義母の雑巾に見覚えのある藍色がある
結婚した年から、義母の雑巾が毎年十二月に一枚ずつ届いた。使い古しの押しつけだと思い、引き出しにしまい続けた七年。義母が骨折して入院した日、裁縫箱の底に、十二の四…
結婚した年から、義母の雑巾が毎年十二月に一枚ずつ届いた。使い古しの押しつけだと思い、引き出しにしまい続けた七年。義母が骨折して入院した日、裁縫箱の底に、十二の四…
駅前の補聴器店に、毎週かならず空の電池ケースを持って来る水野さんがいた。補聴器の電池はなぜ、毎晩そんなに減るのか。耳にかけない補聴器の理由を、私は雨の日の台所で…
毎週水曜の十時四十分、介護タクシーの後部座席の犬は、病院の四階の窓に向かって一度だけ鳴いた。窓から出てくる白い袖をご主人のものだと思い込んでいた私は、その窓の本…
木曜の夜、妻の青い点は商店街の外れで止まったまま動かなかった。問い詰めるつもりで路地の奥の自転車屋へ向かった私は、三年前に手放したはずの赤い色が吊られているのを…
電話に出る前、兄は必ず咳払いをする。その一拍が嫌いだった俺は、帰省の朝、兄の運転する市営バスに乗った。スピーカーから流れた低い声に、背中が固まる。兄の咳払いが隠…
二日の午前零時、スマホが一度だけ短く震える。毎月二日の千円は、三年間、同じ五文字のメモを添えて届いた。実家から届いた部費帳の鉛筆の十二行を見つけた夜、私は初めて…
日曜八時の電話は、八時ちょうどに鳴って一分で切れる。ご飯は食べたか、ならええ、ほな。十一年それだけの電話を、俺は三回に一回わざと取らなかった。ある日曜、実家の勝…
覆いが外された北口の大時計の下で、私は五年前の冬、二時間待った。来なかった恋人が送った「分かった」の三文字は、別の時計の下から届いていた。展示パネルの小さな注記…
朝の読み合わせで、先輩はいつも目を閉じていた。声に出すだけの新人が知らなかった、47年目の最後の朝。紙を受け取った先輩の指が、ある一行の下で止まったとき、2年前…
教室の後ろの三センチのドアの向こうで、俺は三十一夜、先生の声だけを聞いていた。十五年後、閉校の資料展で出席簿の鉛筆の点を数えた日、欠席のはずの夜がすべて反転した…
避難所の体育館に伸びた公衆電話の列。その一番うしろには、夕方だけ先頭へ割り込み、受話器を耳に当てても一言も話さない橋本さんがいた。僕はその声を、奥さんのものだと…
二杯目はいらない、と言いながら、私は毎月、父が取ってくる二杯目のメロンソーダを半分も飲まなかった。残りを飲み干す父が恥ずかしくて、会うのをやめた。十四年後、結婚…
毎年十一月、祖母から十一個の梨が届いた。毎年、箱の新聞紙を丸めて捨てながら、出来損ないの木の梨だと思っていた。俺の梨の木は、生まれた年に裂けた「半分の木」だと、…
毎週土曜の午後、絵本の棚の前に立つ老人の膝にだけ、店の猫は迷わず乗った。古書店の猫の席に挟まれた四つ折りの紙を、私は長いあいだ見落としていた。老人は一度も猫の名…
軽トラの助手席のドアは、外からしか開かない。ホームへ向かう私の背中を、姉は改札を過ぎるまで見ている。毎朝、ドアを開けてから二秒だけ私の顔を見る姉は、部品は千九百…