
我が家のテーブルのお皿は、今朝、三枚になった。
昨日までは、二枚だった。
その前は四枚で、その前は三枚で、もっと前は二枚だった。
数えてみれば、それだけのことだ。
けれど私は、三枚目のお皿が置かれるのを見て、箸を持てなくなった。
妻の淳子は、台所に立ったまま、こちらを見なかった。
見ないでいてくれたのだと、今は思う。
テーブルのお皿の枚数が、どう変わってきたのか。
三十年分を、順番に書いておきたい。
枚数が変わるたびに、私たちの家は、形を変えた。
同じ枚数でも、同じ家ではなかった。
そのことを、三枚目のお皿が、今朝、教えてくれた。
テーブルは、三十年前と同じものだ。
社宅から今の家に移るとき、淳子がどうしても持っていくと言った。
脚の一本が短くて、今も折った新聞紙を挟んでいる。
新聞紙は、何度も替わった。
挟む人は、変わらない。
食器棚の一番上の段には、白いお皿が四枚ある。
縁に、細い青の線が一周している。
一枚だけ、縁が欠けている。
淳子は、日曜の朝に、四枚を全部出して拭く。
使わない二枚も、使う二枚と同じように拭く。
拭いて、同じ段に戻す。
三十年、それが続いている。
私は、その背中に、声をかけたことがない。
かける言葉が、三十年、見つからないままだ。
今朝、ようやく、少しだけ見つかった気がする。
ピカピカの二枚のお皿
私と淳子は、結婚して社宅で暮らし始めた。
千葉の、海沿いの工場の社宅だった。
二階の角部屋で、窓を開けると潮の匂いが入った。
台所には、四人がやっと座れる小さなテーブルを置いた。
先輩が転勤で手放したものを、千円で譲ってもらった。
脚の一本が短くて、折った新聞紙を挟んだ。
そのテーブルに、淳子がお皿を二枚、並べた。
結婚祝いにもらった、白い磁器のお皿だった。
縁に、細い青の線が一周している。
「ピカピカやね」
淳子は、お皿を電灯に向けて言った。
私は、箸を揃えて置いた。
二枚のお皿の間に、湯気の立つ味噌汁の椀があった。
新しい生活が始まることを、そのとき感じた。
社宅の夜は、静かだった。
隣の部屋から、テレビの音が壁越しに聞こえた。
淳子は料理が得意ではなかった。
最初の一か月、卵焼きは毎回、焦げていた。
「また焦げた」
「焦げたとこが、一番うまい」
「嘘」
「本当だ」
私は焦げた端を、先に食べた。
淳子は、それを見て笑った。
二枚のお皿は、毎晩、きれいに空になった。
最初の冬、炬燵を買った。
炬燵は、テーブルの横に置くと、台所がいっぱいになった。
私たちは、炬燵で食べることもあった。
けれど、お皿はいつも、テーブルの上で盛られた。
淳子の決まりだった。
「お皿は、テーブルで並べるの」
理由を聞いても、淳子は笑うだけだった。
最初の正月、淳子の母が重箱を持ってきた。
おせちは三段あったが、お皿は二枚で足りた。
「お皿は、人数ぶんでいいのよ」
淳子の母が言った。
淳子は、その言葉を気に入ったらしい。
その後、何度も口にした。
人数ぶん、という言葉を。
休みの日、海沿いの道を二人で歩いた。
防波堤に座って、売店のコロッケを分けて食べた。
紙の上に、二つ。
あれも、お皿が二枚だったのだと、今になって思う。
ある夜、いつも通りに夕食をしていると、淳子が箸を置いた。
はにかみながら、言った。
「赤ちゃんができたから……」
「そうか」
としか、言葉が出てこなかった。
次の言葉も、
「そうか、そうか」
だった。
淳子はうんと頷いて、
「私、お母さんになるんだ」
と言って、涙を流した。
女性が母になるとは、こういうことなのだ。
そう思ったことを、覚えている。
私は、その夜、食器棚の奥から、三枚目のお皿を出して洗った。
まだ使えない。
使えないのに、洗った。
淳子は、何も言わずに、それを拭いて棚に戻した。
戻すとき、淳子の手が、少し震えていた。
お食い初めの泣き声
