橋の手前で吉岡は川の側を走る

夕映えの川辺を走る二人

吉岡はいつも、川の側を走った。

高校2年の春から卒業までの2年間、毎朝のことだった。

芦田川の堤防に上がる坂の手前に、信号のない交差点がある。

私はそこで、毎朝7時20分に吉岡と一緒になった。

橋の手前から校門まで、自転車で10分。

その10分のために起きていた、と今なら言える。

吉岡が川の側を走る理由を、私は14年、知らなかった。

知ったのは、市役所の窓口で1枚の転出届を受け取った日だった。

最初の朝を、私はよく覚えている。

4月の堤防は、菜の花の匂いがした。

2年生になってクラスが替わり、私は席替えで窓際の一番後ろを引いた。

吉岡はその隣だった。

体の大きな、あまりしゃべらない男子で、私は名前と顔を覚えたばかりだった。

橋の手前の交差点で信号を待っていたら、後ろでブレーキの音がした。

「奥村さん、じゃろ」

振り向くと、吉岡が片足を地面につけて立っていた。

黒い自転車で、荷台に緑のゴムひもが巻いてあった。

「そう。吉岡くん、こっちの人?」

「まあ」

それだけだった。

青になると、吉岡は私の右側に出て、堤防の道を並んで走った。

右側は、川の側だった。

堤防の上の道は狭い。

車が来ると、どちらかが前に出て、一列になる。

吉岡は必ず、後ろに下がった。

車が行くと、また右に戻ってきた。

翌朝も、吉岡は同じ交差点にいた。

その次の朝も。

交差点の角には、消防団の小屋と、古い自販機がある。

小屋の壁に丸い時計があって、私は7時20分をその時計で確かめた。

吉岡は、時計を見なかった。

いつも、自販機の横に自転車を寄せて待っていた。

雨上がりの朝、坂の下に大きな水たまりがあった。

吉岡が先に踏んで、泥が私のスカートに飛んだ。

「ちょっと」

「わざとじゃない」

吉岡は次の日から、水たまりを見ると私より遅く走った。

私が先に踏んで、泥は吉岡の靴に飛んだ。

一週間が過ぎたころ、私は7時20分に間に合うように家を出るようになっていた。

それまでは7時25分だった。

5分の違いが、私の朝を変えた。

母は、最近早いね、と言っただけだった。

私の家は川の東の団地で、堤防までは坂を下りて3分だった。

その3分のあいだに、私は髪を二度、手で直した。

川の側を走る自転車

吉岡の自転車は、段差でベルが勝手に鳴った。

堤防に上がる坂の途中に、アスファルトの継ぎ目がある。

そこを越えるたびに、チン、と鳴る。

吉岡は直さなかった。

「直せば?」

「鳴るけぇ、来たんがわかるじゃろ」

私は前を向いたまま、笑うのをこらえた。

堤防の途中に、犬を飼っている家があった。

茶色い雑種で、私が通っても吠えない。

吉岡が通ると、必ず吠えた。

「嫌われとる」

「毎朝あんパン食べよるけぇじゃない?」

吉岡は片手で自転車を漕ぎながら、袋のあんパンを食べていた。

朝ごはんを食べる時間がない、と言った。

「早く起きたらええのに」

「起きとる」

その返事の意味を、私は考えなかった。

中間テストの週は、走りながら英単語を訊き合った。

「アコンプリッシュ」

「達成する」

「エンデュア」

「耐える、じゃろ」

吉岡は英語だけは、私より点が良かった。

「なんで英語だけできるん」

「音で覚えるけぇ」

堤防の道では、川の音と、吉岡の声しか聞こえなかった。

一度だけ、吉岡が遅れた朝があった。

小屋の時計は、7時26分だった。

私は自販機の横で待った。

吉岡は坂を、立ち漕ぎで上がってきた。

「パンク」

「押してきたん?」

「途中まで」

途中がどこからなのか、私は訊かなかった。

吉岡の額に汗が浮いていて、4月の朝にしては多すぎる、と思った。

思っただけだった。

夏休みの補習の朝も、吉岡は交差点にいた。

補習は週に3日で、吉岡は補習を取っていなかった。

「今日、補習ないじゃろ」

「図書室で勉強する」

私は水筒を忘れた日に、自販機のお茶を吉岡に買ってもらった。

「130円、明日返す」

「ええけぇ」

