左の継ぎ目はいつも足りない

朝焼けの川辺と道普請の職人

室井の継ぎ目は、いつも左に出ていた。

指二本ぶん、決まって路肩の側へ、いらないところまで黒を伸ばす。

10年、俺はそれを雑だと思っていた。

材料の無駄やろ、と言ったこともある。

あいつは一度も言い返さなかった。

左の継ぎ目がなぜ左に出ていたのかを、俺は室井がいなくなってから知った。

俺は朝倉という。35歳で、県道の夜間維持をやっている。

穴を埋め、白線を引き、冬は除雪車の先頭に立つ。

日和田道路という、社員が9人しかいない会社だ。

高校を出て、いったんは自動車部品の工場に入った。

三年で潰れて、地元のハローワークで見つけたのがこの会社だった。

道を直す仕事だと知ったときは、正直、腰かけのつもりだった。

その腰かけに、10年座っている。

この県道は、海から内陸へ18キロ入ったところで川沿いに折れる。

折れたさきは、冬の除雪でいちばん後回しになる道だ。

大型が通るわりに、幅が足りない。

だから毎年、春になると路肩の側から先に壊れる。

穴は、決まって左に空くのだ。

この道を毎晩走る人間は、たぶん俺たち以外にいない。

だから道の壊れ方は、誰よりも知っているつもりだった。

夜勤は二人一組と決まっている。

10年のあいだ、俺の相方はずっと室井だった。

同い年で、同じ年の4月に、同じ日に入った。

だから先輩でも後輩でもない。

ただ、最初の夜に教わったことだけは、今も体に残っている。

その夜は雨あがりで、アスファルトが濡れて黒く光っていた。

川沿いの県道に、穴が三つ空いていた。

俺が規制帯のなかへ入ろうとしたとき、後ろから肩を引かれた。

「左足は、路肩に置くな」

それが、室井が俺にかけた最初の言葉だった。

意味がわからず、俺は突っ立っていた。

室井は懐中電灯で舗装の端を照らした。

そこから先は砂利と土で、雨のあとはぼろぼろに崩れていた。

側溝の蓋は浮いていて、踏むと鳴った。

「ここに体重かけたら、足が持っていかれるがや」

「はあ」

「夜中に落ちたら、上がるまでに車が来るぞ」

「……はい」

「左足は舗装の上に残しとけ。ずっとや」

俺はうなずいた。

それから10年、俺は一度も路肩に左足を置いていない。

規制を敷く順番

穴の直しは、ひとつ15分もかからない。

割れた縁をカッターで落とす。

削れた砂を吹き飛ばし、常温合材を放り込む。

こてでならして、ランマーで締める。

それだけの仕事だ。

手順に頭を使うところはない。

ただ、規制を敷く順番だけは、室井がうるさかった。

コーンは上流から置く。

矢印板は必ずカーブの手前に出す。

回転灯は二台とも、車が最初に見る角度へ向ける。

「一台でええやろ」と俺が言うと、あいつは黙って二台目を担いでいった。

室井は口数が少なかった。

少ないくせに、言うことは全部そういう類の話だった。

どこに立て、どこに立つな、どっちを向いて作業しろ。

正直なところ、鬱陶しかった。

俺のほうが手が速かったからだ。

同じ穴を任せれば、俺のほうが二分早く上がった。

一度だけ、冷やりとしたことがある。

入って三年目の冬だった。

圧雪で規制帯が見えにくくなっていた夜に、大型が一台、コーンをなぎ倒して入ってきた。

俺は穴の上にしゃがんでいた。

肩を掴まれて、そのまま後ろへ引き倒された。

尻もちをついたところへ、風と雪の粒が一緒に来た。

テールランプが遠ざかってから、室井はコーンを拾いに行った。

「大丈夫か」と俺が言った。

「おまえが立っとった場所に、雪が残っとるやろ」

「え」

「そこまでは来とる。覚えとけ」

それだけ言って、また作業に戻った。

俺の作業着の背中には、その夜の泥がずっと残った。

除雪の夜は、二台で出る。

室井が先、俺が後ろについて、路肩に寄せた雪を押し広げる。

無線はほとんど使わない。

あいつのブレードが落ちるタイミングを見ていれば、次に何をするかはわかった。

