受け継がれた情熱

父の手(フリー写真)

俺の親父は消防士だった。

いつ何があってもおかしくない仕事だから、よく母に

「俺に何かあっても、お前らが苦労しないようにはしてる」

と言っていたのを憶えている。

親父はとても熱い人間で『情熱』という言葉が大好きだった。

口数の少ない親父が、久しぶりに俺たち息子に口を開いたかと思うと、

「情熱だけは持ち続けろ」「何かに本気になってみろ」

そればかりを言うのだった。

あの日、夜中の2時頃に緊急要請が入り、親父は火事現場へ向かって行った。

物音がするので起きた時に、部屋のドアを開けて見た親父の背中が、俺が親父を見る最後の機会になった。

親父は火事で倒壊した建物の下敷きになって、病院に運ばれたものの息を引き取った。

朝に母からそれを聞いた時は信じられなかった。

いつもみたいに疲れた顔をして帰って来て、

「母さんビール」

などと言うのではないか。そう思えて仕方が無かった。

でも灰だらけになって眠る親父の顔を見て、一生目覚めないその顔を見て、それが現実だと解った。

悲しくて、涙が止まらなかった。

しかし同時に誇らしくもあった。

親父は灰だらけでボロボロで、もう目覚めなかったけれど、あの日の火事では全員を救助出来たそうだ。

最期まで『人を助ける情熱』を失わなかった。

他人から見ればただの一介の消防士に過ぎないのだろうけど、俺にとっては最高に格好良い親父だった。

そんな親父の最期が誇らしくて、何故か更に涙が溢れた。

あれから12年、俺は親父と同じ仕事に就いている。

何年も働いているが、今でも現場に向かう時は、怖い。

それでも現場へ向かうことが出来るのは、俺がこの仕事に『情熱』を持っているからだ。

あの時、最後まで親父が持っていたように。

ありがとう、親父。

あんたの背中を見ていたから今、火の海に飛び込んで行ける。

怖くても足を踏み出して行ける。

本当に、ありがとう。

誰一人死なせはしない。

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