
こんにちは。十一年後の君です。
宝くじの当たり番号も、これから出会う人の名前も、ここには書きません。そういうものは、知らないほうがいい。
代わりに、いちばん大事なことだけを渡します。
明日の夕方、弟の航が亡くなります。
高校三年の夏、十八歳でした。くも膜下出血で、予告も、苦しむ時間もほとんどなかったと、医師は静かに言いました。
場所は、うちの風呂場です。
これは、今の君には止められません。十一年かけて、何度も考えました。何度も、です。
だから、お願いは二つだけにします。
一つは、母さんより先に、君が航を見つけること。
もう一つは、自慢の弟だと、航に声に出して言うこと。「お前は、俺の自慢の弟だ」と。
たったそれだけのことを、僕は十一年経った今も、果たせずにいます。
鼻歌の止まる時刻
航は風呂の長い男でした。
学校から帰ると、まず浴室の戸を開けて湯加減を見る。制服のまま湯船の縁に腰かけて、野球部の話を一人でしゃべり続ける。そんな子どもでした。
母さんが「のぼせるよ」と言っても、聞いたためしがありません。
風呂に入れば、必ず鼻歌が聞こえました。
曲は決まって、野球部の応援歌です。調子っぱずれで、三年間、一度も上達しませんでした。
脱衣所の洗濯機の上には、防水の小さなラジオが置いてあります。ナイター中継の実況と、航の鼻歌が、湯気の中で混ざっている。
石けんの匂いと、古い浴室タイルの湿った匂い。夏になると、そこへ麦茶を沸かした台所の匂いも流れてきて、うちの夕方は、いつもその匂いでした。
君はそれを、うるさいと思っていますね。
夜中まで院試の勉強をしている二階の部屋にまで、あの歌は階段を伝って上がってきます。
そのたびに君はヘッドホンを耳に押しあて、音量をひとつ上げます。
「航、風呂場で歌うなよ。集中できない。」
去年の冬、君はそう言いました。航は湯上がりの頭をタオルで拭きながら、へらへら笑って返しました。
「兄貴こそ、いつまで勉強してんの。目の下、パンダみたいだぞ。」
「うるさい。受験生はお前だろ。」
「俺は推薦で野球やるからいいの。兄貴は頭いいんだから、大丈夫だって。」
君は答えず、照れ隠しに笑いました。あの癖で。
それが、君と航の会話の、いつもの終わり方でした。
もう一つ、思い出してほしい場面があります。
航はグローブの手入れを、毎週日曜の夜、廊下でやっていました。
古い歯ブラシでオイルを塗り込むと、革の匂いが家じゅうに広がります。母さんは「臭い」と言い、父さんは電話の向こうで「いい匂いだ」と言い、君はドアを閉めて勉強を続けました。
一度だけ、航が君の部屋へ、グローブを持ってきたことがあります。
「兄貴、キャッチボールしない? 十分でいいから。」
「悪い。今日は無理だ。」
「じゃあ、一球だけ。」
「無理だって。ほら、戻れ。」
航は「はいはい」と笑って、廊下へ戻っていきました。
あの背中を、僕はいまでも一枚の写真のように思い出せます。
半袖のシャツ、日焼けした首筋、右手にはめたままの、くたびれたグローブ。
一球くらい、投げてやればよかったのに。兄ちゃんはヒーローだったという題の話を読むたび、僕は逆の立場にいたのだと思います。
ベンチの端にいた弟
航は野球が好きでした。ただ、上手くはありませんでした。
高校でもずっと補欠で、背番号は十八。ベンチの端が、あの子の定位置でした。
それでも航は、誰よりも大きな声を出す選手でした。
夏の大会の初戦は、七月の初めです。市営球場の、いちばん小さいほうのグラウンドでした。
その前の晩、航は台所で冷凍のおにぎりを温めながら、こう言いました。
「兄貴、明日の試合、見に来る?」
君は、冷蔵庫の麦茶を取りながら、目を合わさずに答えます。
「悪い。バイトが入ってる。」
嘘でした。本当は、シフトなど入っていません。
願書の締め切りが迫っていて、数時間でも机から離れるのが怖かったのです。
落ちたらどうしよう。親に何と言おう。そんな怖さを、君は誰にも話していませんでした。
航は少しだけ黙って、それから笑いました。
「いいよ。どうせ俺、出ないし。」
レンジが鳴って、おにぎりから湯気が上がりました。
航は熱い、熱いと言いながら、二つに割って片方を君にくれました。
君はそれを、立ったまま食べました。何の味も覚えていません。
試合は、初戦で負けました。
航は、川沿いの道を一人で歩いて帰ってきました。ユニフォームの膝は、土で真っ白でした。結局その日も、ベンチを出ることはなかったのに。
洗濯機の前に置かれたそのユニフォームを、君は何も言わずに、またいでいきました。
今なら分かります。
あれは、あの子が君に見せたかった背番号でした。
