八重が巻いていた時計

時計職人の静かな作業場

朝の六時に、わたしは時計のねじを巻く。

嫁いでから七年、一日も欠かしたことのない、わたしだけの仕事だった。

竜頭をつまむ指先に、三月の冷たさがまだ残っている。

チチ、チチ、と小さな音がする。

耳元に寄せると、その音はいつも、機械油の匂いのする、あの店を連れてくる。

わたしの嫁ぎ先は、海沿いの小さな港町にある。

夫は網元の三男で、口の重い、優しい人だった。

けれど家には姑とふたりの小姑がいて、わたしは言いたいことの半分を、いつも胸の奥へ畳んで暮らしてきた。

祭りの煮しめの味付けがちがうと言われた日も、漬物の塩が強いと笑われた日も、わたしは「すみません」とだけ言って、台所の隅で手を動かした。

言い返す言葉なら、いくつも持っていた。

ただ、それを口にする場所が、この家のどこにもなかった。

紡績の女工をしていた頃は、よう笑う子やと言われたのに。

この町へ来てから、わたしは自分の声を、少しずつ忘れていくような気がしていた。

それでも、朝の時計だけは、わたしのものだった。

銀色の、小さな腕時計。

嫁入りの前の晩、幼なじみの八重がくれたものだ。

二月の終わり、その八重が逝った。

報せの電報が来たとき、わたしは台所で大根を刻んでいた。

濡れた手のまま受け取った紙の、カタカナの四文字を、わたしは土間に立ったまま、いつまでも見ていた。

汽車を二度乗り継いで駆けつけたときには、もう、間に合わなかった。

胸を患っていることを、八重はわたしに、ひと言も知らせていなかった。

三十三だった。

わたしと、同い年だった。

四十九日が過ぎた頃、八重の母から手紙が届いた。

店を畳むことに決めました、と几帳面な字で書いてあった。

ついては登美ちゃんに渡したいものがあるから、桜の咲く前に、一度だけ帰って来てもらえないか、と。

わたしは夫に頭を下げて、三日の暇をもらった。

姑はいい顔をしなかったけれど、夫は「行っておいで」とだけ言った。

汽車の窓から、生まれた町の山が見えてきたのは、昼を過ぎた頃だった。

駅前の通りには、春先の埃っぽい風が吹いていた。

沢井時計店は、通りの角に、昔のままの構えで建っていた。

硝子戸に、金文字で「時計・修理」とある。

その金文字も、ところどころ剥げて、薄くなっていた。

戸を引くと、頭の上で、ちりんと呼び鈴が鳴った。

店の中は、時計の音で満ちていた。

柱時計、置時計、目覚まし時計。

大小の振り子が、てんでばらばらに、こちこちと時を刻んでいる。

八重がいなくなっても、時計は動き続けていた。

そのことが、なぜだか、いちばん応えた。

「登美ちゃん、よう来てくれたねえ」

奥から出てきた八重の母は、ひとまわり小さくなっていた。

「おばさん、ご無沙汰してしもうて」

「ええんよ。さ、上がって。番茶でも淹れるから」

番茶は、昔と同じ、少し煮出しすぎた味がした。

舌の奥に残るその苦みだけで、目の奥が熱くなりそうだった。

八重とわたしは、路地ひとつ隔てて育った、幼なじみだった。

物心ついたときには、もう一緒にいた。

わたしは泣き虫で、八重は、泣いているわたしの横で黙って石を蹴っているような子だった。

母に叱られて路地で泣いていた日も、通信簿を落として泣いていた日も、八重は慰めのひと言も言わなかった。

そのかわり、わたしが泣きやむまで、どこへも行かずに、そこにいた。

乾いた石の鳴る音だけが、ずっと、隣にあった。

八重の家は、祖父の代からの時計店だった。

