帳面は一寸左に寄っていた
十九で紺屋に弟子入りした私は、二十三年連れ添った兄弟子の帳面を盗み見た。九つの甕の図と、川下へ下る朝の便の時刻。黙って戻した帳面は、その日から一寸だけ左に寄って…
十九で紺屋に弟子入りした私は、二十三年連れ添った兄弟子の帳面を盗み見た。九つの甕の図と、川下へ下る朝の便の時刻。黙って戻した帳面は、その日から一寸だけ左に寄って…
十九で畳屋に嫁いだ私は、十年ものあいだ仕事場に入れてもらえなかった。義母は褒めず、教えず、座敷の上座の一枚だけを誰にも踏ませなかった。二十六年ぶりに畳を上げ替え…
昭和四十年代の織物の町。心の臓が弱い藍染職人の夫は、息子の節目のために十二反の藍布を染め残してこの世を離れた。染め帳に残る藍色の指の跡、夕立の出会いから続いた夫…
右手を怪我して誰にも言えなかった大工。泣ける話──25年来の仕事仲間は、鑿の音が変わったその日から気づいていた。職人の誇りと、言葉にしない友情の実話。…
父とまともに話したのは、十三年ぶりだった。大工だった父から渡された古いかんな。その裏に小さく彫られた文字が、長年の沈黙をほどいていく、父と息子の感動の実話。…
十五年前に家を出た弟が、雪の日に蕎麦屋を訪ねてきた。手にしていたのは父の形見の砥石。蕎麦職人の兄が弟の打つ蕎麦を食べたとき、父が最後に伝えたかったことを知る。…