
俺は3年のあいだ、妻の髪に鋏を入れていない。
理容師を37年やって、鋏を断られた客は、妻の和子だけだ。
理容椅子は、客が座る前に半回転させる。
それが、うちの店のやり方だった。
和子がずっと、そうしていたからだ。
店は日永台団地の商店棟の、いちばん端にある。
たちばな理容の看板は、父が出したものをそのまま使っている。
赤と青のサインポールは、去年からモーターが鳴くようになった。
団地ができたころ、この棟には米屋と薬屋と写真屋があった。
いまは自動販売機と、うちだけだ。
客は、坂を上がってこられる者だけになった。
朝はシャッターを半分だけ上げる。
冬になると、その隙間から白い息が入ってくる。
父がこの店を出したのは、団地の入居が始まった年だ。
最初の3年は、朝5時から人が並んだと聞いた。
いまは、予約なしで来ても待たされることはない。
和子と一緒になったのは、俺が25のときだった。
隣の棟の、給水設備の会社で事務をしていた娘だ。
最初の月に、和子は俺の洗髪を見て笑った。
「爪が当たっとる」
「当たっとらん」
「当たっとるって。私がやるわ」
それから33年、洗髪は和子の仕事になった。
俺は鋏だけをやった。
それで33年、この店は回ってきた。
和子の手は、冬でも湯に浸かっているせいで、いつも赤かった。
風呂に入ると、指の関節だけが白く抜けて見えた。
店には、和子の丸椅子があった。
洗髪台の横ではなく、理容椅子の左うしろに置いてあった。
座面のビニールは、右側だけが先に破れた。
和子が、いつも右の尻から立ち上がるからだ。
和子が自分から「もの忘れ」と言い出したのは、49のときだ。
釣り銭を二度渡した。
そのあとで、店の鍵を冷蔵庫に入れた。
名古屋の病院で、若年性の認知症だと言われた。
帰りの電車で、和子は窓の外を見ながら笑っていた。
「これで、あんたの下手な洗髪を見んで済むわ」
俺は何も言えなかった。
腰は32のときに一度やった。
それからは、屈むと右の尻から膝の裏へ線が走る。
和子はそれを知っていた。
知っていて、何も言わなかった。
言わずに、椅子を回していた。
客が来る。
ドアの鈴が鳴る。
和子が丸椅子から立ち上がる。
理容椅子の背に手をかけて、半回転させる。
そこへ客を座らせる。
毎回だ。
背の高い客でも、小学生でも、同じところまで回した。
「無駄な手間やろうが」
と俺は言った。
和子は笑って、白い布を広げた。
「あんたは黙って切っとれ」
客の後ろ髪の渦
和子には、変な取り柄があった。
客の後ろ髪の渦の向きを、全部覚えていた。
「この人は左巻きやね」
洗髪台から、和子がそう言う。
言われた杉浦さんは、団地ができた年から来ている客だった。
当時84で、毎回おなじ話をした。
バスが日に2本しかなかったころの話だ。
「あんたの父さんは、坂の下から自転車で通っとった」
「聞きました」
「毎朝な、パンクしとった」
「それも聞きました」
和子は笑いを堪えて、湯の温度をひとつ上げた。
渦の向きは、分け目と関係がある。
右巻きの頭に左から分け目を入れると、毛先が跳ねる。
だから俺は、客の頭をひと撫でしてから鋏を入れる。
和子は触らずに分かった。
「洗っとると、泡の流れ方が違うんやて」
そんなことを言った。
本当かどうかは、いまも知らない。
店の壁には、父が貼った料金表がまだ残っている。
数字だけが、和子の字で何度も書き直されていた。
うちには、番茶を出す決まりもあった。
和子がアルミのポットで煮出したもので、渋くて、少し焦げた味がした。
客はみな、切り終わってからそれを飲んで帰った。
谷さんという客もいた。
うちの会計に、毎回文句をつける人だった。
「先月と10円違うやないの」
和子は伝票を出して、上から順に指で押さえた。
「先月は顔剃りを断られたんやよ」
「断ったかね」
「断られました」
