藍染の夫がくれた十二の約束

染色作業場での静かなひととき

藍というのは、不思議な色です。

染め上がったその日よりも、十年、二十年と経ったほうが、深く澄んでいく。

夫がこの世を離れて、この春で三十九年になります。

納戸の桐箪笥に仕舞われていた十二反の藍布は、今朝、とうとう最後の一反になりました。

膝の上に広げると、藍場の匂いが、まだ微かに立ちのぼる気がします。

発酵した藍の、土とも草ともつかない、あの匂い。

私は針を取る前に、布へそっと頬を寄せました。

ひんやりとした絹が、ほんの少しだけ、ぬくもりを返してくれるのです。

夫は、藍染を生業にする紺屋の職人でした。

そして私に、十二の約束を置いていった人でした。

私は北関東の、織物の町に生まれました。

朝から晩まで、機の音の絶えない町でした。

トンカラ、トンカラ。

どの路地を歩いても、窓から経糸の匂いと機の音がこぼれてくる。

十五で機場に上がり、十八の頃には一人前の織子と呼ばれるようになっていました。

とはいえ、自慢できるのは腕だけで、口はからきしでした。

人前に出ると、言葉が喉の奥で絡まってしまう。

そのくせ涙腺だけは人一倍ゆるくて、嬉しくても悲しくても、すぐに目の縁が熱くなるのです。

祝い事で泣き、もらい泣きで泣き、夕焼けがきれいだと言っては泣く。

機の前にいるときだけが、ありのままの自分でいられました。

杼を走らせている間は、誰も私の不器用を笑わないからです。

宗一さんと出会ったのは、昭和四十二年の夏でした。

その日、町は朝から茹だるような暑さで、夕方になって急に空が翳りました。

夕立です。

機場の軒先に、若い男の人がひとり駆け込んできました。

「すみません、少しだけ軒を貸してください」

男の人は自分の濡れた肩には目もくれず、抱えていた風呂敷包みばかりを気にしていました。

結び目を解いて、中の反物が濡れていないかを確かめている。

その指を見て、私は思わず声を上げそうになりました。

爪の際から指の節まで、深い藍色に染まっていたからです。

「ああ、これですか」

視線に気づいた男の人は、少し恥ずかしそうに指を折り畳みました。

「紺屋の者です。洗っても、もう落ちないんですよ」

機場に藍を納めに来た、染物屋の跡取りでした。

紺屋──藍染を専門にする染物屋の、若旦那です。

名前を、宗一さんといいました。

私は黙って手ぬぐいを差し出しました。

気の利いた言葉のひとつも、出てこなかったのです。

宗一さんは手ぬぐいを受け取ると、自分の頭ではなく、まず反物の包みを拭きました。

「布が、先ですか」

やっとそれだけ言った私に、宗一さんは笑いました。

「布は風邪を引いても、自分では治れませんから」

夕立は、じきに上がりました。

濡れた石畳が西日を照り返して、町中が金色に光っていました。

「ありがとう。手ぬぐいは、洗って返します」

そう言って帰っていく背中を、私はいつまでも見ていました。

胸の奥が、一反を織り終えたあとのように、静かに火照っていました。

手ぬぐいは、本当に返ってきました。

それも、見たこともないほど美しい藍に染め直されて。

「勝手なことをして、すみません。礼のつもりです」

広げると、白い絞りで小さな雨粒の模様が散っていました。

あの日の夕立を、布に閉じ込めたのだと言うのです。

私はその場で泣いてしまいました。

嬉しいと頭が分かるより先に、目の縁が熱くなる、いつもの癖です。

宗一さんは慌てて、それからおかしそうに笑いました。

「やっぱり、あなたは雨を連れてくる人だ」

それから宗一さんは、私のことを「雨ふらし」と呼ぶようになりました。

ひどい呼び名だと思います。

でもその響きには、棘のかわりに、洗いざらしの布のような柔らかさがありました。

紺屋の藍場を初めて見せてもらったのは、その年の秋です。

ほの暗い土間に、大きな甕が八つ、床に埋まるように並んでいました。

甕の面には、紫がかった泡が、ぷつぷつと盛り上がっています。

「藍の華です」と宗一さんが言いました。

