
朝の六時に、わたしは時計のねじを巻く。
嫁いでから七年、一日も欠かしたことのない、わたしだけの仕事だった。
竜頭をつまむ指先に、三月の冷たさがまだ残っている。
チチ、チチ、と小さな音がする。
耳元に寄せると、その音はいつも、機械油の匂いのする、あの店を連れてくる。
※
わたしの嫁ぎ先は、海沿いの小さな港町にある。
夫は網元の三男で、口の重い、優しい人だった。
けれど家には姑とふたりの小姑がいて、わたしは言いたいことの半分を、いつも胸の奥へ畳んで暮らしてきた。
祭りの煮しめの味付けがちがうと言われた日も、漬物の塩が強いと笑われた日も、わたしは「すみません」とだけ言って、台所の隅で手を動かした。
言い返す言葉なら、いくつも持っていた。
ただ、それを口にする場所が、この家のどこにもなかった。
紡績の女工をしていた頃は、よう笑う子やと言われたのに。
この町へ来てから、わたしは自分の声を、少しずつ忘れていくような気がしていた。
それでも、朝の時計だけは、わたしのものだった。
銀色の、小さな腕時計。
嫁入りの前の晩、幼なじみの八重がくれたものだ。
※
二月の終わり、その八重が逝った。
報せの電報が来たとき、わたしは台所で大根を刻んでいた。
濡れた手のまま受け取った紙の、カタカナの四文字を、わたしは土間に立ったまま、いつまでも見ていた。
汽車を二度乗り継いで駆けつけたときには、もう、間に合わなかった。
胸を患っていることを、八重はわたしに、ひと言も知らせていなかった。
三十三だった。
わたしと、同い年だった。
※
四十九日が過ぎた頃、八重の母から手紙が届いた。
店を畳むことに決めました、と几帳面な字で書いてあった。
ついては登美ちゃんに渡したいものがあるから、桜の咲く前に、一度だけ帰って来てもらえないか、と。
わたしは夫に頭を下げて、三日の暇をもらった。
姑はいい顔をしなかったけれど、夫は「行っておいで」とだけ言った。
※
汽車の窓から、生まれた町の山が見えてきたのは、昼を過ぎた頃だった。
駅前の通りには、春先の埃っぽい風が吹いていた。
沢井時計店は、通りの角に、昔のままの構えで建っていた。
硝子戸に、金文字で「時計・修理」とある。
その金文字も、ところどころ剥げて、薄くなっていた。
戸を引くと、頭の上で、ちりんと呼び鈴が鳴った。
店の中は、時計の音で満ちていた。
柱時計、置時計、目覚まし時計。
大小の振り子が、てんでばらばらに、こちこちと時を刻んでいる。
八重がいなくなっても、時計は動き続けていた。
そのことが、なぜだか、いちばん応えた。
「登美ちゃん、よう来てくれたねえ」
奥から出てきた八重の母は、ひとまわり小さくなっていた。
「おばさん、ご無沙汰してしもうて」
「ええんよ。さ、上がって。番茶でも淹れるから」
番茶は、昔と同じ、少し煮出しすぎた味がした。
舌の奥に残るその苦みだけで、目の奥が熱くなりそうだった。
※
八重とわたしは、路地ひとつ隔てて育った、幼なじみだった。
物心ついたときには、もう一緒にいた。
わたしは泣き虫で、八重は、泣いているわたしの横で黙って石を蹴っているような子だった。
母に叱られて路地で泣いていた日も、通信簿を落として泣いていた日も、八重は慰めのひと言も言わなかった。
そのかわり、わたしが泣きやむまで、どこへも行かずに、そこにいた。
乾いた石の鳴る音だけが、ずっと、隣にあった。
八重の家は、祖父の代からの時計店だった。
学校から帰ると、わたしたちはよく仕事場の隅にしゃがんで、八重の父の手元を覗いた。