学校から帰ると、わたしたちはよく仕事場の隅にしゃがんで、八重の父の手元を覗いた。

分解された時計の中身は、銀色の小さな町のようだった。

歯車と歯車が噛み合って、ぜんまいのほどける力が、こつこつと時を送り出していく。

「時計はなあ、嘘をつかん」

八重の父は、ルーペを目に嵌めたまま、よくそう言った。

「狂うたら狂うたで、どこが悪いか、開けてみれば必ずわかる。人間より、よっぽど正直や」

八重はその言葉を聞くとき、いつも、まばたきを忘れたような目をしていた。

機械油の匂いのする、薄暗い仕事場だった。

あの匂いを、わたしは今でも、どんな花の香りよりよく覚えている。

中学を出ると、わたしは隣町の紡績工場に入り、八重は店に残って、父の仕事を継ぐ修業をはじめた。

女の時計師は、この辺りでは八重ひとりだった。

男の客の中には、八重の顔を見るなり「親父さんはおらんのか」と聞く人もいた。

八重は言い返しもせず、黙って時計を受け取り、誰よりも正確に直して返した。

そういう子だった。

工場の寮に入ってからも、休みの日には、よく店に寄った。

八重は作業台から顔も上げず、「ふうん」と言いながら、わたしの話を聞いた。

聞いていないようで、半年前の話の続きを、ふいに聞き返してくることがあった。

それが嬉しくて、わたしはまた、とりとめのない話をしに行った。

一度だけ、寮の朋輩に意地悪をされて、目を腫らしたまま店に行ったことがある。

八重は何も聞かず、奥から飴玉をひとつ出して、帳場の上を滑らせて寄越した。

ハッカの飴は、涙のあとの喉に、つんと沁みた。

それで、ぜんぶだった。

それで、十分だった。

わたしに縁談が決まったのは、二十六の春だった。

相手は遠い海沿いの町の人で、嫁げばもう、めったに帰れない。

わたしはそれを、誰よりも先に、八重に知らせに行った。

八重は作業台に向かったまま、「ふうん」と言った。

「ふうん、て。それだけ?」

「それだけって、何や」

「だって、うちら……」

「ええ話やないの。行ってき」

八重はこちらを見もせずに、ピンセットの先で小さな歯車をつまみ上げた。

わたしはなんだか、胸の奥を踏まれたような心持ちになって、それから祝言までのひと月、八重の店に寄りつかなかった。

喧嘩というほどのものでもない。

ただ、互いの黙り方だけが、年々上手になっていた。

嫁入りの前の晩、八重がうちに来た。

玄関先で、新聞紙に包んだものを、突き出すように寄越した。

開けると、銀色の腕時計だった。

文字盤の小さい、女ものの、きれいな時計だった。

「嫁入り道具に時計のひとつもないと、恰好がつかんやろ」

「……こんな高いもの、もらえん」

「中古や。気にせんでええ」

嘘だ、と思った。

包みの新聞紙の下から、まだ真新しい箱の角が、覗いていたから。

けれどわたしは、その嘘を、剥がさなかった。

「……おおきに」

「ぜんまいは朝に巻き。巻きすぎたらいかん」

それだけ言うと、八重はもう背中を向けていた。

路地の角を曲がるまで、一度も振り返らなかった。

小さくなっていく下駄の音を、わたしは戸口に立ったまま、いつまでも聞いていた。

嫁いでからは、年に一度、盆にだけ里帰りをした。

帰るたび、わたしは八重の店に寄った。

用もないのに寄るのは気恥ずかしくて、わたしはいつも、腕時計を外して帳場に置いた。

「これ、近ごろ少し遅れるんよ」

「ふうん」

八重は時計を耳に当て、それから裏蓋を開けて、ルーペで覗く。

「二、三日預かる」