「藍は生き物なんですよ。毎日機嫌を聞いて、灰汁をやって、温めてやる」

「手をかけた分だけ、ちゃんと応えてくれる。人より、よっぽど正直だ」

そう言って甕を覗き込む横顔は、もう職人の顔でした。

藍場には、独特の匂いが満ちていました。

土のような、草のような、どこか懐かしい発酵の匂い。

「最初は皆、臭いと言うんです」

「私は、好きです」

思ったままを言うと、宗一さんは目を丸くして、それから本当に嬉しそうに笑いました。

「変わった人だ」

変わっているのはどちらだろうと、私は思いました。

それから私たちは、文を交わすようになりました。

宗一さんの手紙はいつも短くて、そのくせ藍のことになると急に長くなりました。

今日の藍はよく染まった、とか。

寒くなって藍の機嫌が悪い、とか。

私も負けずに、機のことを書きました。

難しい紋様が織り上がった日は、便箋が二枚になりました。

手紙の終わりには、いつも決まり文句がありました。

『藍、機嫌良し』

たった五文字なのに、その日の藍場の湯気まで見えるようでした。

休みの日には、川辺を歩きました。

言葉の少ない二人ですから、たいてい黙って歩くだけです。

それでも、退屈だと思ったことは一度もありませんでした。

沈黙が、織り目のように二人を繋いでいました。

初雪の朝には、藍場へ呼ばれました。

「雪の日の藍は、特別なんです」

甕から引き上げられたばかりの布は、最初は緑がかった色をしています。

それが風に触れたとたん、見る間に藍色へ変わっていくのです。

「空気に触れて、初めて藍になる」

「人と、同じですね」

私がそう言うと、宗一さんは少し黙って、それから深く頷きました。

「あなたといると、藍の見え方が変わる」

降りはじめた雪が、甕の湯気の上で溶けていきました。

翌年の夏祭りの晩のことも、よく覚えています。

浴衣で出かけた私に、宗一さんは「藍がよく似合う」と言いました。

私の浴衣は、ありふれた既製の藍でした。

「うちの藍なら、もっと似合う」

「あなたの藍は、高いでしょう」

「いつか、嫌になるほど着せてやりますよ」

軽口のつもりだったのでしょう。

言ってしまってから、宗一さんは耳まで赤くなりました。

金魚すくいの屋台の灯りが、川面に揺れていました。

私はまた目の縁が熱くなって、慌てて夜空を見上げました。

「ほら、降ってきた」

「降っていません」

「こっちでは、降ってる」

そう言って、宗一さんは私の顔を覗き込みました。

祭り囃子にまぎれて、二人で少しだけ笑いました。

昭和四十四年の秋、手紙が途絶えました。

ひと月待っても、ふた月待っても、返事が来ません。

藍場を訪ねても、職人さんに「若旦那は留守だ」と言われるばかり。

三度目に訪ねた日、私はとうとう引き下がりませんでした。

土間の上がり框に座り込んで、「会えるまで帰りません」と言ったのです。

口下手の私の、生まれて初めての我儘でした。

奥から出てきた宗一さんは、ふた月の間に頬がそげて、別人のようでした。

「……帰ってくれ」

「嫌です」

「俺のことは忘れてくれ。あんたのためなんだ」

「嫌です」

私は泣いていました。

けれど、その場を動きませんでした。

やがて奥から、宗一さんのご両親が出てこられました。

親方さんは何も言わず、私と宗一さんを座敷に上げました。

長い沈黙のあと、宗一さんが畳に目を落としたまま、ぽつりぽつりと話し始めました。

生まれつき、心の臓が弱いこと。

この秋、染め場で胸を押さえてうずくまり、医者にかかったこと。

──三十の坂は越えられないかもしれないと、言われたこと。

「あんたを、途中で独りにすることになる」

「そんな薄情を、俺はしたくない。だから、忘れてくれ」

私は、自分でも驚くほど静かな声が出ました。

「三十年先のことは、私には分かりません」

「でも、明日のあなたの隣にいたいことだけは、分かります」

「途中で独りになるのと、今ここで独りになるのと、何が違うんですか」

言い終わる前に、また降ってきました。

畳に、ぽつり、ぽつりと染みが増えていきます。