翌朝、私が130円を渡すと、吉岡は受け取って、自販機に入れた。

出てきたお茶を、私に渡した。

「暑いけぇ」

私はそのお茶を、一日かけて飲んだ。

台風の翌朝、堤防の道が通行止めになった。

流木が道をふさいで、消防団の人が旗を振っていた。

私たちは自転車を押して、堤防の下の道を歩いた。

川は土手に隠れて、見えなかった。

それでも吉岡は、川のある側を歩いた。

「今日は風ないよ」

「癖じゃけぇ」

下の道は、10分では着かなかった。

私はその朝だけ、遅刻を惜しいと思わなかった。

9月、堤防の斜面に彼岸花が並んだ。

「赤いね」

「毎年じゃ」

毎年、と言えるほど、吉岡はこの道を知っているのだと思った。

朝の10分で交わす言葉は、いつもそのくらいだった。

吉岡は自分のことを、ほとんど言わなかった。

部活は、と訊いたら、入っとらん、と言った。

バイトは、と訊いたら、たまに、と言った。

吉岡の家がどっちにあるのか、私は一度も訊かなかった。

橋の手前で一緒になるのだから、川の東側の人だと思っていた。

私と同じ側の。

訊けば、それ以上のことを訊きたくなる気がした。

それ以上のことを訊く自分を、私は想像できなかった。

橋の手前で待つ人

梅雨に入って、風が強い朝があった。

堤防の上は、遮るものがない。

川から吹き上げてくる風で、私の自転車は左へ流された。

吉岡は右にいた。

「なんでいつも川の側なん」

「風、こっちから来るけぇ」

「景色がええけぇ、とかじゃないん」

「川しか見えん」

私はまた笑った。

笑いながら、吉岡の右腕を見ていた。

制服の袖が、風でふくらんでいた。

帰りは、一度も一緒にならなかった。

放課後、校門を出ると、吉岡の自転車はもう駐輪場になかった。

バイトだろうと思っていた。

あるいは、朝だけで十分な相手なのだろうと。

私は美術部で、帰りは日が傾いていた。

夕方の堤防を、ひとりで走った。

右側が、広く感じた。

川面が光って、目を細めないと前が見えなかった。

3年生になっても、朝は続いた。

クラスは離れた。

吉岡は3組、私は5組。

校舎の中で会うことは、ほとんどなくなった。

それでも7時20分の交差点に、吉岡はいた。

6月のある朝、私は寝坊をしたふりをした。

本当は、起きていた。

吉岡が待つかどうかを、知りたかったのだと思う。

待たなければ、それでいい。

ただ通学路が重なっているだけの人だと、決めてしまえる。

私は7時40分に家を出た。

交差点に、吉岡はいた。

片足を地面につけて、あんパンの袋を握っていた。

「遅い」

「ごめん。先行ってくれてよかったのに」

「別に」

その日、私たちは校門で生徒指導の先生に止められた。

8時5分。

「二人そろって何しよったんな」

吉岡は、寝坊しました、と言った。

私が言う前に。

先生は吉岡だけを職員室に連れていった。

私は教室で、黒板の欠席者の欄に吉岡の名前が書かれるのを見ていた。

遅刻の欄に、あとで直された。

その一日、私は自分に腹を立てていた。

試すようなことをした自分に。

待っていた吉岡に対しても、腹を立てていた。

待つなら、なぜ何も言わないのか。

翌朝、吉岡は何もなかったように自販機の横にいた。

「昨日、怒られた?」

「反省文。半分白紙で出した」

私は、ごめん、ともう一度言った。

吉岡は、あんパンを噛んだまま、首を横に振った。

7月、駅前で吉岡を見かけた。

制服ではなかった。

隣に、小さな女の子が歩いていた。

手をつないで、駅ビルのほうへ入っていった。

妹だろう、と思おうとした。

吉岡に妹がいるかどうかを、私は知らなかった。

訊かなかったのだから、知らなくて当然だった。

その夜、私は吉岡のことを考えるのをやめようとして、うまくいかなかった。

秋の文化祭で、私のクラスは焼きそばを出した。

吉岡は一度だけ買いに来た。

列の最後に並んで、順番が来ると、一つ、とだけ言った。

私が渡すと、代金をトレーに置いて、すぐに行った。

友達が、あの人誰、と訊いた。

