
私の鞄の底には、いつも一枚の絵がある。
朝顔の絵だ。
青い花が三つ、つるを伸ばして、竹の垣根に絡んでいる。
紙の端は少し焦げて、茶色く縮れている。
指でなぞると、その焦げのところだけ、わずかにざらりとしている。
六十を過ぎた今も、私はこの一枚だけは、どうしても手放せずにいる。
私は、紙芝居師をしている。
飴を売るわけでもない、ただ絵を見せて、話をする、それだけの古い仕事だ。
今どき、こんな商いをしている者は、この界隈で私くらいのものだろう。
それでも、声をかけてくれる人がいるかぎり、私はやめるつもりはない。
古びた木箱を、自転車の荷台にくくりつけて、町の小学校や、公民館や、お年寄りの集まる広間を回る。
箱の角は、もうすっかり丸くなっている。
何十年も、人の手で撫でられてきた角だ。
祖母が、戦後ずっと背負って歩いた箱だった。
私はそれを、形見として受け継いだ。
拍子木を、かちん、かちん、と鳴らす。
乾いた音が、夏の空気を、まっすぐに割っていく。
すると、どこからともなく、子どもが寄ってくる。
「さあさあ、はじまるよ」
そう言って一枚目の絵を抜くたびに、私はいつも、祖母の手の動きを思い出す。
節くれだった指が、絵の端をそっとつまんで、すうっと横へ引く。
その所作だけは、いくつになっても、真似のしようがなかった。
祖母は、よく言っていた。
「絵はね、見せるんじゃない。渡すんだよ」
その意味が、長いあいだ、私には分からなかった。
渡す、とはどういうことか。
分かったのは、つい先頃のことだ。
あの、朝顔の絵の裏を、見てからのことだった。
※
祖母に育てられたのは、私が三つの頃からだったと聞いている。
両親のことは、ほとんど覚えていない。
気がつけば、私は祖母と二人、城下町のはずれの長屋に暮らしていた。
お堀の水が、一年じゅう、鈍く光っている町だった。
石垣の苔のにおいと、夕方の魚を焼くにおいが、路地に混ざっていた。
祖母は、昼間は近所の縫い物を請け負っていた。
夕方になると、あの木箱を背負って出ていく。
私もよく、そのうしろを、小走りでついて歩いた。
祖母の背中は小さかったが、箱を担ぐと、急にしゃんと伸びた。
祖母の紙芝居は、町でちょっとした評判だった。
桃太郎も、舌切り雀も、花咲か爺も、みんな祖母が自分の手で描いた。
絵の具のにおいが、長屋の隅に、いつも薄く漂っていた。
夜なべで筆を動かす祖母の影が、障子に大きく映っていたのを覚えている。
「ばあちゃん、まだ描いてるの」
「もうすぐだよ。あと、この子の顔だけ」
そう言いながら、祖母は朝方まで、よく絵を直していた。
安物の絵の具で描いた絵は、何度も使ううちに、色があせていく。
あせると、祖母はまた、上から塗り直した。
だから祖母の絵は、どれも少し、ぼってりと厚かった。
その厚みが、私は好きだった。
小学校に上がった頃、祖母は、私にも絵を抜かせてくれるようになった。
「ここで、ためる。子どもが、息をのむまで、待つんだよ」
私が早く抜こうとすると、祖母は、そっと私の手を、押さえた。
「急いだら、絵は、ただの紙になっちまう」
祖母の紙芝居が町で愛されたのは、その『間』のせいだったのだと、今なら分かる。
絵と絵のあいだの、何も映っていない時間に、祖母は、いちばん大切なものを、置いていた。
私は、その間の取り方を、覚えようと、必死だった。
祖母に褒められたくて、夜、布団の中で、拍子木を打つ真似をした。
長屋の路地には、いつも、誰かしらの子どもがいた。
祖母の絵が始まる夕方になると、その子たちが、縁側の前に、ずらりと並んだ。
駄菓子屋の子も、魚屋の子も、みんな、十円玉を握りしめてやってきた。
祖母は、お金のない子からは、けっして受け取らなかった。
「絵を見て、笑ってくれりゃ、それでいいんだよ」
そう言って、欠けた水飴を、その子の手に、握らせた。
私は、その光景が、自慢だった。
うちのばあちゃんは、町でいちばんだと、本気で思っていた。
冬になると、紙芝居の客も、ぐっと減った。
