二十六年聴かなかったCD
中学一年で図書委員だった彼が、転校の前日に真っ白なCDを黙って渡してきました。怖くて二十六年しまい込んだその一枚を再生した日、図書館の貸出カードの一つ上の欄が意…
中学一年で図書委員だった彼が、転校の前日に真っ白なCDを黙って渡してきました。怖くて二十六年しまい込んだその一枚を再生した日、図書館の貸出カードの一つ上の欄が意…
福井・鯖江の眼鏡フレーム工場で、削りの音だけを頼りに生きてきた父親の話です。三歳の娘の難聴を告げられた冬、家じゅうの戸がいつも五センチだけ開けてあった理由と、台…
山口・下関の路線バスを二十六年運転した男性の話です。毎朝同じ便に乗る女子高生が、料金箱の前で必ず小銭を二度に分けて入れていました。その三秒が誰のために使われてい…
北海道・増毛の造り酒屋で冬だけ働いていたあなたと別れて、七年が経ちました。坂の途中の電柱で必ず一度だけ立ち止まっていた理由と、あの別れの言葉を誰から引き取ったの…
富山・氷見のグループホームで働いて七年目の冬、二十人の入居者の方々から私あてに大きな花束が届いた日のこと。集会室のカレンダーの裏に八重さんが留めていた十四本のリ…
甲府で指輪の石留めをしています。三年前、婚約指輪を渡す前日に彼女を亡くしました。彼女が値打ちのない真鍮の輪を一年半はめ続けた理由と、工房の受付簿に毎月残されてい…
富山の氷見、網を繕う家の祖母は、月の出る晩だけ雨戸を一枚だけ閉め残した。潮風で網が湿るのに、なぜ。締め忘れだと思っていた孫は、三度の願いごとがどれも叶わないまま…
高知・四万十の川漁師の家に生まれた私が、二十七歳ではじめて知った自分の出生の話です。窪川の祖母の家の大黒柱に二本ずつ並んでいた鉛筆の傷。その薄い三本を刻んでいた…
二十二歳の老犬を連れて動物病院へ通う大谷さんは、診察のたびに首輪を外して自分の手首に巻く人でした。小雨の夕方にタクシーを断り、歩いて帰ったその背中の意味を、私は…
伊万里の坂の下で毎朝遅刻していた中学生は、私の部屋に来るたび畳の毛を手のひらで集めて帰りました。一年後に学園から戻ってきたその子の鞄から出てきた白い封筒が、その…
山形・庄内の羽黒門前町で絵馬の板を仕上げていた祖母は、代金の入っていない小絵馬の裏にだけ墨で点をひとつ打ち、焼かずに残していました。掛け所の四十一枚と、九つの冬…
父が借金を残して消え、別居していた母と暮らすことになった十九歳の建具見習い。八つ当たりした夜に恋人がくれた「がんばろうや」の一言と、彼女が会うたび作業着の袖口を…
母が入院していた小学四年の春、焼津のかつお節工場で焙乾をしていた父が、遠足の前夜に私のリュックを詰め直しました。店へ行ったのではなく三軒の家の戸を叩いていたと知…
山形・新庄の母子家庭で育った私は、帰省の朝にタクシー代をせがんで母に怒鳴られ、口をきかないままタクシーに乗りました。家じゅうの時計が五分進んでいたのに、台所の時…
香川・小豆島の全校八十人ほどの中学校で、一年ぶりに退院して戻ってくる同級生のために、弟が誰にも言わずに丸坊主になりました。翌朝の教室は坊主だらけ。島にたった一軒…