燃える紙にだけ私の名があった
七つで両親に置いていかれた私を、血のつながらない花火師が引き取った泣ける話。五十年ただの一度も名前を呼ばれず、玉名帳にも名簿にも私の名はなかった。その理由は、空…
七つで両親に置いていかれた私を、血のつながらない花火師が引き取った泣ける話。五十年ただの一度も名前を呼ばれず、玉名帳にも名簿にも私の名はなかった。その理由は、空…
十九で紺屋に弟子入りした私は、二十三年連れ添った兄弟子の帳面を盗み見た。九つの甕の図と、川下へ下る朝の便の時刻。黙って戻した帳面は、その日から一寸だけ左に寄って…
十九で畳屋に嫁いだ私は、十年ものあいだ仕事場に入れてもらえなかった。義母は褒めず、教えず、座敷の上座の一枚だけを誰にも踏ませなかった。二十六年ぶりに畳を上げ替え…
東京のアパートに、毎月一本だけ島の醤油が届いていた。送り状の控えを、俺は一度も見たことがなかった。父が倒れ、四十九日の翌日、四十年勤めたサチさんが前掛けを外す。…
右手を怪我して誰にも言えなかった大工。泣ける話──25年来の仕事仲間は、鑿の音が変わったその日から気づいていた。職人の誇りと、言葉にしない友情の実話。…
父とまともに話したのは、十三年ぶりだった。大工だった父から渡された古いかんな。その裏に小さく彫られた文字が、長年の沈黙をほどいていく、父と息子の感動の実話。…
十五年前に家を出た弟が、雪の日に蕎麦屋を訪ねてきた。手にしていたのは父の形見の砥石。蕎麦職人の兄が弟の打つ蕎麦を食べたとき、父が最後に伝えたかったことを知る。…
湖の対岸の料亭で最後の壁を塗り終えた日、女将から「奥さんが三年前にいらした」と聞かされました。座敷の北の角だけ、土の色が濃い。その夜、三十年毎朝使ってきた不格好…
活版からオフセットへ移る頃の印刷工場で、私がいちばん苦手にしていた部長は、薄荷の飴缶から一粒を取り出し、こつんと奥歯で鳴らす人でした。あの音を叱られる合図だと思…
坂の途中の小さな自転車店。決して人に頭を下げない店主が一度だけ私に頼んだのが、胸ポケットの観戦パスでした。雨の夜に果たされなかった約束と、三十年後の面接室でその…
父の四十九日が過ぎた頃、母が簞笥の奥から古いガラケーを出してきた。受信一覧のいちばん下に、保護されたメールが一通だけ残っていた。九年前の三月十日、送信時刻は朝の…
鹿児島の甲突川ぞいで錫器を打っていた父と、二十年会わなかった息子の泣ける話。工房の作業台に残された小さな湯呑みと、桐箱に眠る十九個が語るのは、いちばん深いへこみ…