ママの棺
一歳半で母を見送った友人は、母の顔も声も覚えていません。それでも、眠る子の背中を二回叩いてひとつ撫でる手つきだけが、二十一年後の今も彼女の手に残っていました。金…
一歳半で母を見送った友人は、母の顔も声も覚えていません。それでも、眠る子の背中を二回叩いてひとつ撫でる手つきだけが、二十一年後の今も彼女の手に残っていました。金…
二月の児島、学生服の裁断室に妹から電話が入った。上京して九年、家族を呼ぶと言った妹は、病室で何度も「迷惑掛けてゴメンね」と繰り返した。妹のゴメンねに息をひとつ吸…
宮城の白石で温麺を作る小さな工場の二代目です。娘のバイオリンを巡って女房と喧嘩した翌日、小学二年の娘が封入作業の求人へ自分で電話をかけていたと知りました。毎晩、…
富山の砺波平野で三社柿を作る家に嫁いだ私は、喜怒哀楽を見せない姑にずっと身構えていました。台風の晩、崩れた土が家を押したとき、降る皿の下で私を庇ったのは足の悪い…
タオル工場で三十年、白い生地の傷を探し続けた母。傷を見つけるたびに結んでいた赤い一本の糸には、娘が二十四年ものあいだ気づかなかった意味がありました。母がためらわ…
背中を向けたまま何も言わない父でした。合格の日に病室から掛かってきた一本の電話と、物置のブルーシートの下で五年ものあいだ鳴りつづけていた小さな音の正体。浜松のピ…
萩の土塀が続く川沿いの菓子屋に十八で住み込んだ私が、亡き師匠ミヨさんの遺したテープを聞いたのは、その娘の結婚式の日でした。二十年のあいだ読み違えていたラベルの名…
妻の連れ子だった娘を、鬼瓦を彫る職人の私は十二年かけて育てました。血の繋がらない父娘に向けられた世間の冷たい目、そして結婚式で娘が静かに明かした「鬼の裏に彫られ…
尾道の坂の下の小さなパン屋に、毎週日曜、クリームパンの親子がやって来る。「おかーちゃんのぶん」の袋に込められた三歳の子の優しさと、待つことをやめない若い父。焼き…
セメントの町で三交替に就いた兄は、夜勤明けの朝、必ず弟の運動靴を爪先だけ外へ向けて直してから上がりました。その小さな癖の本当の意味と、閉めた覚えのない扉。半年前…
血の繋がらない兄が、身寄りを失った中学生の私を引き取り、大学まで出してくれました。新潟三条の研屋で、兄が十年間だけ研がずにいた母の菜切り包丁。そこには、あと一度…
保健センターの母子教室に迷い込んできた、おばあさんと二人の男の子。袖口のほつれを見もせずに継いだその手つきの意味を知ったのは、半年後、桐生の織物工場の休憩所でし…
三度目の流産に泣く妻の隣へ、産科の待合室で見知らぬ五分刈りの男の子が二つの指輪を差し出しました。水色だけが白く曇っていた理由を知ったのは、六年後の祭りの夜のこと…
四歳の私に母は「日曜日かな」と言い残して出て行きました。筑豊の炭住で玄関を見つめ続けた三十年、物干しの黄色い洗濯ばさみだけがなぜ褪せなかったのか。祖母の手帳と五…
盆地の桃農園で暮らす、血の繋がらない兄と私。無口な兄が黙って払ってくれた入学金、姪のために限界まで差し出した輸血。そして姪の結婚式で読まれた一通の手紙が、継いだ…