
藍というのは、不思議な色です。
染め上がったその日よりも、十年、二十年と経ったほうが、深く澄んでいく。
夫がこの世を離れて、この春で三十九年になります。
納戸の桐箪笥に仕舞われていた十二反の藍布は、今朝、とうとう最後の一反になりました。
膝の上に広げると、藍場の匂いが、まだ微かに立ちのぼる気がします。
発酵した藍の、土とも草ともつかない、あの匂い。
私は針を取る前に、布へそっと頬を寄せました。
ひんやりとした絹が、ほんの少しだけ、ぬくもりを返してくれるのです。
夫は、藍染を生業にする紺屋の職人でした。
そして私に、十二の約束を置いていった人でした。
※
私は北関東の、織物の町に生まれました。
朝から晩まで、機の音の絶えない町でした。
トンカラ、トンカラ。
どの路地を歩いても、窓から経糸の匂いと機の音がこぼれてくる。
十五で機場に上がり、十八の頃には一人前の織子と呼ばれるようになっていました。
とはいえ、自慢できるのは腕だけで、口はからきしでした。
人前に出ると、言葉が喉の奥で絡まってしまう。
そのくせ涙腺だけは人一倍ゆるくて、嬉しくても悲しくても、すぐに目の縁が熱くなるのです。
祝い事で泣き、もらい泣きで泣き、夕焼けがきれいだと言っては泣く。
機の前にいるときだけが、ありのままの自分でいられました。
杼を走らせている間は、誰も私の不器用を笑わないからです。
※
宗一さんと出会ったのは、昭和四十二年の夏でした。
その日、町は朝から茹だるような暑さで、夕方になって急に空が翳りました。
夕立です。
機場の軒先に、若い男の人がひとり駆け込んできました。
「すみません、少しだけ軒を貸してください」
男の人は自分の濡れた肩には目もくれず、抱えていた風呂敷包みばかりを気にしていました。
結び目を解いて、中の反物が濡れていないかを確かめている。
その指を見て、私は思わず声を上げそうになりました。
爪の際から指の節まで、深い藍色に染まっていたからです。
「ああ、これですか」
視線に気づいた男の人は、少し恥ずかしそうに指を折り畳みました。
「紺屋の者です。洗っても、もう落ちないんですよ」
機場に藍を納めに来た、染物屋の跡取りでした。
紺屋──藍染を専門にする染物屋の、若旦那です。
名前を、宗一さんといいました。
私は黙って手ぬぐいを差し出しました。
気の利いた言葉のひとつも、出てこなかったのです。
宗一さんは手ぬぐいを受け取ると、自分の頭ではなく、まず反物の包みを拭きました。
「布が、先ですか」
やっとそれだけ言った私に、宗一さんは笑いました。
「布は風邪を引いても、自分では治れませんから」
夕立は、じきに上がりました。
濡れた石畳が西日を照り返して、町中が金色に光っていました。
「ありがとう。手ぬぐいは、洗って返します」
そう言って帰っていく背中を、私はいつまでも見ていました。
胸の奥が、一反を織り終えたあとのように、静かに火照っていました。
※
手ぬぐいは、本当に返ってきました。
それも、見たこともないほど美しい藍に染め直されて。
「勝手なことをして、すみません。礼のつもりです」
広げると、白い絞りで小さな雨粒の模様が散っていました。
あの日の夕立を、布に閉じ込めたのだと言うのです。
私はその場で泣いてしまいました。
嬉しいと頭が分かるより先に、目の縁が熱くなる、いつもの癖です。
宗一さんは慌てて、それからおかしそうに笑いました。
「やっぱり、あなたは雨を連れてくる人だ」
それから宗一さんは、私のことを「雨ふらし」と呼ぶようになりました。
ひどい呼び名だと思います。
でもその響きには、棘のかわりに、洗いざらしの布のような柔らかさがありました。
※
紺屋の藍場を初めて見せてもらったのは、その年の秋です。
ほの暗い土間に、大きな甕が八つ、床に埋まるように並んでいました。
甕の面には、紫がかった泡が、ぷつぷつと盛り上がっています。
「藍の華です」と宗一さんが言いました。
「藍は生き物なんですよ。毎日機嫌を聞いて、灰汁をやって、温めてやる」
