黄楊の王将

夕暮れのゲームと静かな共楽

机のいちばん下の引き出しに、私は、三十年ものあいだ、ひとつの駒を仕舞っていた。

黄楊の、王将である。

桐の小箱の蓋には、私の指の脂が染みて、飴色の艶が浮いていた。

裏に彫られた文字は、親指の腹で撫ですぎて、もう、ほとんど読めない。

大阪の社宅で、夜中にふと目が覚めると、私はよく、その箱だけを、暗がりのなかで開けた。

灯りも点けずに、駒の角の丸みを、指先でなぞるのだ。

そうしていると、遠い門前町の、線香の匂いが、鼻の奥にもどってくる気がした。

私は、繊維問屋の帳場で、半生を過ごした男である。

算盤の珠を弾く音と、得意先への愛想笑いとで、五十二の年まで来てしまった。

妻は子を二人育て上げ、私は課長の肩書きをもらった。

盆暮れには反物の付け届けが届き、正月には部下が年始に来る。

不足のない暮らしだと、人は言うだろう。

私自身、長いあいだ、そう思い込もうとしてきた。

けれど、得意先からの帰り、夕暮れの路面電車に揺られていると、ふいに、胸の奥が、すうと寒くなる夜があった。

自分はいったい、何を置き去りにして、ここまで来たのだろう。

そんなとき、私の手は、決まって、上着の内ポケットの、ありもしない小箱を探していた。

胸の、いちばん奥まったところに、私には、開けられない引き出しが、もう一つあった。

その引き出しの底に沈んでいたのは、常吉という、たった一人の友のことだった。

八月の、蒸し暑い晩のことだ。

故郷から、一通の葉書が届いた。

差出人は、常吉の娘の、おふみさんとあった。

父の容態が思わしくない、一度、顔を見せてやってはもらえぬか。

その短い文面を、私は、台所の裸電球の下で、三度読んだ。

三十年、私は故郷に足を向けなかった。

常吉とも、ただの一度も、文を交わさなかった。

それなのに、葉書の文字を見たとたん、指先が、勝手に震えだした。

私は引き出しを開け、桐の箱から、王将を取り出した。

手のひらにのせると、それは、三十年前と、寸分変わらぬ重さだった。

そして、三十年前と、寸分変わらぬ後ろめたさで、私の手を、押し下げた。

常吉と私は、光徳寺の石段の下で育った、幼馴染だった。

寺の門前には、土産物屋や数珠屋が軒を並べ、そのいちばん端に、常吉の家の印判屋があった。

常吉の父親は、腕のいい印判師で、店先にはいつも、黄楊の削り屑が、白く積もっていた。

その削り屑の匂いを、私は今でも覚えている。

少し青くさい、けれど、どこか甘い、木の匂いだ。

私の家は、その隣の、小さな乾物屋だった。

煮干しと昆布の、しょっぱい匂いのする店で、私は、長男として育った。

学校が引けると、私たちは、寺の鐘楼の下に集まって、日が暮れるまで将棋を指した。

盤は、常吉の父親が、客の桐箱の余りで作ってくれた、線の歪んだ手製のものだった。

駒は、古道具屋の隅で、常吉が見つけてきた、欠けの混じった一組だった。

ところが、その駒には、肝心の王将と玉将が、二枚とも、欠けていた。

「王様のおらん将棋なんて、間が抜けとるのう」と、私は文句を言った。

常吉は、何も言わずに、ただ、にやにやと笑っていた。

それから半月ほどして、常吉が、油紙にくるんだものを、私の前に差し出した。

開けてみると、真新しい黄楊の駒が、二枚、並んでいた。

王将と、玉将である。

「親父の鑿、こっそり借りて、彫ったんじゃ」と、常吉は、得意げに鼻をこすった。

指の腹には、彫刻刀でこさえた、小さな切り傷が、いくつも光っていた。

まだ十二の子どもの彫った字は、線がふるえて、お世辞にも上手とは言えなかった。

けれど私は、その不格好な王将を、宝物のように握りしめた。

「王将は、お前のじゃ」と、常吉は言った。

「玉将は、わしが持つ。こうしとけば、いつでも、二人で、勝負の続きが、できるじゃろう」

私は、その言葉の本当の重さを、そのときは、深く考えもしなかった。

ただ、嬉しくて、その晩は、駒を握ったまま眠った。

それから私たちは、来る日も来る日も、その盤を挟んだ。

常吉は、いつも長考する男だった。

一手を指すのに、平気で四半刻も、腕を組んで唸っている。

私が焦れて「早う指せ」と急かすと、常吉は、決まって、こう言うのだった。

「待つのも、将棋のうちじゃ。ええ手は、待っとれば、向こうから来る」

鐘楼の梁では、夕暮れの蝙蝠が、きゅう、と鳴いた。

番茶の、香ばしい湯気が、二人のあいだに、いつも立ちのぼっていた。

ある冬の日、私の家の店先が、火の不始末で、半分ほど焼けたことがあった。

その晩、行くあてのない私を、常吉は、自分の家の炬燵に、黙って引き入れてくれた。

常吉の母親が、焼き芋を二つに割って、熱いほうを、私の手に握らせてくれた。

