燃える紙にだけ私の名があった
七つで両親に置いていかれた私を、血のつながらない花火師が引き取った泣ける話。五十年ただの一度も名前を呼ばれず、玉名帳にも名簿にも私の名はなかった。その理由は、空…
続きを読む:燃える紙にだけ私の名があった七つで両親に置いていかれた私を、血のつながらない花火師が引き取った泣ける話。五十年ただの一度も名前を呼ばれず、玉名帳にも名簿にも私の名はなかった。その理由は、空…
続きを読む:燃える紙にだけ私の名があった三つだった姪を自分の娘として育てた紙漉きの女の泣ける話。毎年一枚だけ漉いた売らない透かし紙が、三十年後に娘の手から返ってくる。十月十九日にだけ名を呼ばれなかった…
続きを読む:光にかざすと姉の名が出た土曜の三時、最前列の右端にいつも同じ子が座っていた。照明が落ちた数秒だけ、その子は声を出せた。三十年後、閉館の決まったプラネタリウムに現れた整備士が、肘掛けに残…
続きを読む:暗い場所でだけ話す子だった湯屋の富士は、女湯の裾だけが四十三年ずっと白いままだった。絵描きが仕事を放ったのだと、私はずっと思っていた。廃業を決めた最後の夜、大阪から来た兄弟子が差し出した…
続きを読む:兄が塗らせなかった富士の裾十四で継母を迎えた私を、くめさんは一度も名前で呼ばなかった。泣ける話としてお届けする長編の感動短編です。表具屋の土間に五十年、封を切らずに置いた三つの糊甕。五十…
続きを読む:継母は私を名前で呼ばなかった十七で硝子工場に入った俺の瓶を、七つ上の検品係すずさんは毎日そっと合格の箱へ入れていた。泣ける話としてお届けする長編の感動短編。五十八年後に口の右へ寄った一本が…
続きを読む:五十八年目に返ってきた瓶結婚してから五十年、私は夫の隠しごとを恨み続けました。毎年八月十四日だけ、あの人は何も言わずに家からいなくなるのです。継ぎ当てだらけの萌黄色の蚊帳と、桶屋の指に…
続きを読む:夫の隠しごとと蚊帳の裾寒天づくりの町に嫁いだ私は、四十年ものあいだ夫に小さな嘘をついていました。夫が毎冬とっておいた割れ寒天の行き先を、廃業を決めた最後の冬に、思いがけない訪問者から…
続きを読む:割れ寒天と四十年の嘘毎月おなじ一行だけを刷りに来た井戸掘り職人に、活版所の文選工だったわたしは勝手な一言を足した。いらんと言われたその紙を、五十年後に見知らぬ老女が財布の奥から出す…
続きを読む:五十年欠けていた一本の活字踵のゴムを替えて――彼はそう言って明日と笑い、明日は来なかった。義肢装具士の私が二十八年抱えた泣ける話。告別式でひとことも言葉をくれなかった彼の母と、二十八年後…
続きを読む:彼が明日と言った踵のゴム炭鉱の閉山で置いていかれた子を二十二人預かった母は、実の娘の私だけをいつも最後にした。子どもたちの茶碗は欠けたまま並び、私の茶碗だけがどこも欠けていない。三十年…
続きを読む:母が欠けさせなかった茶碗昭和のオホーツク沿岸。漁業無線局の見習い通信士だった俺は、顔も知らないまま声だけで知り合った娘に、見栄の嘘ばかりついていた。流氷が好きだと言い合った三年半の終わ…
続きを読む:来ない流氷を告げた朝昭和三十四年の奥能登。電気の来ない集落の分校で、十九歳のわたしは毎晩ランプの火屋を磨いていた。ようやく電線が届いた夜、村中に灯りがともるのに、分校だけが暗いまま…
続きを読む:彼が灯さなかった分校父の種袋には、売れ残りの古い種が入っているのだと思っていました。無口な父を見送り、二十四で小さな種苗店を継いだ春、私は触るなと言われた一番上の棚に手を伸ばします…
続きを読む:父が捨てなかった種袋昭和三十六年、堤防工事の飯場から転校してきた幼なじみに、私は兄のお下がりの運動靴を貸しました。学級費が消えた日、私は教室で黙りました。四十年後、同じ堤防の改修工…
続きを読む:彼は私の名前を履いていたラクリマを応援する
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