転校生の父が歌い出した日
北関東の工業団地の町に転校してきた、日本語のたどたどしい同級生。わたしは一度だけ、彼を見捨てた。合唱コンクールの日、耳の聞こえないはずの彼の父が客席で立ち上がり…
北関東の工業団地の町に転校してきた、日本語のたどたどしい同級生。わたしは一度だけ、彼を見捨てた。合唱コンクールの日、耳の聞こえないはずの彼の父が客席で立ち上がり…
継母の買い物メモは、いつも大根と卵の絵だった——静かに沁みる泣ける話。東京の大学へ行くと告げた夜に母が言った「うちには読めん」の本当の意味を、わたしは三十八年間…
兄の嫁として来た佐和子さんを、私は二十年「姉さん」と呼べずにいた。秋の川が兄を連れて行った日、親族の前で「この子は私の妹です」と言い切った人。その言葉の本当の意…
昭和四十三年の瀬戸内、造船の町。船大工の俺は時化で兄夫婦を失い、遺された甥の修を四年育てた。その修が静かに眠り、削りかけの賽子だけが作業台に残る。半年後、納屋に…
昭和四十四年の豪雪の峠。乗合バスが横転し、七歳の姪は座席の下に閉じ込められた。半狂乱の私を救い出したのは、黄色い合羽の若い除雪作業員だった。背中を裂かれながら笑…
昭和の岬に立つ灯台守の爺が、亡き娘の忘れ形見の孫を、しょっぱい味噌汁と誕生日ごとに彫った木彫りの小舟で、四十年かけて育て上げた。孫を初めての長い航海へ送り出す朝…
弟から掛かってきた、生まれて初めての電話。昭和三十年代の雪深い炭鉱町を舞台に、詫びてばかりの弟と約束を破った姉の最後の冬を描く泣ける話。弟の行李の底に眠っていた…
城下町の若い庭師が、亡き親方の忘れ形見である血の繋がらない娘を、ひとりで育てた三十数年の物語。世間の疑いの目に耐え抜いた不器用な父娘の絆は、娘が嫁ぐ日の一通の手…
峠の茶屋をひとりで継いだ私が出会った、毎朝お地蔵さまへ通う小さなハルさん。色あせた巾着に詰めた金平糖に込められていたのは、七つで旅立った息子への、五十年分の『お…
硝子職人の私を唐突に振った幼馴染の凛子。半年後、妹からの電話で知った真実は、重い病でひとり身を引いた、彼女の優しい嘘だった。海色の浮き玉に祈りを込めて、彼女のも…
昭和四十年代の織物の町。心の臓が弱い藍染職人の夫は、息子の節目のために十二反の藍布を染め残してこの世を離れた。染め帳に残る藍色の指の跡、夕立の出会いから続いた夫…
機械が牧場にやってきた昭和の冬、私は世話をしてきた三頭の馬を手放すことになった。最後の朝、ハナはそっと私の肩に額を押しあてた。北の開拓村で交わした別れと、今も引…
昭和の終わり、北関東の城下町で三代続いた床屋を継いだ続かない俺。大叔父である先代から受け継いだ親方の革砥と、三十年分の常連カルテだけを頼りに刃を握る。嵐の朝、シ…
母を亡くした後、無口な林業家の父と疎遠になった陶芸家の息子。父の入院をきっかけに実家を訪れた彼が、作業小屋で見つけた28体の木彫りの人形に刻まれていた、誰にも語…
不治の病で5歳の息子を亡くした夫婦が、生前の約束を果たすため遊園地を訪れる。空の椅子に感じた小さな温もりが、二人に再び生きる力を与えてくれた。…