実話|兄が描いた星座絵本

暖かな夕日と静かな集め

群馬県沼田市の駅に降りたのは、午後二時を少し過ぎた頃だった。

四月のはじめ、北関東の風には、まだ冬の名残が残っている。

私は古いボストンバッグの取っ手を強く握り直して、駅前のロータリーを抜けた。

バッグの中には、子どもの頃から本棚で大切にしてきた絵本が七冊と、A3サイズのスケッチブックが一冊だけ入っていた。

兄の家までは、ローカル線の駅から徒歩で十五分。

利根川の支流に沿って、川風の冷たい桜並木がまっすぐ続いている。

去年は満開だった桜が、今年はもう半分散っていた。

私は四十一歳になる、東京のプラネタリウム解説員である。

板橋区の小さな科学館で、月に二十回ほど夜空の話をする仕事を、もう十二年続けていた。

兄は六歳上の四十七歳。

群馬県沼田市の郊外で、二十年以上、郵便配達員をしていた。

細い農道も、家の番地のない山あいの集落も、白い軽自動車で一軒ずつ回るのが、兄の毎日だった。

しかし去年の秋、配達中の坂道で自転車から崩れるように倒れた兄は、若年性パーキンソン病と診断された。

職を辞し、妻と高校生の娘がいる古い家で、リハビリをしながら静かに暮らしている。

私が今日、兄を訪ねたのは、月命日のような月一の見舞いとは少し違った。

兄から数日前、震える字の短いハガキが届いていた。

「蔵の二階に来てくれ。お前に渡したいものがある」

それだけだった。

私が小学校三年生の頃、半年以上、群馬県前橋市の子ども病院に入院していた。

重い小児喘息で、夜になると呼吸が浅くなり、母が枕元で何度も背中をさすってくれた。

病室の窓から見えるのは、いつも同じ高さの空だった。

夜は廊下の小さな灯りだけが、青白く床を照らしていた。

兄はそのころ、中学一年生だった。

学校が終わると、自転車で片道一時間以上かかる病院まで、毎週土曜日に通って来た。

母が言うには、土曜の朝になると兄は鞄に何かを入れて、何度も確かめるようにファスナーを閉めていたという。

最初の土曜日、兄が病室に持ってきたのは、A3のスケッチブックを切り抜いて手作りした小さな絵本だった。

表紙には、青いクレヨンで夜空が塗られていて、白い色鉛筆で星座が一つだけ描かれていた。

『おおぐま座のはなし』

文字は、兄の不器用な楷書だった。

「読んでやるから」

兄はそう言って、私のベッドの脇に椅子を引き寄せて、低い声で読み始めた。

熊の親子の話だった。

母熊は子熊を守るために、空に逃げ込んで星座になったのだ──と、兄の絵本はそう終わっていた。

私は途中で、息を整える小さな機械の音さえ忘れていた。

兄は、毎週新しい絵本を持って来た。

『こいぬ座のはなし』『はくちょう座のはなし』『オリオン座のはなし』。

紙はA3のスケッチブックを半分に折って糸で綴じたもの。

文字は鉛筆書きで、絵はクレヨンと水彩。

ところどころ、絵の上にティッシュで拭いた跡が残っていた。

兄は学校の宿題があるはずなのに、毎週、自分の手で星座を一つずつ描いていた。

「お兄ちゃん、絵うまいの?」

私が訊くと、兄は珍しく黙って、首を傾げた。

「うまくない。でも、お前が見るぶんにはいいだろう」

兄はそういう人だった。

無口で、絵が上手いわけでもなく、ただ、決めたら最後までやる人だった。

半年で、絵本は七冊になった。

『おおぐま座』『こいぬ座』『はくちょう座』『オリオン座』『カシオペヤ座』『さそり座』『こと座』。

私が退院する前の日に、兄は最後の一冊『こと座』を渡してくれた。

「これで全部だ。退院したら、夜空、見ような」

兄は照れたように笑って、いつもより少しだけ早口だった。

私は退院した夜、初めて家のベランダから本物の夜空を見た。

冬の星座が、東の空に低く滑っていた。

