渡せなかった婚約指輪と真鍮の輪

渡せなかった婚約指輪と真鍮の輪

三年経っても、箱を開けられません

三年経ちましたが、私はまだ、あの指輪の箱を開けられずにいます。

道具箱のいちばん下の引き出しに、布に包んだまま入れてあります。

中身がどんなものかは、自分で作ったのですから、目をつぶっても言えます。

それでも、開けられません。

※

甲府で、石を留めるということ

私は、山梨の甲府で、指輪に石を留める仕事をしています。

甲府は、もともと水晶の産地でした。山から出た水晶を磨く職人がいて、そこから宝飾の町になりました。

いまはもう水晶は出ませんが、研磨と石留めの工房が、住宅街の中にいくつも残っています。

看板を出していない家がほとんどです。表から見ると、ただの二階建ての家に見えます。

私が入った工房も、そういう家でした。親方と、職人が三人。それだけの小さなところです。

石留めというのは、地金に爪を立てて、その爪を石の腰に倒して押さえる仕事です。

爪の高さが〇・一ミリ違うだけで、石の見え方が変わります。倒しすぎれば石が欠け、足りなければ落ちます。

顕微鏡を覗きながら、一日中、細い鏨で金属を押しています。

肩から先が、いつも痺れていました。

※

彼女と会ったのは、工房の前の坂道でした

彼女と会ったのは、工房の前の坂道でした。

夏でした。甲府の夏は、盆地なので風がありません。アスファルトから湯気が出ているような暑さです。

自転車のチェーンが外れて往生している人がいて、それが彼女でした。

私が指を油だらけにして直していると、彼女が私の手を見て言いました。

「その指、なんかの仕事の指ですね」

爪のまわりに、研磨剤の黒い粉が入り込んで、洗っても落ちなくなっていたのです。

私は少し恥ずかしくなって、手を後ろに回しました。

「きれいだと思います」

と、彼女は言いました。

そんなことを言われたのは、初めてでした。

※

桃の直売所と、匂いの話

彼女は、市内の眼鏡店で働いていました。

休みが合うのは、月に二日ほどです。その二日は、たいてい甲州街道沿いの直売所へ行きました。

夏は桃、秋はぶどう。買うわけでもないのに、並んでいる箱を見て回るのが好きな人でした。

「これ、いちばん高いやつ」

「へえ」

「見るだけ。買わないよ」

そう言って、結局は割れた桃を安く分けてもらって帰るのです。傷ものの桃は、その日のうちに食べないといけません。二人で、流しの前に立って、皮も剥かずに食べました。

汁が手首まで垂れて、彼女が笑っていました。

あるとき、私の作業着に顔を近づけて、彼女が言いました。

「この匂い、好き」

研磨剤と、金属と、油の匂いです。褒められるようなものではありません。

「くさいやろ」

「ううん。仕事してる人の匂い」

私は、それから作業着を洗う回数が減りました。単純な男です。

※

彼女は、右の薬指に真鍮の輪をはめていました

付き合いはじめて半年ほど経った頃から、彼女は、右の薬指に真鍮の輪をはめるようになりました。

金でも銀でもありません。値打ちのない、練習用の輪です。

私たちの仕事では、見習いのうちに、真鍮でサイズ直しの練習をします。切って、詰めて、また繋ぐ。何十本もだめにします。

「それ、どこで」

と訊いたら、彼女は笑いました。

「拾った」

「拾ったって」

「工房のごみ箱」

私が最初の年に作り損ねて捨てた輪でした。継ぎ目が歪んでいて、内側に工具の傷が残っています。

「そんなもん、はめんといて」

と私は言いましたが、彼女は外しませんでした。

お風呂に入るときも、寝るときも、はめていました。

指の付け根に、うっすらと緑の跡がつくのに、外しませんでした。

※

道を歩くとき、彼女はいつのまにか右側にいました

もうひとつ、彼女には癖がありました。

彼女は、道を歩くとき、いつのまにか私の右側に立っていました。

私が気をつけて左右を入れ替えても、しばらく歩くうちに、また右にいます。

「なんで右がええの」

「右のほうが、顔がよく見えるから」

そういう、いい加減な理由を言う人でした。

私は、それを信じていました。

※

石を一つ、飛ばした夜

見習いの二年目に、大きな失敗をしたことがあります。

客から預かった指輪の石を、留め直しの最中に欠けさせてしまいました。

親方は、何も言いませんでした。ただ、私の顕微鏡の位置を黙って直して、自分で留め直しました。

その夜、私は彼女に電話をして、辞めるかもしれない、と言いました。

彼女は、少し黙ってから言いました。

「明日、何時に起きるの」

「四時半」

「じゃあ、いま寝たほうがいいよ」

それだけでした。慰めも、励ましもありません。

私は腹が立って、電話を切りました。

翌朝、玄関に紙袋が下げてありました。中に、おにぎりが二つ入っていました。彼女の家からは、自転車で二十分かかります。

私は工房へ行きました。

あのおにぎりがなければ、いまの仕事はしていなかったと思います。

※

誕生日の前の日に、指輪を作りました

三年前の秋、私は彼女の誕生日に合わせて、指輪を作りました。

地金は自分で挽いて、石は親方に頼んで、卸から回してもらいました。