八月に入った最初の週のことです。
君が院試の過去問を解こうと筆箱を開けると、見覚えのない青いお守りが入っていました。
安っぽい布の、神社の名前も読めないほどくたびれた、小さなお守りです。裏には、ボールペンの細い字で、こう書いてあります。
『合格』
字の「合」の下が、少しだけはみ出している。航の字でした。
君はすぐに気づきました。気づいて、そして何も言いませんでした。
礼を言えば、それが本物になってしまう気がしたからです。弟に励まされた兄、という絵が、あまりに恥ずかしかった。
夕食のとき、航のほうをちらりと見ました。
航は味噌汁をすすりながら、わざとらしくテレビの天気予報を見ていました。
「航、あのさ。」
「ん?」
「……いや、醤油取って。」
「はいよ。」
醤油の瓶を受け取った指先が、少し震えていたのを、僕は覚えています。知ってるよという言葉の重さを、僕はあの夏に知りました。
あの青いお守りは、いまも僕の筆箱に入っています。十一年間、一度も手放していません。
札の端が擦り切れて、糸がほつれて、それでも『合格』の字だけは、不思議とまだ読めるのです。
明日、君がすること
もう一度、順番に書きます。
明日は、夕方からヘッドホンを机の上に置いてください。
六時を過ぎたら、母さんはパートの帰りに寄った店で、夕飯の買い物をしています。父さんは単身赴任で、まだ高松から戻りません。
家にいるのは、君と航だけです。
航は六時半ごろ、いつもどおり風呂に入ります。
鼻歌は、二小節で一度途切れ、またはじまり、ふいに終わります。
君は気づきません。ヘッドホンの中では、古いピアノ曲が流れているからです。
ヘッドホンの外では、水の音だけが、ゆっくり静かになっていきます。
お願いです。
歌が聞こえなくなったら、鉛筆を放り出して、階段を駆け下りてください。
戸を開けるのに、ためらいはいりません。
湯気の向こうで、航はまだ温かいはずです。
救急車を呼ぶときは、住所をゆっくり言うこと。
「三丁目の、角のクリーニング屋の隣です」と、母さんがいつも道案内に使う言葉をそのまま使えば、君でも落ち着いて言えます。
母さんが帰ってきたら、玄関で肩を抱いてください。
「大丈夫」とは言わないでください。大丈夫ではないからです。ただ、隣にいてください。君にできるのは、それだけです。
そして、航の手を握って、耳もとで言ってください。
「航、聞こえるか。」
「お前は、俺の自慢の弟だ。」
届くかどうかは、考えなくていいです。
声は、届かなくなってからでは遅い。届くうちに、出しておくものです。
僕は、それをしませんでした。
あの夕方、救急車のサイレンが家の前で止んだとき、僕はまだ階段の途中で、ヘッドホンを首にかけたまま立っていました。
だから今でも、街を歩くときイヤホンは左耳だけです。右はあけておく。
同僚に変な癖だと笑われても、やめられません。
どこかで誰かが小さな声で歌い出したとき、すぐに振り向けるように。
自慢の弟という言葉
葬儀は、三日後でした。
八月の終わり近くで、斎場の庭の百日紅が、うるさいほど赤い日でした。
君は喪服の襟が苦しくて、何度も指で緩めていました。声は出ません。涙も、出ません。
母さんは、君の隣で小さく畳んだハンカチを握ったまま、一度も座りませんでした。
焼香のあと、制服姿の男の子が三人、君の前に立ちます。野球部の仲間でした。
いちばん背の高い子が、深く頭を下げて、言いました。
「あの、お兄さんですよね。航くんから、いつも聞いてました。」
君は、小さくうなずくのが精一杯です。
「ベンチで、ずっと言ってたんです。うちの兄貴は、大学院に行くんだって。」
「俺なんかと出来が違うって。あれは、うちの自慢なんだって。」
隣の子が、鼻をすすりながら続けます。
「試合の日も、『兄貴は勉強で来られないけど、あの人はすごいから』って。俺たち、聞き飽きるくらい聞かされました。」
君は、返事ができません。足もとの砂利が、急に遠くなりました。
君は十八年間、弟のことを、どこかで「ちょっと足りない子」だと思って見ていました。勉強は兄の役目、野球は弟の趣味。そんなふうに勝手に線を引いて、安心していたのです。
けれど、本当は違いました。
自慢だと言われていたのは、俺のほうだった。
この一行を書くために、僕は十一年かかりました。
君がかけたかった言葉を、航は、僕に先に渡していたのです。ベンチの端から、君のいない球場に向かって、何度も、何度も。
明日の夕方、風呂場の戸が閉まる音がしたら、思い出してください。
鼻歌が止まったら、扉を開けること。
それが、十一年後の僕から渡せる、たったひとつの手土産です。