに遺された私のサイ…
夕方になると、坂の上のコロは古いブロック塀の角に座って私を待っていました。十八年のあいだ、雨の日も雪の日も台風の日もです。犬が自分で坂を上るのだと母は言っていま…
俺の娘は四つ。妻は娘を産んですぐ家を出て、母の話を避け続けてきた。ある夕方の電車で、片腕のない人を指さした女の子に、その母親が静かに語りかける。みんな同じじゃな…
夫は、息子の産声を聞けないまま、静かに逝きました。一歳の誕生日に郵便受けへ届いた、二通の手紙。雪深い和紙の里で紙を漉く妻のもとへ、亡き夫が遺した不器用な言葉が、…
雪の降りそうな夕暮れ、満員のバスで泣きやまない赤ちゃん。降りようとした若い母親に、運転手がマイクで語りかけた一言から生まれた、温かな拍手を描く感動の実話です。凍…