そういう仕事の合い方だけは、10年でできあがっていた。

休みの日に会ったことは、一度もない。

家に行ったこともない。

嫁さんの名前も、子どもがいるのかどうかも、俺は知らなかった。

同期というのは、そういうものだと思っていた。

そのくせ、あいつは自分の仕上げにやたらと材料を使った。

直した跡を見ると、いつも左の端が余分に伸びている。

穴の縁から、指二本ぶん。

まるで、ならすついでに手が滑ったみたいに。

「室井さあ、そこ要らんやろ」

「どこや」

「その左。伸ばしすぎ」

「ああ」

それで終わりだった。

次の夜も、その次の夜も、左は伸びていた。

楽しくなかったわけではない。

夜の県道には、俺たち以外に誰もいない。

川の音と、発電機の音と、たまに通る大型のタイヤの音だけがある。

休憩は決まって、道の駅の裏の自販機の前だった。

室井は真夏でも、あたたかい缶コーヒーを買った。

「暑ないんか」

「冷たいもん飲むと、手が動かんようになる」

「真夏やぞ」

「手が先に冷えるがや。おまえも歳いったらわかる」

同い年のくせに、そういう言い方をした。

「室井、カップ麺の湯、入れすぎやぞ」

「腹がふくれるがや」

「味が薄なるだけやろ」

「薄いほうが、体が冷えん」

理屈になっていなかった。

俺が笑うと、あいつは缶を持ったまま、少しだけ口の端を上げた。

あれがたぶん、室井の笑い方だった。

常温合材の匂い

常温合材には、独特の匂いがある。

タールと灯油を混ぜたような、鼻の奥に残る匂いだ。

袋を切ると、冬でもかすかに湯気のようなものが立つ。

俺はあの匂いが嫌いではなかった。

その年の秋は、雨が多かった。

雨が多い年は、穴がよく空く。

9月から10月にかけて、俺たちは毎晩どこかを直していた。

伝票の材料費は、前の年より三割多かった。

所長は朝礼で、その数字だけを読み上げた。

俺は室井の顔を見た。

あいつは、下を向いていた。

朝礼のあと、所長は俺にだけ「朝倉は上手いな」と言った。

その言葉を、俺は室井に聞こえるところで受け取った。

去年の10月の終わり、いつもの川沿いで、俺はその袋を三つ使った。

室井は五つ使った。

詰所に戻って伝票を書いているときに、俺は言った。

「材料の無駄やろ。ちょっとは数えて使え」

室井は伝票から顔を上げなかった。

「所長にも言われとるんや。原価、原価って」

「ん」

「聞いとるんか」

「聞いとる」

それだけだった。

あいつは鉛筆を置いて、作業着の埃を払って、先に帰った。

詰所を出ていく背中を、俺は見送らなかった。

正しいことを言ったと思っていた。

その二週間あとに、室井は辞めた。

嫁さんの実家が福井で、義理の父親が畑を続けられなくなったのだという。

向こうで昼の仕事に移ると、所長から聞いた。

本人からは何も聞いていない。

最後の夜勤も、いつもどおりだった。

コーンを上流から置いて、矢印板をカーブの手前に出した。

穴をふたつ直して、道の駅の裏で缶コーヒーを飲んだ。

10月の終わりなのに、あいつはやっぱりあたたかいほうを買った。

「福井、行ったら、道は誰が直すんや」

「知らん」

「ほんとに知らんのか」

「知らんな」

「遠いんか、福井」

「2時間くらいや」

「近いがいね」

「近いな」

そこで会話が終わった。

俺は、材料のことを謝らなかった。

謝るようなことだと思っていなかったからだ。

送別会はやらなかった。

除雪の前で、全員が忙しかった。

それきり、連絡もしていない。

11月から、夜勤は一人になった。

人を入れる余裕がないと所長は言った。

一人でも、できないことはなかった。

コーンを置くのに時間がかかるだけで、穴を埋める手は変わらない。

むしろ、左を伸ばす人間がいなくなったぶん、材料は減った。

伝票の数字が下がって、所長は機嫌がよかった。

俺は少しだけ、得意だった。

ほら見ろ、と思った。

