来ない流氷を告げた朝
昭和のオホーツク沿岸。漁業無線局の見習い通信士だった俺は、顔も知らないまま声だけで知り合った娘に、見栄の嘘ばかりついていた。流氷が好きだと言い合った三年半の終わ…
昭和のオホーツク沿岸。漁業無線局の見習い通信士だった俺は、顔も知らないまま声だけで知り合った娘に、見栄の嘘ばかりついていた。流氷が好きだと言い合った三年半の終わ…
夜の峠で車の救援をする私は、十一年前、恋人だった彼にひとつだけ頼まれた。峠の霧が晴れる瞬間を見てきてほしい、と。報告するたび彼が聞いたのは「何時何分?」だけだっ…
昭和三十三年、山の村を巡る映写技師だった俺と、声の出ない少年・耕作。ダムに沈む村での最後の上映会は失敗し、別れの言葉を言えないまま俺は坂を下りた。二十三年後に届…
昭和四十四年、雪深い湯の町の写真館。療養に来た娘・佐紀さんに頼まれ、僕は毎日一枚だけ町を撮った。裏を見ないでとわたした写真の、その裏に綴られていた言葉――万華鏡…
昭和の造船の町で、船大工見習いの俺は幼馴染の千代に想いを伝えたばかりだった。突然倒れた彼女の枕元で、俺は「いつか乗せて」と約束した小さな木の舟を彫り続けた。最後…
昭和の終わり、東京で学ぶ私は、活版印刷の植字工だった兄をどこか恥じていた。兄弟の絆の意味も知らぬまま。やがて兄は、見えなくなった目で指の記憶だけを頼りに私の名前…
嫁にもらってもらった負い目を抱えて、四十年。夫と二人、城下町の小さな和菓子屋を守ってきた。店を畳む日、桔梗の菓子木型の奥から出てきた一冊の帳面が、負い目だと思っ…
心に灯る感動の泣ける話。行くあてをなくした娘を拾ったのは、霧深い湖の老いた渡し守だった。夜明けごとに舟提灯を灯し、湖をわたり続けた爺さま。その灯りがある限り、人…
九官鳥のおかえりという二言だけが、四十年たった今も耳の奥に残っている。北の山あいの谷へ単身赴任した若き日、凍える独りの夜を支えてくれた一羽の鳥に、私はある約束を…
昭和の城下町で時計店を継いだ男と、北の港町へ移っていった人。季節の押し花を挟んだ文通は七年目の春に途絶え、誤解を抱えたまま二十数年が流れた。出されることのなかっ…
機械が牧場にやってきた昭和の冬、私は世話をしてきた三頭の馬を手放すことになった。最後の朝、ハナはそっと私の肩に額を押しあてた。北の開拓村で交わした別れと、今も引…
新聞配達25年、誰にも見られない仕事だと思っていた。亡き妻が毎朝海岸で原付の音を聴き、一日一個の貝殻を拾い続けていたことを、漬物樽の中に残された四千の貝殻と犬へ…
群馬から東京に出た私が、若年性パーキンソン病になった兄から呼ばれて蔵を訪ねた。そこで見つけたのは、兄が何年もかけて描き続けた未完成の星座絵本『リョウカの星』だっ…
山形・庄内の訪問理容師として働く私が、九十歳の師匠の最期に頼まれた一度きりの散髪。雪の朝、震える鋏が結んだ六十年越しの師弟の絆を描く実話短編。泣ける話・感動の物…
亡き母が食堂で15年間綴り続けた『お客さんノート』には、常連客の好物や家族の話が几帳面に記されていた。最後の一冊の表紙の裏に、私の名前があった――母の静かな愛情…