
杭瀬の市場が、今月いっぱいで閉まるらしい。出張先の宿で開いた新聞の、地方版の隅に、その記事はあった。
アーケード商店街、六十年の歴史に幕。写真の中の波板屋根は、記憶のそれより、ずっと低く見えた。
気が付くと、俺は帰りの切符を一日ずらしていた。五十を前にした男が、たった二文字の地名に、それだけ引っ張られた。
四十年、財布の奥に入れたままの銭湯の札が、その地名に反応したのかもしれない。
四十年ぶりに降りた駅は、驚くほど小さかった。改札を出ると細い雨が降っていて、アーケードの屋根を叩く音が、通路の奥まで続いていた。
八百屋のあった角。天ぷらを揚げる音が一日中していた総菜屋。正月だけ花を並べた金物屋。どの店の前にも、いまはシャッターが下りている。
その並びの奥に、一軒だけ、灯りの点いた店があった。
乾物屋だった。
昆布と炒り子の匂いが、湿った空気に混じって流れてくる。
その匂いを吸い込んだ途端。六歳の冬が、鼻の奥からまるごと戻ってきた。
二人だけの文化住宅
昭和五十五年の暮れ、父と母は帰ってこなくなった。
工場の塀が続く町はずれの、二階建ての文化住宅。兄ちゃんは十一で、俺は六つだった。
「すぐ帰ってくるから、家に二人でおることは、誰にも言うたらあかん。」
出て行く朝、母はそう言って、兄ちゃんの手に、小さく折った札を何枚か握らせた。父は俺の頭を一度だけ撫でて、何も言わなかった。
それが最後だった。
電気は、年が明ける前に止まった。次にガスが止まった。
真っ暗な部屋で俺が泣くと、兄ちゃんは歌をうたった。銭湯の帰り道に、二人でいつもうたう歌だ。
蝋燭が一本しかない夜は、火を点けずに取っておいた。「ほんまに困った時のためや」と兄ちゃんは言った。ほんまに困った時なんか、とっくに来ていたのに。
窓の外を貨物列車が通ると、部屋がぼうっと明るくなる。俺たちはその数秒の光で、影絵をして遊んだ。犬と、鳩と、それから狐。兄ちゃんの狐は、耳が長すぎて兎に見えた。
調子っぱずれで、同じところで必ず息が切れる。俺はそれがおかしくて、泣きながら笑った。
笑うと、腹が減った。
「腹減った」と言えば、兄ちゃんは翌る日。必ず菓子パンを持って帰ってきた。ジャムの挟まった、甘くて、端のちょっと固いパン。
「父ちゃんらが、金を送ってくれとるんや」と兄ちゃんは言った。
「兄ちゃんの分は」と訊くと、兄ちゃんは決まって、俺はさっき食うた、と言った。
俺は疑いもしなかった。六つの俺にとって、兄ちゃんの言葉は、全部ほんとうやった。
兄ちゃんの鞄からは、よく給食のコッペパンが出てきた。
「兄ちゃんは学校で食うてきたから、これはお前のや。」
俺は、それも疑わなかった。パンの袋の口が、几帳面に二回折ってあるのが、兄ちゃんらしいと思っただけだった。
後になって知ったことがある。兄ちゃんは最初、新聞屋に行ったのだ。配達をやらせてくれと頭を下げて、齢を訊かれて、断られた。
次は酒屋だった。瓶を運ぶ仕事をくれと言って、やっぱり断られた。
それから兄ちゃんは、空き地や川べりを回って空き瓶を拾い。酒屋に持ち込んで小銭に換えた。両手の指がかじかんで、瓶と同じ色になっていた冬の日を、俺は覚えている。
それでも、六つの弟の腹は、瓶の小銭だけでは膨れなかった。
学校で、兄ちゃんは何食わぬ顔をしていたらしい。担任が家庭訪問をしたいと言い出した時は、「母ちゃんは夜勤で寝とるんで」と言って、玄関先で追い返した。
プリントの保護者欄には、母の字を真似た丸い字で、名前が書いてあったという。あの几帳面なパンの袋の折り方と、同じ手だ。
十一歳の子供が、弟を食わせながら、家をひとつ。嘘で支えていた。
半分この餅と銭湯の札
二人だけの正月が来た。
雑煮の代わりに、兄ちゃんは湯を沸かして、貰いものの餅をひとつ、七輪で焼いた。
「半分こや。焦げたほうが旨いんやで。」