谷さんは黙って、10円を台に置いた。
それから谷さんは、一度も顔剃りを断らなかった。
和子が会計に立つと、金の話が喧嘩にならなかった。
俺には、それができない。
3歳ぐらいの子が、母親に連れられて来た日もあった。
泣いて、椅子に座らなかった。
和子は椅子を回して、鏡ではなく窓のほうへ向けた。
「こっちにな、鳩がおるよ」
子どもは窓を見て、泣きやんだ。
俺はその後ろで、5分で切った。
帰りに母親が、和子に礼を言った。
「お母さん、上手ですね」
和子は首を振った。
「上手なのは、うちの人やよ」
和子が休んだ日は、俺が洗髪をやった。
年に二度か三度、風邪をひいたときだけだ。
その日は、客がみな帰りぎわに同じことを言った。
「奥さん、いつ出てくるの」
「明日には出ます」
「そりゃよかった」
俺の洗髪は、33年たっても下手なままだった。
夕方、店を閉めてから、和子は椅子の肘掛けを拭いた。
革の継ぎ目に、白いタオルの先を差し込んで押す。
そのあと、椅子を戻さずに帰る。
半回転させたまま、次の朝を待たせておく。
「戻しとけ」
「戻しません」
「なんでや」
「あんたが朝いちばんに屈まんように」
俺はその意味を、たぶん聞き流した。
開けない革ケース
3年前の4月、和子は坂の向こうの施設に入った。
ひなたの丘という、丘の裏側に建った老人保健施設だ。
窓から、うちの棟の給水塔だけが見える。
冬になると、その白い胴に西日が当たって、赤く見える。
俺は月に二度、面会に行く。
行くときは、必ず鋏の革ケースを持っていく。
和子の髪を切るためだ。
父の代からある、油で黒くなったケースだ。
鋏が二本と、櫛が一本入る。
そのケースを、俺は3年、一度も開けていない。
最初の面会の日、和子は俺を見て言った。
「先生、ご苦労さまです」
看護師だと思ったのだろう。
俺は白いポロシャツを着ていた。
二度目も、先生だった。
三度目も、先生だった。
半年で、俺は先生になった。
施設には、月に一度、出張の理容が来る。
二人組で来て、食堂の隅にシートを敷き、丸椅子を置いて切る。
俺も若いころ、老人ホームへ同じことをやりに行った。
だから、あの仕事の丁寧さは知っている。
和子は毎回それを断る。
「うちの人に切ってもらうけん」
職員の須貝さんが、そう教えてくれた。
30を少し出た介護福祉士で、背が高い。
「和子さん、はっきり言われるんですよ」
「そうですか」
「うちの人は腕がええけん、よそで切らんと」
俺は下を向いた。
床のリノリウムに、車椅子の車輪の跡がついていた。
和子は施設で、洗濯物のタオルをたたむ役をもらっていた。
たたみ方が決まっていて、耳を内側に入れて三つに折る。
店で使っていたのと、同じたたみ方だった。
須貝さんが、それを見て笑っていた。
「和子さん、ほかの人の分まで直してしまうんです」
「すみません」
「謝らないでください。うちのほうが助かっています」
食堂の前を通ったとき、和子が隣の席の人に話していた。
「うちの人はな、腰が悪いんよ」
俺はそこで立ち止まった。
和子はそのあと、俺の顔を見て「先生」と言った。
面会室には、消毒の匂いと、昼の味噌汁の匂いが混ざっていた。
和子はいつも、窓に近い席に座らされていた。
四度目の面会で、俺はケースを開けようとした。
鋏を出して、和子の肩の後ろに立った。
和子は身をよじって、俺の手から逃げた。
「知らん人に触らせん」
声は、店のときと同じ張りだった。
俺は鋏をケースに戻した。
それから毎回、持っていって、持って帰る。
革は油を吸ったまま、開かれずに柔らかくなっていった。
和子の髪は、肩を越えた。
毎朝、須貝さんが青いゴムで結んでくれている。
結び目の高さが、いつも同じところにある。
うちの人が来るけん
娘の美咲が名古屋から来たのは、去年の盆だった。
30になって、子どもはまだいない。