湯気の立つ芋を頬ばりながら、私は、人に気づかれぬよう、洟をすすった。

常吉は、何も訊かずに、ただ、いつもの盤を出して、駒を並べはじめた。

「ほれ、続きじゃ。お前の番から、じゃろう」

その晩、私は、生まれてはじめて、常吉に、わざと負けてやられたのを、知っていた。

知っていて、私は、その負けに、救われた。

夏になると、私たちは、寺の裏を流れる川で、よく泳いだ。

流れの淀みに足を浸して、常吉は、削りかけの駒を、川の水で磨くのが好きだった。

「黄楊はな、人の手で撫でられるほど、飴色に、深うなっていくんじゃ」と、常吉は言った。

「だからわしは、いい駒を彫って、孫子の代まで撫でてもらえる仕事が、したい」

水面で、夏の光が、ちらちらと揺れていた。

私には、そんな遠い先のことを思う常吉が、少し、まぶしかった。

私の見ていたのは、いつも、もっと手前の、目先の損得ばかりだった。

あの頃、私は、この時間が、いつまでも続くものと、信じて疑わなかった。

常吉の父親が、流行り病で寝つくと、店は、まだ十六の常吉が継ぐことになった。

夜は父の看病、昼は店番と、常吉は、みるみる、痩せていった。

それでも、客が来れば、いつもの、にやにやした笑顔を、絶やさなかった。

慣れぬ手つきで、客の認印を彫る常吉の横で、私は、よく墨を磨ってやった。

「省三、いつか、二人で、もっと大きな店を出さんか」と、常吉が、鑿を動かしながら言った。

「お前が品物を仕入れて、わしが判を彫る。門前いちばんの店に、するんじゃ」

私は「ええのう」と、調子よく、うなずいた。

墨の匂いと、黄楊を削る、しゃっ、しゃっ、という音が、店の薄暗がりに、いつまでも続いていた。

けれど、その約束は、果たされなかった。

私が二十歳になった春、大阪の繊維問屋から、奉公の口がかかった。

給金は、門前の乾物屋の比では、なかった。

焼けた店の借財を抱えた親は、行け行けと、私の背を押した。

出立の前の晩、私は、常吉の店を訪ねた。

いつもの、線の歪んだ盤を、二人で、黙って挟んだ。

「行くんか」と、常吉が、駒を見つめたまま、低く言った。

「ああ。五年で、金を貯めて、帰ってくる」と、私は言った。

「そしたら、約束の店を、二人で出そう」

常吉は、長いあいだ、一手も指さずに、ただ、盤を睨んでいた。

やがて、ぽつりと、こう言った。

「省三。都に出た者は、たいてい、帰っては来んよ」

その一言が、なぜか、若い私の腹の底に、火を点けた。

私はそれを、餞別の言葉ではなく、私を信じぬ者の、嫌味だと受け取った。

今思えば、それは、置いていかれる者の、寂しさの裏返しに過ぎなかったのだ。

けれど、若い私には、それが、どうしても、見えなかった。

「人を、薄情者みたいに、言うな」と、私は、声を荒らげた。

私は、盤の上の王将を、乱暴につかむと、懐に押し込んだ。

「これは、必ず、勝負の続きをしに、持って帰る」

常吉は、もう、何も言わなかった。

ただ、玉将を一枚、盤の真ん中に、そっと置いて、私を見上げた。

その目を、私は、最後まで見ずに、店を出た。

戸口の暗がりで、常吉が、何か、言いかけた気がした。

けれど私は、振り返らなかった。

それが、常吉の声を聞いた、最後になった。

大阪での暮らしは、私が思っていたよりも、ずっと、厳しかった。

五年が、十年になり、十年が、二十年になった。

帰る汽車賃を、私は、いつも、何かの言い訳で、別のことに遣った。

ほんとうは、汽車賃のせいでは、なかった。

あの晩、玉将を置いた常吉の目を、思い出すたびに、私の足は、すくんだ。

年の瀬になると、毎年、常吉の店から、新しい暦が一冊、大阪の社宅に届いた。

そこには、いつも、ただ一言、「達者でな」と、あの不器用な字で、書き添えてあった。

私は、その暦を、一度も、返事を書かずに、簞笥の上に積み上げていった。

返事を書けば、帰らねばならぬ気が、して。

常吉の父親が亡くなったという報せを、私は、得意先回りの途中で受け取った。

香典だけを為替で送り、私は、葬式には帰らなかった。

帰れば、あの目と、向き合わねばならない。

自分が捨ててきたものの、ほんとうの大きさと、向き合わねばならない。

それが、ただ、怖かったのだ。

いつしか私は、故郷のことを、胸の引き出しの底に押し込め、固く蓋をして、生きるようになっていた。

葉書が届いた三日後、私は、三十年ぶりに、あの門前町の駅に降り立った。

寺の石段も、土産物屋の並びも、驚くほど、昔のままだった。

ただ、何もかもが、ひと回り小さく、色褪せて見えた。

印判屋の、色の抜けた暖簾を、私は、震える手でくぐった。

