でくのぼうが描いた金魚の絵

川辺の夕暮れの物語

私には、なんの値打ちもないと思っていた。

そう思いはじめたのが、いつのことだったのか、もう覚えていない。

気がついたときには、心の底のいちばん深いところに、その言葉が、川底の石みたいに沈んで動かなくなっていた。

昭和三十年代の、四国の山あいの小さな町だ。

細い川に沿って、紙を漉く家が軒を寄せ合うように並んでいて、町じゅうが、年じゅう、湿った楮の匂いをまとっていた。

朝は冷たい水を打つ音で始まり、夕は乾いた紙を剥がす、かさかさという音で暮れた。

冬になると、漉き場の女たちは、凍るような川の水に繊維を晒した。

だからこの町の女の手は、年じゅう赤くひび割れて、それでも誰も、それを恥じてはいなかった。

赤い手は、よく働く手の証だったからだ。

私の家も、その並びの一軒で、細々と和紙を漉いていた。

父は、口数の少ない人だった。

言葉の代わりに、手で語る人だったと言ってもいい。

その手にかかると、薄く漉かれた紙はどこまでも均一で、明かりに透かすと、雲ひとつない冬の空のように見えた。

私は、その手を、ひとつも継ぐことができなかった。

簀桁を揺らせば紙は片側に寄り、糊の加減はいつも狂い、乾かした紙には、決まって私の指の跡が残った。

指の跡のついた紙は、売り物にならない。

「お前の手は、紙を覚えん手やのう」

父は、怒鳴りはしなかった。

ただ、私の漉いた一枚を、黙って水の槽に戻すだけだった。

水に浸かった紙は、ゆっくりと縁からほどけ、繊維にばらけて、もとの白い濁りに戻っていく。

それを見るたびに、私は、自分という人間が、あの水の中で、音もなくほどけていくような気がした。

はじめからなかったものに、戻されていくような気がした。

学校でも、私の居場所は、いつも教室のいちばん後ろだった。

字を書くのが人より遅く、九九は最後まで覚えきれず、先生に当てられると、頭の中が一瞬でまっ白になった。

答えられずに立ち尽くす私を、誰かがくすくす笑う。

その笑い声は、不思議と、はっきりと聞き取れた。

「でくのぼう」

いつのまにか、それが私のもうひとつの名前になっていた。

そう呼ばれることに、私はもう慣れていた。

慣れる、というのは、悲しいことだと、ずっとあとになってから知った。

傷つかなくなるのではない。

傷ついている自分を、どこか遠くの岸から、他人事のように眺めるようになるだけなのだ。

ただひとり、母だけは、私を、でくのぼうとは、呼ばなかった。

母は、漉き場で、誰よりも長く、冷たい水に手を浸す人だった。

だから母の手は、町じゅうのどの女の手よりも、赤く、深くひび割れていた。

夜、その手で、母は、私の頭を、そっと撫でた。

「お前は、お前のままで、ええんよ」

そう、言ってくれた。

けれど、子どもの私は、その言葉を、素直に受け取ることが、できなかった。

母は、母やから、そう言うてくれるだけや。

そう思って、せっかくの温かい言葉を、自分の手で、水に戻してしまっていた。

今になって、あの赤い手の、ごつごつとした温もりだけが、胸の奥に、はっきりと残っている。

夏のはじめ、町の小さな祭りで、金魚すくいの屋台が出たことがあった。

水の中で、赤い金魚が、ひらひらと尾を振って泳いでいた。

水に入れられても、ほどけずに、崩れずに、ちゃんと一匹の生き物として泳いでいる。

私は、一銭も持っていなかったから、ただ、その水を、いつまでも覗き込んでいた。

あの赤い色が、なぜか、胸の奥に長いこと残った。

そんな私にも、一日のうちで、たったひとつだけ、ちゃんと息のできる時間があった。

夕方、川向こうの空き地に、かん、かん、と紙芝居の拍子木が鳴りはじめる、あの時間だ。

その人は、種市さんといった。

古い自転車の荷台に、組み立て式の木の舞台をくくりつけて、町から町へと渡り歩く、旅の紙芝居屋だった。

片方の足を、昔のいくさで悪くしたのだと、町の誰かが言っていた。

だから種市さんは、歩くたびに、左の肩が大きく沈んだ。

その、肩の沈む歩き方が、私はなぜか好きだった。

うまく歩けない人が、それでも毎日、どこかへ向かって歩いていく。