「手をかけた分だけ、ちゃんと応えてくれる。人より、よっぽど正直だ」
そう言って甕を覗き込む横顔は、もう職人の顔でした。
藍場には、独特の匂いが満ちていました。
土のような、草のような、どこか懐かしい発酵の匂い。
「最初は皆、臭いと言うんです」
「私は、好きです」
思ったままを言うと、宗一さんは目を丸くして、それから本当に嬉しそうに笑いました。
「変わった人だ」
変わっているのはどちらだろうと、私は思いました。
※
それから私たちは、文を交わすようになりました。
宗一さんの手紙はいつも短くて、そのくせ藍のことになると急に長くなりました。
今日の藍はよく染まった、とか。
寒くなって藍の機嫌が悪い、とか。
私も負けずに、機のことを書きました。
難しい紋様が織り上がった日は、便箋が二枚になりました。
手紙の終わりには、いつも決まり文句がありました。
『藍、機嫌良し』
たった五文字なのに、その日の藍場の湯気まで見えるようでした。
休みの日には、川辺を歩きました。
言葉の少ない二人ですから、たいてい黙って歩くだけです。
それでも、退屈だと思ったことは一度もありませんでした。
沈黙が、織り目のように二人を繋いでいました。
※
初雪の朝には、藍場へ呼ばれました。
「雪の日の藍は、特別なんです」
甕から引き上げられたばかりの布は、最初は緑がかった色をしています。
それが風に触れたとたん、見る間に藍色へ変わっていくのです。
「空気に触れて、初めて藍になる」
「人と、同じですね」
私がそう言うと、宗一さんは少し黙って、それから深く頷きました。
「あなたといると、藍の見え方が変わる」
降りはじめた雪が、甕の湯気の上で溶けていきました。
※
翌年の夏祭りの晩のことも、よく覚えています。
浴衣で出かけた私に、宗一さんは「藍がよく似合う」と言いました。
私の浴衣は、ありふれた既製の藍でした。
「うちの藍なら、もっと似合う」
「あなたの藍は、高いでしょう」
「いつか、嫌になるほど着せてやりますよ」
軽口のつもりだったのでしょう。
言ってしまってから、宗一さんは耳まで赤くなりました。
金魚すくいの屋台の灯りが、川面に揺れていました。
私はまた目の縁が熱くなって、慌てて夜空を見上げました。
「ほら、降ってきた」
「降っていません」
「こっちでは、降ってる」
そう言って、宗一さんは私の顔を覗き込みました。
祭り囃子にまぎれて、二人で少しだけ笑いました。
※
昭和四十四年の秋、手紙が途絶えました。
ひと月待っても、ふた月待っても、返事が来ません。
藍場を訪ねても、職人さんに「若旦那は留守だ」と言われるばかり。
三度目に訪ねた日、私はとうとう引き下がりませんでした。
土間の上がり框に座り込んで、「会えるまで帰りません」と言ったのです。
口下手の私の、生まれて初めての我儘でした。
奥から出てきた宗一さんは、ふた月の間に頬がそげて、別人のようでした。
「……帰ってくれ」
「嫌です」
「俺のことは忘れてくれ。あんたのためなんだ」
「嫌です」
私は泣いていました。
けれど、その場を動きませんでした。
やがて奥から、宗一さんのご両親が出てこられました。
親方さんは何も言わず、私と宗一さんを座敷に上げました。
長い沈黙のあと、宗一さんが畳に目を落としたまま、ぽつりぽつりと話し始めました。
生まれつき、心の臓が弱いこと。
この秋、染め場で胸を押さえてうずくまり、医者にかかったこと。
──三十の坂は越えられないかもしれないと、言われたこと。
「あんたを、途中で独りにすることになる」
「そんな薄情を、俺はしたくない。だから、忘れてくれ」
私は、自分でも驚くほど静かな声が出ました。
「三十年先のことは、私には分かりません」
「でも、明日のあなたの隣にいたいことだけは、分かります」
「途中で独りになるのと、今ここで独りになるのと、何が違うんですか」
言い終わる前に、また降ってきました。
畳に、ぽつり、ぽつりと染みが増えていきます。
