鳴かない猫と牛舎のラジオ
岡山・蒜山高原で酪農を営んでいた母は、牛舎のラジオを二十一年ものあいだ、ただの一度も消しませんでした。目を潰されて捨てられ、声を失った猫ナギ。十一年帰らなかった…
岡山・蒜山高原で酪農を営んでいた母は、牛舎のラジオを二十一年ものあいだ、ただの一度も消しませんでした。目を潰されて捨てられ、声を失った猫ナギ。十一年帰らなかった…
熊本・山鹿の灯籠師だった友人は、電話をかけると必ず三回目のコールで出ました。半年に及ぶ入院のあいだ一度も見舞いに行かなかった私が、遺品整理の日に古いマグカップを…
県外への進学を、父だけが最後まで大反対しました。理由は一度も言ってくれません。勝手に決めて出て行った娘が、父の車のダッシュボードから折りたたんだ地図を見つけたの…
諫早から松戸まで訪ねてきた母は、三日のあいだ一度も私のポケベルを鳴らしませんでした。使い方を知らないのだと、私は十五年ものあいだ思い込んでいたのです。冷蔵庫に残…
母が送ってくる青さのりの袋の口には、毎年ちがう本数の輪ゴムが巻いてありました。四万十の冬の川に一人で立ち続けた母と、大阪で働き続けてきた息子。あと何日会えるのか…
右手を失った友人は、ゲームに誘うたびに同じ言葉で断りました。ベッドの下の雑誌は背表紙が奥を向いていて、私はそれを隠しているのだと十四年のあいだ思い込んでいたので…
秩父の国道沿いのコンビニで深夜勤をしていた頃、午前三時に必ず猫の缶とコーヒーを買っていく人がいました。缶だけは決して袋に入れさせない理由と、仕事を辞めた四年後も…
奈良・吉野で八つの山を預かる山守だった父は、山を下りるたびに道の脇の石を三つ、崩してから積み直していました。毒蛇から父を庇って噛まれた愛犬フクが、なぜ三十年もの…
四歳の姉が祖父の削った描き炭十二本を全部折った理由は、二歳の妹と交わした半分この約束でした。能登・珠洲の揚げ浜塩田を舞台に、十二本のうち一本だけに彫られていた浅…
大分・日田で下駄の台を削っていた父は、三つになる娘が掛け紙で折った空っぽの箱を、二十八年ものあいだずっと枕元に置き続けています。「キッスをいっぱい入れたの」と言…
佐賀の有田で染付の絵付けをしていた祖父は、脳梗塞で右手が利かなくなりました。余命を家族だけが知っていたはずのその年の翌日から、祖父は左手で字を書く練習を始めます…
自衛隊の災害派遣でひと月を過ごした避難所。体育館の壁に増え続けた数字を書いていたのは、初日にトラックへ石を投げた二十歳の青年でした。撤収の日に拡声器を握った彼と…
秋田・大館の曲げわっぱ工房で、妻は樺縫いの最後のひと針だけを、毎晩かならず翌朝へ残していました。妻を失った冬、四つになる娘の一言と、老いた職人の静かな証言が、そ…
徳島の藍師の家に生まれた私は、母が誕生日に必ず作るかきまぜを手抜きだと思っていました。母を見送ったあと、古い飯台の底に刻まれた二百八十七本の線が、四十年の沈黙の…
一歳半で母を見送った友人は、母の顔も声も覚えていません。それでも、眠る子の背中を二回叩いてひとつ撫でる手つきだけが、二十一年後の今も彼女の手に残っていました。金…