「うん」

それだけの、会話だった。

わたしは二、三日後にまた店へ行き、直った時計を受け取り、番茶を一杯よばれて、港町へ帰る。

七年のあいだ、それを繰り返した。

時計は受け取るたび、新品のように艶やかに拭き上げられていた。

帰りの汽車の中で腕に嵌めると、革の帯が、いつもほんの少し、わたしの手首の太さに合わせて詰め直されていた。

去年の盆だけ、八重は時計を五日預かった。

「五日も? そんなに悪いん?」

「……念入りにやっとくだけや」

受け取りに行った日、八重は珍しく、店先まで送りに出てきた。

夏の夕方の、蝉の声の中だった。

「ええ時計や。大事にしいや」

八重がそんなことを言うのは、初めてだった。

痩せたんと違う、と聞きかけて、やめた。

聞けば八重がまた「ふうん」と言って、それきりになる気がした。

それが、八重と交わした、最後の言葉になった。

「登美ちゃんに渡したいもの、いうのはね」

番茶のあと、八重の母は帳場の下の引き出しから、古い菓子箱を取り出した。

「これ。あの子の机の、いちばん奥にしまってあったんよ」

箱の中には、こよりで綴じた紙の束が、何冊も重ねてあった。

修理伝票の、控えだった。

わら半紙のような薄い紙に、鉛筆の几帳面な字が並んでいる。

日付、名前、時計の種類、悪かった場所、換えた部品。

いちばん古い綴りは、八重が店を継いだ年のものだった。

わたしは座敷の隅で、綴りを一冊ずつ、めくっていった。

伝票の表は、ただの修理の記録だった。

けれど裏を返すと、そこに、もっと小さな字があった。

「豆腐屋の徳さん、目覚まし。近ごろ朝起きられんと笑うとったが、顔色が悪い。ばね代はもらわんかった」

「小学校の先生、柱時計。教え子の形見やそうで、振り子の傷は磨かんと、そのまま残した」

「漁協の安さん、腕時計、潮で錆び。海に落とした時計をわざわざ拾い直すような人や。防水を厚めにしといた」

「クリーニング屋のおばさん、置時計。お父さんの看病で疲れとる。針の音の静かな部品に換えといた。気づかんでええ」

「駅前の煙草屋の隠居、懐中時計。息子さんの帰りを、ずっと待っとる人や。蓋の家紋は触らんと、そのまま磨いた」

ページをめくるたび、町の人たちの暮らしが、鉛筆の線の中から立ち上がってきた。

店では「ふうん」しか言わない八重が、伝票の裏で、こんなにも喋っていた。

誰にも見せないまま、誰のことも、見ていた。

紙はざらりと毛羽立って、強く書かれた字は、小さな凹みになって裏まで透けていた。

束の隅々にまで、機械油の匂いが、薄く沁みついていた。

指先が、その匂いを、なぞるように覚えていった。

日が傾いて、店の時計たちが、五時をてんでばらばらに打ちはじめた頃だった。

箱の底に、ひときわ薄い綴りが、一冊だけ残っていた。

表紙がわりの一枚目に、鉛筆で、名前が書いてあった。

「倉田登美子」

わたしの、名前だった。

息の仕方を、一瞬、忘れた。

めくる指が、止まらなかった。

「八月十五日。登美子、時計を持ってくる。遅れる、と言う。どこも悪うない。油を差して、磨いて返す」

いちばん古い一枚から、そう書いてあった。

「八月十六日。登美子、また遅れると言う。去年と同じや。どこも悪うない。文字盤の硝子だけ、新しいのに換えた。気づいたかどうか」

「八月十四日。登美子、来る。少し痩せた。時計は悪うないのに、悪い悪いと言う。向こうで、言いたいことを飲んで暮らしとるんやろう。革の帯を詰め直した。手首が細うなった分や」

