裏返しの海苔と遠足の朝

雪明かりの台所で結ぶおにぎり

妻が、手を止めて私の手元を見た。

娘の弁当におにぎりを握っていた、土曜の朝のことだ。

「それ、なんで裏返しなの」

言われて、自分の指先を見た。

海苔のざらざらしたほうが、外を向いていた。

つるりとした面が、白い米に貼りついている。

裏返しの海苔だ。

教わった覚えは、ない。

覚えがないのに、私の手だけがその巻き方を知っていた。

そんなふうに海苔を巻く人を、私は一人しか知らない。

祖母だ。

「下手なんだよ、俺は」

そう答えて、残りの二つも同じように巻いた。

そのときはまだ、本気でそう思っていた。

祖母の家は、新潟の県境に近い桑取という町にある。

冬になると、玄関の戸が半分ほど雪に埋まる。

朝いちばんに、祖母が木の柄のスコップで戸の前を掘った。

ざく、ざく、という音で私は目を覚ました。

私が祖母の家で育ったのは、母が町を出たからだ。

父のことは写真でしか知らない。

母は隣の県の食品工場に住み込みで入っていて、盆と正月にだけ帰ってきた。

だから私にとって、台所に立つ背中といえば祖母の背中だった。

小さくて、少し左に傾いでいた。

祖母は毎朝、四時半に起きた。

私が起きる頃には、味噌汁の匂いが二階まで上がってきている。

台所は板張りで、冬は足の裏が痛くなるほど冷たかった。

祖母の手は、いつも荒れていた。

指の関節のところが割れて、絆創膏が巻いてある。

その指で私の頭を撫でると、髪が引っかかった。

雪の日の朝には、私の長靴に新聞紙が詰めてあった。

前の晩に濡れたのを、祖母がストーブの脇で乾かしておくのだ。

足を入れると、まだほんのり温かい。

私はそれを当たり前だと思って、礼も言わずに学校へ行った。

家には柱時計があって、三十分ごとに鳴った。

祖母はその音で動く人だった。

鳴ると立ち上がり、鳴ると火を止める。

私が宿題をしているあいだ、祖母は繕い物をしながら同じ部屋にいた。

何を話すでもない。

ときどき、糸を歯で切る音がした。

その台所のまな板の脇に、いつも湯呑みが置いてあった。

水が半分だけ入った、藍色の湯呑みだ。

祖母が飲みかけて置いたものだと、私は思っていた。

一度、その水を飲もうとして叱られたことがある。

「それは飲むもんじゃねえすけ」

祖母は、めったに大きな声を出さない人だった。

その一言だけが、妙に耳に残っている。

湯呑みの水は、毎朝きちんと替えられていた。

夏でも冬でも、半分だけ。

私はそれを、ただの癖だと思って三十年生きてきた。

山の上で開けた包み

祖母のおにぎりは、いつも白かった。

海苔が巻いていない。

塩をつけたものと、たまに味噌を塗って焼いたもの。

それだけだった。

家で食べているぶんには、何とも思わなかった。

おかしいと気づいたのは、小学二年の遠足の日だ。

前の晩、祖母は縁側でリュックに雨具を詰めていた。

「明日は何時に出るがん」

「八時。集合、学校」

「弁当は、いつものでいいかね」

「うん」

そのときの私は、まだ何も知らない。

山の中腹の広場に着いて、みんなで輪になって弁当を開いた。

風が出ていて、包み紙がめくれて飛びそうになった。

隣に座った子の包みから、黒いおにぎりが出てきた。

その隣の子のも、黒かった。

向かいの子のは、海苔で全部をくるんだ、まっ黒なやつだった。

私の包みの中だけが、白かった。

雪みたいに白い三角が、二つ並んでいた。

先生が、班ごとに写真を撮ると言って回ってきた。

みんなが弁当を持ち上げて、カメラのほうへ向けた。

私は自分の包みを、少しだけ膝の陰に寄せた。

「おまえんち、海苔ないの」

誰かがそう言って、何人かが笑った。

悪気があったとは思わない。

ただ、その日の帰りのバスで、私は窓の外ばかり見ていた。

家に着くと、祖母が土間で長靴を洗っていた。

「どうだったね、山は」

「別に」

「弁当、食ったかね」

私は空になった包みを押しつけるように渡した。

そして、言った。

「ばあちゃんのおにぎり、手抜きだ」

祖母は、長靴を持ったまま私を見た。

