
新潟の冬は、私が思っていたよりも、ずっと長かった。
祖父が遺した古書店『松露堂』を継いで、二度目の冬を迎えた頃のことだ。
町には大きな書店もなく、図書館は雪に閉ざされる日が多い。
けれど、私の店だけは──不思議と、雪の夜にだけお客様が増える、そんな小さな古書店だった。
店の奥には祖父が遺したまま使っている、革張りのソファが二つ置いてある。
「本は、買わなくても、座って読んでいって構いません」
祖父の代からの、ささやかな約束ごとだった。
※
小山田さんと初めて言葉を交わしたのは、一九九六年の十二月、最初の大雪が降った夜のことだった。
その人は、いつも水曜日の夜に来た。
閉店の三十分ほど前、八時半ちょうど──私が時計を見るとちょうど針が三十を指している、というほどの几帳面さで現れた。
身長はそれほど高くなく、痩せた、姿勢の良い男性だった。
白髪まじりの頭をきっちりと七三に分けて、銀縁の眼鏡をかけていた。
古びた濃紺のコートにはいつも雪が積もっていて、肩のあたりだけが、白かった。
はじめの数か月、私たちは挨拶もしなかった。
小山田さんは黙って書架の奥へ消え、店の隅のソファに腰を下ろした。
そして、一時間。
ぴったり一時間だけ、本を読んで、また雪の中に消えていった。
※
小山田さんが読んでいたのは、いつも詩集だった。
中原中也、八木重吉、立原道造、たまにヘッセ。
新潟の片田舎の小さな古書店に、こんな繊細な本ばかりが揃っていたのは、私のせいではなかった。
祖父の好みだった。
祖父は、八木重吉の薄い詩集を、四冊も棚に並べていた。
「同じ本が四冊もあるのは、なぜ」
と祖父が生きていた頃、私が尋ねたことがあった。
「うん」
祖父は私を見て、笑った。
「いつか、四人の人が、これを欲しがる日が来るかもしれない」
そんなことが、本当にあるのだろうか──と当時の私は思った。
けれど、小山田さんが現れた冬から、私は祖父の言葉を、少しだけ信じられるようになった。
※
ある夜、小山田さんが読んでいた『山羊の歌』に、紙片が挟まったままだった。
「小山田さん」
声をかけたのは、その時が初めてだった。
小山田さんは振り返り、銀縁の眼鏡の奥でかすかに目を細めた。
「忘れ物です」
私はしおりを差し出した。
淡い藍色の紙のしおりで、表に「小山田信介」と万年筆で書かれていた。
「ああ」
小山田さんは小さく頷き、頭を下げ、それからふと顔を上げて言った。
「お嬢さんは、この本──読まれましたか」
私は少し迷ってから、頷いた。
「『汚れつちまつた悲しみに……』だけは、暗唱できます」
小山田さんは、少しだけ笑った。
頬の皺が深くなり、それが妙に懐かしい顔に見えた。
「私の娘も、好きでね」
そう言って、もう一度頭を下げて出て行った。
※
それからは、私たちは少しずつ言葉を交わすようになった。
古書店の奥のソファは、雪の夜には小さな世界になる。
カウンターと、ソファ。
その間の数歩の距離で、ぽつりぽつりと、人の話が聞こえてくる。
小山田さんは、町の北はずれの小学校で、四十年ほど音楽を教えていた人だった。
退職してから、二年経つ、と言った。
家は、もう少し先の県道沿いの、古いアパートだった。
「お一人で、お住まいなんですか」
私はとうとう尋ねてしまった。
口にしたあとで、なぜか胸が締めつけられた。
失礼なことを訊いてしまった、と。
小山田さんは少しだけ困った顔をしたが、怒らなかった。
「家は、もうひとつあるんですよ」
そう言って、静かに笑った。
「もうひとつあるんだけれど──私は、そこに帰れないんだ」
※
小山田さんの話を継ぎ接ぎにすると、こういうことだった。
三年前の春、小山田さんは妻と諍いをした。
原因は、些細なことだったらしい。
娘の進学についての話だった。
娘──みち子さんは、東京の音楽大学に進みたいと言った。
妻は反対した。
音楽で食べていけるはずがない、と。
小山田さんは、その時、妻の側に立ってしまった。