分解された時計の中身は、銀色の小さな町のようだった。
歯車と歯車が噛み合って、ぜんまいのほどける力が、こつこつと時を送り出していく。
「時計はなあ、嘘をつかん」
八重の父は、ルーペを目に嵌めたまま、よくそう言った。
「狂うたら狂うたで、どこが悪いか、開けてみれば必ずわかる。人間より、よっぽど正直や」
八重はその言葉を聞くとき、いつも、まばたきを忘れたような目をしていた。
機械油の匂いのする、薄暗い仕事場だった。
あの匂いを、わたしは今でも、どんな花の香りよりよく覚えている。
※
中学を出ると、わたしは隣町の紡績工場に入り、八重は店に残って、父の仕事を継ぐ修業をはじめた。
女の時計師は、この辺りでは八重ひとりだった。
男の客の中には、八重の顔を見るなり「親父さんはおらんのか」と聞く人もいた。
八重は言い返しもせず、黙って時計を受け取り、誰よりも正確に直して返した。
そういう子だった。
工場の寮に入ってからも、休みの日には、よく店に寄った。
八重は作業台から顔も上げず、「ふうん」と言いながら、わたしの話を聞いた。
聞いていないようで、半年前の話の続きを、ふいに聞き返してくることがあった。
それが嬉しくて、わたしはまた、とりとめのない話をしに行った。
一度だけ、寮の朋輩に意地悪をされて、目を腫らしたまま店に行ったことがある。
八重は何も聞かず、奥から飴玉をひとつ出して、帳場の上を滑らせて寄越した。
ハッカの飴は、涙のあとの喉に、つんと沁みた。
それで、ぜんぶだった。
それで、十分だった。
※
わたしに縁談が決まったのは、二十六の春だった。
相手は遠い海沿いの町の人で、嫁げばもう、めったに帰れない。
わたしはそれを、誰よりも先に、八重に知らせに行った。
八重は作業台に向かったまま、「ふうん」と言った。
「ふうん、て。それだけ?」
「それだけって、何や」
「だって、うちら……」
「ええ話やないの。行ってき」
八重はこちらを見もせずに、ピンセットの先で小さな歯車をつまみ上げた。
わたしはなんだか、胸の奥を踏まれたような心持ちになって、それから祝言までのひと月、八重の店に寄りつかなかった。
喧嘩というほどのものでもない。
ただ、互いの黙り方だけが、年々上手になっていた。
※
嫁入りの前の晩、八重がうちに来た。
玄関先で、新聞紙に包んだものを、突き出すように寄越した。
開けると、銀色の腕時計だった。
文字盤の小さい、女ものの、きれいな時計だった。
「嫁入り道具に時計のひとつもないと、恰好がつかんやろ」
「……こんな高いもの、もらえん」
「中古や。気にせんでええ」
嘘だ、と思った。
包みの新聞紙の下から、まだ真新しい箱の角が、覗いていたから。
けれどわたしは、その嘘を、剥がさなかった。
「……おおきに」
「ぜんまいは朝に巻き。巻きすぎたらいかん」
それだけ言うと、八重はもう背中を向けていた。
路地の角を曲がるまで、一度も振り返らなかった。
小さくなっていく下駄の音を、わたしは戸口に立ったまま、いつまでも聞いていた。
※
嫁いでからは、年に一度、盆にだけ里帰りをした。
帰るたび、わたしは八重の店に寄った。
用もないのに寄るのは気恥ずかしくて、わたしはいつも、腕時計を外して帳場に置いた。
「これ、近ごろ少し遅れるんよ」
「ふうん」
八重は時計を耳に当て、それから裏蓋を開けて、ルーペで覗く。
「二、三日預かる」
「うん」
それだけの、会話だった。
わたしは二、三日後にまた店へ行き、直った時計を受け取り、番茶を一杯よばれて、港町へ帰る。
七年のあいだ、それを繰り返した。