一人になって変わったことが、もうひとつある。

道の駅の裏に、寄らなくなった。

一人で缶コーヒーを買って飲んでも、15分が長いだけだった。

軽トラの助手席には、室井のヘルメットを載せていた跡が残っていた。

埃の輪が、丸く一つ。

その輪の内側だけ、荷台の塗装が新しい色をしていた。

拭けばいいのに、しばらく拭かなかった。

冬が来て、雪が降って、除雪で明け方まで走る日が続いた。

県道は白くなり、黒い補修跡はぜんぶ見えなくなった。

室井のことを思い出すのは、自販機の前だけになった。

左の継ぎ目の幅

4月の頭に、所長に呼ばれた。

去年の秋の補修が、軒並みやり直しになっていると言われた。

「材料の袋、替えたか」

「替えてません」

「ほんなら、なんでや」

「……冬が寒かったからやと思います」

所長は何も言わずに、伝票の綴りを閉じた。

自分の言ったことがうそだと、俺はその時点でもう知っていた。

雪が消えたのは3月の終わりだった。

路面の点検は、春のいちばん最初の仕事になる。

軽トラでゆっくり走りながら、去年の秋に直した場所を順番に見ていった。

三つ目で、車を止めた。

俺が埋めた跡の左の端が、ごっそり割れていた。

縁に沿って、細い線が入っている。

線の内側の黒は、指で押すとぼろぼろ落ちた。

水が横から入ったのだとすぐにわかった。

次の現場でも同じだった。

その次でも、同じだった。

秋に俺が一人で直したものは、ぜんぶ左から割れていた。

おかしいと思ったのは、その隣だ。

二年前に直した古い跡が、すぐそばにあった。

そっちは、どこも割れていない。

膝をついて、指で縁をなぞった。

古いほうの跡は、左の端に薄い段があった。

本体の黒と、その外側に貼りついた細い黒。

色がわずかに違う。

後から足したのだとわかる境目が、一本走っていた。

左の継ぎ目だ。

俺は親指をあてて幅を測った。

指二本ぶん、と言ったほうが近い。

そこから軽トラで一時間、去年より前の現場を回った。

二年前のも、五年前のも、八年前のも、左には必ず継ぎ目があった。

室井が直した跡だけではなかった。

俺が直したはずの跡にも、同じ継ぎ目がついていた。

そして、去年の秋のものにだけ、それがなかった。

左の継ぎ目は、一本や二本ではなかった。

数えながら走った。十一。十四。二十を超えたところで、数えるのをやめた。

朝焼けが川の向こうから来て、路面が青から灰色に変わった。

俺は左の継ぎ目の上に、手のひらを置いた。

冷たかった。

二年前の秋に、ここで誰かが同じ姿勢をしていたことになる。

その誰かは、いつも俺のすぐ後ろにいた人間だ。

詰所に戻って、道具箱の前にしゃがみこんだ。

何が起きているのかは、もうだいたいわかっていた。

わかったうえで、信じたくなかった。

その夜、俺は現場へ出た。

補修は一件しかなく、時間が余っていた。

コーンを上流から置いて、矢印板をカーブの手前に出した。

回転灯を二台とも、車が最初に見る角度へ向けた。

そして、いつもどおりに穴を埋めた。

削って、吹いて、放り込んで、こてでならして、締める。

締め終わって、懐中電灯で自分の仕事を照らした。

左の端が、舗装の切り口まで届いていなかった。

指二本ぶん、足りない。

もう一度やり直した。

今度は意識して左へ手を伸ばした。

それでも届かなかった。

そこで気づいた。

手が届かないのではない。

足が動いていないのだ。

左足は、ずっと舗装の上にあった。

穴の左の縁まで体を寄せるには、左足を路肩の砂利へ下ろすしかない。

俺の体は、それをしない。

10年、一度もしていない。

柄の左の角のすり減り

詰所の道具棚のいちばん下に、室井のこてが立てかけてある。

辞めるときに持っていかなかったものだ。

所長が「使えるやろ」と言って、そのままにしてある。

俺はそれを引き抜いて、蛍光灯の下へ持っていった。

柄は木で、汗を吸ってあめ色になっていた。

刃は俺のものより短い。

