届かない手紙の宛先

雪の夜の読書のひととき

新潟の冬は、私が思っていたよりも、ずっと長かった。

祖父が遺した古書店『松露堂』を継いで、二度目の冬を迎えた頃のことだ。

町には大きな書店もなく、図書館は雪に閉ざされる日が多い。

けれど、私の店だけは──不思議と、雪の夜にだけお客様が増える、そんな小さな古書店だった。

店の奥には祖父が遺したまま使っている、革張りのソファが二つ置いてある。

「本は、買わなくても、座って読んでいって構いません」

祖父の代からの、ささやかな約束ごとだった。

小山田さんと初めて言葉を交わしたのは、一九九六年の十二月、最初の大雪が降った夜のことだった。

その人は、いつも水曜日の夜に来た。

閉店の三十分ほど前、八時半ちょうど──私が時計を見るとちょうど針が三十を指している、というほどの几帳面さで現れた。

身長はそれほど高くなく、痩せた、姿勢の良い男性だった。

白髪まじりの頭をきっちりと七三に分けて、銀縁の眼鏡をかけていた。

古びた濃紺のコートにはいつも雪が積もっていて、肩のあたりだけが、白かった。

はじめの数か月、私たちは挨拶もしなかった。

小山田さんは黙って書架の奥へ消え、店の隅のソファに腰を下ろした。

そして、一時間。

ぴったり一時間だけ、本を読んで、また雪の中に消えていった。

小山田さんが読んでいたのは、いつも詩集だった。

中原中也、八木重吉、立原道造、たまにヘッセ。

新潟の片田舎の小さな古書店に、こんな繊細な本ばかりが揃っていたのは、私のせいではなかった。

祖父の好みだった。

祖父は、八木重吉の薄い詩集を、四冊も棚に並べていた。

「同じ本が四冊もあるのは、なぜ」

と祖父が生きていた頃、私が尋ねたことがあった。

「うん」

祖父は私を見て、笑った。

「いつか、四人の人が、これを欲しがる日が来るかもしれない」

そんなことが、本当にあるのだろうか──と当時の私は思った。

けれど、小山田さんが現れた冬から、私は祖父の言葉を、少しだけ信じられるようになった。

ある夜、小山田さんが読んでいた『山羊の歌』に、紙片が挟まったままだった。

「小山田さん」

声をかけたのは、その時が初めてだった。

小山田さんは振り返り、銀縁の眼鏡の奥でかすかに目を細めた。

「忘れ物です」

私はしおりを差し出した。

淡い藍色の紙のしおりで、表に「小山田信介」と万年筆で書かれていた。

「ああ」

小山田さんは小さく頷き、頭を下げ、それからふと顔を上げて言った。

「お嬢さんは、この本──読まれましたか」

私は少し迷ってから、頷いた。

「『汚れつちまつた悲しみに……』だけは、暗唱できます」

小山田さんは、少しだけ笑った。

頬の皺が深くなり、それが妙に懐かしい顔に見えた。

「私の娘も、好きでね」

そう言って、もう一度頭を下げて出て行った。

それからは、私たちは少しずつ言葉を交わすようになった。

古書店の奥のソファは、雪の夜には小さな世界になる。

カウンターと、ソファ。

その間の数歩の距離で、ぽつりぽつりと、人の話が聞こえてくる。

小山田さんは、町の北はずれの小学校で、四十年ほど音楽を教えていた人だった。

退職してから、二年経つ、と言った。

家は、もう少し先の県道沿いの、古いアパートだった。

「お一人で、お住まいなんですか」

私はとうとう尋ねてしまった。

口にしたあとで、なぜか胸が締めつけられた。

失礼なことを訊いてしまった、と。

小山田さんは少しだけ困った顔をしたが、怒らなかった。

「家は、もうひとつあるんですよ」

そう言って、静かに笑った。

「もうひとつあるんだけれど──私は、そこに帰れないんだ」

小山田さんの話を継ぎ接ぎにすると、こういうことだった。

三年前の春、小山田さんは妻と諍いをした。

原因は、些細なことだったらしい。

娘の進学についての話だった。

娘──みち子さんは、東京の音楽大学に進みたいと言った。

妻は反対した。

音楽で食べていけるはずがない、と。

小山田さんは、その時、妻の側に立ってしまった。

