
花ちゃんに初めて会ったのは、四月の二日目だった。
始業式が終わり、教室がまだ春の匂いをしていた日。
転校生が来ると聞いていたから、私は朝から少し気を張っていた。
石川花と書いて、はなと読む。
七歳で、髪の毛を二本の三つ編みにしていた。
教室の入口で立ち止まって、「よろしくお願いします」と言ったきり、俯いてしまった。
給食の時間が来て、花ちゃんはランドセルの中を何度もまさぐっていた。
うちのクラスは、月曜だけ給食で、それ以外は弁当持参だと伝え忘れていたことに、私はそこで気づいた。
「先生の勘違いだった。ごめんね」
そう言ったら、花ちゃんは首を振った。
「ちがう。お家に弁当が、なかった」
担任をして十年になるが、あの言葉の意味を聞き取るのに、一瞬かかった。
お家に弁当が、なかった。
家庭訪問の記録を見返すと、花ちゃんの母親は一人で花ちゃんを育てていた。
朝の六時には工場に出て、帰宅は夜の七時を過ぎることが多い。
昨夜、夕食の準備が精一杯で、朝の弁当まで手が回らなかった。
花ちゃんはそれをわかっていて、黙っていた。
私は自分のアルミの弁当箱を開けて、おかずを半分取り分けた。
「先生と一緒に食べよう」
花ちゃんは小さな声で「ありがとうございます」と言って、箸を持った。
食べ終わった後、「たまごやき、おいしかった」と教えてくれた。
それだけだった。
それだけのことが、どうしてこんなに胸に残るのか、私には今でもうまく説明できない。
※
次の日から、私は少し多めに弁当を作るようにした。
特に打ち合わせはしていない。
ただ、前の晩に夕食の残りをあと少しだけとっておいて、翌朝もう一仕切り多い弁当箱に詰めた。
花ちゃんは最初の三日間、何も言わなかった。
ただ、弁当箱を受け取る時の顔が、少しずつ変わっていった。
入学式の日のように俯いてはいなかった。
ちゃんと私の顔を見て、両手で受け取るようになっていた。
一週間が過ぎた頃、花ちゃんが給食の時間に言った。
「先生、今日のから揚げ、昨日のより柔らかかった」
「昨日は揚げすぎた。ごめんね」
「ううん。両方好き」
また別の日には、蓋を開けるなり「玉子焼きが三角だ」と言って笑った。
「型を持ってないから」と答えたら、「先生の玉子焼きはいつも形がちがう」とまた笑った。
たまに四角で、たまに三角で、たまに崩れている。
それが気に入っているらしかった。
五月が終わる頃には、花ちゃんがクラスの女の子たちと一緒に帰るようになっていた。
転校してきた日に俯いていた子が、今は名前を呼ばれて走っていく。
その後ろ姿を見送りながら、私はこの仕事を選んで良かったと思った。
そういう瞬間が、教師を十年続けさせてきた。
五月の終わりに、花ちゃんがこう言った。
「先生の弁当箱、お母さんのと同じ色だ」
私の弁当箱は、青いアルミ製だ。
蓋のへりが少し錆びていて、口が閉まるゴムのパッキンがへたっている。
十年以上使っている。
買い替えようと何度か思ったが、なぜかそのままにしていた。
「お母さんも青い弁当箱?」
「うん。前のおうちの台所の引き出しにある。今は使ってないやつ」
使われなくなった弁当箱が、台所の引き出しにある。
その言葉が、しばらく頭の中に残った。
※
盛岡の実家に、同じ色の弁当箱があった。
母が小学校から中学の頭まで、私のために毎朝詰めてくれていた弁当箱だ。
アルミ製で、青くて、蓋にうっすら私の名前の傷が残っている。
里子、とひらがなで。
たぶん、消しゴムの角で引っかいたものだと思う。
母の弁当には、季節の花が入っていることがあった。
春は庭先で摘んできたすみれを、散らし寿司の上にそっと置いてあった。
夏には茗荷の花、秋にはコスモス。
蓋を開けるたびに小さな庭がそこにあって、私はそれが恥ずかしいような、でも少し誇らしいような気持ちで眺めていた。
友達に見せたくなかったし、でも友達に見せたかった。
あの弁当の蓋を開ける時の匂いを、三十六歳になった今でも覚えている。
米の蒸気と、出汁の匂いと、醤油が少しだけ焦げたきんぴらの匂い。
それが母の台所の匂いだった。
中学に上がった春、私はその弁当箱を断った。
「もういらない」
「コンビニで買う」
「手弁当なんて、中学生が持ってくるものじゃない」
母は何も言わなかった。
「そうか」とだけ言って、台所に戻った。
その背中が今でも目に浮かぶ。
振り返らなかった。
でも、足が一瞬だけ止まった気がした。
それから私は弁当を持っていかなくなった。
高校でも、大学でも、就職してからも。
東京に出てきてからは、ますます手弁当から遠ざかった。
コンビニで買うのが当たり前になって、それを疑問に思ったことも、しばらくはなかった。
お昼のおにぎりを食べながら、あの弁当箱のことを思い出すことはなかった。
少なくとも、意識の上では。
でも十年以上使ってきた私のアルミの弁当箱が、今でも青いままである理由を、私は自分でうまく説明できない。
※
六月の初めに、花ちゃんの母親が学校に来た。
石川美代さんといって、三十三歳だという。
仕事を少し抜けてきたと言いながら、制服のまま職員室に入ってきた。