研いだのではない。

減ったのだ。

そして、減り方が左右で違っていた。

柄の左の角だけが、白くすり減っていた。

右の角は、角のまま残っている。

俺は自分のこてを持ってきて、並べて置いた。

俺のは、右の角のほうが丸い。

左の角は、買ったときと変わらない。

そこでようやく、全部がつながった。

こての柄の左の角がすり減るのは、左へ引くからだ。

体の外側へ、路肩の側へ、何度も引くからだ。

そこまで手を伸ばすには、左足を舗装から下ろすしかない。

こてを握りなおして、左へ引いてみた。

柄の角が手のひらに食い込む場所が、すり減りの形とぴたりと重なった。

握りかたが同じなら、減る場所も同じになる。

俺のこてが減っていないのは、俺がそこまで引いていないからだ。

砂利の上へ。崩れる縁の上へ。浮いた蓋の上へ。

室井が、俺に置くなと言った場所だ。

あいつは、自分の穴を左へ伸ばしていたのではない。

俺の穴の、足りない左を、後から埋めていたのだ。

俺が二分早く上がって、コーンを片付けにいっているあいだに。

俺が自販機まで先に歩いているあいだに。

材料が余分に要るのは当たり前だった。

一人ぶん多く直していたのだから。

思い出したことがある。

何年か前の、休みの日の夕方だ。

買い物の帰りに川沿いを走っていたら、路肩に室井の軽トラが停まっていた。

あいつは私服で、しゃがんで何かを見ていた。

声をかけたら、「タイヤの空気が減っとる」と言った。

そのときは、そういうものだと思った。

前の晩に俺が直した穴が、ちょうどそこにあったことを、俺は覚えていなかった。

なぜ黙っていたのか。

言えば済む話だ。

おまえ、左が届いとらんぞ。

その一言で、俺は直しただろう。

直すには、左足を路肩に置くしかない。

俺は、こてを両手で持ったまま動けなかった。

川の音が、やけに大きく聞こえた。

蛍光灯が一度ちらついて、また灯った。

詰所の床に座りこんで、柄の左の角を、親指で何度もなぞった。

すり減った木は、思ったより滑らかだった。

電話は持っている。

番号も残っている。

けれど俺は、かけなかった。

ありがとうでは足りないし、ごめんでは違う気がした。

あいつが欲しがるような言葉を、俺は10年かけて一度も用意していなかった。

自分が教えたことを俺に守らせたまま、あいつはそのぶんを10年払っていた。

左の継ぎ目の数は、あいつが路肩に立った回数だ。

路肩に左足を置いていたのは、室井のほうだった。

新しい相方の左足

4月の半ばに、若いのが一人入った。

平沢という、22歳の男だ。

初日の夜、川沿いの県道に穴がひとつ空いていた。

平沢が規制帯へ入ろうとしたとき、俺は後ろから肩を引いた。

「左足は、路肩に置くな」

平沢はきょとんとした顔で、俺を見た。

懐中電灯で舗装の端を照らしてやる。

砂利が崩れて、側溝の蓋が浮いている。

「ここに体重かけたら、足が持っていかれる」

「……はい」

「左足は舗装の上に残しとけ。ずっとや」

平沢はうなずいて、そのとおりにした。

仕上げた跡は、左が指二本ぶん足りなかった。

俺はそれを見て、何も言わなかった。

平沢にコーンを片付けに行かせて、一人になってから、袋をもう一つ切った。

タールの匂いが、鼻の奥に上がってくる。

左足を、砂利の上へ下ろした。

思っていたより、そこはぐらぐらしていた。

体を外へ傾けて、こてを左へ引く。

穴の縁から、指二本ぶん。

左の継ぎ目が、また一本増えた。

継ぎ目は朝になれば乾いて、色の違いも消える。

走る車からは、たぶん一生見えない。

見えなくていいのだと思う。

室井にも、見えていなかったはずだ。

見えないまま、10年続けたのだ。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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