無事、景子が産まれた。
三月の、風の強い朝だった。
生後百日目に、お食い初めをした。
子どもが一生食べ物に困らないように願い、赤ちゃんに食べ物を食べさせる儀式だ。
口にすると言っても、食べる真似をするだけだ。
淳子の母が、鯛を一尾、焼いて持ってきてくれた。
社宅の小さな台所に、鯛の匂いが満ちた。
まず、ご飯を一粒、景子の口に当てた。
景子は、少し舐めると、苦そうな顔をした。
そして、直ぐに大声で泣き出した。
「お米が苦いんかねえ」
淳子の母が、呆れた。
その様子に、私も淳子も大笑いした。
テーブルの上には、私と淳子、そして景子のお皿。
三枚のお皿が、初めて並んでいた。
景子のお皿は、あの夜に私が洗った一枚だった。
家族が増えた。
そう思った。
三年後、康平が産まれた。
テーブルには、四枚のお皿が並ぶようになった。
短い脚の新聞紙は、二つ折りから四つ折りになっていた。
家族の行事があると、お皿には色々なものが盛られた。
誕生日にはケーキ。
お雛様には、ちらし寿司。
こどもの日には、柏餅。
お月見には、お団子。
クリスマスには、淳子が初めて焼いた鶏。
みんな、とっても素敵な笑顔だった。
写真を見ると、康平はいつも口の周りが汚れている。
景子はいつも、お皿を両手で持っている。
お雛様の日、景子は初めて、ちらし寿司の錦糸卵を自分で散らした。
卵は、ほとんど景子のお皿に落ちた。
「けいこのが、いちばん黄色い」
景子は、得意だった。
康平は、それを見て、自分のお皿を景子の方へ押した。
「わけて」
「だめ」
淳子が、台所から笑った。
お月見の夜は、ベランダにテーブルを出した。
テーブルは、ベランダの幅ぎりぎりだった。
四枚のお皿に、お団子を三つずつ。
景子が、月を見ながら、お団子を一つ、康平のお皿に移した。
「康平、小さいから、四つ」
康平は、月より先にお団子を見ていた。
景子が三つの冬、台所で音がした。
景子が、自分のお皿を落としたのだ。
割れはしなかった。
縁が、親指の爪ほど、欠けた。
「新しいの買おうね」
淳子が言うと、景子は首を振った。
「これがいい」
「欠けてるよ」
「欠けてるから、けいこのってわかる」
景子は、欠けたところを自分の方に向けて、お皿を置いた。
それから景子は、いつもそうした。
欠けたところを、自分の側に向けて置く。
誰に教えられたわけでもない。
四枚のお皿のうち、一枚だけが、少し欠けていた。
その一枚だけ、どちらが景子のか、見ればわかった。
康平は、それを羨ましがった。
「ぼくのも、欠けさせて」
「だめ」
淳子は、康平の頭を軽く叩いた。
康平は、景子の真似をして、自分のお皿を回すようになった。
欠けていないのに、どこかを自分の方へ向ける。
「どこ向けてるの」
「ここ。ぼくのしるし」
何もない縁を、康平は指さした。
縁の欠けたお皿
景子が九つの秋、学校から電話があった。
体育の時間に、倒れたという。
病院で、長い病気の名前を聞いた。
その日から、私たちの家は、二つに分かれた。
淳子は病院に泊まり込んだ。
私と康平は、社宅で二人の夕食になった。
テーブルのお皿は、二枚になった。
四枚のうち、二枚が食器棚に戻った。
欠けたお皿と、淳子のお皿。
私は、康平の好きなものを作ろうとして、何度も失敗した。
「ママの卵焼き、焦げてないよ」
「ママは、昔は焦がしてた」
「嘘」
「本当だ」
康平は、信じなかった。
康平は、夕食のあと、よくテーブルで絵を描いていた。
描くのは、いつも四人だった。
四人と、四枚のお皿。
私は、その絵を、冷蔵庫に貼った。
貼りながら、見ないようにした。
景子は、病院のお皿が嫌だと言った。
「けいこのお皿、持ってきて」
淳子が、欠けたお皿を風呂敷に包んで、病院に運んだ。
看護師さんが、特別に許してくれた。
景子は、病院の白い食事を、自分の欠けたお皿に移して食べた。