「先生、あの子から話を聞きまして」
深々と頭を下げた。
「本当に助かりました。なんとお礼を言えばいいか」
私は首を振った。
「私も楽しくて。花ちゃんが毎朝喜んでくれるから、続けられてます」
「でも、先生のご迷惑じゃないですか」
「迷惑なわけないですよ。先生だって一人暮らしだと弁当作るのが億劫で、こうやって誰かのために作ると思うと、ちゃんと起きられる」
それは本当のことだった。
花ちゃんの分があると思うと、前の晩から食材を用意するようになった。
四時半に起きることが億劫でなくなった。
弁当を詰めている時間が、一日の中で一番静かで好きな時間になっていた。
台所に立って、前の晩の残りを一つ一つ詰める。
窓の外がまだ暗くて、鳥がさえずり始める前の、あの時間。
誰かのために作るということが、こんなに温かいものだったとは、三十六年間知らなかった。
美代さんが帰り際に、紙袋を渡した。
「昨晩作ったものです。口に合うかどうかわかりませんが」
中には、プラスチックの保存容器が二つ入っていた。
一つにはきんぴらごぼう、もう一つには煮卵が三つ。
付箋に、「先生へ。いつもありがとうございます。石川美代」とだけ書いてあった。
その夜、私はきんぴらごぼうをつまみながら、電話を見ていた。
最後に盛岡に帰ったのは、去年の正月だった。
母は変わらず、台所に立っていた。
正月の朝には雑煮を作って、昼にはほっけを焼いて、夕方には芋煮を鍋ごと出してきた。
私は食べながら「うまい」とだけ言って、スマートフォンをいじっていた。
母は「そうか」とだけ言って、また台所に戻っていった。
いつもそうだった。
母は作って、私は食べて、「ありがとう」を言わないままでいた。
「ありがとう」を言うのが、照れくさかった。
いつの間にか、言い方を忘れていた。
きんぴらごぼうを箸でつまみながら、思った。
美代さんは昨晩、これを作った。
仕事から帰ってきて、疲れていたはずなのに、私のために一品多く作った。
私の弁当箱の青を、娘が覚えていたから。
私の母も、そういう人だった。
庭のすみれを摘んで、散らし寿司の上に置いた人だった。
里子、と弁当箱に刻んだ人だった。
「もういらない」と言われた時、足を一瞬止めた人だった。
私は電話を取り上げた。
画面に、お母さんと表示された名前を押した。
呼び出し音が三回鳴った。
四回目が鳴る前に、繋がった。
「もしもし、里子か」
「うん。お母さん、今大丈夫?」
「なんも、ちょうど台所にいた」
少し間が空いた。
何を言おうかと考えていたわけでもないのに、言葉が出てこなかった。
「来月、帰ろうかなって思って」
「そうか。いつ頃だ」
「お盆の前。一週間くらい」
「ああ、いつでもいい」
また少し、間が空いた。
今度は、私が先に口を開いた。
「お母さん、弁当作ってもらえる?」
電話の向こうが静かになった。
三秒か、四秒か。
母が「え」とも「なんで」とも言わなかったのは、聞き間違えたのかもしれないと思ったくらいだった。
「学校の帰りに食べながら来たくて。昔みたいな弁当。すみれとか入ってる」
今度こそ、母は長い間黙っていた。
私は電話を持ったまま、きんぴらごぼうの容器を見ていた。
食べかけのまま、蓋が開いていた。
やがて母が言った。
「さっき作ったとこだ」
「え?」
「里子の好きなきんぴら。さっき詰めたとこだ」
何を言っているのかわからなかった。
「来月って言ったばかりじゃない。なんで」
「なんもなあ」と母は言った。
「なんとなくだ」
※
電話の向こうで、何かを詰める音がした。
アルミの蓋が閉まる、かちん、という音がした。
私はそれを聞きながら、声が出なくなった。
きんぴらごぼうの匂いが、鼻の奥に残っていた。
美代さんが昨晩作った、柔らかく甘辛い匂い。
母がいつも作ってくれていた、あの匂いと、どこか似ていた。
「里子、聞こえてるか」
「うん」
声が少し震えた。
「来月、帰る」
「ああ。待ってる」
電話を切った後、部屋に誰もいないのを確認してから、私は少し泣いた。
こっそり、声を出さないように。
そういう泣き方しか、もう知らない気がした。
翌朝、花ちゃんに弁当を渡した時、私のアルミの弁当箱が目に入った。
青くて、錆が浮いて、里子とひらがなで傷がついた弁当箱。
このままでいいと思った。
買い替えなくていいと思った。
花ちゃんが弁当箱を開けて、「今日は玉子焼き四角だ」と言った。
「頑張った」と答えたら、「えらい」と返ってきた。
担任を七歳の子にえらいと言われた朝だった。
盛岡に帰る日まで、あと三十二日ある。
母が蓋を開けるのを待ちながら、弁当を詰めるだろう。
すみれはもう季節が過ぎているかもしれないけれど、母なら別の何かを入れてくれる気がした。
庭にあるものを。
季節にあるものを。
里子のために、とっておいたものを。
そう思いながら、私は今夜の夕食の残りをとっておくことにした。
明日の朝、もう一仕切り多く詰める。
花ちゃんのために、と思って始めたことが、いつの間にか母のことを思い出させてくれた。
弁当箱の青が、つないでいたのかもしれなかった。