「八月十五日。登美子、来る。よう日に焼けて、前より笑うようになった。安心した。竜頭を新しいのに換えた」

「八月十六日。登美子、向こうの家の話をせんようになった。何も聞かん。聞いたら泣くやろうから。文字盤を磨いた」

一枚、また一枚。

七年分のわたしの嘘が、ぜんぶ、そこに書いてあった。

そして、嘘の裏側で、わたしよりもわたしのことを見ていた目が、そこにあった。

そうだ。

時計は、一度も、狂ったことなどなかった。

八重が選んだ時計が、狂うはずがなかったのだ。

わたしはただ、会いに行く口実が、ほしかった。

手ぶらで「会いたかった」と言うことが、どうしてもできない、わたしたちだったから。

時計を悪者にして、わたしは八重に会いに行った。

そして八重は、最初からぜんぶ分かっていて、黙って裏蓋を開けてくれていた。

時計は嘘をつかん、という父の言葉で育った八重が、わたしの嘘だけは、七年、知らん顔で受け取り続けてくれた。

狂ってもいない時計を、毎年、隅々まで磨きあげて。

去年の夏の伝票は、一枚だけ、字が多かった。

「八月十五日。登美子、来る。五日もろうて、香箱ごとぜんまいを新品に換えた。歯車もぜんぶ洗うた。これで、あと十年は狂わん」

その裏に、こうあった。

「わたしが診られるのは、これが最後かもしれん。せやから、十年分、診といた」

八重は、知っていたのだ。

蝉の声の中で「大事にしいや」と言ったとき、八重はもう、ぜんぶ知っていた。

最後の一枚に、日付はなかった。

他の字より薄い、力のない鉛筆の線で、二行だけ書いてあった。

「登美子の時計、そろそろ油が切れる頃や」

「来年の春も、診てやらんと」

八重は、春を待たずに逝った。

伝票の上に、ぽたりと落ちて、鉛筆の字がにじんだ。

慌てて袖で押さえたけれど、間に合わなかった。

喉の奥が、火傷をしたように熱かった。

「八重ちゃん」

名前を呼んだら、あとはもう、声にならなかった。

店じゅうの時計が、こちこちと、鳴り続けていた。

八重のいない店で、八重がねじを巻いた時計たちだけが、まだ律儀に、時を刻み続けていた。

気配がして、八重の母が、そっと座敷に入ってきた。

「あの子はね、登美ちゃんが帰る盆が近づくと、そわそわして、店の前を何べんも掃くんよ」

「……知らんかった」

「言うわけないわねえ、あの子が」

おばさんは小さく笑って、それから、前掛けの端で目を押さえた。

「持って帰ってやって。あれは、あの子が登美ちゃんに書いた、手紙やと思うから」

翌朝、わたしは綴りの束を風呂敷に包んで、汽車に乗った。

窓の外を、生まれた町が、ゆっくりと流れて消えていった。

膝の上の風呂敷から、機械油の匂いが、かすかに立った。

隣の席のおばあさんが、なつかしい匂いやねえ、と笑った。

はい、と答えた。

友だちの匂いです、と心の中で、付け足した。

港町に着いて家の敷居をまたぐと、夫が「おかえり」と言った。

ただいま帰りました、と頭を下げたあと、わたしは思い切って、言葉を付け足した。

「あの……聞いてほしい話があるんです。長うなりますけど」

夫は少し驚いた顔をして、それから黙って、囲炉裏の向かいを手のひらで示した。

言いたいことを飲み込まずに済んだのは、この町へ来てから、初めてのことだった。

八重の伝票が、背中を押してくれたのだと思う。

今も、朝の六時に、わたしは時計のねじを巻く。

巻きすぎたらいかん、と言われた通り、ゆっくりと。

チチ、チチ、と小さな音がする。

どこも悪くない、八重の時計。

ぜんまいのほどける力で、今日も一日ぶんの時が、送り出されていく。

ねじを巻くたび、思う。

この時計を巻いているのは、ほんとうは、わたしではないのかもしれない。

来年の春も、その先の春も。

この針が時を刻むかぎり、わたしは、診てもらい続けている。

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