面会のあと、坂の途中の自動販売機の前で立ち話をした。
俺は缶のコーヒーを買って、ふたを開けて、飲まずに持っていた。
ぬるくなってから一口飲んだら、砂糖の味しかしなかった。
「お父さん、黙って切ってきたらいいやん」
「切れんのや」
「寝とるときに切れば分からんよ」
「分かる」
「分からんて」
「あれは、うちの人に切ってもらう、と言うとるんや」
「うん」
「俺が切ったら、うちの人が来んかったことになる」
美咲は黙った。
それから、坂の下を通る町のバスを目で追った。
「お母さん、覚えとるんかな」
「覚えとらん」
「じゃあ、なんで断るの」
答えは、そのとき持っていなかった。
駅まで送る車の中で、美咲が昔のことを言い出した。
「わたし、小さいとき、あの椅子で回してもらったの覚えとる」
「回した覚えはないで」
「お母さんが回してくれた。鏡のほうを向いたら泣くから」
「そうか」
「お父さん、いっつも後ろにおったよ」
美咲は、新幹線の時間を気にしていた。
降りるときに、一度だけ言った。
「お父さんの腰、悪くなっとるよ」
「そうか」
「歩き方が違う」
その年の秋の面会で、和子は俺の後ろに回った。
車椅子のまま、手を伸ばして、俺の後頭部に触った。
指の腹で、つむじのあたりを二度なぞった。
「あんたは右巻きやけんね」
俺は動けなかった。
和子は満足したように手を引いて、窓の外を見た。
「先生も、ときどき切ってもらわんと」
そう続けた。
つながっていなかった。
俺の頭の渦は覚えていて、俺の顔は分からない。
帰り道、須貝さんに聞いた。
「頭に触るのは、よくあることですか」
「和子さんは、人の後ろに回りたがりますね」
「後ろに」
「前に立つのを、あまりされないです」
俺は37年、客の後ろに立ってきた。
和子は33年、俺の後ろに立っていた。
そのことを、そのときは思いつかなかった。
理容椅子の台座
今年の7月、理容椅子の油圧が抜けた。
レバーを踏んでも、座面が下がったまま上がらない。
客を座らせると、俺が屈むことになる。
その日の一人目は、谷さんだった。
「あんた、顔が白いで」
「暑いだけです」
「顔剃りはええわ。腰やろ」
谷さんは、料金を置いて番茶も飲まずに帰った。
三人切って、四人目で腰が立たなくなった。
その日は昼でシャッターを下ろした。
和子が最後にこの椅子に触ったのは、いつだったか。
入所の前の冬、店を手伝えなくなってからも、和子は夕方に肘掛けを拭きにきた。
拭いてから、椅子を半回転させて帰った。
あのときの向きが、いまも残っている。
岡部さんに電話をした。
名古屋で理容椅子の修理をやっている人で、もう70を過ぎている。
父の代からの付き合いだ。
翌週の月曜、岡部さんは軽トラで坂を上がってきた。
「まだこれ使っとるのか」
「ほかに椅子がないで」
「部品はもう出んよ」
岡部さんは工具箱を床に置いて、椅子の周りを一周した。
それから、台座の化粧板を外した。
ねじが4本、どれも頭が潰れていた。
潰れているのは、何度も開け閉めされたからだ。
開けたのは、俺ではない。
父でもない。
化粧板が浮いた瞬間、紙の匂いがした。
湿った段ボールの匂いだ。
台座の中には、厚紙が指二本ぶん詰まっていた。
支柱を囲むように、内側に敷かれていた。
俺は膝をついて、それを一枚ずつ抜いた。
菓子の箱の蓋だった。
薬の箱もあった。
包装紙を四つに折ったものもあった。
どれも角が丸くなって、黒く汚れていた。
全部で26枚あった。
俺は床に並べて、順番に見た。
厚い順ではなかった。
上から下へ、汚れの色が濃くなっていた。
いちばん下の一枚は、文字が読めなかった。
岡部さんは、それを見て何も言わなかった。
サインポールのモーターの音だけが、外で鳴っていた。
「奥さんやよ」
岡部さんは、そう言った。
「毎年、一枚ずつ足しに来とった」