兄ちゃんはそう言って、膨れて破れた側を俺にくれた。醤油もない餅が、あの正月は何よりのご馳走やった。
週にいっぺん、二人で銭湯に行った。
下足箱の札は、いつも並びの二十四と二十五。先に着いても、どちらかが空くまで兄ちゃんは待った。
「離れたらあかんからな」と、二枚の銭湯の札を、必ず自分の腹巻きに仕舞った。
湯船は熱くて、俺は三十数えるのがやっとだった。兄ちゃんは百まで数えた。
「あったまっとかんと、夜、寒いんや。ほら、肩まで浸かれ。」
兄ちゃんは俺の頭を洗うのが上手かった。小さな石鹸を泡立てて、目に入らんように片手を庇にして、最後に桶の湯をざぶんと掛ける。
「はい、上がり。ようできました。」
母の真似だと、ずっと後になって気が付いた。兄ちゃんは、覚えている限りの母の手つきを、全部俺に使ってくれていたのだ。
風呂上がりには、フルーツ牛乳を一本だけ買って、半分こした。兄ちゃんの飲む半分は、いつも俺より少なかった。
番台のおっちゃんは、時々「今日は子供の日や、二人でひとり分でええ」と言った。あの銭湯に、そんな日が本当にあったのかどうか、今でも知らない。
帰り道、濡れた髪の先が凍りそうな夜でも、繋いだ兄ちゃんの手だけは温かかった。
ある晩、玄関の戸を、男たちが叩いた。
「おるんは分かっとんじゃ。開けんかい。」
怒鳴り声と一緒に、戸の桟がびりびり震えた。
兄ちゃんは俺を押し入れに押し込み、布団を被せて、耳元で囁いた。
「歌、頭ん中でうたっとけ。三周うたい終わったら、開けたるから。」
俺は暗がりで、声を出さずに三周うたった。黴くさい布団の中で、自分の心臓の音だけがやけに大きかった。
三周目が終わる前に、襖が開いた。兄ちゃんの顔は紙みたいに白かったけれど、笑っていた。
「ほら、もう誰もおらん。あいつら、兄ちゃんが追い返したった。」
あとで知った。兄ちゃんは戸を細く開けて、両親はおらん、子供しかおらんと言い張り、男たちが疑って踏み込もうとするのを、上がり框に立ち塞がって通さなかったのだという。十一歳の、痩せた体ひとつでだ。
兄ちゃんは俺の神様で、ヒーローだった。いつだって体を張って、俺を守ってくれた。二人きりの家は、それでも怖くなかった。
あの歌の名前を、俺は今も知らない。
兄ちゃんが節だけをつなぎ合わせて作った、名前のない歌だった。
鍵を開けたままの朝
冬の底の、いちばん寒い朝だった。
俺は熱を出して、起き上がれなくなった。息をするたび、喉の奥がひゅうひゅう鳴った。
兄ちゃんは洗面器の水で手拭いを絞っては、俺の額に載せ替えた。水が氷みたいに冷たいのに、兄ちゃんの手は赤くなるまで何度も絞った。
「兄ちゃん、寒い。」
「よっしゃ、兄ちゃんの分も掛けたる。すぐぬくなるで。」
家じゅうの毛布と服を俺に被せて、兄ちゃんは薄いシャツのまま、一晩中。俺の枕元に座っていた。
昼前、兄ちゃんは自分の上着を脱いで、俺に着せた。袖が長くて、手がすっぽり隠れた。
「ちょっと行ってくる。ええか、布団から出るなよ。」
出て行く時、兄ちゃんは初めて、玄関の鍵を開けたままにした。
あれだけ、必ず中から閉めとけと言うていた鍵を、だ。
熱で霞んだ頭の隅で、変やな、と思った。それでも俺は、言われた通り布団の中で歌をうたって待った。
夕方、戸が開いて、入ってきたのは兄ちゃんではなかった。
制服の警官と、白い息を吐く大人たちだった。俺は毛布ごと抱え上げられ、救急の車で病院に運ばれた。肺炎の一歩手前だったらしい。
兄ちゃんは市場で菓子パンを盗って、捕まった。そう教えられたのは、熱が下がってからだった。
病室に一度だけ、兄ちゃんが見舞いに来た。付き添いの大人の後ろで、俯いたまま、なかなか顔を上げんかった。
「兄ちゃん、あのな、りんご剥いてもらってん。」
俺がそう言うと、兄ちゃんはやっと笑って、「ようなったら、また銭湯行こな」と言った。その約束は、果たされんまま今日まで来た。
