公衆電話の列でいつも順番を譲る人

夕暮れの海辺と古い電話ボックス

橋本さんは、いつも列の一番うしろにいた。

体育館の前に伸びた公衆電話の列の、いちばん端に。

十五年間、僕は橋本さんのことを、電話をかける相手のいない人だと思っていた。

その思い込みを、誰にも訂正されないまま、僕は大人になった。

十月の朝、湊浜中学校の正門の脇に軽バンを停めた。

エンジンを切ると、潮の匂いが窓の隙間から入ってきた。

港のほうで、海鳥が一羽だけ短く鳴いた。

助手席には工具箱と、撤去作業の指示書が置いてある。

僕は二十七歳で、通信設備の保守会社に勤めている。

今日の仕事は、この町に最後まで残った公衆電話の撤去だった。

指示書の欄には、事務の人の丸い字で「湊浜中学校前・一台」とある。

正門の脇に、緑色の電話機が立っていた。

屋根も囲いもなく、雨ざらしの本体は、角が白く色褪せている。

受話器のコードには、細かな傷が無数に入っていた。

「これ、まだ使う人いるの?」

同行してきた先輩の南部さんが、あくびをしながら言った。

「去年の通話は、四回です」

僕は指示書の数字を読み上げた。

「四回か。そりゃ外されるわな」

南部さんは缶コーヒーのプルタブを開けて、体育館のほうを見た。

僕は何も答えず、電話機の前にしゃがんだ。

十五年前、この真後ろの体育館に、三百人が寝泊まりしていた。

そして、この電話の前には、朝から晩まで列ができていた。

僕は十二歳で、その列の、うしろから八番目あたりに並んでいた。

体育館前の公衆電話の列

あの年の三月、僕は小学校の卒業式を十日後に控えていた。

式は、行われなかった。

地震のあと、僕と母は、祖母の手を引いて高台へ走った。

その夜から、湊浜中学校の体育館が、僕たちの家になった。

床にはブルーシートが敷かれ、その上に毛布が隙間なく並んでいた。

灯油ストーブの匂いと、濡れた靴下の匂いが、体育館に溜まっていた。

夜になると、余震のたびに、天井の照明器具がかすかに鳴った。

そのたびに、三百人が一斉に息を止めた。

食事は、一日二回。

冷たいおにぎりが一人一個と、紙コップ一杯の味噌汁だった。

携帯電話は、どれも圏外のまま、ただの黒い板になっていた。

充電もできなかった。

連絡を取る手段は、体育館の入口に並んだ三台の公衆電話だけだった。

町の人が運び込んでくれた、特設の電話だった。

通話は無料で、ただし一人三分まで。

壁には、油性ペンで書かれた張り紙があった。

「ほかの人のために、三分をまもってください」

公衆電話の列は、廊下を折れ、玄関を出て、校庭の端まで伸びていた。

待ち時間は、二時間を超える日もあった。

僕の父は、大阪に単身赴任していた。

地震のあとの三日間、父に届く手段は、その列の先にしかなかった。

「ゆうま、あんたは並ばなくていい。寒いから」

母はそう言ったが、僕は母について列に並んだ。

並んでいないと、母が消えてしまう気がしたからだ。

列には、決まった顔ぶれがいた。

赤ん坊を抱いた若い母親。

黙って足元を見つめる、作業着の男の人。

毛布を肩からかぶったまま、何度も並び直す老夫婦。

そして、列の一番うしろには、いつも橋本さんが立っていた。

六十代の、小柄な男の人だった。

灰色のダウンジャケットの、ファスナーを顎まで上げていた。

体育館では、避難してきた人たちの班をまとめる、班長のひとりだった。

橋本さんは、袖を伸ばして、手首まで隠すように腕を組んでいた。

その足元には、いつも壊れかけの脚立が立てかけてあった。

アルミの足に、赤いビニールテープが巻いてある脚立だった。

「橋本さん、先に行きなさいよ」

列の誰かが声をかけても、橋本さんは首を振った。

「いや。子どものいる人から」

そう言って、自分の番が来そうになると、うしろの子ども連れに順番を譲った。

譲って、また一番うしろに回った。

朝から晩まで、橋本さんは、そうして列の端を行き来していた。

三日目の午後、ようやく母の番が来た。

母は、父の会社の番号を、何度も指でなぞってから押した。

受話器の向こうで、呼び出し音が鳴っているのが、僕にも聞こえた。

六回目で、つながった。

「もしもし。……あなた。うん。みんな、いる」

母の声が、そこで途切れた。