そのことが、子どもの私にも、なにか大事なことのように思えたのだ。

種市さんの紙芝居は、正直にいえば、けっして上手ではなかった。

声は煙草で枯れていたし、絵を抜くのも、ときどきつっかえた。

それでも、夕方の空き地に集まる子どもの数は、この町のどの遊びよりも多かった。

水飴を買う一銭がない私は、いつも、輪のいちばん外で、つま先立ちになって覗いていた。

絵がよく見えなくても、種市さんの声だけは、風に乗って、ちゃんと私のところまで届いた。

ある日の夕方のことだ。

紙芝居が終わって、子どもたちが散っていったあと、種市さんが、輪の外に残っていた私と、ふと目を合わせた。

「そこの子。飴はええけん、こっち来て、絵をめくるのを手伝うてくれんか」

伊予の言葉が、夕風に乗って、やわらかく届いた。

私は、自分が呼ばれたのだと、しばらく信じられなかった。

思わず、後ろを振り返ったほどだ。

誰かに「手伝ってくれ」と言われたのは、生まれて初めてだったのだから。

おそるおそる舞台のそばへ行くと、種市さんは、絵札を抜く役を、私にくれた。

「ええか。お話の声を、よう聞いとくんよ」

「ここぞ、というところで、すうっと、息を吐くみたいに抜く。それだけや」

私の手は、紙を漉けば、必ず指の跡をつけてしまう手だ。

その、なんの値打ちもない手が、震えながら、一枚目の絵札を抜いた。

絵の中の鬼が、夕日の中に、ぬるりと現れた。

輪の子どもたちが、わっと声をあげて、後ろへのけぞった。

その声が、私の胸のいちばん真ん中に、まっすぐ落ちてきた。

「……上手やないか」

種市さんが、口の端だけで、ふっと笑った。

その日から、夕方の川向こうの空き地は、私だけの場所になった。

絵を抜き、終わったあとの舞台を畳むのを手伝い、ときには種市さんの自転車を、坂の下まで押した。

「お前さん、名は、なんていうんや」

種市さんに名を訊かれたのは、絵を抜きはじめてから、ずいぶん経った、ある日のことだった。

私が、小さな声で名を告げると、種市さんは、それを、二度、ゆっくりと繰り返した。

でくのぼう、ではなく、ちゃんとした、私の名前を。

自分の名というものが、こんなにも、あたたかい音をしていたのかと、私は、そのとき、はじめて知った。

種市さんは、相変わらず多くを語らない人だった。

それでも、紙芝居が終わったあとの休憩のあいだ、煙草を一本ゆっくりと吸いながら、ぽつり、ぽつりと、話してくれることがあった。

「わしの絵はな、ぜんぶ、自分で描いとるんよ」

「ほんまは、絵描きになりたかったんや」

「けど、この足やろ。絵の修業に出る前に、いくさに取られての。それきりや」

私は、絵札を膝に並べて乾かしながら、その話を聞いた。

舞台の裏には、何十枚もの絵札が、古い油紙にくるまれて、丁寧に重ねてあった。

色のはげたところには、種市さんが、指の腹で塗り直した跡があった。

絵の具のない夜は、煮出した茶や、土を溶いた水で、色を足すこともあるのだと言った。

梅雨のころ、ひどい雨で、紙芝居ができない日があった。

種市さんは、川沿いの古いお堂の軒下に自転車を停めて、雨やどりをしていた。

私は、傘も持たずに、その軒下へ駆け込んだ。

二人で、しばらく、降りしきる雨を、黙って見ていた。

屋根を打つ雨の音だけが、世界のすべてのようだった。

「お前さん。さっきから、ずっと、あの軒の雫を見とるな」

種市さんが、ぽつりと言った。

言われて、私は、自分が、瓦の先から落ちる雨の雫を、ひとつずつ目で追っていたことに、はじめて気づいた。

「……数えとったわけやないんです。ただ、落ちる前に、ふくらむところが、きれいやなと、思て」

言ってから、私は、しまった、と思った。

そんなことを口にすれば、また、変な子やと笑われる。

けれど、種市さんは、笑わなかった。

「ええところを、見とる」

「人が見いひんところを見るのは、絵描きの目や」

絵描き、という言葉が、私の胸を、小さく刺した。

「わしは、絵描きには、なれんかった」

「けど、絵描きの目を持っとる子を、こうして見つけることは、できる」

「それも、まんざら、悪うない仕事やと、思とるんよ」