「来とったって、どこに」
「電話や。盆と正月のあいだに、いっぺん」
俺は厚紙を持った手を下ろした。
「何を頼んどったんや」
「1ミリ上げてくれ、と」
岡部さんは、椅子の台座を指で叩いた。
「旦那が腰やった年から、ずっとや」
「言わんかったのか」
「言うたら、あんたが断るやろ、と」
岡部さんは、俺の腰のあたりを見た。
「あんた、去年より曲がっとるで」
俺は答えなかった。
32の冬、俺は一週間、店を閉めて寝ていた。
和子は毎朝、シャッターだけを上げに行った。
客に謝るためだ。
そのあいだに、電話を一本かけていたことになる。
受話器は、洗髪台の横の壁にあった。
奥で寝ている俺には、話の中身が届かない位置だ。
腰をやったのは32のときだ。
今年で58になる。
26年。
厚紙は26枚あった。
座面を1年に1ミリ上げると、屈む角度が変わる。
1ミリは、厚紙一枚の厚みだ。
1ミリでは、客には分からない。
分かるのは、その椅子に鋏を入れる者だけだ。
和子が半回転させていたのは、客の背に合わせるためではなかった。
回すと、座面の傾きがほんのわずかに変わる。
古い油圧の椅子は、支柱の入り方に癖がつく。
決まった向きでだけ、座面がまっすぐになる。
和子はその向きへ、毎回、椅子を戻していた。
戻すのではなく、俺の側へ向けていた。
「無駄な手間やろうが」
俺はそう言った。
言われた和子は、笑って布を広げた。
床を見た。
椅子の左うしろのリノリウムが、そこだけ黒く沈んでいた。
和子の丸椅子があった場所だ。
洗髪台の前ではない。
俺の右肩の、斜め後ろだった。
33年、同じ足で同じ床を踏んでいれば、床は凹む。
その位置から見えるのは、客の後ろ髪と、俺の背中だけだ。
和子は、鏡を見ていなかった。
俺の背中の高さを、毎日見ていたのだ。
面会室の白い椅子
岡部さんは、厚紙を入れ直して帰った。
一枚も捨てなかった。
「新しい椅子を入れたら、これは要らんようになるで」
「入れんわ」
「そうか」
次の面会は、8月の終わりだった。
面会室には、白いプラスチックの椅子が四つ置いてある。
背もたれの低い、どこの施設にもあるやつだ。
須貝さんが和子を連れてきた。
髪は青いゴムで結ばれて、いつもの高さにあった。
「立花さん、ひとつ聞いてもいいですか」
須貝さんが、小さい声で言った。
「和子さん、人が座ると、その椅子を回そうとされるんです」
「回す」
「ほかの利用者さんの車椅子も、動かそうとされて」
「止めますよね」
「止めます。けど、毎日です」
「何回ぐらい」
「数えたことはないです」
俺は革のケースを膝に置いた。
そして、和子の前の白い椅子に、自分から座った。
背中を、和子のほうへ向けた。
和子が近づいてくる音がした。
上履きが床をこする、短い音だ。
背もたれに手がかかった。
椅子が、動いた。
半分だけ、和子のほうへ回された。
ずれた分だけ、窓の光が俺の右肩に当たった。
和子の手は、いまも赤かった。
施設で、毎日タオルをたたむからだ。
和子は、俺の後ろで息をついた。
それから言った。
「腰、まだ痛いんか」
俺は、口を開けなかった。
和子は、俺の名前を呼ばなかった。
かわりに、俺の腰のことを訊いた。
俺はケースを開けた。
鋏と、櫛を出した。
和子は逃げなかった。
首の後ろに櫛を入れると、青いゴムが一度だけ引っかかった。
つむじの渦は、右に巻いていた。
毛先を、指ひとつぶんだけ落とした。
切った髪は、床に落ちる前に窓の光を通った。
須貝さんが、白いタオルを持ってきてくれた。
終わってから、和子は鏡を見なかった。
窓の外の給水塔を見ていた。
俺は鋏を拭いて、ケースに戻した。
椅子は回らなかった。
かわりに、俺が半回転した。
和子の正面に立って、はじめて見下ろした。
髪の結び目の高さが、いつもと同じところにあった。