欠けたところを、いつものように、自分の側に向けて。
「これで、おうちとおなじ」
景子は、そう言ったらしい。
私が面会に行くと、景子はいつも、お皿の話をした。
「康平、お皿ちゃんと洗ってる?」
「洗ってる。たまに、割りそうになる」
「わるの、だめ。けいこのだけでいいの、欠けてるの」
「康平、まだ、しるし、やってる?」
「やってる。何もないところを向けてる」
「へんなの」
景子は、そう言って、嬉しそうに笑った。
景子は、病室のベッドで、絵を描いていた。
テーブルと、お皿が四枚。
一枚だけ、縁に小さく、黒い点があった。
「これ、けいこの」
景子は、点を指さした。
その絵は、今も、食器棚の引き出しに入れてある。
康平を連れて行った日、康平は自分のお皿を持って行った。
景子のベッドの横の台に、二枚のお皿を並べた。
「ここ、テーブル」
康平が言った。
景子は、笑って、自分のお皿を少し回した。
康平も、自分のお皿を回した。
二人で、病院のプリンを分けて食べた。
あれが、二人の最後の食卓だった。
景子は、一年近く、病院に居た。
冬が来て、春が来て、また秋になった。
社宅の窓から見える海は、毎日同じ色だった。
私は、康平と二人の食卓で、何度も景子の席を見た。
椅子は、そのまま置いてあった。
康平は、一度、その椅子に座ろうとした。
私は、止めた。
止めなくてもよかったのだと、今は思う。
十一月の終わり、病院から電話があった。
私は、康平を隣の部屋に預けて、車を出した。
十一月の終わり、景子は病院のベッドで、静かに旅立った。
淳子が、両手を握っていた。
私は、間に合わなかった。
欠けたお皿は、淳子の鞄の中で、タオルに包まれて家に帰ってきた。
写真の前に置かれたお皿
家族全員が揃って、久しぶりの朝食だった。
四人で揃うはずの朝だった。
食卓のテーブルには、三枚のお皿が並んだ。
景子のお皿は、小さな写真の前に置かれていた。
欠けたところが、写真の方を向いていた。
淳子が、そうして置いた。
景子は、もう居ない。
その現実を、三枚のお皿が、知らせてきた。
言葉にならない悲しさだった。
ただ、無言で食べた。
康平は、半分残した。
私は、叱らなかった。
淳子は、それを黙って自分のお皿に移して、食べた。
その朝から、私たちの家には、三枚のお皿の朝が続いた。
一枚は、写真の前。
写真の前のお皿にも、毎朝、淳子はご飯を少し盛った。
夜には、それを淳子が食べた。
「もったいないから」
淳子は、そう言った。
もったいないという言葉で、淳子は毎日、景子の分を食べ続けた。
三月、景子の誕生日が来た。
淳子が、バースデーケーキを買ってきた。
景子が大好きだった、いちごのケーキだ。
チョコレートの板に、
『景子ちゃん お誕生日おめでとう』
と書いてあった。
三人で、ハッピーバースデーを歌った。
康平の声が、一番大きかった。
写真の前のお皿に、一切れ、置いた。
景子も一緒に居る、そんな気がした。
今も、毎年、お祝いをしている。
いちごのケーキは、一度も変えていない。
康平が中学に上がる春、私たちは社宅を出て、今の家に移った。
引っ越しの朝、淳子はテーブルを運ぶ人に、新聞紙を渡した。
「脚の下に、これを」
運ぶ人は、笑って受け取った。
欠けたお皿は、淳子が自分の鞄に入れて運んだ。
康平は、写真を抱えて、車の後ろに座っていた。
新しい家の台所は、社宅の倍の広さがあった。
それでも、テーブルは同じものを置いた。
三枚のお皿も、同じ場所に置いた。
一枚は、写真の前。
康平は中学に入り、高校に入った。
背が、私を越えた。
中学三年の冬、康平が珍しく、自分で食卓を整えたことがある。
淳子が熱を出して、寝ていた夜だ。
康平は、三枚のお皿を並べた。
写真の前のお皿を、欠けたところを手前に向けて置いた。
