
私には、なんの値打ちもないと思っていた。
そんな私が、生まれて初めて人に差し出したのは、一枚の金魚の絵だった。
そう思いはじめたのが、いつのことだったのか、もう覚えていない。
気がついたときには、その言葉が、心の底に沈んでいた。川底の石みたいに、動かなくなっていた。
昭和三十年代の、四国の山あいの小さな町だ。
細い川に沿って、紙を漉く家が軒を寄せ合うように並んでいた。町じゅうが、年じゅう、湿った楮の匂いをまとっていた。
朝は冷たい水を打つ音で始まり、夕は乾いた紙を剥がす、かさかさという音で暮れた。
冬になると、漉き場の女たちは、凍るような川の水に繊維を晒した。
だからこの町の女の手は、年じゅう赤くひび割れていた。それでも誰も、それを恥じてはいなかった。
赤い手は、よく働く手の証だったからだ。
私の家も、その並びの一軒で、細々と和紙を漉いていた。
夜明け前、漉き場にはまず、とろろ葵の根を潰す匂いが立った。
ぬるりとした糊の液を、父は槽に静かに落とした。
手首で、水を一度だけなでる。
その一度で、楮の繊維がほどけて、水の中にやわらかい雲が広がった。
私は、その雲が好きだった。
手を入れてみたかったが、決して入れさせてはもらえなかった。
「水が驚くけん」と、父は言った。
冬の朝、槽の縁には薄い氷が張った。
母は、その氷を割ってから仕事を始めた。
割れる音は乾いた硝子のようで、町の目覚まし時計の代わりだった。
七つの冬、はじめて簀桁を持たされた日のことは、よく覚えている。
思っていたより、ずっと重かった。
水をすくい上げた瞬間、腕の中で、冷たい重みがうねった。
父は、横で腕を組んで、何も言わずに見ていた。
漉き上がった一枚を、父は光にかざした。
そして、その紙を、静かに槽へ戻した。
何も言われなかったのが、いちばんこたえた。
朝の槽の水は、手を入れると痛いほど冷たかった。
それでも父は、何時間でも、その水の前に立っていた。
夕方五時の鐘に合わせて、どこの家からも、槽の水を落とす音が聞こえた。
その音が一斉に重なると、川全体が、ひとつの大きな楽器のように鳴った。
指の跡のついた紙
父は、口数の少ない人だった。
言葉の代わりに、手で語る人だったと言ってもいい。
その手にかかると、薄く漉かれた紙はどこまでも均一だった。明かりに透かすと、雲ひとつない冬の空のように見えた。
父は毎朝、乾いた紙を一枚ずつ窓の光にかざして、確かめた。
合格した紙の隅には、墨で小さな印がつく。印のついた紙だけが、問屋の荷になった。
私は、その手を、ひとつも継ぐことができなかった。
簀桁を揺らせば紙は片側に寄り、糊の加減はいつも狂った。乾かした紙には、決まって私の指の跡が残った。
指の跡のついた紙は、売り物にならない。
「お前の手は、紙を覚えん手やのう」
父は、怒鳴りはしなかった。
ただ、私の漉いた一枚を、黙って水の槽に戻すだけだった。
水に浸かった紙は、ゆっくりと縁からほどけていく。繊維にばらけて、もとの白い濁りに戻っていく。
それを見るたびに、私は思った。自分という人間も、あの水の中で、音もなくほどけていくのだと。
はじめからなかったものに、戻されていくような気がした。
学校でも、私の居場所は、いつも教室のいちばん後ろだった。
字を書くのが人より遅く、九九は最後まで覚えきれなかった。先生に当てられると、頭の中が一瞬でまっ白になった。
答えられずに立ち尽くす私を、誰かがくすくす笑う。
その笑い声は、不思議と、はっきり聞き取れた。
「でくのぼう」
いつのまにか、それが私のもうひとつの名前になっていた。
そう呼ばれることに、私はもう慣れていた。
慣れる、というのは、悲しいことだと、ずっとあとになってから知った。