時計は受け取るたび、新品のように艶やかに拭き上げられていた。
帰りの汽車の中で腕に嵌めると、革の帯が、いつもほんの少し、わたしの手首の太さに合わせて詰め直されていた。
※
去年の盆だけ、八重は時計を五日預かった。
「五日も? そんなに悪いん?」
「……念入りにやっとくだけや」
受け取りに行った日、八重は珍しく、店先まで送りに出てきた。
夏の夕方の、蝉の声の中だった。
「ええ時計や。大事にしいや」
八重がそんなことを言うのは、初めてだった。
痩せたんと違う、と聞きかけて、やめた。
聞けば八重がまた「ふうん」と言って、それきりになる気がした。
それが、八重と交わした、最後の言葉になった。
※
「登美ちゃんに渡したいもの、いうのはね」
番茶のあと、八重の母は帳場の下の引き出しから、古い菓子箱を取り出した。
「これ。あの子の机の、いちばん奥にしまってあったんよ」
箱の中には、こよりで綴じた紙の束が、何冊も重ねてあった。
修理伝票の、控えだった。
わら半紙のような薄い紙に、鉛筆の几帳面な字が並んでいる。
日付、名前、時計の種類、悪かった場所、換えた部品。
いちばん古い綴りは、八重が店を継いだ年のものだった。
わたしは座敷の隅で、綴りを一冊ずつ、めくっていった。
伝票の表は、ただの修理の記録だった。
けれど裏を返すと、そこに、もっと小さな字があった。
「豆腐屋の徳さん、目覚まし。近ごろ朝起きられんと笑うとったが、顔色が悪い。ばね代はもらわんかった」
「小学校の先生、柱時計。教え子の形見やそうで、振り子の傷は磨かんと、そのまま残した」
「漁協の安さん、腕時計、潮で錆び。海に落とした時計をわざわざ拾い直すような人や。防水を厚めにしといた」
「クリーニング屋のおばさん、置時計。お父さんの看病で疲れとる。針の音の静かな部品に換えといた。気づかんでええ」
「駅前の煙草屋の隠居、懐中時計。息子さんの帰りを、ずっと待っとる人や。蓋の家紋は触らんと、そのまま磨いた」
ページをめくるたび、町の人たちの暮らしが、鉛筆の線の中から立ち上がってきた。
店では「ふうん」しか言わない八重が、伝票の裏で、こんなにも喋っていた。
誰にも見せないまま、誰のことも、見ていた。
紙はざらりと毛羽立って、強く書かれた字は、小さな凹みになって裏まで透けていた。
束の隅々にまで、機械油の匂いが、薄く沁みついていた。
指先が、その匂いを、なぞるように覚えていった。
※
日が傾いて、店の時計たちが、五時をてんでばらばらに打ちはじめた頃だった。
箱の底に、ひときわ薄い綴りが、一冊だけ残っていた。
表紙がわりの一枚目に、鉛筆で、名前が書いてあった。
「倉田登美子」
わたしの、名前だった。
息の仕方を、一瞬、忘れた。
めくる指が、止まらなかった。
「八月十五日。登美子、時計を持ってくる。遅れる、と言う。どこも悪うない。油を差して、磨いて返す」
いちばん古い一枚から、そう書いてあった。
「八月十六日。登美子、また遅れると言う。去年と同じや。どこも悪うない。文字盤の硝子だけ、新しいのに換えた。気づいたかどうか」
「八月十四日。登美子、来る。少し痩せた。時計は悪うないのに、悪い悪いと言う。向こうで、言いたいことを飲んで暮らしとるんやろう。革の帯を詰め直した。手首が細うなった分や」
「八月十五日。登美子、来る。よう日に焼けて、前より笑うようになった。安心した。竜頭を新しいのに換えた」
「八月十六日。登美子、向こうの家の話をせんようになった。何も聞かん。聞いたら泣くやろうから。文字盤を磨いた」