雨の匂いと、種市さんの煙草の匂いが、軒下で、しずかに混ざっていた。

その言葉の本当の意味を、私は、そのときは、半分も分かってはいなかった。

ただ、誰かが、私の見ているものを、「ええ」と言ってくれた。

そのことだけが、雨の音の中に、いつまでも、あたたかく残った。

その雨上がりの晩、舞台を畳んだあと、種市さんは、油紙の包みの奥から、一本の古い絵筆を取り出した。

穂先の擦り切れた、小さな筆だった。

「これ、お前さんに、やるわ」

「わしが、絵描きになる夢を見とったころに、いちばん使うた筆や」

私は、とっさに、首を横に振った。

そんな大事なものを、でくのぼうの自分が、もらえるはずが、なかった。

「ええんよ。筆はな、使うてくれる手のところに、おるのが、いちばん幸せなんや」

種市さんは、私の手に、その筆を、半ば、むりやり握らせた。

筆の柄は、種市さんの手の脂で、飴色に、つやつやと光っていた。

その夜、私は、その筆を、布団の中で、ずっと握りしめていた。

生まれてはじめて、自分の手のなかに、燃やさなくていいものが、ひとつ、残った気がした。

私は、絵を抜きながら、いつのまにか、その絵を、目で一枚ずつ写し取るようになっていた。

鬼の角の曲がり方。

姫の袖のひるがえり方。

山の稜線の、やわらかい線。

家に帰ると、私は、漉き損じの紙の切れ端の裏に、覚えた絵を、そっと描いてみた。

鬼を、姫を、山を、そして川を。

描いている間だけは、頭の中の、あのまっ白な感じが消えていた。

けれど、その絵を、誰かに見せることだけは、どうしてもできなかった。

でくのぼうの描いた絵に、値打ちなんか、あるはずがなかったからだ。

描いては、人に見つかる前に、竈の火にくべた。

自分の手から出たものを、自分で燃やす。

それが、当たり前のことだと、私は思い込んでいた。

秋の祭りが、もうすぐそこまで来ていた、ある夕方のことだった。

その日の種市さんは、いつもより咳がひどかった。

紙芝居を半分ほど進めたところで、急に激しく咳き込んで、その日の続きを、途中で畳むことになった。

残念そうな顔で子どもたちが散っていったあと、種市さんは、舞台の前に、ひとりでしゃがみ込んでいた。

その背中が、いつもより、ずっと小さく見えた。

「どうしたん」

私が訊くと、種市さんは、力なく笑った。

「すまんのう。明日の続きに使う絵を、来る途中、川に落としてしもうたんよ」

漉き場の水路を覗き込んだ拍子に、いちばん大事な一枚を、流してしまったのだという。

「祭りまでに、描き直す元気が、もう、わしには残っとらんわ」

いつも飄々としていた種市さんの、はじめて見る、弱った横顔だった。

その横顔を見ているうちに、私は、ずっとポケットの中で握りしめていたものを、思い出した。

前の晩、竈にくべそびれて、こっそり持ってきてしまった、一枚の絵だった。

漉き損じの紙の裏に描いた、一匹の金魚の絵。

夏の祭りで見た、あの赤い金魚を、思い出して描いたものだった。

なぜ、金魚だったのか。

自分でも、うまく言えない。

ただ、水に入れられても、ほどけずに、崩れずに、ちゃんと泳いでいるものを、私は、描いてみたかったのだと思う。

水に戻されない、自分。

そんなものに、なってみたかったのかもしれない。

私は、震える指で、その絵を、種市さんの前に差し出した。

「これ……種市さんの、お話の、代わりに……ならんかな」

差し出した手が、また、みっともなく震えていた。

きっと笑われる。

でくのぼうの描いた絵やと、川に捨てられる。

そう思って、私は、ぎゅっと目を閉じた。

けれど、いつまでたっても、笑い声は聞こえてこなかった。

そっと目を開けると、種市さんは、その金魚の絵を、両の手のひらで、大事そうに持っていた。

そして、夕日に透かすようにして、長いこと、長いこと、黙って見つめていた。

「……お前さん。これを、ほんまに、ひとりで描いたんか」

その声が、いつもと、まるで違っていた。

私は、うなずくのが、やっとだった。

種市さんは、その金魚の絵を、自分の絵札の束の、いちばん上に、そっと重ねた。

いちばん大事な、最初の一枚を置く場所に。