──そうじゃなかった。

本当は、娘の音を、誰よりも信じていた。

娘が三つのとき、初めて鍵盤に触れた、あの小さな指先のことを、四十年経ってもまだ覚えていた。

けれど、小山田さんは妻の前で「お父さんもそう思う」と言ってしまった。

言ってしまった、と、小山田さんは言った。

「あの一言だけは、取り消せなかったんですよ」

娘は黙って部屋に戻り、翌朝、家を出た。

東京の音大に、誰の援助も受けずに進んだ。

妻はそれから、小山田さんを許さなかった。

「あなたは、あの子の音楽なんて、本当はどうでもよかったんでしょう」

そう言われた時、小山田さんは何も答えられなかったという。

違う、と言いたかった。

けれど、説明する言葉が見つからなかった。

──不器用なんですよ、私は。

小山田さんは、自分を笑った。

銀縁の眼鏡を外して、目尻のあたりを指で押さえていた。

「肝心なことを、肝心なときに、言えない」

「だから、ここで、詩集を読んでいるんです」

小山田さんは続けた。

「詩人たちは、言葉が上手いでしょう。私の代わりに、彼らが言ってくれる」

「奥様に、渡されるんですか」

私は尋ねた。

小山田さんは、首を横に振った。

「妻は、去年の秋に、亡くなりました」

店の中の空気が、しんと静まった。

窓の外を、雪が斜めに降っていた。

「最後まで、私を許してはくれなかった。だから、もう、渡せる相手は、いないんです」

「娘さんは」

「葬儀には、来ました」

小山田さんは、小さく頷いた。

「来てくれたんです。けれど、目を合わせては、くれなかった」

私は、何も言えなかった。

カウンターのランプの黄色い光が、小山田さんの白髪のあたりに溜まっていた。

その光景を、私は今もときどき思い出す。

「だから、書くんですよ。書いて、しおりにして、本に挟んでおく。読み終わったら、ひとりで、抜き取る」

「誰にも、渡さないんですか」

小山田さんは、少しだけ笑った。

「届かない手紙を書いている、というやつです」

「届かない、手紙」

「そう」

その夜、私は店を閉めたあと、レジの前で長いこと立ち尽くしていた。

祖父が四冊揃えていた八木重吉詩集の、二冊目を棚から下ろし、そっと開いてみた。

「素朴な琴」というページに、薄い染みが残っていた。

たぶん、小山田さんの涙が落ちた跡だった。

──と、その時の私は、そう思った。

その冬の終わり、小山田さんが帰った後の詩集に、紙が一枚、挟まっていた。

白い罫線の入った、便箋だった。

たぶん、小山田さんが書き忘れて出ていったのだろう。

私は迷ったが、ひと目だけ、見てしまった。

万年筆の、几帳面な字だった。

みち子へ

お父さんは弱い人間でした。

お母さんとお前のあいだに立つことを、いつも怖がっていました。

お前の音が好きでした。

三つのときに、お前が初めて鍵盤を叩いた、あの小さな指先のことを、お父さんはひとつも忘れていません。

そこまでで、便箋の文字は途切れていた。

下書き、ということなのだと思った。

私は便箋を畳んで、もとの詩集に戻した。

小山田さんに渡そうかと迷い、迷い、最後まで迷い──結局、何も言わずに、そのままにした。

次の水曜日、小山田さんは『八木重吉詩集』を、もう一度棚から取り出した。

そして、その日も、しおりだけを挟んで、本を棚に戻した。

便箋が無くなっていることに、小山田さんは気づいただろう。

けれども、何も言わなかった。

私も、何も言わなかった。

──あれは、私の人生でいちばん長い沈黙だったかもしれない。

春が来た。

四月の終わり、小山田さんが店に現れて、思いがけないことを告げた。

「お嬢さん、来月、この町を出るんですよ」

「お引っ越し、ですか」

「ええ。少し前から、体の調子が悪くてね。娘の住む町の、近くの病院に通うことになりました」

「娘さんの、町に」

「ええ」

小山田さんは、いつもより穏やかな顔をしていた。

「いっしょに住む、というわけではないんです。娘の家から、自転車で十五分ほどの、小さなアパートを借りました」