送金の話も、学校で食うてきたという話も、全部。兄ちゃんの嘘やった。
呼び出された親戚が、廊下で兄ちゃんを怒鳴っているのを、俺は病室の戸の隙間から聞いた。兄ちゃんは、一言も言い返さんかった。
万引きは悪いことだ。そんなことは、六つの俺でも知っていた。
それでも俺は、あの日から今日まで、一度だって兄ちゃんを恥じたことはない。
一週間ほどして、兄ちゃんは父方に、俺は九州の母方に引き取られることが決まった。
別れの日、駅のホームで、兄ちゃんは腹巻きから銭湯の札を一枚出して、俺の掌に載せた。二十四の札だった。
「二十五は兄ちゃんが持っとく。せやから、また並ぶんや。ええな。」
「うん。ぜったいやで。」
列車の窓から見えた兄ちゃんは、ホームの端まで走って、ずっと手を振っていた。あれが、兄ちゃんを見た最後になった。
九州の親戚の家で、俺は何度も兄ちゃんに手紙を書こうとした。けれど、宛先を知らなかった。
大人たちは「あっちはあっちで大変やから」と言うばかりで、住所を教えてくれなかった。両家の間に、金の話で何かあったらしいと察したのは、ずっと後のことだ。
俺が育ての家に遠慮して兄の名を口にしなくなるまで、そう時間は掛からなかった。そうやって、四十年が経った。
乾物屋の婆さん
「いらっしゃい。」
乾物屋の奥から、小さな婆さんが出てきた。白髪を後ろで束ねて、背中は丸いが、目の光は昔のままだった。
「あの」と言いかけて、俺は言葉に詰まった。四十年、誰にも話したことのない冬の話を、どこから話せばいいのか分からなかった。
婆さんは俺の顔をしばらく見上げて、それから、ゆっくりと口を開けた。
「あんた……二十四番の、弟さんか。」
声が出なかった。代わりに、目の奥が一気に熱くなった。
婆さんは店の奥の丸椅子に俺を座らせ、火鉢の薬缶から茶を淹れてくれた。湯呑みの熱さが、雨で冷えた指に染みた。
「なんで、俺の顔が分かったんですか。」
「目ぇが、あの子とおんなじやもん。」
婆さんの連れ合いは、十五年前に先立ったという。「うちのお父ちゃんもな、最後まで言うとったで。あの兄弟、どないしとるかなあ、て。」
婆さんは湯呑みを置いて、話し始めた。
「あの子はな、初めのうちは、うちの棚から、パンを黙って持って行きよった。」
「……すんませんでした。」
深く下げた俺の頭に、婆さんは首を振った。
「謝らんでええ。うちはな、二回目から、もう気づいとってん。」
「気づいて、はったんですか。」
「あの子が持って行くんはな、いっつも、ひとつだけやったんよ。」
婆さんは、皺だらけの指を一本、立てた。
「育ち盛りの子ぉがやで。二月も三月も、いっつも、ひとつだけや。自分の分は、いっぺんも取らんかった。」
俺はさっき食うた。
兄ちゃんの声が、耳の奥で蘇った。あの言葉の後ろ側で、兄ちゃんの腹は、どれだけ鳴っとったんやろう。
兄ちゃんが盗っていたのは、いつも、ひとり分だけだった。
「せやからうちは、日ぃの経った奥のパンを、わざと手前に出しといた。あの子が取りやすいようにな。文句のひとつも言わんと、あの兄弟が冬を越すんを、見とったろと決めとってん。」
「知っとったんは、うちだけやないで。銭湯の番台も、八百屋のおっちゃんも、みんな薄々分かっとった。せやから八百屋は、閉店間際になると、傷んだ言うて蜜柑を配りよったし、総菜屋は揚げもんの端を、袋に入れて持たせよった。」
覚えている。あの冬、兄ちゃんが「貰いもんや」と言って持って帰る蜜柑や天かすが、なぜか途切れなかったことを。
市場ぜんぶが、黙って、二人の子供の冬を支えていたのだ。
人は、見ていないふりをして、誰かの冬を支えることがある。そんな話を、俺はほかにも知っている。番台の親父と椿油の少年や、知ってるよという題の話だ。
「なんで、誰も、役場とか警察とかに言わんかったんですか。」