「明日から、これを、使わせてくれ」

「お前さんのこの金魚で、新しいお話を、ひとつ、こしらえるけん」

「ええか」

私は、声が出せなかった。

ただ、何度も、何度も、うなずいた。

その晩、私は、布団に潜り込んで、声を殺して泣いた。

うれしかった、というのとは、少し違う。

自分の手から出たものが、水に戻されずに、燃やされずに、誰かの手のひらに、残った。

そのことが、こわいくらいに、信じられなかったのだ。

次の日の夕方、種市さんは、本当に、私の金魚の絵から始まる、新しいお話を語った。

川の底に住む、小さな赤い金魚が、激しい流れに流されまいと、けんめいに尾を振る話だった。

何度も、何度も、押し戻されながら、それでも金魚は、上へ、上へと、泳いでいく。

「この金魚はな、自分のことを、ちっぽけな、なんの値打ちもないもんやと、思い込んどった」

「けど、ほんまは、いちばん強い心を、持っとったんよ」

種市さんの枯れた声が、夕暮れの空き地に、しずかに、まっすぐ、響いていった。

子どもたちは、息をのんで、その小さな赤い金魚の行方を、見守っていた。

絵を抜く私は、まるで、自分のことを語られているようで、胸が、いっぱいになった。

祭りの夜、その金魚のお話は、町じゅうの子どもたちの、いちばんの人気になった。

私が描いた、たった一匹の金魚が、たくさんの子どもの心の中を、自由に泳ぎまわっていた。

絵を抜く私の手を、その日、子どもたちの誰も、もう笑わなかった。

それから、長い、長い年月が流れた。

私は結局、家の紙漉きを、継がなかった。

いや、継がせてもらえなかった、というほうが、正しいのかもしれない。

中学を出ると、私は町を離れ、隣の県の製紙工場で、職工として働きはじめた。

機械が、一日に何千枚もの紙を、寸分たがわず漉いていく。

指の跡など、どこにも残らない、完璧な紙の山だった。

その紙の山のあいだで、私は、四十年あまりを過ごした。

結婚もし、子も育て、ありふれた一生を生きた。

それでも、心のいちばん奥には、いつも、あの一匹の金魚が、静かに泳いでいた。

種市さんが、その後どこへ行ったのか、長いあいだ、私には、わからずじまいだった。

旅の紙芝居屋は、テレビの普及とともに、いつのまにか、町から消えていった。

去年の秋、私は、六十八になっていた。

勤め上げた工場も退き、何をするでもない日々を送っていた、ある日のことだ。

生まれた町の漉き場が、最後の一軒を残して、すべて畳まれるらしい、と人づてに聞いた。

何かに引かれるように、私は、何十年ぶりかで、あの川沿いの町へ帰った。

ひとつ山を越える、ふた駅きりの古い汽車に揺られながら、私は、窓の外を、ずっと見ていた。

瓦の先から落ちる雨の雫を目で追っていた、あの軒下の夕方が、なぜか、はっきりとよみがえった。

あれから、私は、人が見ないところを見る目を、ちゃんと、生かせただろうか。

工場の紙の山のあいだで、私は、ただ、まじめに働いてきただけだった。

自分にも、何か、値打ちのあるものを残せたのか。

そんなことを思っているうちに、汽車は、見覚えのある小さな駅に、ゆっくりと停まった。

川は、昔よりずっと細くなっていた。

あの空き地には、もう、拍子木の音は響かなかった。

楮の匂いも、ほとんど消えていた。

最後まで紙を漉いていた老人に、私は、つい、昔の紙芝居屋のことを尋ねてみた。

ただの、世間話のつもりだった。

すると、老人は、意外なことを言った。

「ああ、種市さんなら、まだ、町外れの施設に、おいでるよ」

心臓が、大きく跳ねた。

九十をいくつも超えて、もう言葉も、ほとんど出ないらしい、という話だった。

それでも私は、いてもたってもいられず、その足で、町外れの小さな施設を訪ねた。

半信半疑のまま、教えられた部屋の戸を、そっと叩いた。

日の差す窓辺の椅子に、ひとまわりも、ふたまわりも小さくなった種市さんが、こちらを向いて、座っていた。

あの、肩の沈んだ歩き方をしていた人が、今は、ただ静かに、膝の上で手を組んでいた。

私の顔を見ても、もう、誰だか、わからない様子だった。

それでも、私は、その前に膝をついて、節くれだった手を、両手で握った。