受話器を握った母の背中が、小さく震えていた。

僕は母の腰のあたりの上着を、ぎゅっとつかんだ。

三分は、思っていたより、ずっと短かった。

受話器を戻したとき、母は涙を拭かずに、僕のほうを向いた。

「お父さん、泣いてた。お父さんが」

僕はうなずいた。

うなずくことしか、できなかった。

その夜、体育館の隅で、母は祖母の足をさすり続けた。

祖母の足袋は、海水の跡で白く乾いたままだった。

ストーブの上のやかんが、しゅんしゅんと鳴っていた。

窓の外では、風が校庭の砂を巻き上げて、ガラスを叩いていた。

僕は毛布の中で、母が口にした父の泣き声を、何度も思い返した。

父が泣くのを、僕は生まれて一度も見たことがなかった。

三分で、人はあんなに変わるのだと思った。

電話というものが、急に、大切な生き物のように思えた。

午後五時五十七分の割り込み

橋本さんの奇妙な癖に気づいたのは、その翌日だった。

夕方になると、橋本さんは、決まって列の一番うしろから立ち上がる。

時計は、午後五時五十七分。

そして、公衆電話の列の横を歩いて、いちばん先頭まで行く。

「すみません。三分だけ、お先に」

橋本さんは、先頭の人に深く頭を下げる。

先頭の人は、迷惑そうな顔をしながらも、道を空ける。

橋本さんは受話器を取り、耳に当てる。

そして、何も話さずに、三分間じっと立っている。

受話器を戻すと、またうしろへ歩いていく。

毎日、同じ時刻に、同じことを繰り返した。

受話器を戻したあと、橋本さんは脚立を抱えて、体育館の奥へ消えていった。

何をしに行くのか、僕は気にもしなかった。

不思議なことに、その頃から、夕食の配給は毎日同じ時刻に始まるようになった。

それまでは、いつ配られるのか分からず、みんな落ち着かなかった。

六時の少し前になると、体育館の人たちが、自然と並ぶようになった。

「割り込みおじさんだ」

同じ避難所にいた同級生のタケシが、僕に耳打ちした。

「毎日、同じ時間にトイレへ行く人みたいだな」

僕は笑った。

体育館にいる間、笑ったのは、それが初めてだった。

タケシは、すぐに調子に乗った。

「見てろよ。五時五十七分に来るぞ」

「来た」

「来た来た」

僕たちは、橋本さんが歩き出すたびに、小さな声で数えて遊んだ。

今思えば、ひどい遊びだった。

ある日、その遊びを、きつい声が遮った。

「あんた、毎日毎日、何なのよ」

佐久間さんという、五十代の女の人だった。

その人は、家族の行方が分からないまま、三日間、列に並び続けていた。

「私たちはね、一人三分を、何時間も待ってるの」

佐久間さんの声が、体育館の廊下に響いた。

列の人たちが、一斉に振り返った。

「あんただけ、いつも最後に来て、先頭で受話器を取って。誰にかけてるの」

橋本さんは、頭を下げた。

何も言わなかった。

「何か言いなさいよ。かける相手がいるの?」

橋本さんは、袖口を握ったまま、首を横に振った。

それは、肯定にも、否定にも見えた。

佐久間さんは、唇を噛んで、顔をそむけた。

その肩が、小刻みに揺れていた。

橋本さんは、もう一度だけ頭を下げて、受話器を取った。

そして三分間、やはり何も話さなかった。

その夜、毛布の中で、祖母が僕に囁いた。

「橋本さんはね、かけるところが、もうないんだよ」

祖母は、それ以上は言わなかった。

言わなくても、十二歳の僕には、十分だった。

奥さんの姿を、橋本さんが探して歩いていたことは、体育館中が知っていた。

だから僕は、こう思い込んだ。

橋本さんは、もうつながらない番号に、毎日かけている。

かける先のない人が、受話器を耳に当てて、いるはずのない人の声を聞いている。

そう決めつけたとき、僕の中から、あの遊びの面白さが消えた。

タケシが「来た」と囁いても、僕はもう笑えなかった。

袖の中に隠した腕

五日目の夕方、僕は一度だけ、橋本さんの前に立ちふさがった。

母は祖母の付き添いで、保健室に行っていた。

僕は、ひとりで列に並んでいた。

五時五十七分。

橋本さんが立ち上がり、列の横を歩いてきた。

僕は、その進路に、わざと足を出した。

「ずるいです」

自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。

橋本さんは、立ち止まった。