兄が指差した一等星が、絵本のページよりずっと小さく、ずっと震えて見えた。

「あれが、こと座のベガだ」

兄の声は、震えてはいなかった。

大人になった私は、東京の大学で天文学を選んだ。

修士課程まで進んで、研究室に残るかどうか迷ったとき、私は研究より「人に星を見せる仕事」を選んだ。

板橋区の小さな科学館で、プラネタリウム解説員の募集があると知って、面接を受けた日のことを今でも覚えている。

面接官に「なぜこの仕事を」と訊かれたとき、私は咄嗟に答えに詰まった。

『兄が、手書きの星座絵本を七冊くれたからです』

そう答えてしまった。

面接官は少し笑って、何も訊き返さなかった。

採用通知が届いた日、私は群馬の実家に電話をした。

電話口に出た兄は、いつもの「おう」とだけ言って、すぐ受話器を母に渡した。

兄はそういう人だった。

東京に出てきてから、私は兄に長く会わなかった。

年に一度、お盆のころに帰省する程度で、兄と長く話したことは数えるほどしかない。

兄は二十六歳のとき、地元の女性と結婚した。

二十八歳で娘が生まれた。

私が独身のまま四十を超えても、兄は何も言わなかった。

ただ、年賀状に「元気でやれ」とだけ書いて寄こしてくれた。

兄の字は、年々、少しずつ崩れていった。

私はそれを、加齢のせいだとばかり思っていた。

蔵の二階は、急な木の梯子を登った先にあった。

兄は梯子を登れないので、義姉が下で待っていてくれた。

「ありがとう、お義姉さん」

「ううん、行ってあげて。お父さん、待ってるから」

義姉は、兄のことを娘の前では「お父さん」と呼ぶ。

その呼び方が、私には少しだけ眩しい。

梯子を登り切ると、薄暗い屋根裏に古い柳行李が並んでいた。

兄は、祖父の代から続く農家の蔵を、子どもの頃から自分の秘密基地のように使っていた。

中学生のころ、絵本を作っていたのも、おそらくここだった。

藁の匂いと、古い紙の匂いが、混じり合って私の鼻に届いた。

奥の窓際に、机が一つ置いてあった。

その上に、A3のスケッチブックが一冊、ぽつんと開かれて置いてある。

表紙には、青いクレヨンで夜空が塗られていた。

白い色鉛筆で、まだ星座になっていない、点だけが散らばっていた。

『リョウカの星』

それが、表紙のタイトルだった。

私の名前──里山涼香の「リョウカ」が、そこにあった。

息を吸い込むのを、しばらく忘れていた。

ページをめくると、最初の見開きには、子どもの頃の私らしい女の子が、病院のベッドで上を向いて笑っている絵があった。

下の余白に、震える字でこう書かれていた。

「リョウカが見ている空には、まだ名前のない星があった。」

「兄は、その星に、妹の名前をつけたかった。」

ページをめくるごとに、絵は少しずつ未完成になっていった。

線が震え、色が薄く、二重に塗り直された跡があった。

最後の見開きは、ほとんど白いままだった。

夜空の点が一つだけ描かれていて、その横に、ペンが置いてある。

絵を描こうとして、描けなかった跡が、紙にうっすら残っていた。

私はその場で、しばらく動けなかった。

兄は、独立してから家を出た私のために、誰にも見せず、何年もかけて、八冊目を描き続けていたのだ。

仕事の合間に。手が震え始めた頃から、特に。

そして、最後のページを描く前に、ペンを握る力がなくなった。

机の引き出しを開けると、便箋が一枚だけ入っていた。

私の知らない、兄の鉛筆書きだった。

「これは、リョウカが東京に行った年から、おらが少しずつ描いてきた絵本だ。」

「全部で八冊にしたら渡すと決めていたが、最後の一頁が、おらには描けなかった。」

「お前が、好きなように描いてくれ。」

「描けたら、おらに送ってくれや。」