「種市さん。昔、あなたの絵を抜くのを、手伝うた子です」

「川向こうの空き地で……金魚を、描いた子です」

種市さんの、濁った目が、ゆっくりと、動いた。

何かを思い出そうとするように、視線が、宙をさまよった。

それから、枯れ枝のような手が、ふるえながら、膝の上の、古い布の包みを、たぐり寄せた。

付き添いの人が、その包みを、そっとほどくのを、私も手伝った。

中から出てきたのは、見覚えのある、油紙にくるまれた、一束の絵札だった。

何十年も使い込まれて、もう、ぼろぼろになっていた。

色のはげた、鬼。

目のかすれた、姫。

私が、子どものころに目で写し取った、あの絵たちが、そこにあった。

そして、その束の、いちばん上に――。

擦り切れて、もう赤い鱗の色も、ほとんど消えかけた、一匹の金魚が、いた。

四十年以上も前に、私が、震える手で描いた、あの金魚だった。

私の指の跡が、まだ、紙の隅に、かすかに残っていた。

「……ずっと、いちばん上に……置いといて、くれたんですか」

声が、震えて、うまく続かなかった。

種市さんは、言葉の代わりに、その金魚の絵を、ふるえる手で、私の手のひらに、そっとのせた。

そして、深いところから絞り出すように、たったひとこと、言った。

「この金魚を描いた子がおったけん、わしは、最後まで紙芝居屋でおれたんよ」

足が悪うても、絵描きになれんでも――。

種市さんは、そう続けようとして、声が、かすれて、消えた。

けれど、私には、その先の言葉が、はっきりとわかった。

種市さんもまた、ずっと、自分には値打ちがないと、信じてきた人だったのだ。

なれなかった絵描きの夢を、胸の奥にしまったまま、片足を引きずって、町から町へと、歩き続けてきた人だった。

その人の、たいせつな絵札の、いちばん上で、四十年のあいだ、私の描いた金魚が、泳ぎ続けていた。

値打ちなどないと信じていた者の手から出た一枚が、同じように、自分には値打ちがないと信じていた人を、その一生の終わりまで、いちばん上で支えていた。

あの夕方、燃やさずに、たった一度だけ、人に差し出した、震える手の勇気。

それが、めぐりめぐって、ひとりの人の長い旅路を、ずっと、いちばん上から照らしていたのだ。

私は、その小さな金魚を握りしめて、子どものときと、まったく同じように、声を殺して、泣いた。

今度は、こわいからではなかった。

種市さんは、その冬の終わりに、眠るように、静かに、長い旅へと発っていった。

形見にと、あの金魚の絵札を、施設の人が、私に手渡してくれた。

今、その一枚は、私の机の上に、ガラスの額に入れて、立ててある。

赤い鱗の色は、もう、ほとんど見えない。

それでも、夕方の光が窓から斜めに差し込むと、消えかけた金魚が、ほんの一瞬だけ、また、ひらりと泳ぎだすように見える。

私には、なんの値打ちもないと、ずっと思っていた。

けれど、値打ちというものは、もしかすると、自分では決められないものなのかもしれない。

それは、誰かの手のひらの上で、長い長い時間をかけて、静かに、証されていくものなのだ。

水に戻されると思っていた一枚が、誰かの一生を、いちばん上で支えていた。

だから私は、もう、自分のことを、なんの値打ちもないとは、思わないことにした。

いつか私の手から出たものも、どこかの誰かの、いちばん上で、静かに泳いでいるのかもしれないから。

あの赤い金魚は、今も、私の机の上で、たしかに泳いでいる。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

ラクリマを応援する

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

月額 150円(初月無料)または 480円 の買い切りで、
広告のない、静かな読書体験をお届けします。

プランを見る
メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。

読んでいただけるだけで、十分に励みになります。
それでも応援したいと思ってくださる方へ、心より感謝いたします。