二十年先の材に引いた線
雨の降りだした駐車場で、二台の車から同時に送り合った二通のメール。余命の告白と妊娠の報告は、なぜか一行目だけが同じでした。和歌山・新宮の製材所で三代にわたって引…
雨の降りだした駐車場で、二台の車から同時に送り合った二通のメール。余命の告白と妊娠の報告は、なぜか一行目だけが同じでした。和歌山・新宮の製材所で三代にわたって引…
四歳の娘が急に字を習いたがった理由は、神様への手紙を書くためでした。徳島の藍を建てる家で、去年の秋に夫を亡くした母が、開けられずにいた藍甕の蓋の裏に見つけた一枚…
鳥取・倉吉の本屋で起きた万引き騒動。たった千円だと言い張る親たちに、校長先生はあの静かな一言だけを返しました。伝説として町に語り継がれた言葉よりも、先生が最後ま…
淡路島・江井の線香屋の家で、五つの長女が母の車に覚えたてのひらがなを刻みました。釘だと思っていた傷の幅は、私が胸ポケットに入れていた歯の欠けた櫛と、ぴたりと同じ…
山形・天童で将棋駒を彫る父が、三歳半の息子に初めて「とおしゃん」と呼ばれた朝の話です。妻は入院中の毎晩、おなかの子に三文字だけを教え、七年かけて二十三枚の歩兵を…
四日市の社宅で母が作っていたミートソース。レシピを聞かないまま母を見送った兄弟が、父のひとことをきっかけに四日間かけてその味を追いかけました。缶の内側に残ってい…
葬儀の朝、腰まであった娘の髪が肩より上で切られていました。お洒落なママとのお別れやもん、と娘は言います。棺に添えられた細い髪の束の意味を、私は七年のあいだ思い違…
妻を亡くした父が、お通夜の夜にひとり綴った一通の手紙です。残された高校生の娘が、亡き妻とそっくりの声で口にした六文字とは何だったのか。家族の合言葉が静かに受け継…
妻を見送って七ヶ月、四歳の誕生日を境に娘がぱったり泣かなくなりました。ばあばと約束したと言いますが、義母は知らないと言います。風呂の湯を足す音の意味に父が気づく…
体育のあとの教室で、机の上に切り裂かれた文庫本が置かれていました。いじめのことを、私は母に言えませんでした。友達のいない私に、母が月に一冊だけ本を買ってくれる人…
長崎・波佐見の窯場の町で、小学四年だった私は店先のブリキの消防車を盗みました。その年の誕生日、父が押入れの奥の紙袋から出したのは、まったく同じ品でした。底に並ん…
公民館の集いで浴びせられた問いに、自衛官の弟は六秒黙ってから短く答えました。熊本・八代のい草農家を舞台に、弟が中学の技術の時間に三度も作り直した振るい板の目盛り…
愛媛・今治のタオル工場で検反をしていた母から届いたメールは、六年分の八十七通がすべて十文字より短いものでした。不登校だった娘のために、母は文字を削り続けていたの…
仕事のミスが続いた秋に、独り言のつもりで漏らした一言を、父は居間で聞いていました。三日置いてかかってきた電話と、三十年のあいだ家族を一度も連れてこなかった川口の…
山口・宇部の整備士訓練センターで、同期の一人が退所になった秋のこと。三十九人が指を切って押した血判状は届かず、翌週から員数点検の紙が一枚だけ多くなりました。十四…