──そうじゃなかった。
本当は、娘の音を、誰よりも信じていた。
娘が三つのとき、初めて鍵盤に触れた、あの小さな指先のことを、四十年経ってもまだ覚えていた。
けれど、小山田さんは妻の前で「お父さんもそう思う」と言ってしまった。
言ってしまった、と、小山田さんは言った。
「あの一言だけは、取り消せなかったんですよ」
娘は黙って部屋に戻り、翌朝、家を出た。
東京の音大に、誰の援助も受けずに進んだ。
妻はそれから、小山田さんを許さなかった。
「あなたは、あの子の音楽なんて、本当はどうでもよかったんでしょう」
そう言われた時、小山田さんは何も答えられなかったという。
違う、と言いたかった。
けれど、説明する言葉が見つからなかった。
──不器用なんですよ、私は。
小山田さんは、自分を笑った。
銀縁の眼鏡を外して、目尻のあたりを指で押さえていた。
「肝心なことを、肝心なときに、言えない」
※
「だから、ここで、詩集を読んでいるんです」
小山田さんは続けた。
「詩人たちは、言葉が上手いでしょう。私の代わりに、彼らが言ってくれる」
「奥様に、渡されるんですか」
私は尋ねた。
小山田さんは、首を横に振った。
「妻は、去年の秋に、亡くなりました」
店の中の空気が、しんと静まった。
窓の外を、雪が斜めに降っていた。
「最後まで、私を許してはくれなかった。だから、もう、渡せる相手は、いないんです」
「娘さんは」
「葬儀には、来ました」
小山田さんは、小さく頷いた。
「来てくれたんです。けれど、目を合わせては、くれなかった」
私は、何も言えなかった。
カウンターのランプの黄色い光が、小山田さんの白髪のあたりに溜まっていた。
その光景を、私は今もときどき思い出す。
※
「だから、書くんですよ。書いて、しおりにして、本に挟んでおく。読み終わったら、ひとりで、抜き取る」
「誰にも、渡さないんですか」
小山田さんは、少しだけ笑った。
「届かない手紙を書いている、というやつです」
「届かない、手紙」
「そう」
その夜、私は店を閉めたあと、レジの前で長いこと立ち尽くしていた。
祖父が四冊揃えていた八木重吉詩集の、二冊目を棚から下ろし、そっと開いてみた。
「素朴な琴」というページに、薄い染みが残っていた。
たぶん、小山田さんの涙が落ちた跡だった。
──と、その時の私は、そう思った。
※
その冬の終わり、小山田さんが帰った後の詩集に、紙が一枚、挟まっていた。
白い罫線の入った、便箋だった。
たぶん、小山田さんが書き忘れて出ていったのだろう。
私は迷ったが、ひと目だけ、見てしまった。
万年筆の、几帳面な字だった。
みち子へ
お父さんは弱い人間でした。
お母さんとお前のあいだに立つことを、いつも怖がっていました。
お前の音が好きでした。
三つのときに、お前が初めて鍵盤を叩いた、あの小さな指先のことを、お父さんはひとつも忘れていません。
そこまでで、便箋の文字は途切れていた。
下書き、ということなのだと思った。
私は便箋を畳んで、もとの詩集に戻した。
小山田さんに渡そうかと迷い、迷い、最後まで迷い──結局、何も言わずに、そのままにした。
次の水曜日、小山田さんは『八木重吉詩集』を、もう一度棚から取り出した。
そして、その日も、しおりだけを挟んで、本を棚に戻した。
便箋が無くなっていることに、小山田さんは気づいただろう。
けれども、何も言わなかった。
私も、何も言わなかった。
──あれは、私の人生でいちばん長い沈黙だったかもしれない。
※
春が来た。
四月の終わり、小山田さんが店に現れて、思いがけないことを告げた。
「お嬢さん、来月、この町を出るんですよ」
「お引っ越し、ですか」
「ええ。少し前から、体の調子が悪くてね。娘の住む町の、近くの病院に通うことになりました」
「娘さんの、町に」
「ええ」
小山田さんは、いつもより穏やかな顔をしていた。