便箋の最後の一行は、字がほとんど見えないほどかすれていた。

「兄ちゃんはもう、お前の名前の星を、紙の上に置けねぇだけだ。」

「夜空のなかには、ちゃんと置いてある。」

私はその場で蔵の床にうずくまって、声を出さずに泣いた。

下から、義姉の小さな咳払いが聞こえた。

義姉はずっと、何も訊かずに、待っていてくれた。

梯子を降りた私に、義姉はただ熱いお茶を差し出した。

兄は、座椅子に深く凭れて、目を閉じていた。

私が「ありがとう、お兄ちゃん」と言うと、兄は薄く目を開けて、

「おう」

と、いつもの一言だけを返した。

東京の自宅に戻った夜から、私は一週間、毎晩スケッチブックを机に開いた。

兄が描き残した未完成の八冊目を、机の右に置いて、左に新しい紙を広げた。

色は、兄と同じクレヨンと水彩を用意した。

板橋の文房具屋で、子どもの頃に病室で見たのと同じメーカーのものを探した。

夜、解説の仕事を終えてから、机に向かう時間が、私の習慣になった。

最後の見開きに、私はどんな星を置くべきか、長いあいだ迷った。

兄は私の名前の星を「夜空に置いた」と書いていた。

その星を、絵本のなかに「もう一度置く」のが、私の役目なのだと思った。

七日目の夜、私はようやく筆を取った。

最後の見開きに、私はひとつだけ大きな星を描いた。

その横に、子どもの頃の私らしい絵を、自分なりに描いた。

そして、震える字でこう書いた。

「お兄ちゃんの夜空には、まだ名前のない星がたくさんあった。」

「そのうちのひとつを、お兄ちゃんは私の名前にしてくれた。」

「ありがとう。」

「私の解説では、これからは、その星にもちゃんと名前があることにする。」

兄の絵本の表紙と裏表紙に、私はそれぞれ「八」と「リョウカの星」と書き添えた。

完成した絵本を、私は東京の郵便局からゆうパックで送った。

差出人欄に、私の住所と、自分の名前を記した。

宛先は、群馬県沼田市、兄の家。

ポストに投函するのではなく、郵便局の窓口に持って行った。

兄が長年、お客の手紙を受け取ってきた、あの白い窓口だ。

窓口の女性は、慣れた手つきで、丁寧に伝票を貼ってくれた。

私はその手つきを、しばらくぼうっと見ていた。

兄も、こうやって、何万通もの手紙と荷物を扱ってきたのだろうと思った。

三日後、兄から葉書が届いた。

文字は、もう半分以上が読めないほどに乱れていた。

それでも私は、一行ずつ、声に出してゆっくり読んだ。

「絵本、届いた。」

「お前の絵は、兄ちゃんの絵より、ずっとうまい。」

「八冊目、ちゃんと完成した。」

「絵本は、読み終わるためにあるんじゃないんだよ──誰かに、ちゃんと届けるためにあるんだ。」

「兄ちゃんは、これでようやく、お前を退院させてやれた気がする。」

最後の一行だけ、いつもの「おう」のあとに、初めて「ありがとう」と書いてあった。

私はその葉書を、八冊目の絵本の最後のページに、糊で貼った。

絵本は、私の机の上に、いまも開いたまま置いてある。

今夜、私は板橋のプラネタリウムで、いつも通り解説を行う。

ドーム型の天井に、こと座のベガが浮かび上がる時間。

私はいつもより少しだけ間を置いて、こう付け加える予定だ。

「夜空には、まだ名前のついていない星が、たくさんあります」

「そして、誰かが密かに、誰かの名前を、もうつけ終えている星も、あるのだと思います」

天井の星々は、たぶん、いつも通り静かに瞬く。

兄の手紙の文字のように、震えながら。

けれどそれは、悲しいことではない。

夜空には、もう「リョウカの星」が、ちゃんと置いてあるのだと、今の私は知っている。

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