船大工が彫った迎えの豆舟
瀬戸内の造船の町で、身寄りのない見習いの私は、廻船問屋の娘・志津と出会った。療養先から届く文の終いには、いつも「迎えに来てね」。五十年近く手放せずにいる、掌ほど…
続きを読む:船大工が彫った迎えの豆舟瀬戸内の造船の町で、身寄りのない見習いの私は、廻船問屋の娘・志津と出会った。療養先から届く文の終いには、いつも「迎えに来てね」。五十年近く手放せずにいる、掌ほど…
続きを読む:船大工が彫った迎えの豆舟銭湯「松ノ湯」の番台で、俺は路地の奥から通ってくる椿油の少年を、ずっと睨み続けていた。先代の遺した古い帳面、母の匂いが残る小さな硝子の瓶、そして返しそびれた一本…
続きを読む:番台の親父と椿油の少年幼い日に両親と離れ、美濃の和傘の里で無口な祖父に引き取られた私。都会の子だった私は里に馴染めなかった。店を閉じる雨の日、蔵の奥から出てきた、あかね色の糸でかがっ…
続きを読む:祖父がくれた雨の日の番傘教壇を下りて独りになった七十代の元教師の私に、孫の太一がくれた小さな砂時計の三分。音読が苦手で心臓の弱いあの子と、平成初期の縁側で一冊の本を読みあった日々。別れ…
続きを読む:砂時計の三分間嫁にもらってもらった負い目を抱えて、四十年。夫と二人、城下町の小さな和菓子屋を守ってきた。店を畳む日、桔梗の菓子木型の奥から出てきた一冊の帳面が、負い目だと思っ…
続きを読む:妻の菓子木型と一冊の帳面昭和の織物の町で、無口な機織りの伯母に育てられた私。家業を継ぐのを拒み、ひどい言葉を投げつけた後、伯母は病に倒れた。和解できぬまま迎えた別れの間際、震える手で渡…
続きを読む:機織りの伯母がくれた杼湯を落とす日の朝、湯守の捨松は桐の小箱から赤いお手玉を見つけた。四十年前の雪の冬、片足を引きずって谷を登ってきた蛍さんが教えてくれた遊びと、北向きの部屋の柱に残…
続きを読む:蛍さんのお手玉と雪の谷兵隊になれなかった夫は、戦時中の豆腐屋を私と二人で営みながら、町の人に蔑まれても、夜ごと腹を空かせた子らに、欠けた椀で一杯の豆腐をよそい続けた。それから数十年、…
続きを読む:兵隊になれなかった夫心に灯る感動の泣ける話。行くあてをなくした娘を拾ったのは、霧深い湖の老いた渡し守だった。夜明けごとに舟提灯を灯し、湖をわたり続けた爺さま。その灯りがある限り、人…
続きを読む:朝霧をわたる舟の灯り昭和三十年代の四国、紙を漉く町。何をやっても指の跡が残る少年が、旅の紙芝居屋に差し出した一枚の金魚の絵。燃やさずに渡した震える手が、四十年後、思いがけない場所で…
続きを読む:でくのぼうが描いた金魚の絵教壇を降りて家庭に入った私は、夕方のスーパーで四年ぶりに先生と再会した。恩師に教えた味噌汁の湯気の向こうで、あの日の「逃げるんか」が静かにほどけていく。ガリ版刷…
続きを読む:恩師に教えた味噌汁納戸の桐箪笥に仕舞われていた十二反の藍布は、夫が夜明け前の藍場で独り染めたものでした。十二の約束の中身を私が知ったのは、四十九日のあとに染め帳の最後の頁を開いた…
続きを読む:藍染の夫がくれた十二の約束母が倒れて、私は商店街の小さなクリーニング店に立った。カウンターの隅の青い缶には、色も形もばらばらのボタンが何百個。常連客の一言で、私はその缶の正体を知る。見送…
続きを読む:母がボタンを付ける理由結婚して港町へ嫁いだわたしは、年に一度の盆だけ、幼なじみの八重が営む時計店に腕時計を預けに帰った。「少し遅れるんよ」という小さな嘘。八重が遺した修理伝票の控えに…
続きを読む:八重が巻いていた時計ラクリマを応援する
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