それでも祖母は、火鉢ひとつの部屋で、せっせと絵を描いていた。
かじかむ手に、何度も、息を吹きかけながら。
「ばあちゃん、寒くないの」
「これを楽しみにしてる子が、一人でもいるからね」
祖母の指の節は、いつも、絵の具で青く染まっていた。
その青が、私には、祖母の手そのものの色のように思えた。
今でも、青い色を見ると、祖母の手を、思い出す。
けれど、年に一度だけ、祖母が必ず見せる話があった。
夏の、よく晴れた日。
蝉の声が、いちばん高くなる頃だ。
祖母はその日になると、いつもより念入りに箱を拭いて、一番奥にしまった束を取り出した。
それが、朝顔の絵から始まる話だった。
題は、ついていなかった。
祖母は、ただ「むかし、ここにあった町の話」とだけ言って、拍子木を鳴らした。
絵の中には、二人の子どもがいた。
垣根の朝顔に、柄杓で水をやる、男の子と、女の子。
男の子のほうが、頭ひとつ、背が高かった。
「この子たちはね、毎朝、どっちが先に咲かせるか、競争してたんだよ」
祖母の声は、その話のときだけ、少しだけ低くなった。
いつものよく通る声が、井戸の底のように、静かに沈んだ。
私はまだ幼くて、ただ青い花がきれいだとしか思っていなかった。
絵の中の朝顔は、本物よりも、ずっと青かった。
その絵を見せたあとの夕方、祖母は決まって、長屋の小さな庭に出た。
そこには、本物の朝顔の垣根があった。
祖母は毎年、欠かさず、種を蒔いていた。
「朝顔はね、夜のうちに、もう、咲く支度をしてるんだよ」
明け方、つぼみがほどける音が聞こえる気がする、と祖母は言った。
私には、聞こえなかった。
でも、祖母には、ずっと、聞こえていたのだと思う。
その庭の朝顔の種を、祖母は、小さな紙の袋に入れて、大切にしまっていた。
袋には、何も書いていなかった。
それでも祖母は、毎年、その種だけを、選んで蒔いた。
「ほかの朝顔じゃ、だめなの」
そう聞いた私に、祖母は、ただ、やわらかく、笑っただけだった。
その種が、いつ、どこから、受け継がれたものなのか。
幼い私は、何も知らなかった。
今となっては、確かめるすべも、ない。
けれど、私は、なんとなく、分かる気がするのだ。
※
話は、いつも同じところへ進んでいった。
何度聞いても、結末は変わらなかった。
ある夜のことだ。
空が、昼間のように明るくなった。
低い音が、地の底から、腹に響いてきた。
絵が一枚、また一枚と変わるたびに、町は赤く染まっていった。
祖母は、その赤い絵を描くのに、朱と墨だけを使っていた。
屋根が燃え、垣根が燃え、朝顔のつるが、ちりちりと縮れていく。
見ている子どもたちが、しんと静まりかえる。
風の音さえ、止まったようになる。
絵の中の炎は、見ているうちに、本物の熱を持っているように思えた。
頬が、ひりひりと、熱くなる気がした。
祖母の朱の色は、ただの赤ではなかった。
幾度も、幾度も塗り重ねられた、深い、深い赤だった。
そして祖母は、必ずこう言った。
「逃げる途中で、女の子は、男の子の手を、はなしてしまったんだよ」
絵の中の二つの手が、ほどけている。
火の粉の中で、女の子だけが、川のほうへ走っていく。
次の絵には、もう、男の子はいない。
赤い背景に、つる草の影だけが残っている。
「朝になって、女の子は、何度も名前を呼んだ。でも、もう、返事はなかった」
そこまで来ると、祖母はいつも、少し長く、間をおいた。
その間が、私はこわかった。
絵の中の沈黙が、こちらまで、しんと伝わってくるようだった。
最後の絵は、焼け跡に、たった一輪だけ咲いた、朝顔だった。
瓦礫の中で、青い花が、まっすぐに天を向いている。
「火に呑まれた町に、その年も、朝顔だけは、咲いたんだよ」
祖母は、そう言って、静かに拍子木を鳴らした。
かちん、と、ひとつだけ。
それで、話はおしまいだった。
いつも、誰も、すぐには立ち上がれなかった。
※
子どもの頃の私は、その話が、あまり好きではなかった。
こわかったし、なにより、悲しかった。