淳子が、熱のある顔で台所に来て、黙ってそれを回した。
写真の方へ、欠けたところを向けた。
康平は、何も言わなかった。
私も、何も言わなかった。
欠けたお皿のことを、康平は何も言わなかった。
一度だけ、言ったことがある。
高校二年の夏、康平が食卓で、写真の前のお皿を見て言った。
「姉ちゃんのお皿、たまには、こっちに置かない?」
「それは、だめだ」
私は、理由も言わずに断った。
康平は、それ以上言わなかった。
淳子は、台所で、水を流していた。
あのとき、康平が何を思っていたのか。
私は、今朝まで、わからなかった。
家族の欠けた場所を、残された者がどう埋めるのか。
夫は靴を外へ向けて並べたという話を読んだとき、私は淳子の背中を思い出した。
欠けたところを、写真の方に向けて置く背中だ。
テーブルのお皿の三枚目
康平が大学に受かって、仙台で下宿を始めた。
荷物を積んだ車が見えなくなるまで、淳子は門に立っていた。
その夜から、テーブルのお皿は二枚になった。
二枚のお皿は、三十年前と同じ、白い磁器だった。
青い線は、もう薄れていた。
家の中は、大きな穴がぽっかり空いたような気持ちだった。
「寂しいね」
どちらともなく、言葉を交わした。
康平は、滅多に家に帰ってこなかった。
電話も、月に一度あればいい方だった。
淳子は、康平の部屋の布団を、毎月干した。
私は、康平の椅子を、たまに引いて、座ってみた。
景子の椅子は、ずっと前に、押し入れにしまった。
しまった日のことは、書きたくない。
二枚のお皿の夕食は、静かだった。
テレビの音だけがあった。
淳子の卵焼きは、もう焦げなかった。
焦げないことが、少し寂しかった。
それでも、二枚のお皿の朝が、二年続いた。
二年目のお盆、康平が帰ってくると電話があった。
淳子は、朝から台所に立った。
私は、駅まで迎えに行った。
康平は、髪が長くなっていた。
「太ったか」
「痩せたよ。仙台、飯が高い」
「自分で作ってるのか」
「卵焼きだけ。焦げる」
「ママも、昔は焦がしてた」
「それ、まだ信じてない」
康平は、駅の階段を二段飛ばしで降りた。
背中が、少し、私に似てきていた。
家に着くと、淳子がテーブルにお皿を並べていた。
三枚だった。
私は、三枚目のお皿を見た。
縁が、親指の爪ほど、欠けていた。
景子のお皿だった。
写真の前から、淳子が、今朝、下ろしてきたのだ。
「お母さん、それ」
康平が、立ったまま言った。
「あんたの、しまい込んじゃって、どこにあるか分からなくて」
淳子は、嘘をついた。
康平のお皿がどこにあるか、淳子が分からないはずはない。
康平は、何も言わずに、椅子に座った。
欠けたお皿の前に。
私は、箸を持とうとして、持てなかった。
康平は、両手でお皿を少し回した。
康平は、欠けたところを自分の側に向けて、箸を取った。
誰にも教えられていない。
景子が居た頃、康平は六つだった。
「姉ちゃんの、借りるね」
康平は、写真の方を見て、小さく言った。
淳子が、台所で、鍋の火を止めた。
火を止める音だけが、やけに大きく聞こえた。
しばらく、戻ってこなかった。
三人分のお皿が並ぶと、家全体が明るくなった。
家族が一緒に居る、小さな幸せを感じた。
四枚から三枚になった朝、私は人生の不幸を知った。
二枚から三枚になった今朝、私は幸せを感じている。
お皿は、同じ枚数なのに。
二十三年目に鳴った篠笛という話に、長く仕舞われていたものが鳴る朝があった。
我が家では、それが、欠けたお皿だった。
テーブルのお皿に盛られていたのは、私の心だったのだと思う。
夕食のあと、康平は自分で、欠けたお皿を洗った。
「割るな」
「割らないよ。姉ちゃんに怒られる」
康平は、明日、仙台に帰る。
淳子は、欠けたお皿を、写真の前に戻すだろう。
欠けたところを、写真の方に向けて。
けれど今夜だけは、テーブルのお皿は、三枚だ。