宗一さんは、何も言えずにいました。

そのとき、黙って聞いていた親方さんが、すっと立ち上がったのです。

土間に降りて、藍甕の蓋をひとつ、開けました。

「嫁に来るなら、藍の世話も覚えてもらうぞ」

「藍は生き物だ。盆も正月も、休みをくれん」

それだけ言って、奥へ引っ込んでしまわれました。

それが、あの家の許しの言葉でした。

宗一さんは畳に手をついて、長いこと、肩を震わせていました。

「雨ふらしが、二人になっちまったな」

顔を上げた宗一さんの目も、真っ赤でした。

昭和四十五年の春、私たちは祝言を挙げました。

私の打掛は、宗一さんが染めた藍でした。

白無垢ではなく藍の打掛なんて、と町の人は笑いましたが、私にはどんな花嫁衣装より誇らしかった。

袖を通したとき、あの藍場の匂いがして、また少し降りました。

「ほら、降ってきた」と夫が笑って、列席の皆がつられて笑いました。

嫁いで最初の一年は、藍の世話を覚えることに明け暮れました。

明け方に甕の温度を確かめ、灰汁を計り、藍の華の色を読む。

親方さんは口数の少ない人でしたが、教え方は驚くほど丁寧でした。

「藍の機嫌は、匂いで分かる」

「ええ匂いの日は、ええ色が出る」

失敗して、甕をひとつ駄目にしてしまったときも、叱られませんでした。

「藍に詫びておけ」

それだけ言って、新しい藍を建てる支度を始めるのです。

気がつけば、私の指も、爪の際から藍色に染まっていました。

機を織っていた頃の白い手は、もうどこにもありません。

それを見つけた夫が、自分のことのように喜びました。

「夫婦で、揃いの色だ」

「指輪より、落ちませんね」

私たちは、そういう夫婦でした。

暮らしは、つつましいものでした。

私は機を織り、藍の世話を覚え、夫は染め場に立つ。

夫の体を気遣って、重い水汲みはぜんぶ私が引き受けました。

夫は悔しがりましたが、「その分、あなたは藍を染めてください」と言うと、黙って頷きました。

朝は夫より先に起きて、甕の火加減を見ました。

夫は夫で、私の機の経糸が切れると、いつの間にか直してくれている。

口で言い合うことの少ない分、手と手で暮らしを繋いでいました。

夕餉のあとは縁側に並んで、その日の藍と織りの話をする。

それだけのことが、どうしてあんなに楽しかったのでしょう。

昭和四十九年に、誠が生まれました。

夫は産湯の盥の横に正座して、いつまでも息子の顔を覗き込んでいました。

「なあ、美代」

「はい」

「この子の節目の祝いは、ぜんぶうちの藍で揃えてやりたい」

「そうしましょう」

そのときの夫の目が、どこか遠くを見ていたことに、私は気づかないふりをしました。

誠は、藍場で育ったような子でした。

歩き始めた頃から、夫の足元にまとわりついて離れない。

三つの歳には、甕を覗き込もうとして、頭から落ちかけたことがあります。

夫は片手で襟首を掴まえて、笑いながら言いました。

「藍に呼ばれるのは、紺屋の血だ」

「呼ばれるのが早すぎます」

私は本気で青くなったのに、親子は声を合わせて笑っていました。

夕餉の膳で、夫は誠に藍の話ばかりしました。

藍は生き物だということ。

機嫌の良い日と、悪い日があること。

手をかけた分だけ、必ず応えてくれること。

誠は意味も分からないまま、「あい、あい」と繰り返していました。

その響きが「はい」の返事のようで、夫はそのたびに目を細めました。

誠が三つになった年から、夫は夜明け前の藍場に立つようになりました。

体の調子の良い日を選んで、月に一度か二度。

染めているものは、見せてくれませんでした。

染め上がった反物は湯のしに出され、納戸の桐箪笥へ仕舞われていく。

一反、また一反。

「何を染めているの」

一度だけ、聞いたことがあります。

夫は甕の華を竹べらで整えながら、こちらを見ずに言いました。

「約束だよ」

それきり、私は二度と聞きませんでした。

聞いてしまえば、何かが終わってしまう気がしたのです。

ただ、染め上がりを湯のしから受け取る役は、いつも私でした。