「朝、たまに一緒になる人」

たまに、と言った自分の声を、私はしばらく忘れられなかった。

毎朝だった。

一日も欠かさず、毎朝だった。

文化祭の片づけが終わって、私は暗くなった堤防を帰った。

坂の継ぎ目で、私の自転車は何の音もしなかった。

秋の終わりに、進路希望の紙が配られた。

吉岡は、東京、と言った。

「専門。電気の」

「なんで電気なん」

「配線、見よったら落ち着くけぇ」

「遠いね」

「まあ」

私は市内の短大に決めていた。

12月の模試の朝、私は緊張して、あんパンの袋の音にも苛立った。

「音で覚えたやつ、出るけぇ」

吉岡はそう言って、堤防の上で英単語を三つ、出した。

三つとも、午後の英語に出た。

橋の手前から校門までの10分が、あと何回残っているのか、数えないようにした。

数えると、減っていくのが分かってしまう。

右の袖だけが濡れた朝

冬の堤防は、風が音を立てる。

1月の風は川の上で冷えて、堤防の上に上がってくる。

私はマフラーを口まで巻いて走った。

吉岡はマフラーをしなかった。

「寒くないん」

「慣れとる」

堤防の道が白くなった朝があった。

霜で、アスファルトが光っていた。

「滑るけぇ、真ん中走れ」

吉岡はそう言って、自分は道の端に寄った。

川の側の端には、ガードレールがない。

草の斜面が、そのまま川原まで落ちている。

私は真ん中を走った。

吉岡のタイヤが、霜を踏む音がした。

ざり、ざり、と。

雨の朝があった。

冷たい雨で、傘をさして走るには風が強すぎた。

私は合羽を着た。

吉岡は合羽を持っていなかった。

学校に着くと、吉岡の右の袖だけが黒く濡れていた。

肩から肘まで、色が変わっていた。

左の袖は、ほとんど乾いていた。

「右だけびしょびしょじゃん」

「雨、横から来よったけぇ」

私はそのとき、雨の向きのことだと思った。

川の側から降りつける雨が、吉岡の右腕を濡らしたのだと。

私の合羽は、左も右も同じように濡れていた。

そのことを、私は不思議に思わなかった。

2月、堤防の道に大きなトラックが入ってきた。

河川工事の車だった。

吉岡は前に出ず、後ろにも下がらず、私と川のあいだにとどまった。

トラックは吉岡のすぐ横を通った。

風圧で、吉岡のシャツの背中がふくらんだ。

「危ないよ」

「川に落ちるよりええ」

私は、落ちるわけがない、と言おうとして、言わなかった。

卒業式は3月1日だった。

その朝も、吉岡は橋の手前にいた。

あんパンは持っていなかった。

「最後じゃね」

「じゃな」

坂の継ぎ目で、ベルが鳴った。

私はその音を、いつもより長く聞いた気がした。

式が終わって、校門の前で、私は吉岡を探した。

吉岡は自転車のところにいた。

「東京、気をつけて」

「じゃあ」

それが、最後の言葉だった。

吉岡の自転車は、校門を出て左に曲がった。

橋とは、逆の方向だった。

私はそのとき、友達の家にでも寄るのだろうと思った。

それから14年、私は吉岡に会っていない。

短大の一年目の春、私は一度だけ、7時20分に堤防へ行った。

自販機の横には、誰もいなかった。

犬だけが、私を見て、吠えなかった。

母が一度、あの子来んようになったね、と言った。

「東京」

「そう」

それきり、母も訊かなかった。

短大を出て、市役所の窓口で働くようになった。

付き合った人は、いた。

長くは続かなかった。

堤防を走らない人だった。

団地の部屋は母がひとりで使い、私は学校の近くのアパートに移った。

通勤は、堤防を通らない。

吉岡の名前を、一度も検索しなかった。

検索すれば、知りたくなる。

知りたくなる自分を、私はまだ想像できなかった。

窓口に来た転出届

市民課の窓口は、1月がいちばん静かだ。

引っ越しは3月に集まる。

その日の午後、60代の女性がひとりで窓口に来た。

転出届の用紙を、書き終えて持っていた。

老眼鏡をかけたまま、用紙の端を両手で持って差し出した。

転出先の欄に、東京都世田谷区とあった。

「息子のとこへ行くんよ。孫の顔、見に」