宗一さんは、何も言えずにいました。
そのとき、黙って聞いていた親方さんが、すっと立ち上がったのです。
土間に降りて、藍甕の蓋をひとつ、開けました。
「嫁に来るなら、藍の世話も覚えてもらうぞ」
「藍は生き物だ。盆も正月も、休みをくれん」
それだけ言って、奥へ引っ込んでしまわれました。
それが、あの家の許しの言葉でした。
宗一さんは畳に手をついて、長いこと、肩を震わせていました。
「雨ふらしが、二人になっちまったな」
顔を上げた宗一さんの目も、真っ赤でした。
※
昭和四十五年の春、私たちは祝言を挙げました。
私の打掛は、宗一さんが染めた藍でした。
白無垢ではなく藍の打掛なんて、と町の人は笑いましたが、私にはどんな花嫁衣装より誇らしかった。
袖を通したとき、あの藍場の匂いがして、また少し降りました。
「ほら、降ってきた」と夫が笑って、列席の皆がつられて笑いました。
※
嫁いで最初の一年は、藍の世話を覚えることに明け暮れました。
明け方に甕の温度を確かめ、灰汁を計り、藍の華の色を読む。
親方さんは口数の少ない人でしたが、教え方は驚くほど丁寧でした。
「藍の機嫌は、匂いで分かる」
「ええ匂いの日は、ええ色が出る」
失敗して、甕をひとつ駄目にしてしまったときも、叱られませんでした。
「藍に詫びておけ」
それだけ言って、新しい藍を建てる支度を始めるのです。
気がつけば、私の指も、爪の際から藍色に染まっていました。
機を織っていた頃の白い手は、もうどこにもありません。
それを見つけた夫が、自分のことのように喜びました。
「夫婦で、揃いの色だ」
「指輪より、落ちませんね」
私たちは、そういう夫婦でした。
※
暮らしは、つつましいものでした。
私は機を織り、藍の世話を覚え、夫は染め場に立つ。
夫の体を気遣って、重い水汲みはぜんぶ私が引き受けました。
夫は悔しがりましたが、「その分、あなたは藍を染めてください」と言うと、黙って頷きました。
朝は夫より先に起きて、甕の火加減を見ました。
夫は夫で、私の機の経糸が切れると、いつの間にか直してくれている。
口で言い合うことの少ない分、手と手で暮らしを繋いでいました。
夕餉のあとは縁側に並んで、その日の藍と織りの話をする。
それだけのことが、どうしてあんなに楽しかったのでしょう。
昭和四十九年に、誠が生まれました。
夫は産湯の盥の横に正座して、いつまでも息子の顔を覗き込んでいました。
「なあ、美代」
「はい」
「この子の節目の祝いは、ぜんぶうちの藍で揃えてやりたい」
「そうしましょう」
そのときの夫の目が、どこか遠くを見ていたことに、私は気づかないふりをしました。
※
誠は、藍場で育ったような子でした。
歩き始めた頃から、夫の足元にまとわりついて離れない。
三つの歳には、甕を覗き込もうとして、頭から落ちかけたことがあります。
夫は片手で襟首を掴まえて、笑いながら言いました。
「藍に呼ばれるのは、紺屋の血だ」
「呼ばれるのが早すぎます」
私は本気で青くなったのに、親子は声を合わせて笑っていました。
夕餉の膳で、夫は誠に藍の話ばかりしました。
藍は生き物だということ。
機嫌の良い日と、悪い日があること。
手をかけた分だけ、必ず応えてくれること。
誠は意味も分からないまま、「あい、あい」と繰り返していました。
その響きが「はい」の返事のようで、夫はそのたびに目を細めました。
※
誠が三つになった年から、夫は夜明け前の藍場に立つようになりました。
体の調子の良い日を選んで、月に一度か二度。
染めているものは、見せてくれませんでした。
染め上がった反物は湯のしに出され、納戸の桐箪笥へ仕舞われていく。
一反、また一反。
「何を染めているの」
一度だけ、聞いたことがあります。
夫は甕の華を竹べらで整えながら、こちらを見ずに言いました。
「約束だよ」
それきり、私は二度と聞きませんでした。
聞いてしまえば、何かが終わってしまう気がしたのです。
ただ、染め上がりを湯のしから受け取る役は、いつも私でした。