傷つかなくなるのではない。
傷ついている自分を、他人事のように眺めるようになるだけなのだ。
ただひとり、母だけは、私を、でくのぼうとは、呼ばなかった。
母は、漉き場で、誰よりも長く、冷たい水に手を浸す人だった。
だから母の手は、町じゅうのどの女の手よりも、赤く、深くひび割れていた。
夜、その手で、母は、私の頭を、そっと撫でた。
「お前は、お前のままで、ええんよ」
そう、言ってくれた。
けれど、子どもの私は、その言葉を、素直に受け取ることが、できなかった。
母は、母やから、そう言うてくれるだけや。
そう思って、せっかくの温かい言葉を、自分の手で、水に戻してしまっていた。
今になっても、あの赤い手の温もりだけが、胸の奥にはっきりと残っている。
夏のはじめ、町の小さな祭りで、金魚すくいの屋台が出たことがあった。
水の中で、赤い金魚が、ひらひらと尾を振って泳いでいた。
水に入れられても、ほどけずに、崩れずに、ちゃんと一匹の生き物として泳いでいる。
私は、一銭も持っていなかったから、ただ、その水を、いつまでも覗き込んでいた。
あの赤い色が、なぜか、胸の奥に長いこと残った。
その夜、私は、漉き損じの紙を一枚、そっと布団に持ち込んだ。
指の跡のついた表は見ずに、裏返してみた。
裏の白いところは、思いのほか、滑らかだった。
そんな私にも、一日のうちで、たったひとつだけ、ちゃんと息のできる時間があった。
夕方、川向こうの空き地で、かん、かん、と拍子木が鳴りはじめる。紙芝居の、あの時間だ。
夕方の拍子木
その人は、種市さんといった。
古い自転車の荷台に、組み立て式の木の舞台をくくりつけていた。町から町へと渡り歩く、旅の紙芝居屋だった。
片方の足を、昔のいくさで悪くしたのだと、町の誰かが言っていた。
だから種市さんは、歩くたびに、左の肩が大きく沈んだ。
その、肩の沈む歩き方が、私はなぜか好きだった。
うまく歩けない人が、それでも毎日、どこかへ向かって歩いていく。
そのことが、子どもの私にも、なにか大事なことのように思えたのだ。
種市さんの紙芝居は、正直にいえば、けっして上手ではなかった。
声は煙草で枯れていたし、絵を抜くのも、ときどきつっかえた。
それでも、夕方の空き地に集まる子どもの数は、この町のどの遊びよりも多かった。
水飴を買う一銭がない私は、輪のいちばん外にいた。いつも、つま先立ちになって覗いていた。
絵がよく見えなくても、種市さんの声だけは、風に乗って私のところまで届いた。
ある日の夕方のことだ。
紙芝居が終わって、子どもたちが散っていった。そのあと、種市さんが、輪の外に残っていた私と、ふと目を合わせた。
「そこの子。飴はええけん、こっち来て、絵をめくるのを手伝うてくれんか」
伊予の言葉が、夕風に乗って、やわらかく届いた。
私は、自分が呼ばれたのだと、しばらく信じられなかった。
思わず、後ろを振り返ったほどだ。
誰かに「手伝ってくれ」と言われたのは、生まれて初めてだったのだから。
おそるおそる舞台のそばへ行くと、種市さんは、絵札を抜く役を、私にくれた。
「ええか。お話の声を、よう聞いとくんよ」
「ここぞ、というところで、すうっと、息を吐くみたいに抜く。それだけや」
私の手は、紙を漉けば、必ず指の跡をつけてしまう手だ。
その、なんの値打ちもない手が、震えながら、一枚目の絵札を抜いた。
絵の中の鬼が、夕日の中に、ぬるりと現れた。
輪の子どもたちが、わっと声をあげて、後ろへのけぞった。
その声が、私の胸のいちばん真ん中に、まっすぐ落ちてきた。
「……上手やないか」
種市さんが、口の端だけで、ふっと笑った。
その日から、夕方の川向こうの空き地は、私だけの場所になった。