ほかの紙芝居のように、めでたしめでたしで終わらないからだ。
あるとき、私は祖母に、聞いてみたことがある。
二人きりの、夕飯のあとだった。
「あの男の子は、そのあと、どこへ行ったの」
祖母は、繕い物の針を動かす手を、止めた。
しばらく、黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「みんなに、覚えていてもらうところへ、行ったんだよ」
その答えが、私には、よく分からなかった。
だから、もう一度、聞いた。
「あの子の名前は、なんていうの」
祖母は、答えなかった。
ただ、私の頭を、ごつごつした手で、ゆっくりと、なでた。
その手が、少しだけ、震えていたのを、今でも覚えている。
私は、子ども心に、これは、聞いてはいけないことなのだと思った。
踏んではいけない場所に、足をかけてしまった気がした。
それきり、私は二度と、その名前を、尋ねなかった。
祖母も、二度と、その話の続きを、口にしなかった。
※
年月は、お堀の水のように、ゆっくりと流れていった。
私は町を出て、よその土地で所帯を持ち、子を育て、また、この町へ戻ってきた。
気づけば、自分の髪にも、白いものが増えていた。
大人になるにつれ、私は、祖母のことを、少し、古くさいと思うようになった。
テレビをつければ、紙芝居など、もう誰も見ない時代だった。
町を出るとき、私は、あの箱を継ぐ気など、まるでなかった。
「もう、やめたら」と、口にしたことさえ、ある。
祖母は、ただ笑って、何も言わなかった。
それでも、夏のあの日だけは、縁側に誰もいなくても、一人で、あの話を絵に出していた。
今思えば、あれは、たった一人の客のために、続けていたのだ。
見る者が、ほかに、誰もいなくなっても。
一度だけ、私は、その一人芝居を、こっそり見てしまったことがある。
里帰りした、夏の夕方だった。
誰もいない縁側で、祖母は、いつもの調子で、絵を抜いていた。
赤い町の絵のところで、祖母の手が、ふと、止まった。
そして、絵に向かって、小さく、何かを、つぶやいた。
私には、聞き取れなかった。
声をかけそびれて、私は、そっと、台所へ戻った。
あのとき、黙って隣に座ればよかったと、今でも、悔やんでいる。
あの絵に向かって、祖母が、誰の名を呼んでいたのか。
今なら、分かるのに。
祖母はその間、ずっと、紙芝居を続けていた。
腰が曲がり、自転車に乗れなくなってからも、長屋の縁側に子どもを集めては、絵を抜いていた。
声は細くなっても、拍子木の音だけは、昔のまま、よく響いた。
晩年の祖母は、同じ話を、何度も繰り返すようになった。
昨日の夕飯のことさえ、忘れる日があった。
けれど、あの夏の話のときだけは、一度も、間違えなかった。
絵の順番も、言葉の調子も、寸分、違わなかった。
それだけは、体の芯に、刻み込まれていたのだろう。
私が見舞いに行くと、祖母はいつも、枕元の箱に、手を置いていた。
「この子たちを、よろしくね」
私は、桃太郎や、舌切り雀のことだと思って、軽くうなずいていた。
その『この子たち』が、本当は誰を指していたのか、私は、まるで分かっていなかった。
九十を過ぎたある冬の朝、祖母は、眠るように、静かに旅立った。
前の晩まで、いつもと変わらず、繕い物をしていたという。
枕元には、あの木箱が、きちんと置いてあった。
最期まで、手放さなかったのだ。
通夜の晩、近所の年寄りたちが、口々に言った。
「あの紙芝居には、ずいぶん、世話になったよ」
「うちの子も、孫も、みんな、あれで大きくなった」
祖母が、どれほど長く、この町の夕方を、灯し続けてきたか。
私は、そのときになって、ようやく、知った。
葬式が済んで、人がいなくなった長屋で、私は一人、片づけをはじめた。
そして、その箱を、膝の上に置いて、ふたを開けた。
中には、何十枚もの絵が、きちんと重ねられていた。
桃太郎も、舌切り雀も、すっかり色があせていた。
指でめくると、かすかに、古い絵の具のにおいがした。
一番奥に、あの、朝顔から始まる、町の話の束があった。