「いっしょに住む、というわけではないんです。娘の家から、自転車で十五分ほどの、小さなアパートを借りました」
「そう、ですか」
私は、何と言えばいいのか、わからなかった。
けれど、小山田さんは、それで十分だ、というように、何度か頷いていた。
「近くにいれば、いつか、雪が解けることもある、と思いましてね」
※
引っ越しの前の夜、小山田さんは最後に『山羊の歌』を読みに来た。
私は、ずっと考えていたお願いを、カウンター越しに口にした。
「小山田さん」
「はい」
「ひとつ、お願いがあります」
小山田さんは、いつものように小さく頷いた。
「もし、いつか──娘さんと、ちゃんと話せたら」
「うん」
「私に、教えてください。葉書を一枚、ください」
小山田さんは少しだけ目を伏せた。
銀縁の眼鏡の奥が、ほんのわずかに光った。
「お嬢さんは、欲張りな子だ」
「そうなんです」
「うん」
小山田さんは小さく笑い、それから頷いた。
「葉書を、書きますよ」
※
小山田さんは、その夜、初めて『山羊の歌』を一冊、買って帰った。
祖父の値札がそのまま貼ってあった、ずいぶん安い古本だった。
「お代を、間違っていませんか」
と私が尋ねると、
「これでいいんですよ」
と小山田さんは言った。
「祖父さまの値づけを、変えないでください」
そして帰り際に、淡い藍色の紙のしおりを、私のカウンターに、そっと置いていった。
表に、万年筆でひとこと書いてあった。
けれど、私はその時はまだ、表書きを見なかった。
※
それから、四年が経った。
私は相変わらず、雪の中の古書店を続けていた。
夏が来て、秋が来て、また冬が来る。
水曜日の夜、ふと顔を上げると、奥のソファに誰かが座っているような気がして、それから、もう誰もいないのだ、と思い出す。
そんなことを、何度か繰り返した。
小山田さんからの葉書は、来なかった。
来ないのかもしれない、と思った。
小山田さんは、もう私のことなど忘れているだろう、と。
──いや、忘れたわけではないだろう。
ただ、書ける日が、来なかっただけのことだ。
その方が、ずっと辛い。
※
葉書が届いたのは、二〇〇二年の二月の終わりだった。
私の店の郵便受けに、一枚の絵葉書が入っていた。
差出人の名前はなく、消印だけが、隣の県のものだった。
絵葉書の表には、雪の積もった商店街が、誰かの手で淡く描かれていた。
水彩の、優しい色だった。
たぶん、誰かが──みち子さんが──描いたのだ、と私はすぐに思った。
裏には、短い文字だけがあった。
みち子と、暮らしています。
よく晴れた日には、ピアノを弾いてもらいます。
たった二行だった。
万年筆の几帳面な字で、たった二行。
私はその葉書を、レジの中の小さな引き出しに、そっと仕舞った。
そして、店の奥のソファに、しばらく座っていた。
外は、その日も雪が降っていた。
けれど、私の頭の中には、あの夜の店の黄色いランプの光と、白髪のあたりに溜まっていた、淡い色とが、はっきりと残っていた。
あの人は、ようやく家に帰ったのだ。
※
あれから、長い年月が経った。
小山田さんが、その後どうなったかは、知らない。
もう、お元気ではないかもしれない、とも思う。
みち子さんに会ったことも、一度もない。
けれど、雪の夜になると、私は今でも、八木重吉詩集を棚から取り出す癖がある。
祖父が四冊揃えていた、その中の一冊だ。
ページを開くと、いつも同じ場所に、淡い藍色のしおりが挟んである。
小山田さんが、最後の夜に置いていった、しおりだ。
表には、万年筆で、こう書かれている。
届かない手紙にも、宛先はある。
たぶん、小山田さんは、本当は、ずっとそう信じていたのだろう。
届かない、と決めつけて書いた手紙ですら、いつか、誰かに、ちゃんと届く。
あの一枚の絵葉書は、その証拠だった。
そして私は──今夜もまた、雪の音を聞きながら、淡い藍色のしおりを、指で撫でている。
三つのときに鍵盤を叩いた、誰かの小さな指先のことを、思いながら。