絵を抜き、終わったあとの舞台を畳むのを手伝った。ときには種市さんの自転車を、坂の下まで押した。
「お前さん、名は、なんていうんや」
種市さんに名を訊かれたのは、絵を抜きはじめて、ずいぶん経った日のことだった。
私が、小さな声で名を告げると、種市さんは、それを、二度、ゆっくりと繰り返した。
でくのぼう、ではなく、ちゃんとした、私の名前を。
自分の名というものが、こんなにあたたかい音をしていたのかと、私はそのとき、はじめて知った。
種市さんは、相変わらず多くを語らない人だった。
それでも、紙芝居が終わったあとの休憩に、話してくれることがあった。煙草を一本ゆっくりと吸いながら、ぽつり、ぽつりと。
「わしの絵はな、ぜんぶ、自分で描いとるんよ」
「ほんまは、絵描きになりたかったんや」
「けど、この足やろ。絵の修業に出る前に、いくさに取られての。それきりや」
私は、絵札を膝に並べて乾かしながら、その話を聞いた。
舞台の裏には、何十枚もの絵札が、古い油紙にくるまれて、丁寧に重ねてあった。
色のはげたところには、種市さんが、指の腹で塗り直した跡があった。
絵の具のない夜は、煮出した茶や、土を溶いた水で、色を足すこともあるのだと言った。
軒下の雫と古い筆
梅雨のころ、ひどい雨で、紙芝居ができない日があった。
種市さんは、川沿いの古いお堂の軒下に自転車を停めて、雨やどりをしていた。
私は、傘も持たずに、その軒下へ駆け込んだ。
二人で、しばらく、降りしきる雨を、黙って見ていた。
屋根を打つ雨の音だけが、世界のすべてのようだった。
お堂の板の間には、古い線香の匂いが、湿ってこもっていた。
「お前さん。さっきから、ずっと、あの軒の雫を見とるな」
種市さんが、ぽつりと言った。
言われて、私ははじめて気づいた。瓦の先から落ちる雨の雫を、ひとつずつ目で追っていたことに。
「……数えとったわけやないんです。ただ、落ちる前に、ふくらむところが、きれいやなと、思て」
言ってから、私は、しまった、と思った。
そんなことを口にすれば、また、変な子やと笑われる。
けれど、種市さんは、笑わなかった。
「ええところを、見とる」
「人が見いひんところを見るのは、絵描きの目や」
絵描き、という言葉が、私の胸を、小さく刺した。
「わしは、絵描きには、なれんかった」
「けど、絵描きの目を持っとる子を、こうして見つけることは、できる」
「それも、まんざら、悪うない仕事やと、思とるんよ」
雨の匂いと、種市さんの煙草の匂いが、軒下で、しずかに混ざっていた。
その言葉の本当の意味を、私は、そのときは、半分も分かってはいなかった。
ただ、誰かが、私の見ているものを、「ええ」と言ってくれた。
そのことだけが、雨の音の中に、いつまでも、あたたかく残った。
その雨上がりの晩、舞台を畳んだあと、種市さんは、油紙の包みの奥を探った。取り出したのは、一本の古い絵筆だった。
穂先の擦り切れた、小さな筆だった。
「これ、お前さんに、やるわ」
「わしが、絵描きになる夢を見とったころに、いちばん使うた筆や」
私は、とっさに、首を横に振った。
そんな大事なものを、でくのぼうの自分が、もらえるはずが、なかった。
「ええんよ。筆はな、使うてくれる手のところに、おるのが、いちばん幸せなんや」
種市さんは、私の手に、その筆を、半ば、むりやり握らせた。
筆の柄は、種市さんの手の脂で、飴色に、つやつやと光っていた。
その夜、私は、その筆を、布団の中で、ずっと握りしめていた。
生まれてはじめて、自分の手のなかに、燃やさなくていいものが残った気がした。
私は、絵を抜きながら、いつのまにか、その絵を目で写し取るようになっていた。
鬼の角の曲がり方。
姫の袖のひるがえり方。
山の稜線の、やわらかい線。