一枚、また一枚。
七年分のわたしの嘘が、ぜんぶ、そこに書いてあった。
そして、嘘の裏側で、わたしよりもわたしのことを見ていた目が、そこにあった。
※
そうだ。
時計は、一度も、狂ったことなどなかった。
八重が選んだ時計が、狂うはずがなかったのだ。
わたしはただ、会いに行く口実が、ほしかった。
手ぶらで「会いたかった」と言うことが、どうしてもできない、わたしたちだったから。
時計を悪者にして、わたしは八重に会いに行った。
そして八重は、最初からぜんぶ分かっていて、黙って裏蓋を開けてくれていた。
時計は嘘をつかん、という父の言葉で育った八重が、わたしの嘘だけは、七年、知らん顔で受け取り続けてくれた。
狂ってもいない時計を、毎年、隅々まで磨きあげて。
※
去年の夏の伝票は、一枚だけ、字が多かった。
「八月十五日。登美子、来る。五日もろうて、香箱ごとぜんまいを新品に換えた。歯車もぜんぶ洗うた。これで、あと十年は狂わん」
その裏に、こうあった。
「わたしが診られるのは、これが最後かもしれん。せやから、十年分、診といた」
八重は、知っていたのだ。
蝉の声の中で「大事にしいや」と言ったとき、八重はもう、ぜんぶ知っていた。
最後の一枚に、日付はなかった。
他の字より薄い、力のない鉛筆の線で、二行だけ書いてあった。
「登美子の時計、そろそろ油が切れる頃や」
「来年の春も、診てやらんと」
八重は、春を待たずに逝った。
※
伝票の上に、ぽたりと落ちて、鉛筆の字がにじんだ。
慌てて袖で押さえたけれど、間に合わなかった。
喉の奥が、火傷をしたように熱かった。
「八重ちゃん」
名前を呼んだら、あとはもう、声にならなかった。
店じゅうの時計が、こちこちと、鳴り続けていた。
八重のいない店で、八重がねじを巻いた時計たちだけが、まだ律儀に、時を刻み続けていた。
気配がして、八重の母が、そっと座敷に入ってきた。
「あの子はね、登美ちゃんが帰る盆が近づくと、そわそわして、店の前を何べんも掃くんよ」
「……知らんかった」
「言うわけないわねえ、あの子が」
おばさんは小さく笑って、それから、前掛けの端で目を押さえた。
「持って帰ってやって。あれは、あの子が登美ちゃんに書いた、手紙やと思うから」
※
翌朝、わたしは綴りの束を風呂敷に包んで、汽車に乗った。
窓の外を、生まれた町が、ゆっくりと流れて消えていった。
膝の上の風呂敷から、機械油の匂いが、かすかに立った。
隣の席のおばあさんが、なつかしい匂いやねえ、と笑った。
はい、と答えた。
友だちの匂いです、と心の中で、付け足した。
港町に着いて家の敷居をまたぐと、夫が「おかえり」と言った。
ただいま帰りました、と頭を下げたあと、わたしは思い切って、言葉を付け足した。
「あの……聞いてほしい話があるんです。長うなりますけど」
夫は少し驚いた顔をして、それから黙って、囲炉裏の向かいを手のひらで示した。
言いたいことを飲み込まずに済んだのは、この町へ来てから、初めてのことだった。
八重の伝票が、背中を押してくれたのだと思う。
※
今も、朝の六時に、わたしは時計のねじを巻く。
巻きすぎたらいかん、と言われた通り、ゆっくりと。
チチ、チチ、と小さな音がする。
どこも悪くない、八重の時計。
ぜんまいのほどける力で、今日も一日ぶんの時が、送り出されていく。
ねじを巻くたび、思う。
この時計を巻いているのは、ほんとうは、わたしではないのかもしれない。
来年の春も、その先の春も。
この針が時を刻むかぎり、わたしは、診てもらい続けている。