風呂敷を開けるたび、藍は少しずつ濃くなっていきました。
はじめの一反は、優しい縹色。
近頃の一反は、夜の海のような濃紺。
誰のための、何の布なのか。
聞かなくても、本当は分かっていたのだと思います。
※
夫の発作は、年を追うごとに増えていきました。
胸を押さえてうずくまる背中を、私は何度さすったか分かりません。
それでも夫は、染め場に立つことをやめませんでした。
「医者は三十と言ったが、もう三つも勝ち越した」
「藍が、俺を引き留めてくれてるんだ」
「甕の世話を途中で放り出したら、藍に叱られる」
冗談めかして、夫はよくそう言いました。
私はそのたびに、台所で水音を立てて、聞こえないふりをしました。
夜中に目を覚ますと、隣の布団が空のことがありました。
そっと廊下に出ると、藍場の戸の隙間から、灯りが漏れている。
甕の前に屈み込んだ背中が、灯りの中で静かに動いていました。
窓の外がだんだん白んで、藍の匂いの中に、こらえた咳がひとつ、ふたつ。
私は声をかけずに、布団へ戻りました。
あれが約束の藍を染めている夜だと、知っていたからです。
※
納戸の反物が十二になった年の冬、夫は藍場で倒れました。
誠が、七つの冬でした。
戸口で物音がして、駆けつけたときには、夫は甕の縁にもたれるように崩れていました。
竹べらを、握ったままでした。
迎えの車を待つ間、夫は薄く目を開けて、甕の華をじっと見ていました。
病院の白い廊下は、藍場とは別の国のように、冷たい匂いがしました。
夫は床の上で、私の手を握りました。
藍に染まった指は、嘘のように軽くなっていました。
それでも爪の際の藍色だけは、最後まで落ちませんでした。
「美代」
「はい」
「納戸の藍は、誠の祝いの分だ」
「七五三、入学、二十歳、祝言──順々に、仕立ててやってくれ」
「祝言の分は、二反ある」
「相手の方の分も、染めてあるんですか」
「ああ。どんな人が来てもいいようにな」
夫は得意げに笑おうとして、小さく咳き込みました。
「自分で、渡してください」
私がそう言うと、夫は困ったように笑いました。
それから私の目元を見て、小さく言ったのです。
「……降ってきたな」
「あなたが、降らせるんです」
「美代の雨は、俺には恵みの雨だったよ」
「あの日の夕立にも、礼を言わなきゃならん」
夫の手から、ゆっくりと力が抜けていきました。
「ありがとうな、雨ふらし」
それが、最後の言葉でした。
窓の外には、季節外れの細い雨が降っていました。
夫は眠るように目を閉じて、そのまま、遠いところへ旅立ちました。
三十六の冬でした。
三十を越えられないと言われた人が、六年も勝ち越したのです。
※
見送りの朝は、皮肉なほどよく晴れていました。
町中の機の音が、その日だけ止まりました。
機場の仲間も、取引先の旦那衆も、皆がどこかに藍のものを身に着けて集まってくれました。
あの人が染めた藍で、町がひとつの空のようでした。
※
四十九日が過ぎて、私は初めて独りで染め場の整理をしました。
道具はどれも、几帳面に手入れされていました。
竹べら、柄杓、灰汁の桶。
棚の奥には藍の配合を書き付けた帳面が並んでいて、その一番端に、見慣れない染め帳が一冊ありました。
表紙に、誠の名前がありました。
開くと、藍の機嫌や灰汁の量の覚え書きに混じって、短い言葉が書き付けてありました。
『誠 七つの祝い着の藍。神社の石段は急だから、転ぶなよ』
『入学の藍。風呂敷は濃いめにした。男の鞄は重いほうがいい』
『十五の藍。難しい歳だろうから、何も言うな。藍だけ渡してやれ』
『二十歳の藍。今日の藍は機嫌が良かった。お前の二十歳も、こんな日だといい』
頁をめくるたび、誠のまだ来ていない年齢が、藍と一緒に染められていました。
祝言の藍のところには、こうありました。
『相手がどんな人でも、美代に似た泣き虫なら、なお良し』
そして、最後の頁。
『間に合わない景色は、先に藍に染めておく。』