それから、ゆっくり水を止めた。

「そうかね」

それだけだった。

怒られると思っていた私は、拍子抜けした。

拍子抜けして、少し、いい気になった。

今でもあの日の土間の匂いを覚えている。

濡れたゴムと、泥と、たきぎの煙が混ざった匂いだ。

その匂いを思い出すたび、私は自分の声も一緒に思い出す。

子どもの、高くて、遠慮のない声だ。

次の遠足から、私のおにぎりには海苔が巻かれるようになった。

包みを開けたとき、私は少し得意な気持ちになった。

これでみんなと同じだ。

そう思って手に取って、すぐに気づいた。

手ざわりが、ちがう。

みんなのおにぎりの海苔は、指がつるりと滑る。

私のは、ざらついていた。

裏返しだった。

海苔には表と裏がある。

つるつるして艶のあるほうが表で、繊維の筋が立っているほうが裏だ。

祖母は、その裏を外側にして巻いていた。

おまけに、幅が細い。

みんなのは一枚をそのまま使っている。

私のは帯みたいに細い海苔が、ぐるりと一周しているだけだった。

「へんなの」

前の席の子が、覗きこんで言った。

私は笑ってごまかした。

その夜、台所で祖母に言った。

「ばあちゃん、海苔、裏だよ」

「ああ」

「逆だって。つるつるのほうが外」

「そうかね」

「下手くそ」

祖母は鍋を洗いながら、うん、と言った。

否定も、言い訳もしなかった。

それきり、私は言うのをやめた。

言っても直らないのだから、言うだけ無駄だと思った。

祖母は、細くて短い海苔を、毎朝毎朝、裏返しに巻き続けた。

私が家を出るまで、ずっとだ。

小学校の遠足も、中学の部活の朝も、高校の補習の日も。

私の弁当の隅には、いつも裏返しの海苔のおにぎりが入っていた。

裏返しの海苔を切る朝

中学に上がってからは、朝練のために五時半に起きた。

降りていくと、祖母はもう台所にいる。

手元を覗いたことがある。

まな板の上に海苔を一枚のせて、包丁でまっすぐ縦に切っていた。

切った一枚を、また半分にする。

「なんでそんな細くすんの」

「このくらいがええがん」

「全部巻いたほうが、うまいのに」

「そうかね」

祖母の返事は、いつも同じだった。

そうかね、と言って、手は止めない。

中学三年の入試の日のことは、よく覚えている。

その朝、私が起きたときにはもう、家じゅうに灯りがついていた。

祖母は三時から起きていたらしい。

膳に、小豆を入れた飯が出ていた。

「験担ぎだすけ」

「俺、小豆きらい」

「知っとる」

祖母は、私の嫌いなものをちゃんと知っていた。

知っていて、その日だけは出した。

弁当の包みを渡されるとき、祖母は珍しく念を押した。

「ゆっくり食えや」

「わかってるって」

「ゆっくりだすけ」

二度言われたことが、少し引っかかった。

引っかかったまま、私は試験会場へ行った。

昼に包みを開けると、おにぎりが三つ入っていた。

海苔は、いつもより細い帯になっていた。

もうひとつ、不思議なことがあった。

ばあちゃんは、近所の店では海苔を買わなかった。

歩いて三分のところに小さな商店があるのに、わざわざバスに乗って町まで出る。

雪の日も行った。

一度、バスが遅れて、帰りが暗くなったことがある。

玄関で迎えた私は、腹が減っていて機嫌が悪かった。

「海苔くらい、下の店でいいろ」

「あそこのは、ちょっとちがうがん」

「どこがちがうんだよ」

祖母は、濡れた肩を手ぬぐいで拭きながら笑った。

「まあ、ちょっとね」

年寄りには年寄りのこだわりがあるのだと、私は思った。

それきり、訊かなかった。

祖母には、もうひとつ変わったところがあった。

私が食べ終わるまで、自分の箸を持たない。

膳の前に座って、両手を膝に置いて、私が食べるのを見ている。

「ばあちゃんも食えや」

「あとで食うすけ」

「冷めるよ」

「冷めてもうまいがん」

高校生になると、それが少し重たくなった。

見られていると、味がわからない。

「見んなや」

そう言ったこともある。

祖母は、すまんね、と笑った。

それでも膝に手を置いたまま動かなかった。

視線は、私の顔のあたりにあった。