僕を見下ろして、少しだけ目を細めた。

「そうだな。ずるいな」

橋本さんは、怒らなかった。

かえって、笑ったように見えた。

「でも、三分だけ、貸してくれないか」

「どうして、いつも三分なんですか」

「六時に、間に合わせたいんだ」

「六時に、何があるんですか」

橋本さんは、答えなかった。

代わりに、ダウンのポケットに手を入れて、何かを取り出した。

ビニールに包まれた、赤い飴玉だった。

「これ、やるから」

僕の手のひらに、飴が一粒、ころりと落ちた。

手のひらは、冷え切っていた。

橋本さんの指先も、同じくらい冷たかった。

その手首の袖が、わずかにめくれかけて、すぐに元へ戻った。

革のベルトが、ちらりと見えた気がした。

けれど、僕は、見なかったことにした。

僕は、一歩だけ横へ退いた。

橋本さんは、小さく頭を下げて、先頭へ歩いていった。

受話器が持ち上がる音が、体育館の廊下に響いた。

僕は、列の中から、その横顔を見ていた。

橋本さんは、受話器を耳に当てたまま、動かなかった。

受話器を握る手の甲に、ゆっくりと血管が浮いた。

そのときだった。

受話器の隙間から、かすかな声が漏れてくるのが聞こえた。

女の人の声だった。

抑揚のない、静かな、整った声だった。

言葉までは聞き取れなかったが、一定の間隔で、同じ調子の声が続いている。

僕は、息を止めた。

奥さんの声だ、と思った。

留守番電話に残された、奥さんの声を、橋本さんは毎日聞きに来ているのだ。

そう思ったとき、飴玉を握る手に、勝手に力が入った。

受話器を耳に当てた橋本さんは、一度も口を開かなかった。

ただ、静かに、女の人の声に耳を傾けていた。

三分が過ぎると、橋本さんは受話器を戻した。

そして、うしろへ戻りながら、僕の肩に軽く手を置いた。

「ありがとうな」

それだけ言って、また列の端に立った。

僕は、飴を口に入れなかった。

その夜、ストーブの横で、僕は包みを開けて、赤い玉を舐めた。

甘さが、舌の上でゆっくり溶けた。

奥さんの声を毎日聞きに来る人を、僕はずるいと言った。

その事実だけが、いつまでも口の中に残った。

翌朝、母は僕の顔を見て言った。

「ゆうま、橋本さんにずるいって言ったの?」

「……誰から聞いたの」

「佐久間さん。あの人、夕べ、泣きながら謝ってたよ」

「橋本さんに?」

「うん。橋本さんは、『いいんです』って、ただ頭を下げてたって」

母は、それ以上、何も言わなかった。

僕は、飲みかけの味噌汁の湯気を見つめていた。

湯気の向こうに、ダウンジャケットの背中が、小さく見えた。

受話器の向こうの声

体育館の生活は、三週間で終わった。

僕たちは、内陸の親戚の家へ移り、やがて仮設住宅に入った。

橋本さんとは、それきり、会わなかった。

大人になった僕は、何の因果か、電話の仕事に就いた。

面接で理由を訊かれたとき、僕は「人の声をつなぐ仕事がしたい」と答えた。

半分は、本心だった。

残りの半分は、あの列のうしろに立っていた人の背中が、頭から離れなかったからだ。

十月の夕方、現場に戻る。

撤去は、規制の関係で、夕方にずれこんでいた。

ドライバーで電話機の背面のネジを外すと、中から細かな砂が一筋こぼれた。

十五年分の潮風が、金属の隙間に、静かに溜まっていた。

南部さんは、懐中電灯で内部を照らしながら、無言で配線を確かめていた。

「お前、この学校の出身だったか」

「いえ。避難所で、三週間だけ」

「そうか」

南部さんは、それ以上は訊かなかった。

この人のこういうところが、僕は好きだった。

午後五時を過ぎて、校庭の影が長くなった。

南部さんが、工具を片づけながら言った。

「回線を切る前に、最後の試験をしとけ。117にかけて、音が出るか確かめる」

「はい」

僕は、受話器を持ち上げた。

懐かしい重さだった。

冷たい樹脂が、手のひらに張りつく。

耳に当てると、遠くで電車が通るような、かすかなノイズがあった。

僕は、ダイヤルの一一七を押した。

短い呼び出し音のあとで、声が聞こえた。

「午後、五時、五十五分を、お知らせします」

抑揚のない、静かな、整った女の人の声だった。

僕は、受話器を耳に当てたまま、動けなくなった。

一定の間隔で、同じ調子の声が続いている。

