懸命に育ててくれた母
母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。球場の外のベンチで弁当を食べた日、電車で涙を流した母に私は「楽しかったよ」と言った。懸命に育ててくれた母が最期に残し…
母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。球場の外のベンチで弁当を食べた日、電車で涙を流した母に私は「楽しかったよ」と言った。懸命に育ててくれた母が最期に残し…
淡路島・江井の線香屋の家で、五つの長女が母の車に覚えたてのひらがなを刻みました。釘だと思っていた傷の幅は、私が胸ポケットに入れていた歯の欠けた櫛と、ぴたりと同じ…
書道教室の秋の課題は、自分らしく生きる言葉を半紙に一枚書くこと。いつも「平気」としか書かない小学五年のソウタと、「大丈夫」が口癖の私。書き損じの紙の裏に小さく残…
四日市の社宅で母が作っていたミートソース。レシピを聞かないまま母を見送った兄弟が、父のひとことをきっかけに四日間かけてその味を追いかけました。缶の内側に残ってい…
妻がいなくなって二日目の夜、私は台所の付箋を数えた。十一枚あり、どれも右下の角が小さく折ってあった。剥がす人のことを考えて貼る人だったのだ。三日目の朝、出汁パッ…
長崎・波佐見の窯場の町で、小学四年だった私は店先のブリキの消防車を盗みました。その年の誕生日、父が押入れの奥の紙袋から出したのは、まったく同じ品でした。底に並ん…
松江の実家のガラスのショーケースには、三十年前からただの小石が千代紙の上に飾られていた。弟ばかり愛されていると思って育った私は、その石を弟のものだと決めていた。…
日雇いの休憩室で出会った、白髪の五十代の男性。ありがとうが言えずに家族と離れた彼が、胸ポケットの手帳で毎晩練習を重ね、四月の電話で大学生の僕に果たした、おじさん…
いつも肌色の湿布をくれるばあちゃんを、私はうとましく思っていた。受験の冬に湿布の束を断った私のもとへ、半年後に訃報が届き、母が台所で泣きながら告げた本当の理由。…
七歳の日曜日、継母と二人きりで出かけた動物園で、私は亡き母と同じ味のおにぎりを口にして泣いた。動物園のおにぎりに隠れていた、夜中の台所の灯りと一冊の大学ノートの…
入院の前に一枚だけ撮った家族写真を、父は最後まで見ようとしませんでした。病院から荷物を引き揚げた日、その台紙は何十年も前の物のように白く曇っていたのです。写真の…
福井・鯖江の眼鏡フレーム工場で、削りの音だけを頼りに生きてきた父親の話です。三歳の娘の難聴を告げられた冬、家じゅうの戸がいつも五センチだけ開けてあった理由と、台…
千葉の社宅で、妻と並べたテーブルのお皿は二枚だった。娘の景子が産まれて三枚、康平が産まれて四枚。景子が三つの冬に縁を欠いたお皿を、彼女はいつも欠けた側を自分に向…
海外暮らしの二年目、夫が突然言い出した番犬の話。羊の丘の農場で、母犬に世話をされず、半値の札をつけて壁際に座っていた部屋の隅の子犬を連れ帰った。洗濯機の隙間で明…
じいちゃんが亡くなってから、泊まりに通う祖母の家でもらうポチ袋の宛名は「祖母」一人になった。仏壇の引き出しに残っていた「祖父」の二文字で止まった書き損じの袋と、…