私は、一枚ずつ、めくっていった。
垣根の、二人の子ども。
赤く燃える町。
ほどけた手。
焼け跡の、一輪の朝顔。
絵は、私が子どもの頃に見たままだった。
何ひとつ、変わっていなかった。
ただ、紙だけが、静かに年を取っていた。
角が、やわらかく、すり切れていた。
いったい何千回、子どもたちの前で、抜かれてきたのだろう。
けれど、最後の、朝顔の絵の、その裏を、何気なく返したとき。
小さな、かすれた文字が、書いてあるのに、気がついた。
※
老いて、目も悪くなった祖母が、震える手で書いたのだろう。
鉛筆の文字は、何度もなぞったように、濃く、深くなっていた。
私は、窓のそばへ寄って、薄日にかざした。
そこには、こう書いてあった。
「稔。わたしの弟。垣根の朝顔は、いつも稔のほうが、先に咲かせた」
私は、その場に、座り込んでしまった。
膝の力が、抜けていった。
あの、絵の中の男の子には、名前が、あったのだ。
稔(みのる)。
祖母の、弟。
そして——あの夜、火の粉の中で、手をはなしてしまった、女の子。
それは、ほかでもない、幼い日の、祖母自身だった。
祖母は、自分のいちばん深い傷を、ずっと、他人の話のようにして、語り続けていたのだ。
六十年。
いや、それよりも、長く。
自分が手をはなしてしまった弟のことを、来る年も、来る年も、見ず知らずの子どもたちに、渡し続けていた。
覚えていてもらうために。
忘れられて、本当に、いなくなってしまわないように。
あの夏の日の、低くなった声を、私はもう一度、思い出した。
あれは、悲しみだけでは、なかったのかもしれない。
祈りに、近いものだった。
幼い私の頭をなでた、あの震える手を、私は思い出した。
あれは、私を慰めていたのでは、なかったのだ。
弟の名を、言えない自分を、こらえていたのだ。
名を口にすれば、あの夜の、はなしてしまった手の感触が、よみがえってしまうから。
それでも祖母は、話すことだけは、けっして、やめなかった。
名前を伏せたまま、弟の生きた証を、子どもたちの胸に、一粒ずつ、植え続けた。
いつか、誰かが、その名を呼べる日まで。
文字の、いちばん最後には、もう一行、あった。
「この子を、たのむ」
私は、その一行を、何度も、何度も、指でなぞった。
祖母は、私に、託したのだ。
自分が、もう、呼んでやれなくなる日のために。
私は、箱の中の、ほかの絵も、一枚ずつ、裏を返してみた。
桃太郎の裏にも、舌切り雀の裏にも、何も書いていなかった。
あの、朝顔の話の、最後の一枚にだけ、それは記されていた。
祖母が、生涯でただ一度だけ、絵の裏に書いた、本当のこと。
それを、誰に見せるでもなく、ずっと、箱の底に、しまい続けていた。
いつか、私が見つけることを、信じて。
※
それから、しばらく、私は紙芝居が、できなかった。
祖母の箱を背負う資格が、自分にあるとは、思えなかった。
あんなに深い思いを、私は、ただの昔話として、聞いていたのだから。
けれど、ある日、近所の小学校から、声がかかった。
夏の、平和を考える集まりで、あの話をしてほしい、と。
祖母が毎年、この町でやっていた、あの話だ。
私は、ずいぶん迷った末に、引き受けることにした。
これは、私がやらなければいけないことだと、思ったからだ。
当日、体育館には、百人ほどの子どもが、座っていた。
夏の光が、高い窓から、白く差し込んでいた。
私は、深く息を吸って、かちん、かちん、と拍子木を鳴らした。
祖母と、そっくりの音が、した。
そして、朝顔の絵を、抜いた。
青い花が三つ、垣根に絡んでいる。
私は、祖母がそうしたように、ゆっくりと、話しはじめた。
赤く染まる町。
ほどけた手。
火の粉の中を、川へ走る、女の子。
子どもたちは、しんと静まりかえって、絵を見つめていた。
あの日、私がそうだったように。
絵を抜く私の手を、子どもたちの目が、まっすぐに追っていた。
窓の外では、蝉が、あの夏と同じ声で、鳴いていた。
私は、祖母の『間』を、思い出していた。