店の奥からは、変わらぬ、あの黄楊の、甘く青い匂いがした。

奥の四畳半に、常吉は、薄い蒲団に横たわっていた。

頬は削げ、髪は白く、あの、よく日に焼けた印判師の面影は、もう、どこにもなかった。

枕元には、おふみさんが、心配そうに座っていた。

「常さん」と、私は、やっとのことで、声を出した。

常吉は、薄く目を開けると、私の顔を見て、ゆっくりと、笑った。

「……省三か。ずいぶん、長い、長考じゃったのう」

その一言で、三十年の月日が、音を立てて、崩れていくようだった。

私は、その場に膝をつき、懐から、桐の小箱を取り出した。

蓋を開け、黄楊の王将を、常吉の、枯れ枝のような手のひらに、のせた。

「常さん。約束の、勝負の続きを、しに来た」

常吉の、落ち窪んだ目が、みるみる、潤んだ。

おふみさんが、隅の戸棚から、古い将棋盤を、そっと運んできた。

線の歪んだ、あの、手製の盤だった。

三十年、その盤は、ずっと、この家にあったのだ。

「父は、この盤だけは、何度引っ越しても、手放しませんでした」と、おふみさんが、小さな声で言った。

「正月のたびに、盤を出して、独りで、駒を並べておりました」

「いつか、続きを指しに来る人がおるんじゃ、と、それだけ、申しまして」

私は、その言葉を聞きながら、畳の縁を、見つめることしか、できなかった。

そして、盤の真ん中には、玉将が、一枚、置かれたままになっていた。

角が、すっかり丸くなるほど、撫でられ、磨かれた、玉将だった。

「お前の側は、ずっと、空けてあった」と、常吉は、かすれた声で言った。

「いつ、お前が、続きを指しに来ても、ええようにな」

私は、もう、何も言えなかった。

ただ、王将を、自分の側の、定まった場所に、そっと置いた。

パチリ、と、乾いた、なつかしい音がした。

その音が、三十年の沈黙を、断ち切った。

常吉は、震える指で、玉将を、ひとつ、前に進めた。

私も、王将の前の歩を、突いた。

言葉は、いらなかった。

一手ごとに、私たちは、失った三十年を、少しずつ、埋めていった。

火鉢の炭が、ぱちりと爆ぜ、部屋には、ほのかな温もりが満ちていた。

駒に触れると、指の先に、あの川の水で磨かれた、滑らかな黄楊の感触が、よみがえった。

番茶を、おふみさんが、二つ、淹れてくれた。

香ばしい湯気が、三十年ぶりに、また、二人のあいだに、立ちのぼった。

その茶の、ほろ苦い味が、なぜか、喉の奥で、じんと、しみた。

常吉の指は、もう、思うようには動かず、駒を、何度も取り落とした。

そのたびに、私は、黙って、それを拾い、もとの升目に、戻してやった。

何手目だったか、常吉が、ふいに、駒から手を離し、私の手を、両手で握った。

その手は、驚くほど、軽く、そして、温かかった。

「来て、くれたんじゃな」

「ああ。遅う、なって、すまんかった」と、私は言った。

三十年、言えなかったその一言が、やっと、口から、こぼれ落ちた。

常吉は、ゆっくりと、首を横に振った。

「謝ることなんぞ、ありゃせん。お前は、ちゃんと、続きを、指しに来た」

窓の外で、夕暮れの寺の鐘が、ひとつ、また、ひとつと、鳴っていた。

常吉が、眠るように逝ったのは、それから、三日後のことだった。

最期まで、その手は、玉将を、握っていたという。

私は、喪主のおふみさんの隣で、はじめて、人目もはばからず、泣いた。

大阪へ帰る汽車のなかで、私は、二つの駒を、手のひらにのせた。

王将と、玉将。

三十年、離ればなれだった二枚が、今、私の手のなかで、ようやく、ひとつに、揃っていた。

玉将の、丸く磨り減った角に、常吉の、長い長い、待ち時間が、刻まれている気がした。

これが、私の、たった一人の、親友との別れだった。

けれど、不思議と、悲しいばかりでは、なかった。

待つのも、将棋のうちじゃ、と、常吉は言った。

あいつは、三十年、ずっと、私の一手を、待っていてくれたのだ。

私が、目先の損得を数えていたあいだ、あいつは、ただ、友の帰りだけを、数えていた。

その重さに比べたら、私が積み上げてきた肩書きなど、なんと、軽いものだったろう。

今、私の机の引き出しには、もう、開けるのが怖い箱は、ない。

二つの王が、肩を寄せ合うように、並んでいるだけだ。

先日、私は、孫に、はじめて将棋の手ほどきをした。

あの、線の歪んだ手製の盤を、おふみさんから、譲り受けたのだ。

駒を並べながら、私は、孫に、ひとつだけ、教えてやった。

待つのも、将棋のうちなのだと。

夜、その箱を開けると、今でも、あの門前町の、黄楊の削り屑の、甘い匂いが、ふと、する。

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