『誠がこれから見る空も、海も、俺はぜんぶ藍の中で先に見た。だから、寂しくはない』
頁のあちこちに、藍色の指の跡が残っていました。
夜明け前の藍場で、独り甕の前に立っていた人の、指の跡です。
文字のいくつかは、丸く滲んでいました。
藍場に、雨は降りません。
──あの人も、降らせていたのです。
私は染め帳を抱いて、藍甕の前にしゃがみ込みました。
どれだけそうしていたか、分かりません。
甕の中では夫の藍が、何も知らない顔で、静かに呼吸を続けていました。
※
最初の節目は、見送りの翌年の七五三でした。
この町では、男の子も七つを祝うのです。
納戸から一反目を下ろし、小さな祝い着に仕立てました。
誠は袖を通すなり、くんくんと匂いを嗅ぎました。
「とうちゃんの匂いがする」
七つの子の一言に、付き添いの皆が下を向きました。
神社の石段で、誠は一度だけつまずきました。
転ぶ寸前で、ぐっと踏みとどまった。
──石段は急だから、転ぶなよ。
染め帳の言葉が、袖を引いたのだと思います。
※
入学の朝には、藍染の風呂敷で教科書を包んでやりました。
濃い、濃い藍でした。
「なんでうちのだけ、こんなに濃いの」
「重いものを包む布は、濃く染めるんですって」
あの人の覚え書きの通りに答えると、誠は不思議そうに頷いて、駆けていきました。
ランドセルの横で揺れる藍が、角を曲がって見えなくなるまで、私は門の前に立っていました。
※
誠は、紺屋を継ぎました。
「俺が継ぐ」と言ったのは、中学を出る春のことです。
誰も頼んでいないのに、誰も驚きませんでした。
父親の記憶はおぼろげだと言うくせに、甕を覗き込む横顔は、年々あの人に似てきます。
入学の風呂敷も、二十歳の着物も、祝言の引き出物も。
節目が来るたび、私は納戸の藍を一反ずつ下ろして、仕立てました。
そのたびに、染め帳の言葉をひとつ、誠に読んで聞かせました。
二十歳の言葉を読んだ夜、誠は黙って藍場へ降りていき、朝まで戻りませんでした。
明け方に覗くと、誠は甕の前に座り込んでいました。
「親父は、ここで俺の二十歳を見てたんだな」
それだけ言って、あとは何も言いませんでした。
祝言の言葉を読んだときは、誠のお嫁さんが先に降らせました。
彼女は本当に、よく泣く人なのです。
あの人の書いた通りになりました。
※
そして今朝、最後の一反を下ろしました。
春に、孫が生まれるのです。
「藍染の産着なんて、この町でもうちの子だけですよ」
誠のお嫁さんはそう言って、お腹を撫でながら、もう降らせていました。
産着を仕立てるために布を広げて、私は息を呑みました。
十二反のうち、この一反だけ、藍が淡いのです。
空の色とも、水の色ともつかない、生まれたての藍。
染め帳の最後の頁を、もう一度開きました。
覚え書きの隅に、小さな文字を見つけました。
『十二反目。うんと淡く。はじまりの色だから』
四十年近く前に、まだ影も形もない孫のために染められた、はじまりの色。
藍は、染めた人がいなくなってからも、深くなり続けると言います。
けれどこの淡さだけは、あの夜明けのまま、止まっていました。
※
今夜、私は夫に手紙を書きます。
『宗一さん。
誠は、良い職人になりました。爪の藍は、あなたより濃いくらいです。
春には、あなたの孫が生まれます。
産着は約束どおり、私が仕立てます。
あなたがいなくなってから、私はあまり降らなくなりました。
誰も「降ってきたな」と笑ってくれないのですから、張り合いがないのです。
でも今日だけは、少し降らせてください。
あなたの藍に、孫の顔を見せられる日が来たのですから。
──私を見つけてくれて、ありがとう。
あの夕立に、私も礼を言います。
美代より』
※
書き終えて、窓の外を見ました。
よく晴れた、冬の夜です。
それなのに、染め場の瓦が、夕立のあとのように光って見えました。
明日は、産着を裁ちます。
はじまりの色に、針を入れます。
あの人が先に見た景色を、これから生まれてくる小さな人が、ひとつずつ追いかけていくのです。