正確には、もう少し下だったと思う。

私が飲み込むたびに、祖母の喉も一緒に動いていた。

そのことに、私は当時まったく意味を見つけなかった。

年寄りは孫が食べるのを見るのが好きなのだ、くらいに思っていた。

思春期の私は、祖母にろくな口をきかなかった。

母が帰ってこない理由を祖母に当たったこともある。

祖母は言い返さなかった。

ただ、次の朝も四時半に起きて、味噌汁を作っていた。

高校を出て、私は東京の大学に行った。

出ていく朝、祖母は台所で包みを作っていた。

「持ってけ」

「いい。駅で買うから」

私は本当にそう言って、受け取らずに家を出た。

新しい生活のことで頭がいっぱいだった。

玄関を出るとき、祖母が包みを持ったまま土間に立っていたのを、私は見ている。

見ていて、振り返らなかった。

あれから二十年以上が過ぎた。

私は今、埼玉の郊外で小さな塾の講師をしている。

中学生に英語を教えて、夜の十時に自転車で帰る。

妻と、五歳の娘がいる。

祖母の家には、年に一度か二度しか帰らない。

帰れば祖母は喜ぶし、私も安心する。

それで済ませてきた。

おにぎりのことなど、思い出しもしなかった。

半分に切ってある袋

祖母の手が震えていると気づいたのは、三年前の秋だった。

久しぶりに一人で帰って、居間でお茶を飲んでいたときだ。

祖母が湯呑みを持ち上げると、表面の茶が細かく波打った。

こぼれはしない。

ただ、止まらない。

「病気じゃねえがん」と祖母は言った。

「年だすけ、こうなるがん」

医者には、手の震えだと言われたらしい。

放っておいていいものだ、とも。

ただ、包丁は持てなくなった。

茄子を切ろうとして、まな板の端を削ったことがある。

それから祖母は、自分で台所に立つのをやめた。

「もう、握れんくなったすけ」

そう言って、祖母は自分の手のひらを見ていた。

その夜、祖母は炬燵に足を入れて、昔の話を少しした。

母が家を出た冬のこと。

私が幼稚園で初めて名前を書けた日のこと。

「あんたは、小さいとき、よう熱を出した子でね」

「そうだっけ」

「うん」

祖母はそこで少し黙った。

それから、湯呑みの茶を見て、話を変えた。

「今年は雪が早いって、テレビで言うとったよ」

私は、そうなんだ、とだけ答えた。

年寄りの話は、いつもそうやって途中で折れる。

そういうものだと思っていた。

近所の人が惣菜を届けてくれる。

町の配食も週に三度来る。

暮らしは回っている。

私は安心して、台所を片付けることにした。

使われなくなった台所は、埃の匂いがした。

油の匂いが抜けた台所というものを、私はそのとき初めて知った。

戸棚を開けた。

いちばん下の段に、海苔の袋が並んでいた。

缶にも入っていた。

私は一枚を取り出して、手が止まった。

縦半分に切ってあった。

次の袋も、その次の袋も、全部そうだった。

切り口は、はさみで切ったにしてはまっすぐすぎる。

定規でも当てたような線だった。

私は袋を裏返した。

何か書いてあるのではないかと思った。

日付とか、名前とか、そういうものだ。

何もなかった。

引き出しも開けた。

手紙も、メモも、出てこない。

出てきたのは、輪ゴムと、洗濯ばさみと、藍色の湯呑みだけだった。

私はそれを流しの脇に置いて、東京へ帰った。

そのときは、何もわからなかった。

わからないまま、二年が過ぎた。

娘が咳きこんだ夜

先月のことだ。

夕飯のあと、娘が急に咳きこんだ。

手巻き寿司の残りの海苔を、そのまま口に入れたらしい。

顔がみるみる赤くなって、目に涙が溜まった。

私は考える前に動いていた。

コップの水を娘の口元に運んで、片手で背中を支えた。

一口含ませて、それから指を入れて、上顎に貼りついた海苔を剥がした。

湿った海苔は、薄い膜のようになって指先についてきた。

指が触れた瞬間、娘の舌が驚いて動いた。

私はその動きを、指の腹で知っていた。

いつどこで覚えたのか、まるで思い出せない。

娘は大きく息をして、それから泣いた。

妻が抱き上げて、背中をさすった。

