親と一緒に居られる時間
母が送ってくる青さのりの袋の口には、毎年ちがう本数の輪ゴムが巻いてありました。四万十の冬の川に一人で立ち続けた母と、大阪で働き続けてきた息子。あと何日会えるのか…
母が送ってくる青さのりの袋の口には、毎年ちがう本数の輪ゴムが巻いてありました。四万十の冬の川に一人で立ち続けた母と、大阪で働き続けてきた息子。あと何日会えるのか…
右手を失った友人は、ゲームに誘うたびに同じ言葉で断りました。ベッドの下の雑誌は背表紙が奥を向いていて、私はそれを隠しているのだと十四年のあいだ思い込んでいたので…
寂しいときや困ったときだけ、私は決まって良い香りに包まれました。二十歳の夏、取り壊しの決まった蔵で一番奥の桐の長持を開けると、同じ香りが顔を包んだのです。着物の…
いしばし商店の棚には、丸い字の値札と、角ばった値札の二種類が並んでいました。奥さんが入院した週、ご主人はラジオの会社対抗クイズで九十八点と答えます。残りの二点が…
秩父の国道沿いのコンビニで深夜勤をしていた頃、午前三時に必ず猫の缶とコーヒーを買っていく人がいました。缶だけは決して袋に入れさせない理由と、仕事を辞めた四年後も…
諏訪の団地で二人の男の子を育てています。弟とは同じ小学校へ行けないと伝えた日、兄は部屋に籠り、三十分後に出てきて、たった一つの約束をさせました。その春から続いた…
六歳の春に来た義母の手帳には、毎年一月十四日に赤い丸がついていた。誕生日でも命日でもない。四十年知らずにいた手帳の赤い丸の意味を、私は通夜の席で妻から聞かされた…
奈良・吉野で八つの山を預かる山守だった父は、山を下りるたびに道の脇の石を三つ、崩してから積み直していました。毒蛇から父を庇って噛まれた愛犬フクが、なぜ三十年もの…
金融屋をやっていた三年前の夏、取り立てに行った大牟田の文化住宅に、五歳と三歳の兄妹だけが残されていました。裏庭の破れた金網の先にあったのは、小学校の池です。池の…
二十歳の夏、フランクフルト行きの機内で隣に座ったアメリカ人の老人は、四つ折りの紙を膝の上で一度だけ開きました。一九四四年にこの空へ爆弾を落としたと語る人が、二十…
四歳の姉が祖父の削った描き炭十二本を全部折った理由は、二歳の妹と交わした半分この約束でした。能登・珠洲の揚げ浜塩田を舞台に、十二本のうち一本だけに彫られていた浅…
大分・日田で下駄の台を削っていた父は、三つになる娘が掛け紙で折った空っぽの箱を、二十八年ものあいだずっと枕元に置き続けています。「キッスをいっぱい入れたの」と言…
一昨年の夏、五歳の息子と昆虫展へ向かう途中、渋滞の最後尾で大型トラックに追突された。潰れた助手席から息子を救い出したのは、通りかかった迷彩服の若い隊員だった。病…
佐賀の有田で染付の絵付けをしていた祖父は、脳梗塞で右手が利かなくなりました。余命を家族だけが知っていたはずのその年の翌日から、祖父は左手で字を書く練習を始めます…
自衛隊の災害派遣でひと月を過ごした避難所。体育館の壁に増え続けた数字を書いていたのは、初日にトラックへ石を投げた二十歳の青年でした。撤収の日に拡声器を握った彼と…