急いではいけない。
子どもが、息をのむまで、待つ。
赤い町の絵で、何人かの子が、小さく、息を止めた。
その静けさの中に、祖母が、そっと立っているような気が、した。
※
最後の、焼け跡の朝顔の絵を、抜いたとき。
いちばん前にいた、小さな女の子が、まっすぐに、手を挙げた。
そして、私に、聞いた。
幼い日の私が、祖母に、そうしたように。
「その男の子は、どうなったの。名前は、なんていうの」
体育館が、しんと、静かになった。
私は、絵を持つ手に、ぐっと、力を込めた。
祖母は、この問いに、答えなかった。
答えられなかったのだ、きっと。
自分が手をはなしたと、口に出すことが、できなかったから。
でも、私は、もう、その名前を知っている。
祖母が、震える手で、最後に、私に渡してくれた。
私は、ひざをついて、その子と、目の高さを合わせた。
それから、はっきりと、言った。
「この子の名前は、稔といいます」
声が、少しだけ、ふるえた。
「垣根の朝顔を、いつも、誰よりも先に咲かせる、やさしい子でした」
言い終えて、私は、胸の奥が、すっと軽くなるのを感じた。
六十年ぶりに、その名前が、外の光の中へ、出てきたのだ。
教室の隅で、付き添いの先生が、そっと、目元を押さえていた。
私も、絵の陰で、こっそりと、同じことをした。
「みのるくん、朝顔、好きだったんだね」
いちばん前の女の子が、絵を見つめたまま、小さな声で、そう言った。
その一言で、稔は、たしかに、その教室に、いた。
六十年の時を越えて、あの子は、はじめて、見ず知らずの誰かに、名前を呼んでもらえたのだ。
私の声は、いつのまにか、祖母の声に、似てきていた。
低く、井戸の底のように、沈んだ声に。
あの夏の日、こわいと思った、あの声に。
今は、その声で語れることが、ただ、ありがたかった。
※
子どもたちは、その名前を、口の中で、そっと、繰り返していた。
みのる。
みのる。
小さな声が、体育館に、さざ波のように、広がっていった。
その瞬間、私には、ようやく、分かった。
祖母の、あの言葉の意味が。
「絵は、見せるんじゃない。渡すんだよ」
祖母が渡し続けていたのは、絵ではなかった。
弟だったのだ。
覚えていてもらうことだけが、もう一度、あの子を、この世に咲かせる、たったひとつの方法だった。
名前を呼ばれるたびに、稔は、ここにいる。
忘れられないかぎり、あの子は、いなくならない。
私は、その日、はじめて、祖母の箱を、自分の箱だと、思えた。
今でも、私は、夏になると、あの話をする。
自転車の荷台に、角の丸い木箱を、くくりつけて。
そして、必ず、最後に、子どもたちに言うことにしている。
「みなさんの、大切な人の名前を、どうか、覚えていてあげてください」
「名前を呼んでもらえるかぎり、その人は、ずっと、あなたのそばに、いるんです」
鞄の底には、いつも、あの朝顔の絵がある。
端の焦げた、一枚の絵。
その裏の、震える文字を、私はもう、暗記してしまった。
——この子を、たのむ。
はい、おばあちゃん。
私が、たしかに、受け取りました。
これからは、私が、稔の名を呼ぶ。
私のあとには、あの体育館で、名前を繰り返してくれた、子どもたちがいる。
そうやって、青い花は、また、どこかの誰かの垣根で、咲いていくのだろう。
祖母の紙芝居は、もう、ただの昔話ではない。
忘れないという、約束の形なのだ。
人は、二度、いなくなるのだと、私は思う。
一度目は、その姿が、見えなくなったとき。
二度目は、その名を、呼ぶ人が、誰もいなくなったとき。
だったら、私は、何度でも、呼ぼう。
稔。
祖母が、最後まで、呼びたくて、呼べなかった、その名を。
呼べば、きっと、どこかで、青い花が、ひとつ、ほどける。
あの明け方の、つぼみのほどける、かすかな音を。
今なら、私にも、聞けそうな気が、するのだ。
長屋の垣根の朝顔は、今年も、青い花を、三つ、咲かせている。
きっと、稔のほうが、先に咲かせたのだろう。
そう思うと、私は、なんだか、笑ってしまうのだ。