私はその場に座ったまま、自分の指を見ていた。

「すごいね、手慣れてる」と妻が言った。

笑わせようとして言ったのだと思う。

それから、思い出したように付け足した。

「そういえばあなた、海苔のもの食べるとき、必ず先に水飲むよね」

私は顔を上げた。

言われてみれば、そうだった。

海苔巻きでも、おにぎりでも、最初の一口の前に必ず一度、水かお茶を含む。

子どもの頃からの癖だ。

誰にも教わっていない。

その夜、布団に入ってから、私は自分のいちばん古い記憶を思い出していた。

台所ではない。

廊下の突き当たりの、黒い電話機の前だ。

祖母がそこに座っている。

受話器を両手で持ったまま、耳にも当てず、膝の上に置いて座っている。

いつのことなのかわからない。

言葉を覚える前の景色みたいに、輪郭がぼやけている。

私はその記憶を、ずっと夢か何かだと思っていた。

翌朝、祖母に電話をかけた。

祖母は三回目のコールで出た。

「どうしたね、こんな朝に」

「いや、別に」

「みおちゃん、元気かね」

「元気。昨日、海苔詰まらせて泣いてたけど」

受話器の向こうが、静かになった。

息を吸う音が聞こえた。

「大丈夫かね」

「うん。水飲ませて、指で取った」

「そうかね」

いつもの、そうかね、だった。

けれど声の高さが、いつもとちがった。

「ばあちゃん」

「ん」

「なんで海苔、裏返しに巻いとったん」

祖母は、少し間を置いてから言った。

「そっちのほうが、剥がれるすけ」

それだけだった。

そのあと祖母は、雪がまだ降らないという話を少しして、電話を切った。

藍色の湯呑みの水

海苔の裏は、繊維が立っている。

水にくぐらせて外に向けて巻けば、口の中で滑らない。

貼りつかずに、端からほどけていく。

縦半分の幅なら、噛んだときに丸まらない。

先に水を含んでいれば、なおいい。

薄い海苔なら、もっといい。

あの店の海苔は、薄いのだ。

祖母がバスに乗って買いに行っていたのは、それだった。

私はそれを、五歳の娘の口に指を入れながら、頭ではなく体のほうで先に理解していた。

白いおにぎりだった七年間のことも、それでわかった。

祖母は、私に海苔を食べさせていなかったのだ。

言葉を覚える前の私に、何かがあったのだと思う。

電話機の前で受話器を持ったまま座っていたあの景色が、何の日のものだったのか。

訊いていない。

訊かなくても、もういい気がした。

そして祖母は、私が土間で手抜きだと言った、その次の遠足から巻きはじめた。

やめておけばよかったのだ。

白いままでよかったのだ。

祖母は、危ないほうを選んだ。

孫が輪の中で恥をかかないほうを選んで、自分の朝に手順を増やした。

バスに乗って、薄い海苔を買う。

水を汲む。

包丁で縦に半分に切る。

一枚をくぐらせる。

裏を外にして、細く巻く。

それから、私が食べ終わるまで箸を持たずに座っている。

十一年だ。

小学二年の秋から、私が包みを受け取らずに家を出た朝まで、毎日それをやっていた。

まな板の脇の湯呑みは、飲みかけではなかった。

祖母は、私の喉を見ていた。

先週、家族で祖母のところへ行った。

台所を貸してくれと言うと、祖母は、好きにしれ、と笑った。

私は米を炊いて、おにぎりを握った。

戸棚の海苔は、まだ半分に切ったものが残っていた。

藍色の湯呑みに水を汲んで、まな板の脇に置いた。

一枚をくぐらせて、裏を外にして巻いた。

裏返しの海苔だ。

祖母のぶんと、娘のぶんと、妻のぶんと、私のぶん。

四つ並べて、居間に運んだ。

祖母は皿を覗きこんで、それから私の顔を見た。

「上手いこと巻くねっか」

「下手だよ」

「そうかね」

祖母は震える手で、ゆっくり持ち上げた。

私は箸を持たずに、その様子を見ていた。

娘が横で、大きな口を開けて食べていた。

娘の皿の上で、ざらざらしたほうが外を向いていた。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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