不器用な親父

公開日: 家族 | 心温まる話 | | 長編

浜辺で子供を抱き上げる父親(フリー写真)

俺の親父は仕事一筋で、俺が小さな頃に一緒にどこかへ行ったなんて思い出は全く無い。

何て言うのかな…俺にあまり関わりたがらないような人って感じ。

俺は次男だったんだけど、兄貴には結構厳しくて、説教したり時には手を出していたのを見た事もあった。でも俺にはそんな事は全く無かったんだ。

だから余計に、兄貴の事ばかりで俺には興味が無いんじゃないか(言い方が変かもしれないが)と、よく思っていた。

高校を決める時も、

「お前がいいならそれでいい」

の一言だけ。

遅く帰っても、テストの成績が悪くても全く口を出さなくてさ、いつも俺に言うのはおかん。

まともに今日何があったとか話した事も、殆ど無かった気がする。親父から話し掛けてくる事なんてまず無い。

だから俺も殆ど親父に関わらずに生きて来たんだ。

そんな親父が入院したのは、ちょうど高校2年生の時。

動脈硬化と言うのだっけか…血管がコレステロールで詰まってしまう病気。

その時もさ、確かに驚きはしたけど、そっか…という感じだった。

暫く入院と通院が続き、手術もして大分良くなった時が、ちょうど俺の大学受験と重なったんだ。

第一志望の大学の合格通知を見た時、おかんはちょうど病院に居た。

連絡を取りたくても、その時は今ほど携帯電話が普及していなかったから、おかんから電話が来るか帰って来るのを待つしかなかった。

その時、タイミング良く今から帰るから晩飯を買って行くと電話が来たんだ。

当然、その時に報告したらおかんも大喜びしてくれた。

おかんと電話で話してから20分くらい経ってからかな、家に電話が掛かって来た…。親父からだった。

おかんから今さっきの電話で大体の様子は聞いていた。少なくとも一人で電話して来られるほどには、まだ回復していない事も。

「親父、何やってんだよ。寝てなきゃ駄目じゃないのか?」

「馬鹿、俺なんかどうでもいいんだよ。それより、大学受かったんだって?」

「あぁ…」

「そっか、良かったな…おめでとう!」

その時さ、何かもう頭の中が真っ白になっちゃって、その先に何を話したのか全然覚えていないんだ。

無理してまで俺におめでとうと言ってくれたのが嬉しくてさ…電話を切った瞬間に、涙が溢れて止まらなかった。

おかんが帰って来た時も俺は泣いていて、言葉にならないような声で、おかんにその事を言ったんだ。

そしたらさ、ゆっくり話し始めてくれた…親父の事。

親父は小さな頃に父親を戦争で亡くしていて、親としてどう子供に接したら良いか分からないと、おかんによく言っていた事。

兄貴に厳しくして俺に何も言わなかったのも、どうしたら俺と上手くコミュニケーションが取れるか分からなかったからという事。

俺が小さな頃に一回怒って、俺が全く親父に寄り付かなくなった時があって、それがずっと心に残っていた事。

俺が何が好きかよく分からなくて、休みの日にどこへ連れて行こうか迷っている内に、結局行けなくなってしまった事。

俺の事が可愛くて仕方が無かったから何も言えず、ただ心配しか出来ず、おかんに色々言うしか出来なかった事。

親父が俺を避けていたんじゃなくて、俺が親父を避けていたという事。

馬鹿だよな、俺。何も分からなくて、分かろうともしなくて…。親父は凄く悩んでいたというのにさ。

もしかしたらさ、俺のせいで病気になったんじゃないかって。

もう情けなくて申し訳なくて、泣きながらずっと親父に謝っていた。

それから親父はすぐに仕事を退職し、毎日家に居る。相変わらず毎日の薬と、週に何回かの通院のままだけどね。

親父、長生きしてくれな。俺も大学を卒業し仕事に就く事が出来て、今まで出来なかった親孝行がやっと出来るようになったんだからさ。

俺が仕事に行く時、わざわざ玄関まで来なくたっていいよ。欲しい物があったら何でも言ってくれよ。

体が辛くなったらすぐ言ってくれよ。気なんか遣わなくていいんだからさ…。

最後に、面と向かっては言えないからここで言わせてくれ。

こんな馬鹿息子で本当にごめん…ありがとう。

関連記事

桜

桜色の約束

かつて、自分を嫌な人間だと思い込んでいた僕がいました。 僕には自信がなく、容姿にも、頭の良さにも恵まれていなかった。それでいて、人を欺くことを厭わない小心者でした。 誰も…

スケッチブック(フリー写真)

手作りのアルバム

うちは貧乏な母子家庭で、俺が生まれた時はカメラなんて無かった。 だから写真の代わりに、母さんが色鉛筆で俺の絵を描いてアルバムにしていた。 絵は決して上手ではない。 た…

サイコロ(フリー写真)

あがり

俺は小さい頃、家の事情でばあちゃんに預けられていた。 当初は見知らぬ土地に来てまだ間も無いため、当然友達も居ない。 いつしか俺はノートに、自分が考えたすごろくを書くのに夢中…

雲海

空の上の和解

二十歳でヨーロッパを旅していた時の実話です。ルフトハンザの国内線でフランクフルト上空にいた時、隣に座ったアメリカ人の老紳士に話しかけられました。日本の素晴らしさについて談笑していると…

カップル(フリー写真)

大好きだった彼

あれは今から1年半前。大学3年になりたての春。 大学の授業が終わり、帰り支度をしている時に携帯が鳴った。 着信画面を見ると、彼の親友でした。 珍しいなと思って電話に出…

街の夕日(フリー写真)

人とのご縁

自分は三人兄弟の真ん中として、どこにでもある中流家庭で育ちました。 父はかなり堅い会社のサラリーマンで、性格も真面目一筋。それは厳格で厳しい父親でした。 母は元々小学校の教…

日記帳(フリー写真)

天国の恩人

私はキャバクラ嬢でした。 家がとても貧乏で、夜に働きながら大学へ行きました。 そんな私の初めてのお客様。 Yさん、70歳のお爺ちゃんです。 彼はとても口下手で、…

家族の手(フリー写真)

いつかの日曜日

私が4歳の時、父と母は離婚した。 当時は祖父母と同居していたため、父が私を引き取った。 母は出て行く日に私を実家へ連れて行った。 家具や荷物が沢山置いてあって、叔母の…

夫婦の手(フリー写真)

23年間のリセット

俺と嫁は、高校の時からの付き合いだった。 付き合った切っ掛けは、同じ委員会に所属したこと。 高校の文化祭で、俺と嫁は同じ仕事をした。 準備から事後まで、約一ヶ月間同じ…

父の日のプレゼント(フリー写真)

見知らぬおじさん

私には妻が居たが、一人娘が1歳と2ヶ月の時、離婚することになった。 酒癖の悪かった私は暴力を振るうこともあり、幼い娘に危害が及ぼすことを恐れた妻が、子供を守るために選んだ道だった…