「言うたら、あんたら兄弟、引き離される思うたんやろなあ。事情も分からんまま、通報だけしてしもたら、あの子の守っとるもんを壊す気がしてなあ。」
「みんな、間違うとったんかも知れん。せやけど、みんな、あんたらのことが可愛かったんや。」
「ほんでもな、あの日だけは、違うたんや。」
「あの日……捕まった日、ですか。」
「あの子はな、店の正面から入ってきてな、うちの目ぇを、じいっと見てから、パンを取りよってん。」
「隠れもせんと、や。うちが声を上げんかったら、自分から交番まで歩いて行きかねん顔しとったわ。」
息が、止まった。
開いたままの鍵。着せられた上着。熱で潤んだ視界の端に残る、あの日の兄ちゃんの背中。
兄ちゃんは、捕まりに行ったのだ。
誰にも言うなという親との約束を破らずに、大人を家に呼ぶ方法は、それしか残っていなかったから。
六つの弟の熱を、もう子供の手当てでは冷やせないと分かっていたから。
「あんたを助ける道が、あの子には、あれしかなかったんやろなあ。」
婆さんは、前掛けの端で目頭を押さえた。店の天井で、雨の音が少しだけ強くなった。
預かっとる封筒
「それとな。あんたに、預かっとるもんがあるんや。」
婆さんは店の奥の箪笥を開けて、古い茶封筒を持ってきた。角が擦れて、色の抜けた封筒だった。
「十年ほど経った時分かな。背ぇのぐんと伸びたあの子が、ふらっと店に来てな。」
「働き始めましたゆうて、頭下げて、パン代です言うて封筒を置いていきよった。なんぼ返しても、持って帰らんのや。」
「ほんで、もうひとつ。これを一緒に置いていった。いつか弟がここへ来たら、渡したってくれ、言うてな。」
「いつ来るかも、分からんのにですか。」
「あの子はな、あんたがいつか来るんを、四十年ぶん、この店に預けとったんや。」
封筒の中には、小さな木の札と、四つに折った紙が入っていた。
二十五番の、銭湯の札だった。角が丸くなるまで、握り込まれた跡があった。
紙を開くと、几帳面な字で電話の番号が書いてあり、その下に、短い一行があった。
「並ぶ順番、まだ取っといたるからな。」
「あの子な、いまでも何年かにいっぺん、ふらっと顔を出すんよ。ほんで帰り際に、必ず訊くんや。弟、来ましたか、て。」
「市場が閉まる言うてから、先週も来たとこや。最後まで置いといてくれ言うて、この封筒、握って離さんかったわ。」
兄ちゃんも、この記事を読んだのだ。そして俺と同じように、この店を思い出したのだ。
俺は、閉まりかけの市場の通路で、声を殺して泣いた。
六歳のあの夜みたいに、頭の中で歌を三周うたっても、涙は止まらんかった。
婆さんは、俺の背中を、乾いた小さな手で、ゆっくり叩き続けてくれた。赤ん坊を寝かしつけるみたいに、いつまでも。
駅までの帰り道、雨は上がっていた。濡れたアーケードの切れ目から、夕方の光が差し込んでいた。
ポケットの中で、銭湯の札を二枚重ねて握る。二十四と、二十五。四十年ぶりに、札は並んだ。
兄ちゃんに言いたいことが、多すぎて困る。
ありがとうと、大好きやったと、あの餅は旨かったと、フルーツ牛乳を今度は一本ずつ飲もうと。
普通の兄弟みたいに、くだらん喧嘩もしたい。あの頃は大変やったなあと、格好つけて語る兄ちゃんの武勇伝を、笑いながら聞きたい。
それから、ちゃんと聞きたい。あの冬、十一歳のお前は、ほんまは、どれだけ怖かったんや、と。
泣き喚く弟を抱えて、真っ暗な部屋で歌をうたいながら、誰にも助けてと言えんかった夜のことを。今度は俺が、朝まで聞く番や。
公衆電話を探すのももどかしくて、俺は携帯を取り出し、震える指で番号を押した。
呼び出し音の向こうに、あの調子っぱずれの歌が、聞こえた気がした。
いつか会えるよな、絶対——そう唱え続けた「いつか」は、たった今、終わった。
兄ちゃん。ありがとうは、電話やない。会うて、言うわ。