家に帰ると、私は、漉き損じの紙の切れ端の裏に、覚えた絵を、そっと描いてみた。
鬼を、姫を、山を、そして川を。
描いている間だけは、頭の中の、あのまっ白な感じが消えていた。
けれど、その絵を、誰かに見せることだけは、どうしてもできなかった。
でくのぼうの描いた絵に、値打ちなんか、あるはずがなかったからだ。
描いては、人に見つかる前に、竈の火にくべた。
自分の手から出たものを、自分で燃やす。
それが、当たり前のことだと、私は思い込んでいた。
燃やさなかった金魚の絵
秋の祭りが、もうすぐそこまで来ていた、ある夕方のことだった。
その日の種市さんは、いつもより咳がひどかった。
紙芝居を半分ほど進めたところで、急に激しく咳き込んだ。その日の続きは、途中で畳むことになった。
残念そうな顔で子どもたちが散っていった。種市さんは、舞台の前に、ひとりでしゃがみ込んでいた。
その背中が、いつもより、ずっと小さく見えた。
「どうしたん」
私が訊くと、種市さんは、力なく笑った。
「すまんのう。明日の続きに使う絵を、来る途中、川に落としてしもうたんよ」
漉き場の水路を覗き込んだ拍子に、いちばん大事な一枚を、流してしまったのだという。
「祭りまでに、描き直す元気が、もう、わしには残っとらんわ」
いつも飄々としていた種市さんの、はじめて見る、弱った横顔だった。
その横顔を見ているうちに、私は思い出した。ずっとポケットの中で握りしめていたものを。
前の晩、竈にくべそびれて、こっそり持ってきてしまった、一枚の絵だった。
漉き損じの紙の裏に描いた、一匹の金魚の絵。
夏の祭りで見た、あの赤い金魚を、思い出して描いたものだった。
手のひらほどの大きさしかなくて、尾びれのところだけ、墨が滲んでいた。
なぜ、金魚だったのか。
自分でも、うまく言えない。
ただ、水に入れられても、ほどけずに、崩れずに、泳いでいるもの。そんなものを、私は、描いてみたかったのだと思う。
水に戻されない、自分。
そんなものに、なってみたかったのかもしれない。
私は、震える指で、その絵を、種市さんの前に差し出した。
「これ……種市さんの、お話の、代わりに……ならんかな」
差し出した手が、また、みっともなく震えていた。
きっと笑われる。
でくのぼうの描いた絵やと、川に捨てられる。
そう思って、私は、ぎゅっと目を閉じた。
けれど、いつまでたっても、笑い声は聞こえてこなかった。
そっと目を開けると、種市さんは、その金魚の絵を、大事そうに持っていた。両の手のひらで。
そして、夕日に透かすようにして、長いこと、長いこと、黙って見つめていた。
「……お前さん。これを、ほんまに、ひとりで描いたんか」
その声が、いつもと、まるで違っていた。
私は、うなずくのが、やっとだった。
種市さんは、その金魚の絵を、自分の絵札の束の、いちばん上に、そっと重ねた。
いちばん大事な、最初の一枚を置く場所に。
「明日から、これを、使わせてくれ」
「お前さんのこの金魚で、新しいお話を、ひとつ、こしらえるけん」
「ええか」
私は、声が出せなかった。
ただ、何度も、何度も、うなずいた。
その晩、私は、布団に潜り込んで、声を殺して泣いた。
うれしかった、というのとは、少し違う。
自分の手から出たものが、水に戻されずに、燃やされずに、誰かの手のひらに、残った。
そのことが、こわいくらいに、信じられなかったのだ。
祭りの夜の金魚
次の日の夕方、種市さんは、本当に、私の金魚の絵から始まる、新しいお話を語った。
川の底に住む、小さな赤い金魚の話だった。激しい流れに流されまいと、けんめいに尾を振る。
何度も、何度も、押し戻されながら、それでも金魚は、上へ、上へと、泳いでいく。
「この金魚はな、自分のことを、ちっぽけな、なんの値打ちもないもんやと、思い込んどった」