「そうですか」

私は用紙を受け取って、氏名の欄を見た。

吉岡、とあった。

珍しい名字ではない。

この町には、吉岡はいくらでもいる。

私は世帯員の欄に目を落とした。

転出するのは本人ひとりで、ほかの世帯員はもういなかった。

旧住所の欄に、町の名前があった。

学校の南側の、住宅の多い町だった。

川の、こちら側ではない。

私は本人確認のために、女性の顔を見た。

女性も、私の胸の名札を見ていた。

「奥村さん」

「はい」

「あんた、橋のとこの奥村さんじゃないん」

手が止まった。

「毎朝、あの子が言いよったけぇ。橋の手前で待っとる、言うて」

「吉岡くんの、お母さんですか」

「そう。あの子、五時半に出よったんよ。学校まで十五分の家から」

女性は、それを笑いながら言った。

「あんパン持たせて。朝ごはん、食べる時間ないけぇ言うて」

私は転出届の旧住所を、もう一度見た。

学校の南。

橋の手前の交差点までは、学校を通り過ぎて、堤防を上がり、川を渡る。

自転車で、25分はかかる。

「雨の日は、右の袖だけ濡らして帰りよった」

女性は自分の右腕を、左手で撫でた。

「洗濯しよってわかるんよ。わけを訊いても、答えんかったけど」

私は、雨の向きのことだと思っていました、と言いかけて、やめた。

「息子さんは、お元気ですか」

「元気よ。電気屋しよる。嫁さんと、来月生まれる子と」

「よかったです」

「あんたは、結婚は」

「まだです」

「そう」

女性はそれ以上、何も訊かなかった。

私は控えに受付印を押して、女性に渡した。

「奥村さんに会うた言うたら、あの子、喜ぶわ」

女性は頭を下げて、窓口を離れた。

老眼鏡を外して、鞄にしまうのが、待合の椅子の向こうに見えた。

隣の窓口の先輩が、小さな声で、大丈夫、と訊いた。

「大丈夫です。知っとる人でした」

次の番号を呼ぶまでに、私は3回、息を吸った。

まだ暗い堤防の道

翌朝、私は5時半に家を出た。

霧のような雨が降っていた。

いま住んでいるアパートは、学校の近くにある。

転出届にあった町まで、自転車で走った。

10分もかからなかった。

住宅のあいだの細い道で、どの家がそうなのかは分からなかった。

分からなくて、よかった。

そこから学校の前を通り、堤防に上がり、橋を東へ渡った。

冬の川は、鉄の匂いがした。

対岸の工場の灯りが、水に細長く映っていた。

橋の上は、風が横から来た。

街灯の下で、雨の粒が斜めに流れていた。

渡りきって、坂を下りると、あの交差点だった。

消防団の小屋も、自販機も、まだあった。

小屋の壁の丸い時計を見た。

6時3分。

吉岡がここに着いていた時刻を、私はやっと知った。

私は自販機の横に自転車を寄せて、7時20分まで待った。

起きとる、と吉岡は言った。

あの返事の意味を、私は交差点に立ってはじめて考えた。

通勤の車が増えて、空が白くなった。

川原で、白い鷺が一羽、動かずに立っていた。

誰も来なかった。

来るはずがなかった。

青になって、私は堤防の道に上がった。

坂の継ぎ目で、私の自転車は音を立てなかった。

右側を、走った。

川の側だった。

風は、川から来ていた。

右の頬が、すぐに冷たくなった。

左の頬は、なんともなかった。

右の袖だけが濡れていた理由が、体で分かった。

犬の家の前を通った。

犬は、吠えなかった。

吉岡の家は、橋の向こうにはなかった。

毎朝、私に会うために橋を渡り、私と並んでもう一度渡っていた。

帰りに一緒にならなかったのは、帰る方向が逆だったからだ。

校門を出て左に曲がった自転車の背中を、私はいま思い出せる。

坂の継ぎ目で、ベルが勝手に鳴った。

チン、と。

私はいま、川の側を走っている。

右の袖が、少しずつ、重くなっていく。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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