風呂敷を開けるたび、藍は少しずつ濃くなっていきました。

はじめの一反は、優しい縹色。

近頃の一反は、夜の海のような濃紺。

誰のための、何の布なのか。

聞かなくても、本当は分かっていたのだと思います。

夫の発作は、年を追うごとに増えていきました。

胸を押さえてうずくまる背中を、私は何度さすったか分かりません。

それでも夫は、染め場に立つことをやめませんでした。

「医者は三十と言ったが、もう三つも勝ち越した」

「藍が、俺を引き留めてくれてるんだ」

「甕の世話を途中で放り出したら、藍に叱られる」

冗談めかして、夫はよくそう言いました。

私はそのたびに、台所で水音を立てて、聞こえないふりをしました。

夜中に目を覚ますと、隣の布団が空のことがありました。

そっと廊下に出ると、藍場の戸の隙間から、灯りが漏れている。

甕の前に屈み込んだ背中が、灯りの中で静かに動いていました。

窓の外がだんだん白んで、藍の匂いの中に、こらえた咳がひとつ、ふたつ。

私は声をかけずに、布団へ戻りました。

あれが約束の藍を染めている夜だと、知っていたからです。

納戸の反物が十二になった年の冬、夫は藍場で倒れました。

誠が、七つの冬でした。

戸口で物音がして、駆けつけたときには、夫は甕の縁にもたれるように崩れていました。

竹べらを、握ったままでした。

迎えの車を待つ間、夫は薄く目を開けて、甕の華をじっと見ていました。

病院の白い廊下は、藍場とは別の国のように、冷たい匂いがしました。

夫は床の上で、私の手を握りました。

藍に染まった指は、嘘のように軽くなっていました。

それでも爪の際の藍色だけは、最後まで落ちませんでした。

「美代」

「はい」

「納戸の藍は、誠の祝いの分だ」

「七五三、入学、二十歳、祝言──順々に、仕立ててやってくれ」

「祝言の分は、二反ある」

「相手の方の分も、染めてあるんですか」

「ああ。どんな人が来てもいいようにな」

夫は得意げに笑おうとして、小さく咳き込みました。

「自分で、渡してください」

私がそう言うと、夫は困ったように笑いました。

それから私の目元を見て、小さく言ったのです。

「……降ってきたな」

「あなたが、降らせるんです」

「美代の雨は、俺には恵みの雨だったよ」

「あの日の夕立にも、礼を言わなきゃならん」

夫の手から、ゆっくりと力が抜けていきました。

「ありがとうな、雨ふらし」

それが、最後の言葉でした。

窓の外には、季節外れの細い雨が降っていました。

夫は眠るように目を閉じて、そのまま、遠いところへ旅立ちました。

三十六の冬でした。

三十を越えられないと言われた人が、六年も勝ち越したのです。

見送りの朝は、皮肉なほどよく晴れていました。

町中の機の音が、その日だけ止まりました。

機場の仲間も、取引先の旦那衆も、皆がどこかに藍のものを身に着けて集まってくれました。

あの人が染めた藍で、町がひとつの空のようでした。

四十九日が過ぎて、私は初めて独りで染め場の整理をしました。

道具はどれも、几帳面に手入れされていました。

竹べら、柄杓、灰汁の桶。

棚の奥には藍の配合を書き付けた帳面が並んでいて、その一番端に、見慣れない染め帳が一冊ありました。

表紙に、誠の名前がありました。

開くと、藍の機嫌や灰汁の量の覚え書きに混じって、短い言葉が書き付けてありました。

『誠 七つの祝い着の藍。神社の石段は急だから、転ぶなよ』

『入学の藍。風呂敷は濃いめにした。男の鞄は重いほうがいい』

『十五の藍。難しい歳だろうから、何も言うな。藍だけ渡してやれ』

『二十歳の藍。今日の藍は機嫌が良かった。お前の二十歳も、こんな日だといい』

頁をめくるたび、誠のまだ来ていない年齢が、藍と一緒に染められていました。

祝言の藍のところには、こうありました。

『相手がどんな人でも、美代に似た泣き虫なら、なお良し』

そして、最後の頁。

『間に合わない景色は、先に藍に染めておく。』

『誠がこれから見る空も、海も、俺はぜんぶ藍の中で先に見た。だから、寂しくはない』