「けど、ほんまは、いちばん強い心を、持っとったんよ」
種市さんの枯れた声が、夕暮れの空き地に、しずかに、まっすぐ、響いていった。
子どもたちは、息をのんで、その小さな赤い金魚の行方を、見守っていた。
絵を抜く私は、まるで、自分のことを語られているようで、胸が、いっぱいになった。
祭りの夜、その金魚のお話は、町じゅうの子どもたちの、いちばんの人気になった。
私が描いたたった一匹の金魚が、子どもたちの心の中を、自由に泳ぎまわっていた。
絵を抜く私の手を、その日、子どもたちの誰も、もう笑わなかった。
それから、長い、長い年月が流れた。
私は結局、家の紙漉きを、継がなかった。
いや、継がせてもらえなかった、というほうが、正しいのかもしれない。
中学を出ると、私は町を離れ、隣の県の製紙工場で、職工として働きはじめた。
機械が、一日に何千枚もの紙を、寸分たがわず漉いていく。
指の跡など、どこにも残らない、完璧な紙の山だった。
その紙の山のあいだで、私は、四十年あまりを過ごした。
結婚もし、子も育て、ありふれた一生を生きた。
それでも、心のいちばん奥には、いつも、あの一匹の金魚が、静かに泳いでいた。
種市さんが、その後どこへ行ったのか、長いあいだ、私には、わからずじまいだった。
旅の紙芝居屋は、テレビの普及とともに、いつのまにか、町から消えていった。
去年の秋、私は、六十八になっていた。
勤め上げた工場も退き、何をするでもない日々を送っていた、ある日のことだ。
生まれた町の漉き場が、最後の一軒を残して畳まれるらしい、と人づてに聞いた。
何かに引かれるように、私は、何十年ぶりかで、あの川沿いの町へ帰った。
ひとつ山を越える、ふた駅きりの古い汽車に揺られた。私は、窓の外を、ずっと見ていた。
あの軒下の夕方が、なぜか、はっきりとよみがえった。瓦の先から落ちる雨の雫を、目で追っていた夕方だ。
あれから、私は、人が見ないところを見る目を、ちゃんと、生かせただろうか。
工場の紙の山のあいだで、私は、ただ、まじめに働いてきただけだった。
自分にも、何か、値打ちのあるものを残せたのか。
そんなことを思ううちに、汽車は小さな駅にゆっくりと停まった。見覚えのある駅だった。
川は、昔よりずっと細くなっていた。
あの空き地には、もう、拍子木の音は響かなかった。
楮の匂いも、ほとんど消えていた。
生家のあった場所は、取り壊されて、駐車場になっていた。
片隅の石積みだけが、川に向かって、ぽつんと残っていた。
最後まで紙を漉いていた老人の漉き場へ、私は、足を向けた。
壁には、簀桁が一本だけ掛かっていた。
竹の目が、長年の手の脂で、飴色に光っていた。
種市さんの筆の柄と、同じ色だった。
その老人に、私は、つい、昔の紙芝居屋のことを尋ねてみた。
ただの、世間話のつもりだった。
すると、老人は、意外なことを言った。
「ああ、種市さんなら、まだ、町外れの施設に、おいでるよ」
絵札の束のいちばん上
心臓が、大きく跳ねた。
九十をいくつも超えて、もう言葉も、ほとんど出ないらしい、という話だった。
それでも私は、いてもたってもいられず、その足で、町外れの小さな施設を訪ねた。
半信半疑のまま、教えられた部屋の戸を、そっと叩いた。
日の差す窓辺の椅子に、種市さんが座っていた。ひとまわりも、ふたまわりも小さくなって、こちらを向いていた。
あの、肩の沈んだ歩き方をしていた人が、今は、ただ静かに、膝の上で手を組んでいた。
私の顔を見ても、もう、誰だか、わからない様子だった。
それでも、私は、その前に膝をついて、節くれだった手を、両手で握った。
「種市さん。昔、あなたの絵を抜くのを、手伝うた子です」