爪は四本にしました。六本のほうが安全ですが、彼女の指は細くて、六本だと石が沈んで見えるのです。

四本で、爪の高さを〇・二ミリ落として、石が浮いて見えるようにしました。

顕微鏡を覗いて、その一本目の爪を倒したときのことを、いまでも覚えています。

手が震えて、一度、鏨を置きました。

誕生日の前の日に、私はプロポーズをしました。

彼女は、笑って、こう言いました。

「誕生日のプレゼントと婚約指輪、一緒にしちゃっていい?」

私は、いいよ、と答えました。

そのほうが節約になるね、というような、軽い冗談として受け取りました。

渡すのは翌日にしようと、二人で決めました。

※

あの夕方

その日の夕方、私たちは私の家へ帰る途中でした。

腕を組んで歩いていました。

後ろから、聞いたことのない音がしました。

気づいたとき、右側にいたはずの彼女がいませんでした。

脇見をしていた車でした。

腕を組んでいたのに、彼女だけが、そこにいませんでした。

私は、抱き起こしました。

彼女が、小さな声で言いました。

「ごめんね」

意識があるのかないのか、わからないような状態なのに、彼女は必死で私の首にしがみついてきました。

息のあるうちに、最後に口づけができたことが、せめてもの救いでした。

※

病院の廊下

病院の廊下は、明るすぎるほど明るいのに、音がありませんでした。

私は、床のリノリウムの継ぎ目を、ずっと数えていました。数えていないと、何かがこぼれてしまいそうだったのです。

彼女のご両親が着いたのは、それから一時間ほど経ってからでした。

お父さんは、私の顔を見て、一度だけ、私の肩に手を置きました。

何も言いませんでした。私も、何も言えませんでした。

看護師さんが、彼女の持ち物を袋に入れて渡してくれました。

袋の底で、何かが小さく鳴りました。真鍮の輪でした。

そのときは、それがどういう意味の輪なのか、私はまだ知りませんでした。

※

親方が言った、真鍮の輪の意味

葬儀が終わって、しばらく私は工房へ行けませんでした。

ひと月ほど経った頃、親方が家まで来ました。

親方は、無愛想な人です。

三十年、褒め言葉を聞いたことがありません。仕事の直しも、口ではなく手で示す人です。

その親方が、家の玄関先に、傘もささずに立っていました。雨の日でした。

「上がってください」

と言っても、首を振るだけでした。

「濡れとるで」

「ええ」

あとで聞いたのですが、親方は、その一週間前から毎日、家の前まで来ていたそうです。呼び鈴を押せずに帰っていた、と奥さんが教えてくれました。

玄関で、封筒を差し出されました。中に、彼女の真鍮の輪が入っていました。病院で外されて、ご家族から親方に渡ったのだそうです。

親方は、上がりもせずに、こう言いました。

「おまえ、あの輪がなんのためのもんか、知っとったか」

私は、首を振りました。

「真鍮は、金より柔らかい。夏と冬で、指の太さは変わる。あの子は、季節ごとに、あれで自分のサイズを測っとった」

「測って、どうするんですか」

「うちに来て、わしに言うんよ。いまはこれくらいですって」

私は、意味がわかりませんでした。

「一年半、毎月来とった。おまえの休みの日を選んでな」

※

受付簿に残っていた名前

翌週、私は工房の受付簿を見せてもらいました。

持ち込みの修理を受けたときに、名前と品物を書きつける、大学ノートです。

彼女の名前が、一年半、ほとんど毎月ありました。

品物の欄には、いつも同じことが書いてあります。

「サイズ確認」

それだけです。何も預けていません。ただ、指を出して帰っていたのです。

ノートの字は、そのつど親方が書いたものです。彼女の字ではありません。それなのに、頁を繰るたびに、彼女が土間に立って指を出している姿が浮かびました。

私は、そのノートを閉じられませんでした。

彼女は、私がいつか指輪を作ると信じて、そのために、一年半、自分の指のサイズを預けに来ていたのです。

私が最初の一本の爪を倒したとき、寸法がぴったり合っていた理由が、そこにありました。

私は自分の腕がいいのだと思っていました。違いました。

※

「一緒にしちゃっていい?」の意味

親方は、もうひとつ教えてくれました。

石の代金のことです。

私は、そのとき見習いを抜けたばかりで、石の代を月賦で払っていました。半年払いです。

彼女は、それを知っていました。親方が、うっかり口を滑らせたのだそうです。

「誕生日のプレゼントと婚約指輪、一緒にしちゃっていい?」

あれは、節約の提案ではありませんでした。

二つ買わせないための言葉でした。

私に、それ以上、無理をさせないための言葉でした。

言い方が軽かったのは、私に気づかせないためです。

※

もう一本、注文されていた輪

そして、いちばん最後に知ったことがあります。

親方の作業台の引き出しに、甲丸の輪が一本、入っていました。

男物です。石は入っていません。内側に、まだ何も刻まれていません。

彼女が注文していたものでした。

「渡す日を、誕生日の次の日にしてくれ、と言われとった」

彼女は、私がその日にプロポーズするだろうと、見当をつけていたのだと思います。