十五年前、列の中で聞いた声と、まったく同じだった。

あの声は、奥さんの声ではなかった。

時報だった。

受話器の向こうの声は、誰にも話しかけない声だった。

「どうした」

南部さんが、怪訝そうに僕の顔を覗き込んだ。

「いえ。……ちょっと、思い出して」

僕は受話器を戻さず、校庭のほうへ目をやった。

体育館の壁の、高い位置に、大きな丸い時計がかかっている。

今も、動いていた。

そして、体育館の脇の道から、ひとりの老人が歩いてくるのが見えた。

小柄で、背中が少し丸くなっていた。

灰色のジャンパーの肩に、折りたたんだ脚立をかついでいる。

アルミの足に、赤いビニールテープが巻いてあった。

十五年ぶりの三分間

「ああ、やっとるな」

橋本さんは、電話機の前で、息を整えながら言った。

七十五歳になっているはずだった。

顔の皺は深くなり、髪はすっかり白かった。

けれど、ファスナーを顎まで上げる癖は、昔と変わっていなかった。

「今日で、最後だと聞いてな。近所の者から」

「橋本さん」

僕は、受話器を持ったまま立ち尽くした。

「覚えてますか。あの体育館で」

橋本さんは、僕の顔をしばらく見つめた。

「飴を、やった子か」

「はい」

「大きくなったなあ」

その言い方は、親戚のおじさんのように、あっさりしていた。

僕は、聞いてしまった。

「橋本さんは、毎日、六時前に、ここで何を聞いてたんですか」

「ああ」

橋本さんは、脚立をそっと地面に下ろした。

「時報だ」

「時報」

「あの体育館の時計はな、二時四十六分で止まっとった」

橋本さんは、体育館を見上げた。

「誰も、触れんかった。止まったままのほうが、いいと言う人もいた」

「でも」

「携帯も止まっとる。次の食事が何時か、誰にも分からん」

橋本さんは、少し笑った。

「時計が止まったままじゃ、明日が来んからな」

あの脚立は、体育館の壁の時計に手を届かせるためのものだった。

毎夕、六時の時報に合わせて、橋本さんは大時計の針を直していたのだ。

僕は、何も言えなかった。

十五年間、僕が勝手に作り上げた橋本さんの姿が、足元から崩れていく。

かける相手のいない人は、全員に時間を配っていた。

「並ぶのは、うしろがいい」

橋本さんは、昔のように言った。

「前の人が、先に使えるからな」

南部さんが、こちらを見ていた。

その目に、問いかけはなかった。

ただ、黙って、僕が動くのを待っていてくれた。

僕は、腕時計を見た。

午後五時五十七分だった。

「橋本さん」

僕は、受話器を差し出した。

「三分だけ、お先に、どうぞ」

橋本さんは、一瞬だけ、息を止めた。

それから、深く頭を下げた。

「すみません。三分だけ、お先に」

十五年前と、同じ言葉だった。

橋本さんは、受話器を受け取って、耳に当てた。

僕は、南部さんの隣へ下がって、電話機の前の、見えない列のうしろに立った。

誰も並んでいない、あの公衆電話の列のうしろに。

夕焼けが、校庭の砂を朱く染めていた。

遠くで、防災無線のチャイムが鳴った。

受話器から、あの静かな声が、かすかに漏れてくる。

午後六時、ちょうど。

ポーン、と電子音が鳴った。

橋本さんが、ゆっくりと受話器を下ろした。

その拍子に、ジャンパーの袖口がずれて、手首の腕時計があらわになった。

革のベルトは、ひび割れて、白く粉を吹いていた。

針は、二時四十六分で止まっていた。

橋本さんの腕時計だけは、十五年間、二時四十六分のままだった。

僕は、声が出なかった。

橋本さんは、袖口をそっと戻した。

「皆の時間を動かすので、精一杯でな」

それだけ言って、脚立を肩にかついだ。

「自分のは、あの日に置いてきた」

僕は、ただ、深くうなずいた。

それ以上、何も訊かなかった。

その日の作業を終えて、電話機をバンの荷台に載せた。

電話ボックスのあった場所には、四角い跡だけが、白く残った。

バンを出すとき、ミラーに目をやった。

橋本さんは、まだ動かずに立っていた。

十五年たっても、列の一番うしろにいた。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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