頁のあちこちに、藍色の指の跡が残っていました。

夜明け前の藍場で、独り甕の前に立っていた人の、指の跡です。

文字のいくつかは、丸く滲んでいました。

藍場に、雨は降りません。

──あの人も、降らせていたのです。

私は染め帳を抱いて、藍甕の前にしゃがみ込みました。

どれだけそうしていたか、分かりません。

甕の中では夫の藍が、何も知らない顔で、静かに呼吸を続けていました。

最初の節目は、見送りの翌年の七五三でした。

この町では、男の子も七つを祝うのです。

納戸から一反目を下ろし、小さな祝い着に仕立てました。

誠は袖を通すなり、くんくんと匂いを嗅ぎました。

「とうちゃんの匂いがする」

七つの子の一言に、付き添いの皆が下を向きました。

神社の石段で、誠は一度だけつまずきました。

転ぶ寸前で、ぐっと踏みとどまった。

──石段は急だから、転ぶなよ。

染め帳の言葉が、袖を引いたのだと思います。

入学の朝には、藍染の風呂敷で教科書を包んでやりました。

濃い、濃い藍でした。

「なんでうちのだけ、こんなに濃いの」

「重いものを包む布は、濃く染めるんですって」

あの人の覚え書きの通りに答えると、誠は不思議そうに頷いて、駆けていきました。

ランドセルの横で揺れる藍が、角を曲がって見えなくなるまで、私は門の前に立っていました。

誠は、紺屋を継ぎました。

「俺が継ぐ」と言ったのは、中学を出る春のことです。

誰も頼んでいないのに、誰も驚きませんでした。

父親の記憶はおぼろげだと言うくせに、甕を覗き込む横顔は、年々あの人に似てきます。

入学の風呂敷も、二十歳の着物も、祝言の引き出物も。

節目が来るたび、私は納戸の藍を一反ずつ下ろして、仕立てました。

そのたびに、染め帳の言葉をひとつ、誠に読んで聞かせました。

二十歳の言葉を読んだ夜、誠は黙って藍場へ降りていき、朝まで戻りませんでした。

明け方に覗くと、誠は甕の前に座り込んでいました。

「親父は、ここで俺の二十歳を見てたんだな」

それだけ言って、あとは何も言いませんでした。

祝言の言葉を読んだときは、誠のお嫁さんが先に降らせました。

彼女は本当に、よく泣く人なのです。

あの人の書いた通りになりました。

そして今朝、最後の一反を下ろしました。

春に、孫が生まれるのです。

「藍染の産着なんて、この町でもうちの子だけですよ」

誠のお嫁さんはそう言って、お腹を撫でながら、もう降らせていました。

産着を仕立てるために布を広げて、私は息を呑みました。

十二反のうち、この一反だけ、藍が淡いのです。

空の色とも、水の色ともつかない、生まれたての藍。

染め帳の最後の頁を、もう一度開きました。

覚え書きの隅に、小さな文字を見つけました。

『十二反目。うんと淡く。はじまりの色だから』

四十年近く前に、まだ影も形もない孫のために染められた、はじまりの色。

藍は、染めた人がいなくなってからも、深くなり続けると言います。

けれどこの淡さだけは、あの夜明けのまま、止まっていました。

今夜、私は夫に手紙を書きます。

『宗一さん。

誠は、良い職人になりました。爪の藍は、あなたより濃いくらいです。

春には、あなたの孫が生まれます。

産着は約束どおり、私が仕立てます。

あなたがいなくなってから、私はあまり降らなくなりました。

誰も「降ってきたな」と笑ってくれないのですから、張り合いがないのです。

でも今日だけは、少し降らせてください。

あなたの藍に、孫の顔を見せられる日が来たのですから。

──私を見つけてくれて、ありがとう。

あの夕立に、私も礼を言います。

美代より』

書き終えて、窓の外を見ました。

よく晴れた、冬の夜です。

それなのに、染め場の瓦が、夕立のあとのように光って見えました。

明日は、産着を裁ちます。

はじまりの色に、針を入れます。

あの人が先に見た景色を、これから生まれてくる小さな人が、ひとつずつ追いかけていくのです。

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