「そう、ですか」

私は、何と言えばいいのか、わからなかった。

けれど、小山田さんは、それで十分だ、というように、何度か頷いていた。

「近くにいれば、いつか、雪が解けることもある、と思いましてね」

引っ越しの前の夜、小山田さんは最後に『山羊の歌』を読みに来た。

私は、ずっと考えていたお願いを、カウンター越しに口にした。

「小山田さん」

「はい」

「ひとつ、お願いがあります」

小山田さんは、いつものように小さく頷いた。

「もし、いつか──娘さんと、ちゃんと話せたら」

「うん」

「私に、教えてください。葉書を一枚、ください」

小山田さんは少しだけ目を伏せた。

銀縁の眼鏡の奥が、ほんのわずかに光った。

「お嬢さんは、欲張りな子だ」

「そうなんです」

「うん」

小山田さんは小さく笑い、それから頷いた。

「葉書を、書きますよ」

小山田さんは、その夜、初めて『山羊の歌』を一冊、買って帰った。

祖父の値札がそのまま貼ってあった、ずいぶん安い古本だった。

「お代を、間違っていませんか」

と私が尋ねると、

「これでいいんですよ」

と小山田さんは言った。

「祖父さまの値づけを、変えないでください」

そして帰り際に、淡い藍色の紙のしおりを、私のカウンターに、そっと置いていった。

表に、万年筆でひとこと書いてあった。

けれど、私はその時はまだ、表書きを見なかった。

それから、四年が経った。

私は相変わらず、雪の中の古書店を続けていた。

夏が来て、秋が来て、また冬が来る。

水曜日の夜、ふと顔を上げると、奥のソファに誰かが座っているような気がして、それから、もう誰もいないのだ、と思い出す。

そんなことを、何度か繰り返した。

小山田さんからの葉書は、来なかった。

来ないのかもしれない、と思った。

小山田さんは、もう私のことなど忘れているだろう、と。

──いや、忘れたわけではないだろう。

ただ、書ける日が、来なかっただけのことだ。

その方が、ずっと辛い。

葉書が届いたのは、二〇〇二年の二月の終わりだった。

私の店の郵便受けに、一枚の絵葉書が入っていた。

差出人の名前はなく、消印だけが、隣の県のものだった。

絵葉書の表には、雪の積もった商店街が、誰かの手で淡く描かれていた。

水彩の、優しい色だった。

たぶん、誰かが──みち子さんが──描いたのだ、と私はすぐに思った。

裏には、短い文字だけがあった。

みち子と、暮らしています。

よく晴れた日には、ピアノを弾いてもらいます。

たった二行だった。

万年筆の几帳面な字で、たった二行。

私はその葉書を、レジの中の小さな引き出しに、そっと仕舞った。

そして、店の奥のソファに、しばらく座っていた。

外は、その日も雪が降っていた。

けれど、私の頭の中には、あの夜の店の黄色いランプの光と、白髪のあたりに溜まっていた、淡い色とが、はっきりと残っていた。

あの人は、ようやく家に帰ったのだ。

あれから、長い年月が経った。

小山田さんが、その後どうなったかは、知らない。

もう、お元気ではないかもしれない、とも思う。

みち子さんに会ったことも、一度もない。

けれど、雪の夜になると、私は今でも、八木重吉詩集を棚から取り出す癖がある。

祖父が四冊揃えていた、その中の一冊だ。

ページを開くと、いつも同じ場所に、淡い藍色のしおりが挟んである。

小山田さんが、最後の夜に置いていった、しおりだ。

表には、万年筆で、こう書かれている。

届かない手紙にも、宛先はある。

たぶん、小山田さんは、本当は、ずっとそう信じていたのだろう。

届かない、と決めつけて書いた手紙ですら、いつか、誰かに、ちゃんと届く。

あの一枚の絵葉書は、その証拠だった。

そして私は──今夜もまた、雪の音を聞きながら、淡い藍色のしおりを、指で撫でている。

三つのときに鍵盤を叩いた、誰かの小さな指先のことを、思いながら。

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