「川向こうの空き地で……金魚を、描いた子です」
種市さんの、濁った目が、ゆっくりと、動いた。
何かを思い出そうとするように、視線が、宙をさまよった。
それから、枯れ枝のような手が、ふるえながら、古い布の包みをたぐり寄せた。
中から出てきたのは、見覚えのある、油紙にくるまれた、一束の絵札だった。
何十年も使い込まれて、もう、ぼろぼろになっていた。
色のはげた、鬼。
目のかすれた、姫。
私が、子どものころに目で写し取った、あの絵たちが、そこにあった。
そして、その束の、いちばん上に――。
擦り切れて、もう赤い鱗の色も、ほとんど消えかけた、一匹の金魚が、いた。
四十年以上も前に、私が、震える手で描いた、あの金魚だった。
私の指の跡が、まだ、紙の隅に、かすかに残っていた。
「……ずっと、いちばん上に……置いといて、くれたんですか」
声が、震えて、うまく続かなかった。
種市さんは、言葉の代わりに、その金魚の絵を、私の手のひらに、そっとのせた。ふるえる手で。
そして、深いところから絞り出すように、たったひとこと、言った。
「この金魚を描いた子がおったけん、わしは、最後まで紙芝居屋でおれたんよ」
足が悪うても、絵描きになれんでも――。
種市さんは、そう続けようとして、声が、かすれて、消えた。
けれど、私には、その先の言葉が、はっきりとわかった。
種市さんもまた、ずっと、自分には値打ちがないと、信じてきた人だったのだ。
なれなかった絵描きの夢を、胸の奥にしまっていた。片足を引きずって、町から町へと、歩き続けてきた人だった。
値打ちなどないと信じていた者の手から出た一枚。それが、同じように値打ちがないと信じていた人を、一生の終わりまで、いちばん上で支えていた。
あの夕方、燃やさずに、たった一度だけ、人に差し出した、震える手の勇気。
それが、めぐりめぐって、ひとりの人の長い旅路を、いちばん上から照らしていたのだ。
私は、その小さな金魚を握りしめた。子どものときと、まったく同じように、声を殺して、泣いた。
今度は、こわいからではなかった。
額に入れた一枚
種市さんは、その冬の終わりに、眠るように、静かに、長い旅へと発っていった。
形見にと、あの金魚の絵札を、施設の人が、私に手渡してくれた。
今、その一枚は、私の机の上に、ガラスの額に入れて、立ててある。
赤い鱗の色は、もう、ほとんど見えない。
それでも、夕方の光が窓から斜めに差し込むと、消えかけた金魚が、ひらりと泳ぎだすように見える。ほんの一瞬だけ。
額の隅には、小さな指の跡が、いまも透けている。
机の前で、私は時々、鉛筆を持つ。
六十八の手は、ひどく不器用だ。
それでも、金魚だけは、いまも一匹ずつ、違う顔で描ける。
額の前で、私は時々、母の赤い手を思い出す。
「お前は、お前のままで、ええんよ」
あの声が、いまなら、素直に聞こえる。
指の跡は、あの紙が私の手で漉かれた、ただひとつの証だった。
父が墨の印をつけなかった、あの紙の跡だ。
私には、なんの値打ちもないと、ずっと思っていた。
けれど、値打ちというものは、自分では決められないものなのかもしれない。
それは、誰かの手のひらの上で、長い長い時間をかけて、証されていくものなのだ。
水に戻されると思っていた一枚が、誰かの一生を、いちばん上で支えていた。
だから私は、もう、自分のことを、なんの値打ちもないとは、思わないことにした。
いつか私の手から出たものも、どこかの誰かの、いちばん上で泳いでいるのかもしれないから。
あの赤い金魚は、今も、私の机の上で、たしかに泳いでいる。
紙芝居と絵をめぐる物語は、祖母の紙芝居と朝顔の絵にも書きました。描きかけの絵を誰かに託す話は、祖父の未完の紙芝居もあわせてお読みいただけたら幸いです。