だから、翌日にしようと言ったとき、あんなに素直にうなずいたのです。

私の指のサイズは、彼女が測っていました。手をつなぐたびに、彼女は私の薬指の付け根を、親指の腹でなぞる癖がありました。

私は、それをただの癖だと思っていました。

※

刻印を入れられないまま

親方は、その甲丸の輪を、私に渡しませんでした。

「代金をもらっとらん。まだ、うちの品や」

そう言って、引き出しに戻しました。

意地の悪い言い方に聞こえるかもしれませんが、そうではないと思います。

いま渡したら、私がそれを指にはめて、二度と外さなくなると、わかっていたのだと思います。

一年経った頃、私は自分で代金を払いました。

親方は、伝票を切りました。品名の欄に「甲丸 二・三ミリ」とだけ書いて、注文主の欄は空けたままにしていました。

その輪の内側には、まだ何も刻まれていません。

刻印は、私の仕事です。細い鏨で、内側に文字を打ちます。日付でも、名前でも、なんでも打てます。

何度か、作業台の前まで持っていきました。

顕微鏡の下に置いて、鏨を持って、そこで手が止まります。

何を打てばいいのか、わかりません。

あの日の日付を打てば、彼女がいなくなった日の記録になってしまいます。プロポーズをした日を打てば、渡せなかったという事実だけが残ります。

結局、白いまま、道具箱に戻します。

親方が一度だけ、後ろを通りかかって言いました。

「打たんでええ。打たんのも、仕事のうちや」

私は、その言葉に救われました。

※

彼女のお母さんが言ったこと

四十九日の日に、彼女のお母さんと少し話しました。

「あの子ね、あの真鍮の輪、お風呂のときも外さなかったのよ」

「はい。知っています」

「指が緑になるからやめなさいって、何度も言ったの。そしたらね」

お母さんは、そこで少し笑いました。

「これは仮の宿だから、って言うの。仮の宿。変な言い方でしょう」

私は、そのときようやく、彼女がどれだけ長いあいだ待っていたのかを理解しました。

仮の宿を、一年半はめ続けていたのです。本物が来る日を、疑いもせずに。

私は、その場では泣きませんでした。帰りの車の中で、コンビニの駐車場に停めて、しばらく動けませんでした。

※

車道側に立つのは、いつも彼女のほうが先でした

右側の話も、あとから母に言われて気づきました。

私たちが歩いていたのは、歩道のない道でした。あの町では、右側が車道側です。

車道側に立つのは、いつも彼女のほうが先でした。

顔がよく見えるからだ、と彼女は言っていました。

そうではありませんでした。

彼女は、私に守られる側に立ったことが、一度もありませんでした。

一年半、指のサイズを預けに通い、代金の心配をし、指輪を先に注文し、そして最後まで、車道側を歩いていました。

私は、何ひとつ、先にしてやれていません。守るつもりでいたのは私のほうで、実際に守られていたのも、私のほうでした。

※

立ち直れる人は、すごいと思います

立ち直れる人は、本当にすごいと思います。

私は、だめです。

三年経ちましたが、いまだに、右側を歩く人と並ぶと、体が固くなります。

彼女のご両親とは、いまも年に二度、お会いしています。お母さんが、必ず桃を送ってくださいます。

去年の夏、お母さんが、こう言いました。

「あなたが幸せになるのを、あの子は待ってると思うよ」

私は、うなずきました。うなずきましたが、まだ、そうはなれていません。

この先も、彼女の思い出と一緒に生きていくのだと思います。

それでかまわないと、いまは思っています。忘れることが立ち直ることなら、私は立ち直らなくてもいいのです。

※

今日も、誰かの指輪の石を留めています

私は、工房に戻りました。

結婚指輪や婚約指輪の注文も、変わらず受けています。

正直に言えば、はじめの一年は、つらくてたまりませんでした。

いまは、少し違います。

顕微鏡を覗いて爪を倒すとき、この指輪をはめる人が、誰かに車道側を歩かせてもらえる人であればいい、と思うようになりました。

そういうことを考えながら仕事をするのは、職人としては邪道かもしれません。

それでも、私は考えてしまいます。爪を四本にするか六本にするかを決めるとき、私はいつも、その人の指の細さと、その人の隣を歩く人のことを、同時に考えています。

真鍮の輪は、道具箱の上の段に置いてあります。こちらは、毎日、目に入ります。

婚約指輪の箱は、いちばん下の段です。

いつか開けられる日が来るのか、私にはわかりません。開ける日が来ないほうが、彼女には都合がいいのかもしれません。私は、そんなふうに考える癖がついてしまいました。

今日も私は、誰かの指輪の石を留めています。

指輪をめぐる話は、ほかにも書いてきました。二本の輪が届けたものの話は二つの指輪に、伝えきれなかった言葉の話は大好きなあなたにまとめています。

お読みいただき、ありがとうございました。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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