父の古時計に残された、最後の音
調律師の私が父の遺品から見つけた古いレコーダー。そこに録られていたのは、幼い日の私のピアノと、父が一度も言葉にできなかった想いだった。…
調律師の私が父の遺品から見つけた古いレコーダー。そこに録られていたのは、幼い日の私のピアノと、父が一度も言葉にできなかった想いだった。…
指輪の内側には、サイズの数字のほかに細かい傷が一列だけついていました。二十歳の春に不妊と告げられた私に、作業着のまま駆けつけた彼が差し出した小さな箱。一年後に本…
あなたは雪を描くとき、白い絵の具を使わない人でした。夏の病室で「ゆきがみたい」と言われ、僕は真夏の富士山へ登りました。間に合わなかったあの夏と、枕元に置いていっ…
耳の聞こえない僕は、物心ついたときにはもう手話が使えました。習った覚えはありません。その理由を主治医が明かしたのは、僕が父に手を上げるようになってからでした。仏…
点滴の針を怖がって泣いていた五歳の子が、うん分かった約束だよ、と言って自分から腕を出しました。外で遊ぶ約束だと、私はずっと思っていました。看護師がシーツを抱えて…
四日市の社宅で母が作っていたミートソース。レシピを聞かないまま母を見送った兄弟が、父のひとことをきっかけに四日間かけてその味を追いかけました。缶の内側に残ってい…
葬儀の朝、腰まであった娘の髪が肩より上で切られていました。お洒落なママとのお別れやもん、と娘は言います。棺に添えられた細い髪の束の意味を、私は七年のあいだ思い違…
体育のあとの教室で、机の上に切り裂かれた文庫本が置かれていました。いじめのことを、私は母に言えませんでした。友達のいない私に、母が月に一冊だけ本を買ってくれる人…
公民館の集いで浴びせられた問いに、自衛官の弟は六秒黙ってから短く答えました。熊本・八代のい草農家を舞台に、弟が中学の技術の時間に三度も作り直した振るい板の目盛り…
阿久根の坂道を、じいちゃんは軽トラの助手席の窓だけを下ろして走りました。堤防で煙草を吸う孫を毎回迎えに来たおじいちゃんが、仏壇の引き出しに封も切らずに残していた…
仕事のミスが続いた秋に、独り言のつもりで漏らした一言を、父は居間で聞いていました。三日置いてかかってきた電話と、三十年のあいだ家族を一度も連れてこなかった川口の…
山口・宇部の整備士訓練センターで、同期の一人が退所になった秋のこと。三十九人が指を切って押した血判状は届かず、翌週から員数点検の紙が一枚だけ多くなりました。十四…
富山・氷見のグループホームで働いて七年目の冬、二十人の入居者の方々から私あてに大きな花束が届いた日のこと。集会室のカレンダーの裏に八重さんが留めていた十四本のリ…
富山の氷見、網を繕う家の祖母は、月の出る晩だけ雨戸を一枚だけ閉め残した。潮風で網が湿るのに、なぜ。締め忘れだと思っていた孫は、三度の願いごとがどれも叶わないまま…
父の作業台の抽斗には、売り物にしない蝋細工の膳が、年にひとつずつ増えていた。失敗作だと聞かされていたので、抽斗を開けたのは十三回忌の今日が初めてだ。十七の膳に書…